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1-5 建速勇人(3)
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数日、多賀国府で過ごした。
小夜は朝夕の食事の時には顔を出し、勇人から現代の事に付いて様々な話を聞きたがった。話を聞く間の彼女は好奇心の塊のようで、陸奥守としての政務が無ければ、もっと話を聞いていたい、と言う様子を隠そうともしなかった。
宗広は小夜がいない時に度々訪ねて来て、勇人に不便が無いか尋ねたり、あるいは勇人の質問に答えたりしてくれた。おかげで勇人も二人とのやり取りからある程度、今の日本や奥州の情勢が理解出来た。
現代とはまるで違う生活には戸惑いと不便を感じる事しか無かったが、慣れるしかなかった。小夜が自分を拾ってくれなければ、どこでのたれ死んでいてもおかしくなかったのだ、と言う程度の事は察しが付く。どんな目にあってでも生き延びたい、と強く思う訳でもないが、拾われた先の生活で不平をこぼすような人間にはなりたくなかった。
小夜と宗広以外には、小夜の近侍であるらしい上林和政と言う若い武士と、侍女である朱雀と言う女性と何度か顔を合わせる機会があった。
和政は表面上、ほとんど勇人の事を無視していた。敵意と警戒心のような物を感じるが、それを表に出してくる事は無かった。
仕方ない、と勇人はすぐに思い、こちらもあまり和政の事を気にしないようにしていた。同じ時代で生きていても中々分かり合う事も仲良くする事も難しかったのだ。ましてや六百年以上昔なら、打ち解けられない人間などいくらでもいて当然だった。
むしろ小夜のような無頓着さが、勇人には奇妙な物に思えた。
朱雀は小夜に仕えている侍女の長で、小夜と同じように男装して小姓としても彼女の側に付いていた。こちらもあまり勇人に対しては無駄口を訊かず、真面目に仕事をこなす女性で、あまり会話をする機会も無かった。ただ、小夜とはかなり砕けた様子でも接するようだった。
和政が砕けた様子を見せた所は、勇人は見た事が無い。好悪の感情はまた別として、堅苦しい人だ、と言う印象を勇人は受けた。
小夜は、勇人に何かするように、と命じる事は無かった。ただ、このまま自分の元にいるつもりなら何かしら仕事はしてもらわなければならない、とは言われた。何か生業に出来る事があるなら、そのための世話をしてもいい、とも言ってくれた。
出来る事なら、勇人はなるべく早めに小夜やこの多賀城から離れたかった。四年後に彼女は死ぬ、と知っているのだ。それは身の危険を避けたい、と言うよりも、遠からず死ぬ事が分かり切っている人間とあまり親しくなりたくない、と言う感情だった。
今ならまだ、小夜とも宗広とも、小説に出てくるような歴史上の登場人物、と思い定めて、そのまま 別れられそうな気がした。
ただ、生業に出来そうな事など何も思い付かなかった。六百年先の人間、と言っても自分はどこにでもいる大学生で、一人で出来る事など無かったし、それは別に意外でも何でもなかった。
小さな男の子を連れて中年の男が尋ねて来たのは、ちょうどそんな事を考え始めた日の昼過ぎだった。どちらも服装からかなり身分の高い公家だろうと勇人は思った。
「邪魔をするぞ」
中年の男の方がにこにこしながらそう言った。人懐っこい、見た目の歳に合わない子どものような表情をしている。男の子の方は大人しくしていたが、こちらも歳相応の子どもっぽい表情で興味深そうに勇人の顔を見上げていた。
「北畠親房と言う」
男が名乗った。北畠顕家―――小夜の父親のはずだった。この時期、彼も奥州に来ていたのだろうか。勇人の知っている歴史では、北畠顕家の死後、長く南朝の中心人物として活動する事になるはずの人物だ。
「宮、ご挨拶を」
親房に促され、男の子も六の宮義良、と名乗った。義良親王。つまり後の後村上天皇だった。
「建速勇人と言います。拝礼すべきでしょうか」
「いや、良かろう。顕家が妙な男を拾ったと聞いてな。少し宮を連れて見物にやって来ただけだ」
親房は顕家、と言った。六の宮は小夜の事を知らない、と言う事だろうか。あるいは他の意図があるのだろうか。
「ふむ、人の言葉の裏を読む癖がついとるようだな」
「そんな事は」
「何、悪い事ではない。それにもう少し歳を重ねれば、相手にそれを悟らせないと言う事も身に付くだろうて」
「そうですか」
どっこらしょ、と親房は腰を下ろした。あまり高貴な人間にも見えない所作だった。六の宮もその親房の隣で、足を延ばしている。
「六百年先の未来から来たと聞いたが、こう見るとさほどわし達と変わらぬな」
「人は、百年や千年程度では別の生き物にはなれないようです。少なくとも、見た目は」
「そうだな、見た目はそうだ。中身は、別の生き物になるかも知れん」
「少なくとも、顕家様やその周りにいるような方達は、僕が住んでいた時代では、僕の周りにはいませんでしたね」
「公家も武士もいないか、六百年先には」
「ええ」
親房は自分とそう言う話がしたいのか、と勇人は思った。そう思うと言葉はすらすら出て来た。六の宮は自分と親房の会話を聞いているのかいないのか、交互に二人の顔を見ている。
「つまらんな」
しばらく会話を続けた後、不意に、親房が言った。
「何がです?」
「お主の話だよ、勇人。いや、お主と言う人間が、つまらん」
「そうですか」
「わしが聞きたい話ではなく、お主が話したい話は無いのか、勇人」
「ありませんね」
「何故?」
「僕自身の話なんて、親房殿にしてもどうにもならないでしょう。それで何かが変わる訳でもないし、何かを変えようとも思っていません」
「わしは、別の世界の人間か。わしだけでなく、顕家も、この六の宮も、この世界に住む人間全てが、お主にとっては何の関わりもない、河か何かの向こうの人間か」
「良く、これだけの短い会話で、そこまで分かる物ですね」
素直に驚きながら、勇人は言った。小夜のような、油断しているとこちらをたやすく引き込んでしまうような凄みは無いが、親房もそれとは異質の深さがある。歴史に名を残す人間と言うのは、どれも伊達ではないと言う事か。
「現実には僕も顕家様には拾われて、世話になっている身です。全く関わらない、と言う訳には行きませんが、出来ればそうありたい、と言うのが本音ですね」
「捻じ曲がっているな。お主の時代の人間は、皆そうか?」
「多少はそうかも知れませんが、多分その中でも僕は捻くれている方です」
親房は軽く笑った。
「少しは、自分の事も吐き出せるではないか、勇人」
「あなたは僕に何を期待してるんですか。僕には、何も出来ませんよ」
親房は小夜から、彼女自身が四年後に死ぬと言う事を聞かされたのかもしれない、と勇人は思った。それを自分に何とかさせるために訪ねて来たのだとしたら、筋違いだ。そんな事をする理由が無いと言うのではなく、自分には小夜に勝たせるとか、歴史を変えるとか、そんな事は出来はしない。
「お主には何も期待しとらんよ。少なくともわしはな」
親房は短く言った。穏やかな目が一瞬、鋭くなる。
「お主が何を出来るか見極め、何をするかを決めるのはわしではない。それはお主自身か、あるいはせいぜい顕家の役目だろう。わしはただ、知りたいのだ」
「何をです?」
「今のこの世の乱れの根がどこにあるかを、さ。お主と語るのも、それを知ろうとする試みの一環だな」
「それを知って、どうされるのです?」
「さてな。ただ、それが見えぬ限り、顕家は遠からず死ぬ。これはわしの勘でしかなかったが、少なくともお主は、そのわしの勘の裏付けにはなったな」
鎌倉幕府滅亡後、日本が南北に分かれる戦乱に陥った原因は、勇人の時代の歴史家達の見解では概ね、後醍醐帝の建武の親政の失敗に帰せられている。二人ともはっきり言いはしなかったが、小夜や宗広もそう思っているらしい事は、ここ数日の二人の話で察せられた。
親房は、それとは別の根があると考えていると言う事だろうか。
「最後は顕家を助ける事が目的かと言えばそれはそうだが、お主に何かを期待したり、頼むような事ではないな、それは」
「あなたが、顕家様を乱世に立ち向かって死ぬ事を肯ずるような人間に育てられたのでは?」
「あれが育てて育つような人間か」
親房が笑って肩を竦めた。
「あれにわしが教えた事はほとんど何も無いよ。自分で学び、自分で何をすべきか決めた。世に出るために多少の力は貸したし、目指している物が重なっている所もあるかも知れん。だが、あれはわしとは全く別の意思で動いている人間だ。親として恥ずべき事だが、顕家の事は本当の所、わしにも分からん」
「安心しました」
「何がだ?」
「顕家様の事が分からないのが僕だけではない、と言う事が分かって」
勇人がそう言うと親房は笑った。どことなく何かを諦めているような笑い方だった。
何となくだが、勇人は少し親房の事を好きになった。少なくとも小夜よりはまだ何を考えているのか分かる人間だ。しかしそれ以上の事は考えないようにした。
うっかり親房を生身の人間だと思って見てしまえば、その娘である小夜も、生身の人間と言う事になりかねない。
「仮にお主が顕家に何を言って何をしようと、いずれ必ず京で騒乱は起き、顕家は陸奥から兵を率いて西上するだろう。その時はこの陸奥も乱れに乱れる事になる」
小夜もそうだったが、親房も驚くほど冷徹にこの先の情勢を見通しているようだった。
「それまでに去就は決めておくか、あるいは元いた所に戻るかしておきたいものですね」
「戦乱は人を三種類に分けてしまう。本当は人間はそんな単純な物ではないのだがな」
「三種類?」
「敵と味方と戦に関係無い人間さ。お主は三番目になりたいと思っているのかもしれないが、多分無理だな。それが出来るとすれば、お主が元いた場所に帰るか、あるいは死ぬかのどちらかだけだろう」
「どうして、それ以外では無理なんです?」
「顕家の失敗だな。そこばかりは責めを負うべきは顕家かも知れん。だが、どのみちお主は顕家に拾われなければどこかで野垂れ死んでいただろうから、まあ巡り合わせか」
勇人は親房に言われた事の意味を少し考えた。何となく意味が分かった気がしたが、やはり深く考えるにはやめにした。不意に何の前触れもなく元の時代に帰れるかもしれないのだ。
そして、もしそうならずにどこかで死ぬのなら、それはそれで仕方がない、と思った。自分が小夜に助けられなければどこかですでに死んでいたのは多分親房の言う通りで、自分はすでに死んでいるのと同じような物なのだ、と言う気がした。
「陰気な男だな」
親房がぽつりと言った。今も自分が考えている事が見えているのかもしれない、と勇人は思った。
小夜は朝夕の食事の時には顔を出し、勇人から現代の事に付いて様々な話を聞きたがった。話を聞く間の彼女は好奇心の塊のようで、陸奥守としての政務が無ければ、もっと話を聞いていたい、と言う様子を隠そうともしなかった。
宗広は小夜がいない時に度々訪ねて来て、勇人に不便が無いか尋ねたり、あるいは勇人の質問に答えたりしてくれた。おかげで勇人も二人とのやり取りからある程度、今の日本や奥州の情勢が理解出来た。
現代とはまるで違う生活には戸惑いと不便を感じる事しか無かったが、慣れるしかなかった。小夜が自分を拾ってくれなければ、どこでのたれ死んでいてもおかしくなかったのだ、と言う程度の事は察しが付く。どんな目にあってでも生き延びたい、と強く思う訳でもないが、拾われた先の生活で不平をこぼすような人間にはなりたくなかった。
小夜と宗広以外には、小夜の近侍であるらしい上林和政と言う若い武士と、侍女である朱雀と言う女性と何度か顔を合わせる機会があった。
和政は表面上、ほとんど勇人の事を無視していた。敵意と警戒心のような物を感じるが、それを表に出してくる事は無かった。
仕方ない、と勇人はすぐに思い、こちらもあまり和政の事を気にしないようにしていた。同じ時代で生きていても中々分かり合う事も仲良くする事も難しかったのだ。ましてや六百年以上昔なら、打ち解けられない人間などいくらでもいて当然だった。
むしろ小夜のような無頓着さが、勇人には奇妙な物に思えた。
朱雀は小夜に仕えている侍女の長で、小夜と同じように男装して小姓としても彼女の側に付いていた。こちらもあまり勇人に対しては無駄口を訊かず、真面目に仕事をこなす女性で、あまり会話をする機会も無かった。ただ、小夜とはかなり砕けた様子でも接するようだった。
和政が砕けた様子を見せた所は、勇人は見た事が無い。好悪の感情はまた別として、堅苦しい人だ、と言う印象を勇人は受けた。
小夜は、勇人に何かするように、と命じる事は無かった。ただ、このまま自分の元にいるつもりなら何かしら仕事はしてもらわなければならない、とは言われた。何か生業に出来る事があるなら、そのための世話をしてもいい、とも言ってくれた。
出来る事なら、勇人はなるべく早めに小夜やこの多賀城から離れたかった。四年後に彼女は死ぬ、と知っているのだ。それは身の危険を避けたい、と言うよりも、遠からず死ぬ事が分かり切っている人間とあまり親しくなりたくない、と言う感情だった。
今ならまだ、小夜とも宗広とも、小説に出てくるような歴史上の登場人物、と思い定めて、そのまま 別れられそうな気がした。
ただ、生業に出来そうな事など何も思い付かなかった。六百年先の人間、と言っても自分はどこにでもいる大学生で、一人で出来る事など無かったし、それは別に意外でも何でもなかった。
小さな男の子を連れて中年の男が尋ねて来たのは、ちょうどそんな事を考え始めた日の昼過ぎだった。どちらも服装からかなり身分の高い公家だろうと勇人は思った。
「邪魔をするぞ」
中年の男の方がにこにこしながらそう言った。人懐っこい、見た目の歳に合わない子どものような表情をしている。男の子の方は大人しくしていたが、こちらも歳相応の子どもっぽい表情で興味深そうに勇人の顔を見上げていた。
「北畠親房と言う」
男が名乗った。北畠顕家―――小夜の父親のはずだった。この時期、彼も奥州に来ていたのだろうか。勇人の知っている歴史では、北畠顕家の死後、長く南朝の中心人物として活動する事になるはずの人物だ。
「宮、ご挨拶を」
親房に促され、男の子も六の宮義良、と名乗った。義良親王。つまり後の後村上天皇だった。
「建速勇人と言います。拝礼すべきでしょうか」
「いや、良かろう。顕家が妙な男を拾ったと聞いてな。少し宮を連れて見物にやって来ただけだ」
親房は顕家、と言った。六の宮は小夜の事を知らない、と言う事だろうか。あるいは他の意図があるのだろうか。
「ふむ、人の言葉の裏を読む癖がついとるようだな」
「そんな事は」
「何、悪い事ではない。それにもう少し歳を重ねれば、相手にそれを悟らせないと言う事も身に付くだろうて」
「そうですか」
どっこらしょ、と親房は腰を下ろした。あまり高貴な人間にも見えない所作だった。六の宮もその親房の隣で、足を延ばしている。
「六百年先の未来から来たと聞いたが、こう見るとさほどわし達と変わらぬな」
「人は、百年や千年程度では別の生き物にはなれないようです。少なくとも、見た目は」
「そうだな、見た目はそうだ。中身は、別の生き物になるかも知れん」
「少なくとも、顕家様やその周りにいるような方達は、僕が住んでいた時代では、僕の周りにはいませんでしたね」
「公家も武士もいないか、六百年先には」
「ええ」
親房は自分とそう言う話がしたいのか、と勇人は思った。そう思うと言葉はすらすら出て来た。六の宮は自分と親房の会話を聞いているのかいないのか、交互に二人の顔を見ている。
「つまらんな」
しばらく会話を続けた後、不意に、親房が言った。
「何がです?」
「お主の話だよ、勇人。いや、お主と言う人間が、つまらん」
「そうですか」
「わしが聞きたい話ではなく、お主が話したい話は無いのか、勇人」
「ありませんね」
「何故?」
「僕自身の話なんて、親房殿にしてもどうにもならないでしょう。それで何かが変わる訳でもないし、何かを変えようとも思っていません」
「わしは、別の世界の人間か。わしだけでなく、顕家も、この六の宮も、この世界に住む人間全てが、お主にとっては何の関わりもない、河か何かの向こうの人間か」
「良く、これだけの短い会話で、そこまで分かる物ですね」
素直に驚きながら、勇人は言った。小夜のような、油断しているとこちらをたやすく引き込んでしまうような凄みは無いが、親房もそれとは異質の深さがある。歴史に名を残す人間と言うのは、どれも伊達ではないと言う事か。
「現実には僕も顕家様には拾われて、世話になっている身です。全く関わらない、と言う訳には行きませんが、出来ればそうありたい、と言うのが本音ですね」
「捻じ曲がっているな。お主の時代の人間は、皆そうか?」
「多少はそうかも知れませんが、多分その中でも僕は捻くれている方です」
親房は軽く笑った。
「少しは、自分の事も吐き出せるではないか、勇人」
「あなたは僕に何を期待してるんですか。僕には、何も出来ませんよ」
親房は小夜から、彼女自身が四年後に死ぬと言う事を聞かされたのかもしれない、と勇人は思った。それを自分に何とかさせるために訪ねて来たのだとしたら、筋違いだ。そんな事をする理由が無いと言うのではなく、自分には小夜に勝たせるとか、歴史を変えるとか、そんな事は出来はしない。
「お主には何も期待しとらんよ。少なくともわしはな」
親房は短く言った。穏やかな目が一瞬、鋭くなる。
「お主が何を出来るか見極め、何をするかを決めるのはわしではない。それはお主自身か、あるいはせいぜい顕家の役目だろう。わしはただ、知りたいのだ」
「何をです?」
「今のこの世の乱れの根がどこにあるかを、さ。お主と語るのも、それを知ろうとする試みの一環だな」
「それを知って、どうされるのです?」
「さてな。ただ、それが見えぬ限り、顕家は遠からず死ぬ。これはわしの勘でしかなかったが、少なくともお主は、そのわしの勘の裏付けにはなったな」
鎌倉幕府滅亡後、日本が南北に分かれる戦乱に陥った原因は、勇人の時代の歴史家達の見解では概ね、後醍醐帝の建武の親政の失敗に帰せられている。二人ともはっきり言いはしなかったが、小夜や宗広もそう思っているらしい事は、ここ数日の二人の話で察せられた。
親房は、それとは別の根があると考えていると言う事だろうか。
「最後は顕家を助ける事が目的かと言えばそれはそうだが、お主に何かを期待したり、頼むような事ではないな、それは」
「あなたが、顕家様を乱世に立ち向かって死ぬ事を肯ずるような人間に育てられたのでは?」
「あれが育てて育つような人間か」
親房が笑って肩を竦めた。
「あれにわしが教えた事はほとんど何も無いよ。自分で学び、自分で何をすべきか決めた。世に出るために多少の力は貸したし、目指している物が重なっている所もあるかも知れん。だが、あれはわしとは全く別の意思で動いている人間だ。親として恥ずべき事だが、顕家の事は本当の所、わしにも分からん」
「安心しました」
「何がだ?」
「顕家様の事が分からないのが僕だけではない、と言う事が分かって」
勇人がそう言うと親房は笑った。どことなく何かを諦めているような笑い方だった。
何となくだが、勇人は少し親房の事を好きになった。少なくとも小夜よりはまだ何を考えているのか分かる人間だ。しかしそれ以上の事は考えないようにした。
うっかり親房を生身の人間だと思って見てしまえば、その娘である小夜も、生身の人間と言う事になりかねない。
「仮にお主が顕家に何を言って何をしようと、いずれ必ず京で騒乱は起き、顕家は陸奥から兵を率いて西上するだろう。その時はこの陸奥も乱れに乱れる事になる」
小夜もそうだったが、親房も驚くほど冷徹にこの先の情勢を見通しているようだった。
「それまでに去就は決めておくか、あるいは元いた所に戻るかしておきたいものですね」
「戦乱は人を三種類に分けてしまう。本当は人間はそんな単純な物ではないのだがな」
「三種類?」
「敵と味方と戦に関係無い人間さ。お主は三番目になりたいと思っているのかもしれないが、多分無理だな。それが出来るとすれば、お主が元いた場所に帰るか、あるいは死ぬかのどちらかだけだろう」
「どうして、それ以外では無理なんです?」
「顕家の失敗だな。そこばかりは責めを負うべきは顕家かも知れん。だが、どのみちお主は顕家に拾われなければどこかで野垂れ死んでいただろうから、まあ巡り合わせか」
勇人は親房に言われた事の意味を少し考えた。何となく意味が分かった気がしたが、やはり深く考えるにはやめにした。不意に何の前触れもなく元の時代に帰れるかもしれないのだ。
そして、もしそうならずにどこかで死ぬのなら、それはそれで仕方がない、と思った。自分が小夜に助けられなければどこかですでに死んでいたのは多分親房の言う通りで、自分はすでに死んでいるのと同じような物なのだ、と言う気がした。
「陰気な男だな」
親房がぽつりと言った。今も自分が考えている事が見えているのかもしれない、と勇人は思った。
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