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第11章 バカと天才は死んでも治らない

第279話 走龍灯のその先に

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 崖から投げ落とされたタクマ達は、何の抵抗もできないまま真っ黒な海へと垂直落下していく。ナノとおタツの身長差、男と女の体重の違いなど関係なく、皆仲良く落ちていく。殆どが、死を覚悟して目を瞑る。
 しかしそんな刹那、リュウヤは消えゆく意識の中考え事をしていた。走馬灯だ。
 ──俺、こんな所で死ぬのかよ。腕ねぇし、左眼抉られたし、そりゃ死ぬよな普通。あれだけ威勢よく能面騎士のモノマネをタクマとやったのに、これじゃまるでピエロだ。いや、元から俺はピエロだった。
 ……あれ?そういや俺、なんでこんなヘラヘラしようって思ったんだっけ?
 リュウヤが疑問に思った時、一瞬時が止まり、脳内に映像が流れた。
 あ、これ過去の回想って奴か?ここは、俺の家、和食屋『剣崎』だ。閉店した後か、父さんと母さんと、爺ちゃんがいる。俺は、二階へ続く廊下からひっそり3人を除いている。

【剣崎家 食堂】
「だから親父、そんな無茶言わないでくれよ!折角一流企業に入ったんだぞ!それをいきなり、偶善だけやめろなんて!」
「そうですよお義父さん、そんなのあんまりです」
「それではダメだ!お前は家族だろ?共働き、それも同じ会社ならお互い別居になる可能性だってある!俺は聞いたぞ、あの会社は夫婦だろうと関係なく引き裂くとな!」

 爺ちゃんはそう言いながら机を強く叩く。それに父さんと母さんは一瞬ビクッと反応するが、再び反論する。

「けどそれは東京本部の方の話だ!北海道支部でそんな話はない!」
「だとしてもだ!お前が弟を作るかどうかは別にしろ、龍弥はどうする!まだ小学生にもなってないアイツを、お前は独りにするつもりか!」
「違います!だって──」
「違うものか。現にアイツと一緒にいる時間が長いのは俺、お前らは残業残業でろくに龍弥と一緒にいてやれてないじゃないか!それで、龍弥の気持ちは考えたことがあるのか!」
「いい加減にしろクソ親父!黙って聞いてりゃオレらに龍弥を愛する気持ちがないみたいに言いやがって!」
「龍太郎さんやめて!暴力は──」
「ああやってみろ!このバカ息子が!」

 胸ぐらを掴んだ父さんは、凄い形相で爺ちゃんの顔面を殴る。母さんの制止など意味を成さず、殴られた爺ちゃんはそのまま後ろによろけてカウンターを突き破った。
 そうだ思い出した。俺がまだ5歳の時、爺ちゃんが共働きの両親に異議を申し立てた。それが原因で、最初で最後の親子喧嘩が勃発したんだ。さっき破ったカウンターも、今は色が変わって復活している。
 この時からだ。俺は子供ながらにこの空気が怖いと感じた。父さんと爺ちゃんは怖い顔で睨み合って、机を叩く大きな音が響いて、母さんはずっと泣いている。俺はこの空気、空間、そしてしんとした場所がトラウマになったんだ。

「仮に、仮にだ。単身赴任でどっちかが龍弥と一緒に引っ越していくとしよう。そうしたらどうだ、家族の関係がおかしくなる。それも、親と過ごす時間が少なければ少ないほど、龍弥は寂しい思いをするだろう」
「そんな常識があってたまるか。家族は家族、どこにいても変わらないだろうが!」
「偶善も偶善だ。オレの娘のように可愛がって、龍弥の母親になると信じて見ていたが子供より仕事優先だ。これをうちの婆さんが聞いたらどう思うか」
「ごめんなさい、ごめんなさい」

 母さんはもう謝ることしかできなかった。そりゃあそうだ。両親共に同じ会社で出会って、俺が生まれて5年。共働きで親と居る時間が減る事を杞憂した爺ちゃんの気遣いのはずだったものが、こんな修羅場になってしまったのだ。
 時代も時代、女が家事、男が仕事をすると言う常識がまだあった時代。攻められるのは母さんばかりだった。偶善、お前が会社をやめろ、と。

「もうよい。そんなに仕事が大事だと言うのなら、お前らで勝手にやれ。ただし、龍弥はオレが預かる」
「何だと?すぐ寿命で朽ちそうなジジイが?」
「たわけが。俺はまだ56、龍弥の高校卒業を見守るまではまだまだ元気だ。自分が若いからと自惚れるな」

 そんな一件があった次の日、父さんと母さんは俺に別れの言葉も告げずに何処か遠くに行ってしまった。あれ以来、俺は両親に会ったことがない。
 けど、いざ両親がいなくなってみると、爺ちゃんは閉店後のカウンターで、独り寂しそうに頭を抱えていた。しかも、よく見れば目から涙がこぼれ落ちている。

「じーちゃん?」
「おお、龍弥か?どうした、怖い夢でも見たか?」

 その時の爺ちゃんの顔は、すごく悲しそうだった。まだ世間も何も知らない子供だった俺には、それがどういう感情から来る顔だったか分からなかった。けど本能的に、苦しんでいることだけは分かった。
 それからだ。俺は、皆を笑顔にしたいって思うようになったのは。きっと、本当はただこの嫌な空気が怖くて嫌いだっただけ。けど、俺が何かふざけた事をすれば、場が和むんだと。
 俺が、俺が全部背負ってでも皆を安心させられるなら、ピエロになっても構わないと。だから俺は……

「ううん。俺ね、すげー夢見たんだ!だからじーちゃんにも教えてあげようかなって」
「ほぉ。で、それはどんな夢だったんだ?爺ちゃんに教えてくれないか?」
「えっとねぇ、じーちゃんと料理してて、俺と爺ちゃんでこのお店をやってく夢!」
「それは凄い夢だなぁ!さっすがオレの孫だ!どうだその夢、現実にしてみないか?」
「げんじつ?」
「ああ、本当に二人で店をやってこうって事だ」

 この時、爺ちゃんの顔の曇りが晴れたような気がした。そして、この初めて交わしたこの約束こそ、俺が料理人を志すようになった理由。破ることなど決してない、俺と爺ちゃんの硬い約束。
 それなのに、それなのに、こんな所で俺の夢も約束も終わっちまう。まだ今の父さんにも母さんにもリアルで顔を合わせないままで、まだ爺ちゃんにも正式に認められてないのに、まだ家族の関係も戻せてないのに……
 本当に終わっていいのか?
 いやダメだ。俺はまだやらなきゃいけない事が山ほどある。それを中途半端で放置するのか?
 否!

「こんな所で……死んでたまるかボケナスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 その時、リュウヤの心の底に溜まっていた感情に火が付き、大爆発を巻き起こした。すると、その感情の爆発に呼応した宝玉達が一点に集まると、リュウヤのガントレットに光を与えた。
 そして、光が消えたそこには、火水風土樹氷雷、7大属性を宿した宝玉が北斗七星型に並べられ、黄金のガントレットに進化した。

『マスター、ついに目醒める刻です。我らが祖、最強の龍よ』

 どこからともなく声が聞こえてくる。アコンダリアで寝込んだ時に聞いた声と同じだ。あの時は分からなかったけど、今ならこれが何の声なのか、何を意味する事なのか分かるような気がする。
 リュウヤは無意識に体に光の力を溜め込んだ。そして、リュウヤが光に包まれた時、不思議なことが起こった。
 なんとタクマ達の傷が一瞬で治癒し、リュウヤの腕はトカゲの尻尾のように一瞬で再生し、焼けた肌も綺麗な肌色に戻った。
 リュウヤからは不思議な力が湧き上がっていた。それはリュウヤから溢れかえるほど。だからリュウヤは叫んだ。有り余る力を放つように、新たに生まれた聖龍の産声のように。

「アイルビー……バァァァァァァァック!!」
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