28 / 61
4 聖女の誘拐
6 誘拐 (6)
しおりを挟む『アリエーテはお人好しね。誘拐されたのに、依頼を受けるんですもの。もっと怒ってもいいと思うのよ』
由香はアリエーテに心の中で話しかける。
『怒っても、何も始まらないわ。ここに連れて来られてしまったのなら、今できる最善の方法を考えなくては……』
『それはそうだけど』
『それにしても、なんの仕業でしょうか?悪魔でも召喚なさったのでしょうか?悪魔払いは、私はやったことがありませんの。祈りで治ればいいのですが』
アリエーテはベッドに背もたれをつけてもらい、座っている。
旅館の寝間着姿だったアリエーテは、今は愛らしいネグリジェを着ている。侍女が身体を拭い新しいネグリジェを着せてくれた。
浄化をしたので、この家の者は安全だろう。取り敢えず、体力を取り戻さなければ……。
その頃、イグレシア達はデザロージュ王国の王都に到着してアルシナシオンが指定した旅館にいったん入った。大部屋で取ったので雑魚寝になるが、王子を守ることは可能だ。騎士団の精鋭部隊が集まっているのだから。
観光旅行で来ているので、町中をうろつくことも変に思われないだろう。数人ずつのグループに分かれ、街の中を探索する。
アルシナシオンは馴染みの店に、話を聞きに出かけた。以前は感じなかったが、街の様子が変だ。この間、視察に来たときは、子供達は遊び、井戸端会議をしている母親達の姿も見えた公園には誰もいない。
家の中から、喧嘩の声が聞こえる。喧嘩の声は、一軒や二軒ではない。そこら中で揉め事が起きているようだ。
「マスター、この間と、ずいぶん雰囲気が変わっているようだが」
「国民の皆が短気になり、喧嘩が絶えないようだ。今のところ、わしは何の変化もないが、客同士の揉め事も増えてきている」
「王家の様子はどうだ?」
「議員の話では、殺された者も多く、ずいぶん怪我人がでているようだな」
「何か原因があったのか?」
「皆目見当がつかない様子だ。議員の中でも凶暴化している者も出てきたとか」
「伝染するのか?」
「わしはこの店からあまり出ないが、噂では伝染していると言われている。あんたも視察を切り上げて、国へ帰った方が身のためだぞ」
マスターは、綺麗に手入れされた髭を撫でる。
注文していたビールを一口飲んで、間をつなぐ。
「ところで、この国に聖女様が来たという噂は聞かないか?」
「聞いていないな。聖女様が来てくれるなら、このイカれた国を元通りにしてほしいものだ」
アルシナシオンはビールを一気に飲むと、小銭を置いた。
「また来る」
「今日は泊まっていかないのか?」
「今日はべっぴんと過ごす予定でな」
「そりゃ、楽しそうだな」
「どうも」
アルシナシオンは酒場から出て、宿に戻っていく。
薄暗くなった道を、マントを翻し、走って行く。
(聖女様の噂はなし……か)
宿に戻ったアルシナシオンは、皆が旅館に戻り収穫なしと沈んだ顔をしているところで、マスターからの情報を伝えた。
「アリエーテの消息は分からないのか?」
イグレシアは落胆した表情をした。
「凶暴になる奇病とはなんだ?」
「伝染するなら、イグレシア様を安全な場所に移さねばならない。一端、出直すか?」
騎士達が話し合う。
「私は国へは戻るつもりはない。アリエーテを救い出すことが先決だ」
イグレシアは、頑なに、アリエーテを案じている。
「もしや、この国に連れ込まれて来たときに、意識を失ったまま連れて来られたのなら、まだ起きられない状態にあるのかもしません」
騎士の一人が声を潜めて、発言をした。
「確かに、旅館でアリエーテは頭を打ち、意識を失っております。そのまま眠らされていたのならば、まだベッドから起き上がれない状態にあるかもしれません」
アリエーテの父、マルモルは冷静に分析する。
「アリエーテ、どうか無事でいてくれ」
イグレシアは頭を抱える。
襖がノックされた。
「お食事の用意をさせてもらっても、よろしいでしょうか?」
この旅館の女将が、声をかけてきた。
「頼む」
アルシナシオンが答えると、女将と仲居が数人入ってきた。
夕食の支度が始まった。
「温泉もありますので、どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さい」
「ありがとう、女将」
この国の言葉は、イグレシアは話せるが、アルシナシオンの方が、この国に慣れている。ここは任せた方が得策だろう。その日の話し合いは、ここでお開きになった。
アリエーテに動きが無ければ、助け出すことも難しい。
1
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
【短編】復讐すればいいのに〜婚約破棄のその後のお話〜
真辺わ人
恋愛
平民の女性との間に真実の愛を見つけた王太子は、公爵令嬢に婚約破棄を告げる。
しかし、公爵家と国王の不興を買い、彼は廃太子とされてしまった。
これはその後の彼(元王太子)と彼女(平民少女)のお話です。
数年後に彼女が語る真実とは……?
前中後編の三部構成です。
❇︎ざまぁはありません。
❇︎設定は緩いですので、頭のネジを緩めながらお読みください。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる