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第三章

5   医術学校2

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 お昼の時間は、母や祖父も屋敷で食事をたべるようで、皆で一緒にテーブルに着いた。

 母は13歳のクラスで、魔術を教えている。まだ治癒魔法の『ち』も知らない子達なので、教え甲斐があるだろう。祖父は最上位のクラスを教えている。

 フラウム自身は、祖父に教えて欲しいと思っているが、今は、お試しなのだ。

 フラウム自身は学校に通っていなかったので、どれほどの知識があるのか、判断できない。まだ解剖を絵でしか見たことのない素人だけど、上級者クラスに入れられた。


「フラウム、数分で課題を終わらせたそうだな?」

「はい、治癒の方法の授業でしたので、既に人体で経験済みですわ」

「そうか、様子を見て、最上級クラスに入れそうなら、入れてやろう」

「本当ですか?お祖父様」

「最上級クラスは内臓治療をしておるぞ」

「とても興味がありますわ」

「そうか、今日の午後は解剖だったな。よく見ておきなさい。今日の検体は、フラウムを襲った盗賊達だ。薬物反応があったが、他には見つけられなかったらしい。何かを見つけたら、教えて欲しい」

「そんな重大な賊の解剖を医学生にさせてもいいのですか?」

「大勢いるので、皇帝が6体寄付してくださった」

「6体も?」

「上級生と半分だ」


 6人のクラスなので、2人で一体解剖ができることになる。

 これは、貴重な経験だ。

 雷を頭から落とされていても、起き上がってきた怪物のような人達だった。

 フラウムは軽めの食事をいただいて、紅茶をゆっくり口にする。


「薬物は何か分かったのですか?」

「いや、不明だ」

「サルサミア王国の秘薬かもしれないのに、学生に解剖などさせてもいいのですか?」

「皇帝がくださった、献体だ。有り難く学生の役に立たせてもらう」

「はい、しっかり勉強させていただきます」


 フラウムはお辞儀をした。

 祖父と母はニコリと笑ったけれど、祖母は目を背けていた。


(嫌われているのかしら?)


 今日の祖母は、どこか冷たい。

 心眼で心を読めば分かるけれど、フラウムは、そんな事はしたくなかった。

 居場所はここにしかないのだから、ここで頑張るしかない。





 解剖室には、6体の遺体がベッドの上に横になっている。
 
 上級生は3人だった。

 一人一体もらえる事になる。

 フラウム達は二人で一体になる。

 フラウムの相手は、テリという女の子だった。

 気の弱そうな顔をしている。年齢は同い年のようだ。


「私、今日は見学でいいわ。魔法学校に通っているけれど、この先、魔法を使うつもりはないの。アンビリシオン様と結婚したら、私の使命は子を成すことですもの」

「それなら、椅子に座っていらしたらどうかしら?」

「そうね、椅子を持ってくるわ」


 テリは教室の後ろから、椅子を持ってきて、ベッドから離れた場所に置いた。

 ナーゲル先生が、「テリ、フラウムの横に立ちなさい」とテリを叱った。

 テリは渋々、フラウムの横に立った。

 フラウムの隣のベッドには彼女の婚約者のアンビリシオンが立っている。


「適当にしておけよ」とアンビリシオンがテリに囁いている。

「怖いの」「いや」「帰る」というテリは完全に、解剖をするつもりはないようだ。


「先生、テリは私の婚約者です。私の見学をさせてもいいですか?」


 アンビリシオンは、テリの手を繋いで、泣きそうなテリを宥めて、先生(祖父)にお願いした。


「好きにしなさい」


 祖父は、無理強いはしないようだ。

 確かに、人によっては怖いと感じる人もいるかもしれない。


 ナターシャはファベルと組んで、モナルコスはディニアと男同士で組んでいる。


「では、始めなさい」


 検視解剖なので、毒薬のキットも置かれていた。

 フラウムは、午前中に読んだ祖母が推薦してくれた本の中で書かれていた解剖の内容を思い出しながら、まず、全身観察から始めた。


(浮遊)

(透視)


 遺体を浮かせて、全身を視て行く。

 外からの外傷は、頭にあった。

 フラウムが雷を落とした男の一人のようだ。

 頭蓋骨が折れて、脳出血もしている。それなのに、歩けたのね?

 外的外傷は頭だけのようだ。

 ノートに、記入していく。

 喉と胃に潰瘍。十二指腸、腸は炎症を起こしている。

 手に手袋をして、フラウムは頭から検査を始めた。

 髪を剃り落として、傷を露わにした。


(広範囲に火傷)


 手が汚れてしまったので、魔術で記録していく。

 皮膚を切開した時に、薄く切った皮膚を毒薬のサンプル容器に入れていく。

 頭蓋骨を魔術で切断して、脳を露わにした。血液のPHを計った時、自分の目を疑った。


 0?


 水でもPH濃度は、7ある。

 強酸?


(塩酸?硫酸?)


(遮断)


 咄嗟に、自分周りに結界を張った。

 その時、テリが悲鳴を上げた。

 悲鳴は、あちこちから聞こえだした。


「皆、避難だ!」


 お祖父様が大声を出した。


「すぐにシャワーを浴びなさい」


 祖父が言った。


「外に出て、雨を降らす」


 ナーゲル先生が、生徒達を誘導している。

 フラウムも避難した。

 確かに、すぐ遮断しなければ、危険だった。





 真冬の雨が冷たい。

 白衣の上から、土砂降りの雨の中に立たされた。

 祖父もナーゲル先生も雨に濡れている。


「これは、応急処置だ。怪我をした者はいないか?」


 フラウム以外、全員、火傷をしている。

 テリは顔に火傷をしてしまったようだ。

 アンビリシオンがテリの顔を氷魔法で氷を作り、冷やしている。

 祖父は、生徒の怪我の程度を確認して、振り分けた。

 一番重傷なのは、テリで、祖父が治療を行うようだ。

 次に重傷なのは、ナターシャだった。ナターシャも顔に火傷をしていた。目の横で、目に入らなくてよかった。だが、婚約者のファベルは、自分の怪我で必死のようだ。彼は腕に火傷をしていた。

 テリとナターシャ以外は、腕に火傷をしていた。

 母も慌てて、治療にやってきた。

 他の先生も治療に集まってきている。

 雨は止んだ。

 教室の机をくっつけて、そこに寝かすと、皆、治療を始めた。

 けれど、術者が足りない。


「フラウム、できるか?」


 祖父が聞いてきた。


「理屈は分かります」

「それなら、軽傷のファベルを頼む」

「はい」

「やだよ、素人にできるはずがないだろう?」


 ファベルは、フラウムの治療を拒んだ。


「それなら、冷やしていなさい」


 フラウムは大きめな氷を魔術で作り出して、手渡した。

 フラウムは、テリの治療を見てみたかった。


(皮膚を取り除いて、再生魔法をしているのね)


 顔の半分に火傷を負っていたのに、焦げ付いていた皮膚は綺麗になくなって、新しい皮膚が盛り上がってきていた。

 けれど、硫酸で焼けた肌は、再生した肌も焼いている。


(再生魔法が早かったのね?もっと深くまで取り除かなくてはならないのね)


 テリの治療は、最初からやり直しになった。

 骨まで見えてしまった。


(お祖父様、どうなさるの?)


 祖父は、そこで洗浄を始めた。

 そうしたら、残っていた酸が、周辺の皮膚を焼いたが、暫く立つと、焼き尽くしたように、それ以上、広がなくなった。

 祖父は焼けた皮膚も切除していった。

 それから、骨の上に、薄く皮膚をのせて、少しずつ増殖させ、新しい皮膚を皮膚のない場所に移植して、少しずつ増殖させていった。テリの顔は、半分、新しい皮膚に覆われた。


(素晴らしい)


 フラウムは、祖父の治療を素晴らしいと思った。

 祖父はテリの顔に包帯を巻いていった。

 治療を受けたアンビリシオンは、テリの顔を見て、憔悴していた。


「先生、テリは治りますか?」


「皮膚移植は成功した。後は、暫く安静だ。触らぬように言っておいてくれ。家に連れ帰ってくれるか?白衣も濡れている」

「分かりました」


 アンビリシオンはテリを抱き上げると、部屋から出て行った。


「先生、次、お願いします」


 ファベルは、急いで祖父に声をかけた。


「疲れた!フラウム、方法は見ていたな?やってみろ」

「はい」


 フラウムはファベルを見た。

 ファベルは逃げだそうとしたが、祖父が捕縛していた。


「さあ、早くしないと、腕が落ちるぞ」

「それは困る」

「それなら、横になりなさい」

「ひゃーい」


 引きづられるようにされながら、それでも、最後は自分で机に横になった。


「フラウム」

「なぁに?」

「痛くないようにしてね」

「いい夢を」と、フラウムは魔術を放った。

 くたんとファベルは眠った。

 火傷した腕を視た。

 腕には小さな壊死があった。そこの部分を取り除いていく。深部は火傷が酷かった。


(血が酸でできていたのね?それに気づかずに、豪快に切開したから、火傷してしまったのね?)


 火傷の酷い場所は切開して、取り除いていく。

 その後、洗浄をした。

 患部が少し焼けて、止まった。

 まだ切除して、脆くなった血管に魔力を送って、血管を再生させていく。一緒に筋肉も神経も再生してきた。元の状態まで、ゆっくり増殖させて、今度は傷の手当てをした。

 魔術を流しながら、皮膚を強くしていく。

 綺麗に治って、祖父は拍手をした。


「なるほど、その治療法があったな」

「ええ、傷跡は残らない方がいいですわ」


 フラウムは、ファベルの肩を揺すった。

 目を開けたファベルは、自分の腕を見て、ホッとしている。


「フラウム、失礼なことをしてすまなかった」

「いいえ、誰だって、怖いわよ。でも、もう治ったわよ」

「ありがとう」


 ファベルは机から降りると、今更、ナターシャの事を心配しだした。


「治る。今は濡れた白衣を着替えてきなさい。今日の授業は中止だ。帰ってよろしい」

「でも」

「帰りなさい」


 祖父に言われて、ファベルは帰って行った。


「フラウムは」

「白衣なら、乾燥させましたわ」

「それなら、治療を視て行くか?」

「はい、お願いします」


 フラウムは、祖父の後について、ナターシャの手術を見に行った。

 ナターシャの火傷は、目の近くだった。


(お母様、すごい!大胆だわ)


 瞼まで広がった火傷を、広範囲に取り除いている。

 このままでは、顔の形成までしなければならない。

 少し、洗浄をした。

 傷がまた広がった。

 運が悪ければ、目まで火傷をしてしまう。けれど、母は、洗浄の前に眼球を遮断して、広がるのを塞いだ。

 そこから、皮膚を増殖させて、瞼は、魔力で作っていく。


(損傷をして欲しくない場所は、予め遮断させてしまうのね?)


 皮膚を増殖させて、瞼の上は魔力で作っている。


(左右対称にしているのね?鏡の術ね)


 新しい皮膚に魔力を当てて、弾力を付けていく。

 テリよりも肌の状態は良さそうだ。


「これ以上は、今日は無理ね。毎日、魔力を当てていけば、元に皮膚に近くなるわ」


 ナターシャも顔に包帯を巻かれた。


「家まで送っていくわ」

「それなら、わたくしも一緒にいいですか?」

「行っておいで。しっかり勉強してきなさい」

 祖父が許可を出してくれた。

「はい」

「仕方がありませんね。おとなしくしていなさいね」

「はい」

 母は、ナターシャにクリーン魔法をかけて、濡れた白衣を乾かした。

 それから、浮遊させたまま敷地内を歩いて行く。


「女の子ですから、顔に傷が残れば、心に傷が付きます。縁談にも影響してきます。女の子が二人、顔に怪我をしたと聞いたときは、焦りました。フラウムかもしれないと思うと心配で」

「わたくしは、今日の午前中に時間がありましたから、お祖母様に勉強するように言われて、図書室でお祖母様が推薦してくださった本を読んでいました。ちょうど解剖についての本でしたので、予習ができました。そのお陰で、慎重に解剖ができたのです。本当はテリと一緒だったのですが、テリが、彼氏の所がいいと言い出したので、わたくしは一人でゆっくり始められました。血液のPHを調べたとき、異常に酸性だったので、すぐに遮断したのですわ。その時、あちこちから悲鳴が上がりました」

「そう、母が……。母は近い未来予知ができますの。なので、解剖中に騒ぎが起きることに気づいていたのでしょう。なので、フラウムに勉強するように言ったのだと思うわ」

「お祖母様は、未来予知ができるのですか?勉強もせずに家に戻ってきてお茶を飲んでいる、わたくしを怒ってらっしゃると思っていましたわ」

「そんな理不尽に怒る人ではありませんわ。フラウムは自分の課題は終わらせて帰ってきたのでしょう?」

「ええ、そうですわ」

 母はナターシャを気にかけながら、フラウムと歩く。

 フラウムもナターシャを気にかけながら歩いて行く。

 先にモナルコスが自宅に戻っていたので、ナターシャの家の前で、モナルコスとナターシャの母親が、立って待っていた。


「ナターシャ」


 ナターシャの母が駆け寄ってきた。

 顔中に包帯を巻かれたナターシャを見て、泣いている。


「メーロス、今できる最善を尽くしたわ。毎日、治療を続ければ、傷は目立たなくなるはずよ」

「アミがこの子の手術を?」

「ええ、そうですわ。目の近くに硫酸を浴びたの。視力は守ったつもりよ。明日、きちんと検査をするわ」

「あれは硫酸だったのですか?」

 モナルコスは、腕に火傷をしていた。

「血が飛んだのです」

「その様ですね。わたくしは担当教師ではありませんが、結果だけお伝えしますね」

「目を覚ました時に、傷に触らないように気をつけて欲しいの。かなり難しい手術をしたわ。今、触ってしまうと、綺麗なってきた皮膚を傷つけてしまうの。なので、目を覚ました後、錯乱するかもしれませんが、魔術で縛り付けても触らないようにさせてください」

「アミが手術をしてくれたのなら、大丈夫ね?」

「最善を尽くしたし、完治するまで最善を尽くします」

「ありがとう、アミ」

「いいえ、お部屋に連れて行くわ」


 屋敷の中に入って、ナターシャの部屋に案内された。

 侯爵家の令嬢らしく、美しい部屋だった。

 侍女がベッドの掛布を捲り、母はそこにナターシャを寝かせた。


「メーロスかモナルコスが必ず、付き添ってください。顔に触らないように、お願いしますね。食事は召し上がって大丈夫です。お薬も要りません」

「分かりました。アミの言うとおりに致します」


 母が一礼したので、フラウムも一礼した。


「アミの子ね?」

「初めまして、フラウムと申します」

「あなたは、怪我はしなかったの?」

「ええ、血液が酸性だったので、すぐに遮断をしました」

「アミの血を受け継いだのね。素晴らしいわ」


 フラウムは、黙って、もう一度お辞儀をした。


「では、行きますわ。何かあれば、いつでも我が家にどうぞ」

「ええ、お願いします」

 母について、フラウムはナターシャの部屋から出て、そのまま階段を降りて、屋敷の外に出た。

 見送りに出た侍女に頭を下げて、そのまま来た道を戻る。

 白いワンピースと白衣姿は、少々、寒い。

 母も白衣を着ていた。白衣の中は動きやすそうなワンピース姿だ。これが、母の仕事着だ。

 雪がチラチラ降ってきたが、積もるほどではないだろう。


「お母様とナターシャのお母様は、知り合いなのですか?」

「ええ、幼馴染みだわ。医学学校も一緒に通った仲よ」

「だから、お母様を信頼していたのね?」

「そうね、わたくしはずっと一位の座を取っていたから。医術も魔術も魔力もプラネット家の中で一番だったのよ」

「今もそうなのかしら?」

「どうかしら?フラウムも魔力が強そうね」

「魔力の力はどのようにしらべるのかしら?」

「測定するのよ」

「どこで測定するのですか?」

「正式に登録するなら、皇帝が見ている前でするのよ?」

「なんだか、緊張するわ」


 母はクスクスと笑う。


「攻撃魔法とか、教えていないけれど、フラウムはできるのかしら?」

「最低限は、森の中で練習はしましたが、教師は教科書なので、どうでしょう?」

「フラウムは未知数ね。学園で試しに測定してみるのもありかもしれないわね」

「学園でできるのなら、その方が緊張しません」

「どうかしら?」


 母はまたクスクス笑う。

 母が笑うと、フラウムは嬉しくなる。


「わたくしは、学校に戻りますけれど、フラウムは直接帰りますか?」

「荷物があるので、学校に寄ります」

「分かりました。一緒に戻りましょう」

 母の横に並んで、一緒に歩く。

 こんな日が来てくれて、嬉しく思う。

 背丈も、母と変わらない。

 3年前は見上げていたのに、時の流れを感じる。
 
 
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