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第二章

6   心がすれ違う

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 フラウムは朝目を覚ますと、シュワルツの腕から抜け出して、身支度をした。

 それから鞄を開けて、ノートを取り出すと、そこに、最初の母の死因を書いて、父の秘密、不貞行為、父と関係がある女の名前を書き出した。

 その後、昨夜自分が行った事を書き記した。

 記憶が曖昧になってきている。

 その事をノートに記入していく。

 運命が変わっていく様子を、自分で把握できないと母を救うことはできない。

 シュワルツを愛したままで、母を救いたい。

 事細かに書いたノートを読んでいると、背後から、既に着替えたシュワルツがノートをのぞき見ていた。

 フラウムが振り向くと、唇が重なる。


「そろそろ朝食だ」

「はい」

「フラウムも日記を書くことにしたのだな?」

「はい。わたしはシュワルツも母も失いたくないの。だから、間違いを起こさないように、記入することにしたの」

「私も日記を書き始めた。異変があれば、互いに言葉にしよう」


 暖炉の前に座っていたフラウムを抱き上げて、ソファーに移動する。

 朝日を浴びたフラウムは、今日も美しい。

 緋色の瞳は、宝石のようだ。顔立ちも麗しい、長い髪も不思議な色だ。

 銀髪の者は多くいるが、銀髪に淡いピンクと薄紫とも言える色がほんのり付いている。

 一見見ると、淡いピンクが銀色に輝いている。

 緋色の一族は瞳の色が緋色で、髪はやはり緋色の者が多いが、フラウムの母親も銀の髪をしていた。

 写真が残されていて、それを見たことがあった。

 若い頃のフラウムの母は、フラウムそっくりに、美しい令嬢だった。


「そいえば、フラウムの母君は、フラウムをすぐに懐妊しなかったのだな?」

「ええ、お母様は、結婚してから10年後にわたしを授かったと言っておりました。母の結婚は16歳だったと聞いております。父とは10歳歳が離れています」

「よく周りが許したな」

「反対されたようですわ。家出をするように、父の元に行ってしまったと母に聞いたことがあります。結婚式も挙げていないと。ウエディングドレスを着たかったと言っていた事がありました。今、思うと、父は母を騙して、信頼を裏切って、何も与えなかったのですわ。最低の男です。そんな男が父だと思うと、この身を半分に割ってしまいたい。わたしは母の血だけで生まれたかった」


 フラウムは透明なブレスレットを撫でた。


「面影は母君、そっくりではないか?」

「シュワルツは、母に会ったことがあるの?」

「写真を見たことがあった。父が持っていた」

「お母様は皇帝と婚約していましたから、それでお持ちになっていたのかもしれませんね」

「父はフラウムの母と結婚するつもりだったのだ。フラウム母が駆け落ちして、婚約を解消した。その後、お妃候補第二位だった母とすぐに結婚したのだ」

「そうなのですね。母は罰を受けなかったのですね?」

「愛していたのだろうな。だから、身を引いたと思っている」

「お母様と皇帝が結婚していたら、わたしもシュワルツも生まれていなかったのね」

「この偶然を壊したくはない」


 シュワルツはじっと見つめる。

 シュワルツはフラウムがしようとしている事を止めさせたいのだと、その視線を見て、フラウムは思った。


「愛している」

「わたしも愛しているわ。でも……」

「お願いだ、この気持ちを消さないでくれないか?」

「努力するわ」

「母君を生き返す事を諦めて欲しい」

「それはいや」


 フラウムはシュワルツの腕を握った。

 フラウムは、シュワルツに押し倒されて、シュワルツを見上げる。


「このまま、ここで結ばれようか?身動きができぬほど、抱かれていれば、慧眼も魔眼も使えないだろう?」

「シュワルツはそうしたいの?」

「いいや、したくない。愛する行為は結婚してからすべきだと学んだ。だが、欲しい気持ちは嘘ではない」

「わたしは13歳でお妃教育を止めてしまったから、なんの知識もありません。ただ、がむしゃらに生きてきただけです」

「すまない」


 シュワルツはフラウムの頬に頬を重ねて謝罪すると、押し倒したフラウムを抱き上げた。

 頃合いを見ていたように、扉がノックされた。


「おはようございます。お食事を運ばせてもよろしいでしょうか?」

「頼む」


 シュワルツは返事をすると、フラウムの乱れてしまった髪を、手櫛で梳かす。

 シュワルツから向けられる愛情に、フラウムは胸が痛くなる。

 恐れているのだ。

 フラウムが無茶な事をして、この気持ちが消えてしまうことに。

 フラウム自体が消えて無くなれば、シュワルツの命も消える。


「危険な事をしようとして、ごめんなさい」

「毎日、慧眼をしてはいけない。体の負担になってしまう。今日は、水晶に魔力を貯めずにいてくれないか?」

「でも、何かあったときに、力がすぐに使えないわ」

「今日くらい、私に守られていてくれ」


 食事がテーブルに並べられた。


「さあ、食事だ」


 シュワルツはフラウムを抱き上げて、テーブルに移動した。

 椅子に座らせると、シュワルツも椅子に座る。

 今日の朝食も豪華だった。

 二人で食事を食べた。

 透明なブレスレットは不安だけれど、それと同じくらい、シュワルツも不安なのだと思った。

 馬車に移動をしても、フラウムは水晶に魔力を注ぎ込むことは止めた。

 確かに体が疲れている。

 連日の慧眼は、想像以上に魔力を使う。

 体力も精神力も尽きかけている。

 馬車が動き始めて暫く経つと、フラウムは眠っていた。

 シュワルツは席を移動すると、揺れるフラウムの体を座席に倒した。

 今日も膝枕をして、美しい髪を撫で、美しい寝顔を見ていた。
 




 目を覚ますと、辺りは暗かった。


「やっと起きたか」

「もう夜ですか?」

「昼食の時に声をかけたが、深く眠っていたから、無理に起こさなかった」

「今日もお膝を貸してくれてありがとう。足、痛くはないですか?」

「ずっとフラウムの顔を見ていた」


 シュワルツは微笑んだ。

 フラウムの顔が紅くなるが、辺りが暗いので、残念ながらシュワルツには見えない。


「フラウムが眠っているから、先の宿場町まで走っている。この調子でいくと、あと二日で到着するだろう」


 馬車はかなりのスピードを上げている。


「テールの都は変わってないかしら?」

「どうかな?三年前とは見え方も変わっている。街は絶えず発展しているからね」

「わたしの知らない物も増えているのね?」

「都に着いたら、デートをしよう。街を案内しよう」

「デートですか?初めてね。楽しみにしているわ。あっ、言葉も村娘の言葉は直さなくてならないわね」

「今のままでも私は構わないが、母君がいきなりお妃教育を始めるかもしれないな」


 シュワルツは楽しそうに、笑った。


「3年前は、村娘になるために、かなり苦労したのよ。わたくし、なんて話していたら、どこの貴族だと言われて、怪しまれるし、盗賊に遭いそうになった事もあったわね。初めに学んだのが、言葉遣いだったわ。今は過去のことだから笑い話だけれど、あの頃は必死だったわ。子供の貴族ですものね?誘拐しようとする者もいたわね」

「危険な旅をしたのだな?」

「そうね、社会勉強としては、これ以上もないほど学んだわ。日々、理不尽な事や我慢を強いられたわね。とても我慢強くなったわ」


 フラウムは不安げな顔した。


「わたしは、マスカート伯爵家から出たわ。平民になったの。こんなわたしが宮廷に行ってもいいのかしら?皇妃様はわたしを疎ましく思うかもしれないわ。もうマスカート伯爵家に戻るつもりはないの。父の元に戻るのは、どうしても嫌なの」

「その事も、父君と母君に話そう。いい方法を考えてくださるだろう」

「そうだといいけれど……」


 フラウムは透明な水晶を撫でた。


「それに、フラウムの父君は他国の諜者の可能性がある。そんな危険な所に戻すことはしないだろう」

「そうかしら?」

「私なら、母君の実家であるプラネット侯爵家にフラウムを頼むと思うが」

「わたしが生まれてから、お祖父様やお祖母様はやっとお母様をお許しになったと聞いています。それでも、何かの時に、お祖父様やお祖母様は、皇帝と結婚しなかったお母様を叱っていたわ。お祖父様やお祖母様は、きっと迷惑に思われるでしょう」


 フラウムはテールの都に近づくほど、不安になってくる。


「お母様が生きていてくだされば、心強いのに」

「フラウム、城に着くまでは、慧眼をするのを止めて欲しい」

「どうして?」

「昨日は、母君の死因を変えたと言ったね。それは正しく変更になっているか確かめたい」

「それなら、父を調べるわ」

「それも我慢して欲しい。諜者の可能性があるなら、慎重に調べる必要がある。父にも報告をしなければならない」

「今は何もできないの?」

「今は旅を楽しもう。あと僅かしかないが、いろんな景色を見て、話をしよう。寝顔を見ているのは嫌ではないが、せっかくの旅だ。今しかできないこともあるだろう?」

「……そうね。都に着いたら、一緒にいられなくなるかもしれないわね」

「そういう意味ではない」

「分かっているわ。シュワルツは皇太子殿下でわたしは、平民よ。伯叔令嬢に戻るつもりのないわたしは、違う世界に生きているのよ」

「フラウム!」

 シュワルツは苛立ったように、名を呼んだ。

 叱られても、フラウムの後ろ盾は今のところ誰もいない。

 不安しかないのだ。

「フラウムの事は私が必ず守る。不安なのは分かるが、投げやりになるな。いいな?」

 水晶に触れていた手を握られて、フラウムは頷いた。


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