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第4章 ヴェルハラへ行くもの達

第73話 ボン・ヴォヤージュ(よい旅を)

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【それから翌日】

「あぁ~、今日もいい天気」
「お前流石にそれはマズいぞ」

 ベランダ付きの宿から朝日を見ながら、タクマは湯呑みに入ったお茶を飲む。
 そして、そんなよく分からないネタを披露するタクマに、リュウヤはツッコミを入れる。
 それよりも今日は待ちに待ったあの日だ。振り返ってみれば、船に乗るまでの二日間、とんでもないドラマが繰り広げられたものだ。
 帰ってきてすぐの昼、バジリスクやらと戦って、帰ってきてすぐに新しい武器を新調し、そして初めての夜戦をして、ハルトマンさんと出会った。
 長いようで、短い二日間。この時間の事も、背中にできた小さな痛み、リュウヤと岩石猪に踏み付けられた時の痛みが教えてくれる。

「いや~、懐かしいな」
「何が?」

 タクマは、湯呑みの中に入っている黄緑色の緑茶を覗き込みながら呟くリュウヤに訊ねる。

「修学旅行で偶々俺達仲良い3人組が集まった時、東京の朝日見ながらお茶飲んだじゃねぇか」
「あぁ、あったねそんな事」

 タクマも懐かしむような目で、あの日と同じように、朝日を見ながらお茶を飲む。
 そう思いながら飲むと、さっきまで口をつけていた味とは別の味になる。人ってのはいつ考えても不思議な物だな。タクマは思う。

「今日でこの大陸とも暫くお別れか……」
「あんま寂しい顔すんなって、帰ろうと思えばいつでも帰れるだろうしよ」

 ベランダのフェンスに背中をつけ、リュウヤは笑いながら言う。
 確かにそうだ、帰ろうと思えばいつでもワープで帰る事は出来る。
 ウォルも大和もアルゴも、もうないけどヴァルガンナ跡にも、行こうと思えばいつでも行ける。
 その事に安心して、タクマは「この世界に俺の決まった居場所はねぇけど、メア達の為にも、偶に帰るのもいいかも」と呟く。

「さーてっと。後数時間もない、そろそろ寝坊助さん共起こして飯行こうぜ」
「だな、リュウヤは何食うんだ?」
「俺はそうだなぁ、この世界のクリームパンを食ってみてえな」

 タクマとリュウヤは、二人で話しながら宿泊部屋へと戻り、各々眠っている仲間たちを起こした。


【ガルキュイ 飯屋】
「親父、クリームパンお願い」
「ウチにはちくわぱんをお一つ」
「拙者にはちゅりとす、とやらを一つ」

 和の国で暮らしてきた3人は、異世界のパン等を厨房で頼む。
 すると、頼んでから数秒もしないうちに、皿と一緒に頼んだパン達が現れた。
 クリームパンは某国民的アニメのキャラクターのような、人の手形みたいな形をしており、ちくわパンはその名の通りパン生地の中にちくわが入っていた。
 そして、吾郎の頼んだチュリトスには、何故か和風の蕨餅用ソースときな粉がかけられていた。

「これが……ぱんでありんすか……」
「ガブっとかじり付くんです、美味しいですよ~」

 初めて見るパンに驚くおタツの横で、ノエルは笑顔でかじり付くジェスチャーをする。
 そして、ノエルの美味しいと言う言葉を信じ、おタツはパンをかじった。

「うっ……」

 飲み込んだ瞬間、おタツは喉に何かを詰まらせたような声を出す。
 その声を聞いて、リュウヤは「どうした?大丈夫か?」と心配する。
 
「おいしゅうございなんし」
「マジで?じゃあ俺もいただきますッ!と。」

 リュウヤは今にも落ちそうな頬を抑えて美味しさを表現するおタツを見て、自分のクリームパンにかじり付く。
 すると、食べた所からクリームが飛び出し、リュウヤの口へと入っていった。

「うお!美味い!濃厚なミルクの味もあって、お淑やかな塩の味までする。しかも、そのクセが強い味をパン生地が中和してやがる!こいつぁ、ノブナガ様が食ったらひっくり返っちまうぜ!」
「うむ、確かにここの“ぱん”とやらは美味でござるな。このちゅりとすなる物も、拙者のような老いた侍の口にもよく合う」

 リュウヤと吾郎も、パンの美味さに興奮したのか、バクバクと食べる。何と言ったらいいのだろうか、「江戸時代からやってきました」みたいな姿をしているおタツと吾郎がパンを食べる姿は、どことなくシュールに感じる。

「気に入ってくれて何よりじゃよ、おタツや」
「こう言った異文化の交流ってのも面白いもんだな」
「ですね、癒されます。」

 メアとノエル、タクマもそんな話をしながら各々パンを頬張る。
 そしてタクマは、飯屋のマスターに追加で「アメリカンブラックのコーヒーください」と注文した。

【ガルキュイ 船着場】

 それから数十分、タクマ達は新たなる大陸へと出発する為の準備を完了させた。
 チケットよし、武器よし、アイテムよし、調理器具よし、食材よし、オーブよし。

「忘れ物はござらぬな?」
「あぁ、多分コイツらで全部な筈だ」

 今まで旅を共にしてきた鞄を閉め、タクマは吾郎に言う。
 さっき確認した通り、間違えて捨てた物もないし、何か足りないような物もない。

「じゃあ乗りましょうよ、早く早く」
「ノエルったら、初めての船じゃからってはしゃぎすぎじゃぞ」

 ノエルは初めて見る船を見て、ウキウキしながらタクマ達を急かす。
 見た目も性格も、ある時だけはお淑やかなノエルでも、やっぱりこんなすごい船を目の前にしたらはしゃぐものらしい。
 確かに、この世界の船は日本のような現代の鉄製ではなく、中世の木造船と同じような構造をしている。歴史とかは織田、徳川、豊富の三英傑とナポレオンくらいしか知らないが、何故か潜在意識がウズウズしている。

「そろそろ乗るか、いざ新たな世界へヨーソロー」
「リュウヤさんったら、大盛り上がりでありんすね」

 メアとノエルを追うように、リュウヤとおタツも荷物を持って船へと乗船する。
 取り残されたタクマは、一旦後ろを振り返り、ガルキュイの町を、今立っている大陸を名残惜しむ。
 どうせワープで帰れるじゃん、リュウヤなら水入っとけば大和とか帰れるじゃん。そんな心の声もどっかから聞こえてくるが、それでも一時のお別れなのだ。タクマは一瞬、ここに来るまでの冒険を振り返った。
 アルゴ王に会い、虎を倒し、スマホが燃えてノエルに殴られ、ゴーレムとの戦いで……
 と、そう振り返っていると、誰かに肩を叩かれた。吾郎だ。

「タクマ殿、そろそろ」
「あぁ、これからもよろしくな、吾郎爺」
「何でござるか?急に」
「……いや、何でもない」

 タクマは口を笑わせながら、吾郎と共に船に乗った。

『ヴェルハラ行き旅客船、アイズキューラ号出航いたしま~す!!』

 懐かしい馬車アナウンスのような音声が、ギルドの方から聞こえてくる。そして、その放送にOKと返事をするように、アイズキューラ号と呼ばれたタクマ達の乗る船は「ボーーーー!!」と汽笛を鳴らして動き出した。
 潮風が吹き、メアやノエルの髪がなびく。そして、だんだんと近くにあった筈のガルキュイの町がミニチュアのように小さくなっていく。

「潮風が気持ちいいでありんす」
「ですね~、涼しくてクセになりそうです」
「なかなかない経験じゃ、浴びまくるぞ」

 メア、ノエル、おタツの女子陣は海を一望できるデッキから潮風を楽しむ。
 これから新しい旅が始まろうとしている。多分それは必ずしも楽で楽しいだけの冒険とは限らない。
 誰かの死と直面するかもしれないし、もしかしたら殺されるかもしれない。
 けど人と言うのは不思議だ、そんな見えなくて暗いかもしれない事を考えているのに、何故だかワクワクしてくる。
 タクマはそんな初めての気持ちを胸に、いってらっしゃいと見送ってくれるように鳴くウミネコ達を見つめた。
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