ぬけがら、お借りします

岩見小砂

文字の大きさ
上 下
1 / 1

ぬけがら、お借りします

しおりを挟む
 公園の南の角に立つ、ひときわ大きな木。
枝ぶりが立派で、しかもまっすぐ上に伸びているので、とても目立ちます。

 おや。その木の幹の、大人の背の高さくらいのところに何か付いています。これは、セミのぬけがらです。
実はついさっきまで、この中でセミの幼虫がひっそり暮らしていました。でも、大きな声で鳴きたくてたまらなくなったので、固いカラからはい出して、もっとうんと高い所まで登って行ったのです。

 空では太陽が全身を現し、公園のすみずみまで明るく照らします。

 最初にそのぬけがらに気が付いたのはバッタでした。
自分よりひと回り大きい、幹をがっちりつかんだ手足が、とても強そうに見えます。
バッタはそっと中に入り込んでみました。少しだけひんやりとしたぬけがらから、バッタは外を見てみました。
そこからは、あまり木の根元は見えなくて、なんだか宙に浮いているようです。見えるのは、青い空と、空に向かってどんどん伸びている木の先端でした。
いつもとはちがう景色が見られたことで、バッタは満足してぬけがらから出ました。そして、いつもより少し高くジャンプしてから、そこをはなれました。

 太陽は空の真上から、じりじりと照りつけています。

 次にぬけがらに目をとめたのはカブトムシです。カブトムシは外に出られる姿に変わるまで、長い間、土の中でじっと待っていました。そしてようやく地上に出て来たばかりです。
日光はまぶしいし、自分のまわりに土がないのも心もとなくて、少し休けいしたいと思っていたところでした。
カブトムシはぬけがらの小さな日かげにからだを押し込んで、自分がいた土のあたりを見下ろしました。
地面はだいぶ下のほうにあって、カブトムシはいつの間にか自分がこんな高い所まで来ていたことに驚くとともに、こわがらずに進んで来たことに満足しました。
カブトムシはいっそう上に行くために、ぬけがらの日かげから一歩、踏み出しました。

 夏の日差しはどんどん強くなります。

 しばらくすると、白い羽根のちょうちょがひらりと飛んできました。
ちょうちょは、ぬけがらのどこにつかまっていいものか考えていましたが、ぬけがらの背中のあたりが広くて安定しているのがわかって、そこで少し休むことにしました。
自分の細い脚で、風にゆらゆら動く木の葉に止まっているときは、いつも不安でびくびくしていたのですが、ぬけがらの上はふしぎに気持ちが落ち着き、今なら敵に出会っても立ち向かっていける、そんな気持ちがします。
ちょうちょは自分の中に勇気があることに満足して、またひらりと飛んでいきました。

 夏の太陽が少しずつ西の方角に傾いていきます。

 暑い日差しをさけようと、ムクドリが一羽、その木にやってきました。
ムクドリは暑さでいらいらしてやたらと羽ばたきましたので、セミのぬけがらに羽根の先が当たったことなど、気にも留めませんでした。
ぬけがらはその姿のまま、地面に落ちました。
ムクドリはキーキーと高い声で鳴いていましたが、やがて仲間のいる木の方へ飛び去りました。
地面に落ちたぬけがらはさかさまになり、空を見上げているようです。

 あっちこっちと寄り道しながらやってきたのはダンゴムシです。
たくさんの脚をいっぺんに動かして歩くので、ぜんぶの脚にいっせいに号令をかけないと、右に、左にと、傾いてしまいます。たいていはめんどうなので、それぞれの脚の好きなようにやらせています。
ダンゴムシはぬけがらの前までやってくると、まわりを一周し、上に登ったり、中にひそんでみたりしました。
だんだん熱中してくると、脚をいっせいに動かすこともよくできて、ひとり遊びはとてもうまくいきました。ダンゴムシは満足して、新しい探検に向かいました。

 太陽はだいぶ低くなり、木の根元はすっかり日かげになりました。

 アリたちは働き者で名高いのですが、暑いよりは涼しいほうが仕事がはかどるので、ようやくぞろぞろと食料を探しに出て来ました。
手分けして探しているうちに、セミのぬけがらを発見したアリがいます。これが食料になるのかどうか、ほかのアリを呼び寄せます。見た目だけではわからないので、アリたちは中に入って調べることにしました。
ぬけがらの中は広いところや、細くて、アリたちでさえ通るのがたいへんな道があったりしました。
時間をかけて探しましたが残念ながら食料は見つかりませんでした。でも困難な仕事をみんなでなしとげたことに満足したので、らくたんはしませんでした。食料は他の場所で探すことにして、アリたちはぬけがらから出て行きました。

 太陽はすっかり沈んで、夜になりました。

 木の上でじじっと音がして、何かがぬけがらの上に落ちました。
セミです。このセミはここで何日間も大きな声で鳴き続けました。雨の日も、時には暗くなってからも、せいいっぱい鳴き続けました。
それが自分のやりたいことだし、やれることだからです。

 でも、もう力は残っていません。最後にもうひと鳴きしたかったのですが、じじっとしか鳴けず、木に止まっていることもできなくなって地面に落ちました。
セミは自分の下に何かあることに気が付きました。そしてそれが仲間のだれかのぬけがらだとわかりました。
セミは、自分もかつてこの中にいたことや、時間をかけて少しずつ外に体を出し、曲がった羽根が伸びていくのを待っていたことを思い出すと、ぬけがらをそっと抱くように寄り添って、静かにその一生を終えました。   


(おしまい)


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

No.5 トウトリノス

羽上帆樽
SF
別れると、出会い 仮想空間も、物語も、形式的にはすべて終わった。しかし、始まりが明確でない以上、終わりもまた明確でない。円周上にいるとき、向かい側は常に見える。

ボクのオチンチンがオチンチンの国をめざして旅にでちゃったよ

中七七三
児童書・童話
マサル君は小学校2年生の男の子。 夏休みのある日、目を覚ますと、さあ大変、オチンチンがなくなっていました。 「ぼくのおちんちんがない」 そして、そこには手紙があったのです。 「私は、旅に出ます」 オチンチンは旅に出てしまったのです。 ダメです! ボクの大事なオチンチンなのです! 旅に出たオチンチンをおいかける大冒険がはじまりました。 ■イーデスブックスより電子書籍化しています■

イチの道楽

山碕田鶴
児童書・童話
山の奥深くに住む若者イチ。「この世を知りたい」という道楽的好奇心が、人と繋がり世界を広げていく、わらしべ長者的なお話です。

人形劇団ダブダブ

はまだかよこ
児童書・童話
子どもたちに人形劇をと奮闘する一人のおっちゃん、フミオ 彼の人生をちょっとお読みください

白と黒の館へ

主道 学
児童書・童話
 気が付くと、いつの間にかおじいちゃんの大きな館に着いていた。  それは、白い色と黒い色の2階建て。白と黒が縦横に、館を自分のスペースをちゃんとわきまえているかのような模様だ。  いつの間にか、雨の止んだ東の方からの朝日がその白さをより一層、白くする。まるで何も変哲もない透明なコップに入れた、山羊の乳みたいだ。  黒い色の方は、つやつやの廊下のように黒い色が光っている。  玄関の扉を開けると、鍵がかかってないことと、両脇にある雫が滴る植木鉢の片方に大きな蜘蛛がいたことが解る。  僕は中に入ると、蜘蛛が話しかけてきた。 「坊主。中の中には、入るなよ」 「え」  僕はしゃべる蜘蛛に振り向いた。 「その中さ。その中の中には入っちゃいけない」  虐待を受けたヨルダンは世界中のドアのある不思議な館へと旅するサバイバルホラー。   注 この作品にはちょっと、怖い要素があったりしますが。   ヨルダンと一緒に勇気を出して冒険にいきましょう。   

眠れる森のうさぎ姫

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
白うさぎ王国のアヴェリン姫のもっぱらの悩みは、いつも眠たくて仕方がないことでした。王国一の名医に『眠い眠い病』だと言われたアヴェリン姫は、人間たちのお伽噺の「眠れる森の美女」の中に、自分の病の秘密が解き明かされているのではと思い、それを知るために危険を顧みず人間界へと足を踏み入れて行くのですが……。

陰陽神(いよかん)とポンの不思議な冒険

マシュー
児童書・童話
白狸ポンが、失踪した両親を探すため、黒猫りりと守護神鳳凰と共に、友情、家族、親子の絆を描いた物語。 ☆ジュブナイルファンタジー小説。 ☆本編は1章~4章で完結です。 ☆番外編はポンの両親父カンと母チイの出会いのお話です。 ☆この作品が面白いと思って頂けましたら是非、お気に入り登録&シェアを宜しくお願いします。感想も頂ければ嬉しいです。必ずお返事します。

おにぎりぼうやの日常

ハナノミナト
児童書・童話
おにぎりぼうやがすくすく育っていく日常を書きました。ほっこり、まったりしませんか?

処理中です...