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4-3 北畠小夜(2)
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多賀国府に師行を招いていた。
斯波家長が奥州で本拠地を構える斯波郡は、多賀国府と南部の根城の中間に位置している。もし本格的に足利方と敵対すれば、師行と気軽に会う事は難しくなるだろう。
師行は楓ともう一人、小夜が知らない若い武士を伴って来ていた。他に供はおらず、たった三騎で日に日に不穏さを増す奥州をほとんど縦断して来た事になるが、師行と楓ならむしろ他に人が少ない方が危険は避けられるのかもしれない。
若い武士は細面で端正な顔立ちをしていて、生まれの良さは一目で見て取れた。
「師行が私に人を引き合わせようとするとは初めての事だな」
「多少は陸奥守の役に立つ男かと思いましたので」
久々に顔を合わせた師行は相変わらず形式ばった所も愛想もほとんど感じさせないぶっきらぼうな態度だった。
「北条時家と申します」
若い武士が頭を下げ、名乗った。
「北条。では得宗家の?」
「父は泰家です。庶子ですが」
泰家は第十四代執権、北条高時の弟だった。関東で蜂起した時行の叔父にあたる人物で、その蜂起にも深く関わっていたと噂されているが、今の消息はつかめていない。
「泰家殿も、陸奥に?」
「いえ、父は各地の武士に蜂起を説く内に病で倒れ、そこでそれがしとは別れました。恐らく、もう生きてはいないでしょう」
「では時家殿は何を求めてここに来た?」
「戦において大将を選ぶのに、己の血や家に拘る必要はない、と師行殿に教わりましたので、もっとも良いと思える大将の元を訪ねる事にしました」
「それは、随分と高く見られたものだな。斯波家長殿なども相当の人物であると私は見たが」
「幕府のために戦うのは、いささか飽きた、と言うのもあります。北条だけでなく、幕府と言う存在その物に嫌気が差している、と言っても良いかもしれませぬ」
悪びれる様子も見せず、北条時家は語っている。わずかに言葉をかわしただけだったが、人柄はつかめた気がした。師行と同じ、戦に生きる人間だ。そして政に関しても、小さな、しかししっかりとした一つの考えを持っている。
「しばし、師行の元で励め」
小夜はそう言い、時家を下がらせた。後には師行と楓が残る。
「斯波家長は、北の方ではどのような動きを見せている?師行、楓」
「今は丁寧に陸奥の武士に声を掛けて行ってるね。書状だけじゃなく、近場では直接出向く事もしてる。後はひたすら兵糧と馬を手元に集める事に集中してるかな」
答えたのは楓だった。師行は興味が無さそうな顔をしている。
「叛乱を煽る動きは?」
「目に見えてる限りではしてないよ。ただ親政や恩賞に不満がある武士とその事について話したり書状のやり取りをしてるだけ」
「家長自身をどう見た?」
「色々考えてそうだけど、武士が最後は足利に靡く、と信じてるのが根底かな。一度や二度の合戦で負けても、大きく構えていれば最後は全体で勝てる、と思ってそう」
少し考えてやはり楓が答えた。師行が表情を微かに動かし、小夜と楓を交互に見てから口を開く。
「中々の大将ですな、あれは。ただ、若い」
「若いと言えば、私も若いが」
「陸奥守様は斯波家長よりも三年早く生まれられ、二年早く陸奥に入られた。その差を活かす事で、あの男に勝つ事が出来るでしょう」
「それ以外は、互角と見たか。私と家長は」
「御意」
はっきり、師行は頷いた。
「少しは忖度したらどうかねえ、その辺は」
楓が呆れたように口を挟む。
「さすがにそれを面と向かってはっきり言い切るのは無礼に過ぎると言うか。顕家さまを中々の大将だって言ってるのと同じじゃない」
「貴様にだけは礼儀の事で何かを言われたくはない」
どこまでも愛想の無い声で師行は返した。つい小さく噴き出してしまった後、どうにか小夜は顔を引き締める。
「もし私より先に家長に会っていたら、お前はあちらに付いていたか?師行」
「恐らくは」
やはり考える素振りも無く、師行は頷いた。
「先にそれがしを味方に付けた、と言う事も陸奥守様と斯波家長の大きな差でしょう」
これも不遜な発言のはずだが、この男が言うとただ事実を述べているだけのように聞こえてしまう。それほどまでに師行は戦に関しては透徹しており、そして強い。
「あの北条時家と言う武士、どこか才気走った所がある。斯波家長との戦いの中で上手く育てて見よ」
色々な意味を込めて言った言葉だった。これで師行と楓には意味は伝わる。この二人を相手に、戦の事で無駄な言葉を使う気は小夜は無かった。
「ところで、勇人はどうしていますか?」
小夜の言葉に頷いた後、師行が唐突に訊ねて来た。おや、と言う顔を楓がしている。師行が口に出して誰かの事を気に掛けるのは珍しい。
「お前に言われた通り、馬の世話を主にさせている。剣の稽古も毎日しているようだ」
「折を見て、戦にも伴われると良いでしょう」
「腕を上げているのは分かる。しかし、まだどこかに戦に出せば容易く命を捨ててしまいそうな危うさが見える。大丈夫だろうか?」
「存じています。それに関しては、それがしがどうにか致します」
師行がはっきりと言い切った。
「さらに強くなるのか?勇人は」
勇人の力量を、未だに小夜は測りかねていた。
「いずれは」
「どれほど掛かる?」
「五年」
「長いな」
「それで、ひとまずそれがしは超えるでしょう」
思わず二度瞬きし、小夜は師行と楓の顔を交互に見た。楓は口を開けて呆気にとられた顔をしている。自分も恐らく、同じような顔をしているだろう。しかし師行はこんな事を冗談で言う人間では無い。
「勇人は、それほどに?」
「立ち合いでは間違いなく。恐らく、兵を率いさせても」
「私も勇人の過去をそこまで詳しく知っている訳ではないが、実戦の経験どころか、剣を持った事すらほとんど無かったはずだ」
「鍛錬も経験も重要ですが、それよりも重要な物があります」
「分からないものだな、人の才と言う物は」
「礼を言います、陸奥守様」
「何に?」
「ようやく、本気で鍛え上げたいと思える者に出会えました」
そう語る師行の口調は、やはり何も変わらなかった。
「師行さんより強い人間なんているの?」
立ち直ったらしい楓が口を挟んでくる。
「知らん。今まで会った事は無いな」
小夜も、師行より強い人間など思い当たりはしなかった。勇人がそうなる、と言われても当然釈然とはしない。
それでも師行は勇人を相手に、自分や楓にも見えない、言葉にも出来ない何かをはっきり感じ取ったのだろう。
師行は戦に関係した事を、恐らくほとんど全て直感で判断している。直感と言うがそれは本当は、ただ普通の人間であれば多くの材料によって時間を掛けて悟らなければならない事を一瞬で分かってしまうだけで、根拠のない当てずっぽうとは全く別の事だ。
師行は正しい。だがその正しさは、他人には理解する事が難しい正しさだった。
往々にして人は、言葉で説明出来る正しさしか理解できない。そして師行には、自分が直感で正しいと思った事を、他人が理解出来る理屈にし直して言葉にする能力が決定的に無かった。いや、どうした所でこの男の直感を言葉に組み立て直す事は無理なのかもしれない。
身近で師行と接し、戦場で彼の指揮を直接受ける兵達には、師行の正しさはその強さを通して肌で理解出来るだろう。だが、軍議で多くの諸将をまとめ、数万の兵を動かそうとする事には師行は向いていない。いくら正しくても、周りがそれを理解してくれなければ無意味なのだ。
自分も、後から考えれば直感としか言えない物に従って様々な事を判断してしまう時がある。それを敢えて他者に分かる言葉で説明し直そうとする時、昔は煩わしさを感じていた物だ。少なくとも表向きは煩わしさを覆い隠してそれが出来るようになったのは、父の親房に子どもの頃から教育された結果だろう。
敢えて自分が何かを言って師行を変えよう、と言う気は小夜には無かった。師行自身が、自分の限界は良く分かっているだろうし、孤高であるからこそのあの強さなのだ、と言う思いもある。
「此度も、勇人の事を見ていくつもりか?」
「はい」
「私からも頼んでおこう。私はどうも、あの男の事はまだ色々測りかねている」
師行は頷いた。
斯波家長が奥州で本拠地を構える斯波郡は、多賀国府と南部の根城の中間に位置している。もし本格的に足利方と敵対すれば、師行と気軽に会う事は難しくなるだろう。
師行は楓ともう一人、小夜が知らない若い武士を伴って来ていた。他に供はおらず、たった三騎で日に日に不穏さを増す奥州をほとんど縦断して来た事になるが、師行と楓ならむしろ他に人が少ない方が危険は避けられるのかもしれない。
若い武士は細面で端正な顔立ちをしていて、生まれの良さは一目で見て取れた。
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「多少は陸奥守の役に立つ男かと思いましたので」
久々に顔を合わせた師行は相変わらず形式ばった所も愛想もほとんど感じさせないぶっきらぼうな態度だった。
「北条時家と申します」
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「北条。では得宗家の?」
「父は泰家です。庶子ですが」
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「泰家殿も、陸奥に?」
「いえ、父は各地の武士に蜂起を説く内に病で倒れ、そこでそれがしとは別れました。恐らく、もう生きてはいないでしょう」
「では時家殿は何を求めてここに来た?」
「戦において大将を選ぶのに、己の血や家に拘る必要はない、と師行殿に教わりましたので、もっとも良いと思える大将の元を訪ねる事にしました」
「それは、随分と高く見られたものだな。斯波家長殿なども相当の人物であると私は見たが」
「幕府のために戦うのは、いささか飽きた、と言うのもあります。北条だけでなく、幕府と言う存在その物に嫌気が差している、と言っても良いかもしれませぬ」
悪びれる様子も見せず、北条時家は語っている。わずかに言葉をかわしただけだったが、人柄はつかめた気がした。師行と同じ、戦に生きる人間だ。そして政に関しても、小さな、しかししっかりとした一つの考えを持っている。
「しばし、師行の元で励め」
小夜はそう言い、時家を下がらせた。後には師行と楓が残る。
「斯波家長は、北の方ではどのような動きを見せている?師行、楓」
「今は丁寧に陸奥の武士に声を掛けて行ってるね。書状だけじゃなく、近場では直接出向く事もしてる。後はひたすら兵糧と馬を手元に集める事に集中してるかな」
答えたのは楓だった。師行は興味が無さそうな顔をしている。
「叛乱を煽る動きは?」
「目に見えてる限りではしてないよ。ただ親政や恩賞に不満がある武士とその事について話したり書状のやり取りをしてるだけ」
「家長自身をどう見た?」
「色々考えてそうだけど、武士が最後は足利に靡く、と信じてるのが根底かな。一度や二度の合戦で負けても、大きく構えていれば最後は全体で勝てる、と思ってそう」
少し考えてやはり楓が答えた。師行が表情を微かに動かし、小夜と楓を交互に見てから口を開く。
「中々の大将ですな、あれは。ただ、若い」
「若いと言えば、私も若いが」
「陸奥守様は斯波家長よりも三年早く生まれられ、二年早く陸奥に入られた。その差を活かす事で、あの男に勝つ事が出来るでしょう」
「それ以外は、互角と見たか。私と家長は」
「御意」
はっきり、師行は頷いた。
「少しは忖度したらどうかねえ、その辺は」
楓が呆れたように口を挟む。
「さすがにそれを面と向かってはっきり言い切るのは無礼に過ぎると言うか。顕家さまを中々の大将だって言ってるのと同じじゃない」
「貴様にだけは礼儀の事で何かを言われたくはない」
どこまでも愛想の無い声で師行は返した。つい小さく噴き出してしまった後、どうにか小夜は顔を引き締める。
「もし私より先に家長に会っていたら、お前はあちらに付いていたか?師行」
「恐らくは」
やはり考える素振りも無く、師行は頷いた。
「先にそれがしを味方に付けた、と言う事も陸奥守様と斯波家長の大きな差でしょう」
これも不遜な発言のはずだが、この男が言うとただ事実を述べているだけのように聞こえてしまう。それほどまでに師行は戦に関しては透徹しており、そして強い。
「あの北条時家と言う武士、どこか才気走った所がある。斯波家長との戦いの中で上手く育てて見よ」
色々な意味を込めて言った言葉だった。これで師行と楓には意味は伝わる。この二人を相手に、戦の事で無駄な言葉を使う気は小夜は無かった。
「ところで、勇人はどうしていますか?」
小夜の言葉に頷いた後、師行が唐突に訊ねて来た。おや、と言う顔を楓がしている。師行が口に出して誰かの事を気に掛けるのは珍しい。
「お前に言われた通り、馬の世話を主にさせている。剣の稽古も毎日しているようだ」
「折を見て、戦にも伴われると良いでしょう」
「腕を上げているのは分かる。しかし、まだどこかに戦に出せば容易く命を捨ててしまいそうな危うさが見える。大丈夫だろうか?」
「存じています。それに関しては、それがしがどうにか致します」
師行がはっきりと言い切った。
「さらに強くなるのか?勇人は」
勇人の力量を、未だに小夜は測りかねていた。
「いずれは」
「どれほど掛かる?」
「五年」
「長いな」
「それで、ひとまずそれがしは超えるでしょう」
思わず二度瞬きし、小夜は師行と楓の顔を交互に見た。楓は口を開けて呆気にとられた顔をしている。自分も恐らく、同じような顔をしているだろう。しかし師行はこんな事を冗談で言う人間では無い。
「勇人は、それほどに?」
「立ち合いでは間違いなく。恐らく、兵を率いさせても」
「私も勇人の過去をそこまで詳しく知っている訳ではないが、実戦の経験どころか、剣を持った事すらほとんど無かったはずだ」
「鍛錬も経験も重要ですが、それよりも重要な物があります」
「分からないものだな、人の才と言う物は」
「礼を言います、陸奥守様」
「何に?」
「ようやく、本気で鍛え上げたいと思える者に出会えました」
そう語る師行の口調は、やはり何も変わらなかった。
「師行さんより強い人間なんているの?」
立ち直ったらしい楓が口を挟んでくる。
「知らん。今まで会った事は無いな」
小夜も、師行より強い人間など思い当たりはしなかった。勇人がそうなる、と言われても当然釈然とはしない。
それでも師行は勇人を相手に、自分や楓にも見えない、言葉にも出来ない何かをはっきり感じ取ったのだろう。
師行は戦に関係した事を、恐らくほとんど全て直感で判断している。直感と言うがそれは本当は、ただ普通の人間であれば多くの材料によって時間を掛けて悟らなければならない事を一瞬で分かってしまうだけで、根拠のない当てずっぽうとは全く別の事だ。
師行は正しい。だがその正しさは、他人には理解する事が難しい正しさだった。
往々にして人は、言葉で説明出来る正しさしか理解できない。そして師行には、自分が直感で正しいと思った事を、他人が理解出来る理屈にし直して言葉にする能力が決定的に無かった。いや、どうした所でこの男の直感を言葉に組み立て直す事は無理なのかもしれない。
身近で師行と接し、戦場で彼の指揮を直接受ける兵達には、師行の正しさはその強さを通して肌で理解出来るだろう。だが、軍議で多くの諸将をまとめ、数万の兵を動かそうとする事には師行は向いていない。いくら正しくても、周りがそれを理解してくれなければ無意味なのだ。
自分も、後から考えれば直感としか言えない物に従って様々な事を判断してしまう時がある。それを敢えて他者に分かる言葉で説明し直そうとする時、昔は煩わしさを感じていた物だ。少なくとも表向きは煩わしさを覆い隠してそれが出来るようになったのは、父の親房に子どもの頃から教育された結果だろう。
敢えて自分が何かを言って師行を変えよう、と言う気は小夜には無かった。師行自身が、自分の限界は良く分かっているだろうし、孤高であるからこそのあの強さなのだ、と言う思いもある。
「此度も、勇人の事を見ていくつもりか?」
「はい」
「私からも頼んでおこう。私はどうも、あの男の事はまだ色々測りかねている」
師行は頷いた。
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