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第二章

14   第一皇子

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 繋いだ手が熱く感じる。

 シュワルツは足を止めた。


「どうしたの?」

「フラウム、熱があるんじゃないか?」


 頬に手を触れようとしたら、その手を握られた。


「あってもなくても、この山を登って下りないとテールの都に着かないのでしょう?それなら、歩きましょう?」

「フラウム」

「喉が渇いたわね。どこかに川があるといいのだけれど」

「もう少し上がると、川も見えてくる」

「そこで少し休みましょう」


 フラウムは一人で歩き出した。

 急いでその手を取り、手を引く。

 シュワルツは空を見上げた。悪天候だ。雪が降り出すかもしれない。雲が厚く垂れて、辺りは夕方のように暗くなってきた。

 後方から数頭、馬が駆けてきた。

 救援かと振り返ると、剣を振りかざしてくる。


「フラウム、林の中に走って。万が一、追っ手が来たら、雷を落としてくれるか」

「え、は、はい」


 フラウムは、鈍く光る剣を見て、震え上がった。

 急いで、林の中に走って行く。

 シュワルツは、剣を抜き、応戦する。


「おまえ達は、誰だ?」

「皇太子殿下であろう?暗殺命令が出ている」

「誰から出ておるのだ」


 キンキンと剣戟をしながら、少しでも情報を得ようとするが、男は嗤っただけだ。


「弱い帝国を作れとお達しだ」

「父か?」

「皇帝が、弱い国を求めると思っているのか?」


 男はケラケラと嗤った。

 父ではないようだ。

 それなら、エリック・マスカート伯爵だったな。

 フラウムを追う男を見つけて、シュワルツは軽やかにジャンプして、その男の胸を貫いた。

 血を見た男達は、益々、本気で向かってくる。

 フラウムの位置を確認しながら、応戦する。

 フラウムが、雷を落とした。

 男に直撃したようで、倒れたが、ゆっくり起き上がる。


「あの子が、レディ・アミの子か?なかなかやるなぁ」

「皇太子殿下と彼女、どっちが強い?」

「私だ!」


 流れるように、剣を男の脇腹に突き刺した。


「痛いなぁ」


 倒れてもおかしくはない傷を負ったのに、男は倒れない。

 フラウムがまた雷を落とした。

 森の落ち葉に引火して、火が出て煙が上がりだした。


「フラウム、それ以上、山に入るな。山道に出て来るんだ。火に巻かれる」

「は、はい」


 フラウムは林の中を走る。その後を倒したはずの男が走る。


「いやー、どうして死なないの?」


 フラウムは悲鳴を上げ走りながら、雷を落としている。

 こいつらは何者か?

 人間ではないのか?





 その頃、テールの都の宮廷にあるサロンで、皇帝と皇妃、第一皇子はゆったりと景色を見ながらティータイムを楽しんでいた。

 テールの都は帝国の西側に位置して、山が多い。

 貴族の保養地として、屋敷を構えている者も多い。

 この地は、第三皇子が治めているが、第三皇子が行方不明になり、中央都市ソレイユにいる皇帝の元に知らせが入った。

 妃は、テールの都の別邸で妃候補の勉強を見ている事が多い。

 季候がよく、住みやすいことから、妃専用の保養地もある。

 皇帝は、シュワルツが行方不明になってから、中央都市ソレイユからテールの都に移り住んでいる。

 シュワルツ発見の報せが来て、シュワルツと仲のいい第一皇子も様子を見に来ていた。


「シュワルツ、遅いですね」


 おっとりと口にするのは、権力争いからいち早く脱落した、ハルディネーロ・シュベルノバ第一皇子だ。

 彼は、東側の首都を領地としている。シュワルツが皇太子の座に着いたら、公爵家とくだり妻を娶るつもりでいるが、シュワルツが落ち着かなければ、公爵と名乗れない。

 早く、シュワルツに落ち着いてもらわなければ、自分はのんびり過ごせないのだ。

 北を見上げると、山から煙が上がっている。雷も落ちている。


「あれは、自然現象ではないな」


 皇帝も気づいたのか、皇妃と北の山を眺める。

 このサロンは東西南北眺めることができる展望台になっている。


「ハルディネーロ、ちょっと様子を見てきてくれまいか?」

「いいですよ。暇ですし」

「ワシの軍を半分連れて行きなさい。山火事になったら大変だ」

「では、お借りします」


 ハルディネーロ・シュベルノバ第一皇子は、素早く走って行く。

 その後を、ハルディネーロの従者や近衛騎士も一緒に走って行く。

 皇帝の軍隊の半分を率いて、馬で駆けていく。

 皇帝の軍隊は、魔術に長けた者が多くいる。

 山火事が起きれば、水魔法で、いち早く消し去るだろう。

 誰かが戦っていても、強引にでも諫めることができる。





 フラウムの父、エリックは、成長した娘、フラウムを三年ぶりに見た。元妻、アミにそっくりな顔立ちに、強力な雷魔法を放つ魔力の強さに、脅威を覚えた。

 緋色の魔術師の一族の血を穢すために、飛び抜けた魔力を持つアミを甘い言葉で惑わし、恋愛結婚と見せかけて、駆け落ち同然に結婚した。

 なかなか子供が授からず、やっとできた子が、フラウムだった。

 色欲に弱く、アミだけを構っている訳にいかず、自業自得なところもあったのだが、本人は認めていない。

 どこまでも、身勝手な男なのだ。

 アミの一族は、強い魔力の子を産ませるために、一族の中で政略結婚を繰り返してきていた。

 一族の中で、一番魔力が強いと言われたアミは、皇帝の許嫁になっていた。

 エリックは、サルサミア王国の国王のキリマクルス・サルサミア国王の諜者だ。

 帝国で伯爵の位を手にしているが、命を捧げているのは、サルサミア王国、国王陛下だ。

 エリックの母は、サルサミア王国の公爵家の長女だった。国王の妹になる。その関係で、サルサミア王国によく行くことがあった。

 父はシュベルノバ帝国の伯爵で、エリックは長男で生まれ、シュベルノバ帝国に籍を置きながら、サルサミア王国の諜者として、サルサミア王国の為に働いてきた。

 サルサミア王国、キリマクルス国王陛下は、『弱い帝国を作って欲しい』と切望していた。

 シュベルノバ帝国では、魔術が使える者が多いが、サルサミア王国には、魔術が使える者は、ほぼいない。

 戦争を仕掛けても、負けるのが目に見えている。

 国の規模も軍事も負けている。けれど、隣の帝国が気に触る。

 少しでも戦力を落とすために、皇帝が弱ければ、弱い帝国になると思い至った。

 まず治癒魔法が得意なプラネット一族と皇帝を弱くすればいいと考えた。

 皇帝一家は、後継者に瑠璃色の瞳を持つ者を置く。瑠璃色の瞳を持つ者は、帝国一番の魔術師とされている。

 皇帝一家で、瑠璃色の瞳を持たない子が生まれると、その時点で後継者として、落とされる。現在、瑠璃色の瞳を持つ皇子は、第二皇子と第三皇子だけだ。

 第二皇子は第三皇子より、魔力が弱いと言われ続けて、コンプレックスを持っていた。そこに、甘く囁いた。

『あなた様が、次期皇帝であろう』と。

 第二皇子を煽てて、第三皇子を葬ろうとしたが、失敗した。

 慧眼、心眼という魔法で、心の中がのぞけるらしく、第二皇子は反逆者として捕らわれて、残るは第三皇子だけになった。

 行方不明になった第三皇子を発見して、テールの都に戻る途中でその一行を襲わせた。

 元々、護衛が少なかった事もあり、第三皇子と護衛はバラバラになった。

 宿場町ごと焼いたので、助けを求めてくる民が、護衛を足止めしてくれた。

 第三皇子は、女を連れて逃げた。

 足の遅い女は、足手まといだろう。捨てていくかと思ったが、手を引き、歩みも女の歩みに合わせて、第三皇子は歩いている。

 襲うなら、女がバテた頃がいいだろう。

 案の定、女の足取りは、益々遅くなり、ふらつきだした。

 今がチャンスだと、攻めさせた。

 すると、倒れそうだった女は、雷の魔術を使い、反撃してくる。

 よく顔を見るが、顔がぼやける。

 だが、その顔立ちに見覚えがあった。

 我が娘ではないか。

 三年前に、アミと家を出て行った。あの子だ。

 何故、あの子が、第三皇子と一緒にいるのかが分からない。だが、確か、お妃教育は受けていた。テールの都にいるはずの娘が、第三皇子を匿っていたのか?

 どうして、寂れたキールの村に娘がいるのかが不思議だ。

 気ままに、テールの都でお妃教育を受けていると思っていたのに……。

 エリックには魔術は使えないが、魔法が使えない自分と結婚すれば、子供は、魔法が使えない子が生まれてくると思っていた。

 いくらアミの子であっても、半分は自分の血が混ざっているのだ。なのに、攻撃魔法まで、できるとは、驚きだ。

 雷を落としすぎて、林が燃え始めた。

 そこは、素人なのだろう。

 苦しそうにしながら、道まで出てきた娘は、今度は風魔法で、賊を巻き上げて、第三皇子と一緒に戦いだした。

 第三皇子は剣技で、盗賊をたたき切ると、娘が遠くまで飛ばしてしまう。合間で雷攻撃を仕掛けている。

 邪魔な娘だ。


「皇子も娘も殺せ」

「お父様?」


 声に反応して、娘と目が合った。


「お父様が、こんな酷いことをなさっているの?」

「おまえのような娘は知らぬ」


 顔を見られたのは、失敗だ。

 急いで馬に跨がり、そこから逃げた。

 そのままサルサミア王国に逃亡するしか、生きる道はなさそうだ。

 この帝国で捕まれば、公開処刑にされるだろう。





「フラウム、雨を降らせる」

「わたしも一緒に」

「雨」


 シュワルツとフラウムは、互いに水晶玉に触れる。その途端、雨が降り出した。

 山火事が広がってしまう。


「ごめんなさい。いっぱい、雷を落としてしまって」

「それはいい。どんどん落としてくれ」

「はい」


 男の頭に雷を落とした直後、フラウムの体がフラリと揺れて倒れた。


「フラウム」

「ごめんなさい。目眩が酷くて」


 シュワルツは周りを見る。

 まだ男達は、大勢いる。今まで後方支援をしてくれていたフラウムは、倒れてしまった。

 守りながら、戦えるか?

 戦うしかない。

 また馬が駆けてきた。

 これ以上、増えたら守り切れない。そう思ったとき、


「シュワルツ、何事だ?」

「兄上、見ての通り、襲われております」


 蒼天の青空のような瞳を持つ、ハルディネーロ・シュベルノバ第一皇子が爽やかに馬でやってきた。

 シュワルツより少し濃い、ブロンドの髪を短く切った美丈夫だ。

 シュワルツより4つ年上の兄と仲がよく、よくシュワルツの領主であるこのテールの都に足を運んでくれる。

 幼い頃から、後継者として認められていなかったハルディネーロは、僻むこともなく、重圧と絶えず命を狙われるシュワルツを陰ながらサポートしてくれる、頼りになる兄なのだ。


「誰も逃がすな」

「兄上、こいつらは攻撃しても死にません」

「それなら、縛り上げろ。宮廷に戻ったら隔離した上で薬物検査をするように」


 ハルディネーロが率いてきた軍隊が、一斉に攻撃を始めて、あっという間に、賊を縛り上げている。

 皇帝の騎士団も来ているようで、安心して任せられる。

 山火事も新たな術者が現れて、雨を降らし始めた。


「フラウム」

「シュワルツ、助かったの?」

「もう、大丈夫だ」

「よかった」


 フラウムは意識を手放した。

 頬や額に触れると、かなりの高熱だ。


「兄上、馬車は来ますか?」

「いや、馬だけだ」

「では、馬を借ります。大切なレディに無茶をさせた」

「怪我をしたのか?」

「発熱しております」

「直ぐに、宮廷に連れて行け。父上も母上も待っておる」

「では、先に」


 フラウムを抱き上げて、馬に跨がりブランケットで二人を縛り上げると、馬を走らせた。


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