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『アリエーテ、起きて、アリエーテ。眠りすぎよ。みんなが心配しているわ』
『……』
『アリエーテ、イグレシア様を奪っちゃうわよ』
『……それは嫌よ』

 ずっと呼び続け、やっと小さな声が聞こえた。

『やっと起きたの?みんな心配しているわ』
『とても眠いの……もう少し眠らせて』
『プリュームは、アルシナシオン様と結婚したそうよ』
『バカップルだったから、早く結婚した方がお父様も安心なさるわ』
『イグレシア様は、毎日、来てくれているわよ。目覚めるのを、ずっと待っているわ』
『イグに会いたいわ』
『会いたいのなら、目を開けて。他の誰かに奪われてしまうわよ。王妃様が来て、言っていたわ』
『イグはなんと答えたのかしら?』
『すべて断ってくれたわ。だけど、このまま目覚めなかったら、分からないわ。イグレシア様は皇太子よ。いずれ国を背負うお方でしょう?』
『……うん、そうね』
『私が起きましょうか?また交代で身体を使ってもいいのよ。眠いのなら……』
『由香も目覚めなければいけないわね。私が送り届けるわ』
『どこへ届けるの?』
『由香が住んでいた世界よ』

……そう言うと、アリエーテは心の中で祈りを始めた。


 光が走る。

 目映いほどの光が走って、見覚えのある景色が見えてきた。



「由香、そろそろ終電だぞ」
「あら、本当だ」

 私は、急いでパソコンに書き込んでいたプログラムを保存して、パソコンを落とした。
 急いで上着を着て、いつも持ち歩いているバックを肩にかけた。

「お疲れ様でした。お先に失礼します。孝史先輩。家が近くだからって、あまり遅くまでお仕事してはダメよ」
「おい!ちょっと待って……」

 何か声をかけられたけれど、立ち止まっていたら終電が出てしまう。
 私はまだ履き慣れていないハイヒールで走った。地下鉄乗り場までそれほど遠くはないけれど、近くもない。
 孝史先輩に少しでも綺麗な姿を見て欲しくて、自分が一番綺麗に見える洋服や靴を新調した。化粧品もいい物にして香水も気にならない程度に付けて、肌のお手入れも欠かしてはいない。
 好きな人ができると、人は変われる。
 好きになって欲しいから、頑張れる。
 たまに触れる手と手だけでも、ドキドキして、胸が高まる。
 初めてキスをしたときも、胸がキュンとした。部屋に招かれ、一緒にお酒を飲んだ。酔いの勢いだったのか、大好きな孝史先輩と結ばれた。初めてだったけれど、嬉しかった。それから、何度も家に誘われ、抱き合った。お酒がなくても愛し合えた。

 結ばれる瞬間、私はいつも愛されているのかな?と疑問に思いながらも、抱き合っていた。このまま愛してもらえるならセフレでもいいかとも思った。大好きな人と一緒にいられる幸せな気持ちを大切にしたかった。だから、私は、好きとは言わなかった。
 この関係が終わるかもしれないなら、好きだと言わなくてもいいと思った。
 大好きだから、手放したくはない。重荷にはなりたくはなかった。
 軽い女だと思われてもいい。大好きな人と結ばれるためなら。
 どんな努力も苦ではない。

 夜遅くまで、残業をしても、朝、早く出勤しても孝史先輩は、いつも職場にいるから、私は彼の居場所に帰るように仕事をしている。
 ハイヒールのかかとが路肩の編み目にはまって、かかとが折れてしまった。

「最悪だ。電車が行ってしまう」

 折れたかかとをむしり取って、私は走った。ちぐはぐな高さの靴で、走りづらい。躓いて転んだ。膝を擦りむいて、ストッキングが破れた。
 バックが転んだ勢いで、中身をぶちまけた。
 通りを歩く人が、クスクス笑って、通り過ぎて行く。

「……恥ずかしい」

 私はもともとおっちょこちょいだ。
 怪我もよくするし、些細なことで落ち込みもする。孝史先輩は、そんな私に、自分らしくいればかいいと、ありのままの私を受け入れてくれた。
 優しくされる度に、どんどん好きになっていく。
 夢中でバックの中に落とした物を鞄に入れた。
 急がなければ、電車が行ってしまう。
 ちぐはぐな靴のまま走って、やっと地下鉄の入り口に着いた。
 この階段を駆け下りて、もう少し走ったら改札口がある。

 頑張れ、私。

 私は階段を駆け下りる。ちぐはぐな靴が走りづらい


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