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4   聖女の誘拐

6   誘拐 (6)

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『アリエーテはお人好しね。誘拐されたのに、依頼を受けるんですもの。もっと怒ってもいいと思うのよ』
 由香はアリエーテに心の中で話しかける。
『怒っても、何も始まらないわ。ここに連れて来られてしまったのなら、今できる最善の方法を考えなくては……』
『それはそうだけど』
『それにしても、なんの仕業でしょうか?悪魔でも召喚なさったのでしょうか?悪魔払いは、私はやったことがありませんの。祈りで治ればいいのですが』



 アリエーテはベッドに背もたれをつけてもらい、座っている。
 旅館の寝間着姿だったアリエーテは、今は愛らしいネグリジェを着ている。侍女が身体を拭い新しいネグリジェを着せてくれた。
 浄化をしたので、この家の者は安全だろう。取り敢えず、体力を取り戻さなければ……。





 その頃、イグレシア達はデザロージュ王国の王都に到着してアルシナシオンが指定した旅館にいったん入った。大部屋で取ったので雑魚寝になるが、王子を守ることは可能だ。騎士団の精鋭部隊が集まっているのだから。
観光旅行で来ているので、町中をうろつくことも変に思われないだろう。数人ずつのグループに分かれ、街の中を探索する。



アルシナシオンは馴染みの店に、話を聞きに出かけた。以前は感じなかったが、街の様子が変だ。この間、視察に来たときは、子供達は遊び、井戸端会議をしている母親達の姿も見えた公園には誰もいない。
 家の中から、喧嘩の声が聞こえる。喧嘩の声は、一軒や二軒ではない。そこら中で揉め事が起きているようだ。

「マスター、この間と、ずいぶん雰囲気が変わっているようだが」
「国民の皆が短気になり、喧嘩が絶えないようだ。今のところ、わしは何の変化もないが、客同士の揉め事も増えてきている」
「王家の様子はどうだ?」
「議員の話では、殺された者も多く、ずいぶん怪我人がでているようだな」
「何か原因があったのか?」
「皆目見当がつかない様子だ。議員の中でも凶暴化している者も出てきたとか」
「伝染するのか?」
「わしはこの店からあまり出ないが、噂では伝染していると言われている。あんたも視察を切り上げて、国へ帰った方が身のためだぞ」

 マスターは、綺麗に手入れされた髭を撫でる。
 注文していたビールを一口飲んで、間をつなぐ。

「ところで、この国に聖女様が来たという噂は聞かないか?」
「聞いていないな。聖女様が来てくれるなら、このイカれた国を元通りにしてほしいものだ」

 アルシナシオンはビールを一気に飲むと、小銭を置いた。

「また来る」
「今日は泊まっていかないのか?」
「今日はべっぴんと過ごす予定でな」
「そりゃ、楽しそうだな」
「どうも」

 アルシナシオンは酒場から出て、宿に戻っていく。
 薄暗くなった道を、マントを翻し、走って行く。
(聖女様の噂はなし……か)





 宿に戻ったアルシナシオンは、皆が旅館に戻り収穫なしと沈んだ顔をしているところで、マスターからの情報を伝えた。
「アリエーテの消息は分からないのか?」
 イグレシアは落胆した表情をした。

「凶暴になる奇病とはなんだ?」
「伝染するなら、イグレシア様を安全な場所に移さねばならない。一端、出直すか?」

 騎士達が話し合う。

「私は国へは戻るつもりはない。アリエーテを救い出すことが先決だ」

 イグレシアは、頑なに、アリエーテを案じている。

「もしや、この国に連れ込まれて来たときに、意識を失ったまま連れて来られたのなら、まだ起きられない状態にあるのかもしません」

 騎士の一人が声を潜めて、発言をした。

「確かに、旅館でアリエーテは頭を打ち、意識を失っております。そのまま眠らされていたのならば、まだベッドから起き上がれない状態にあるかもしれません」

 アリエーテの父、マルモルは冷静に分析する。

「アリエーテ、どうか無事でいてくれ」

 イグレシアは頭を抱える。
 襖がノックされた。

「お食事の用意をさせてもらっても、よろしいでしょうか?」

 この旅館の女将が、声をかけてきた。

「頼む」

 アルシナシオンが答えると、女将と仲居が数人入ってきた。
 夕食の支度が始まった。

「温泉もありますので、どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さい」
「ありがとう、女将」

 この国の言葉は、イグレシアは話せるが、アルシナシオンの方が、この国に慣れている。ここは任せた方が得策だろう。その日の話し合いは、ここでお開きになった。
 アリエーテに動きが無ければ、助け出すことも難しい。



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