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第一章

2   フラウムの過去

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 フラウムは緋色の血の一族だった。

 緋色の血の一族は、治癒能力に長けた魔力を持っていた。

 フラウムの母は、緋色の一族の侯爵令嬢だった。そして、皇帝の許嫁という立場だった。けれど、母は伯爵家の父と互いに愛し合い、周りの反対を押し切って恋愛結婚をして、フラウムを授かった。

 フラウムは恋愛結婚した両親をとても愛していた。

 許嫁がいても、自分達の意思で愛し合って、周りを納得させた両親を尊敬していた。

 けれど、緋色の一族の血の問題が起きていた。

 母が投げ出した皇帝との婚約解消で、一つ約束させられていた事があった。


『娘が生まれたら、皇子の婚約者にすること』


 これは、フラウムが生まれる前から皇帝と約束していた事だった。

 皇族は緋色の一族の血筋が欲しかったのだ。

 その約束通り、フラウムは幼い頃から皇帝が準備した家庭教師によって、お妃教育されてきた。

 朝、馬車がやってきて、テールの都にある宮廷の別邸に連れて行かれて、毎日、勉強をしていた。

 帝国には皇子は5人いたが、誰とも会った事はない。

 許嫁が誰かも決まっていない。

 ただ血の婚礼なのだと、幼いフラウムは気づいていた。

 両親が羨ましく思う事が、よくあった。

 誰かを好きになることとは、どんな気持ちだろうと、妄想することはあった。

 父は母を愛していて、母は父を愛している。

 ずっとそう思っていた。

 ある日、お妃教育から戻ると、母が誰かに毒殺されていた。

 その日は、お茶会が開かれていたと言う。

 フラウムが母を視た時、母の体に毒特有の印が肌に出ていた。

 誰かに毒を盛られたのだと分かった。

 お茶と菓子は、我が家のシェフが用意した物だった。

 けれど、シェフは人に毒を盛るような人物ではなかった。

 毎日、美味しい食事を作り、我が家のために朝から晩までよく働く男性だった。

 お茶会で亡くなったのは、母だけだった。

 母を狙って殺したのだ。

 父は、犯人はシェフだと決めた。そうして、たいした捜査もせずに、シェフは処刑された。

 フラウムは納得していなかった。

 シェフは最後まで、無実だと言っていた。

 証拠も動機もない。

 そこに嘘は見られなかった。

 母を恨む者は誰だ?

 母がいなくなれば得する者は誰だ?

 フラウムは考えた。

 母を埋葬して、1週間経った時に、父は見知らぬ女性を連れてきた。


「今日から、フラウムの母だ。仲良くするように」


 父が連れてきた女は、母とは真逆な容姿をしていた。

 淑やかな母だったが、女は派手な化粧をして豊満な胸をして、香水の香りがプンプン強くて、紅い唇が目立っていた。

 フラウムは父の顔を凝視した。

 母を殺したのは父なのかもしれない。

 大恋愛をして、結婚したはずの父には、フラウムより1歳年下の義妹がいた。


「お義姉さま、コルケットと申します」


 コルケットは父とよく似ていた。

 髪と瞳の色は黒で、フラウムよりもずっと親子に見えた。

 大恋愛したのに、父は結婚してすぐから不倫をしていた事になる。

 今までの生活は、全てまやかしだったのだ。

 恋愛結婚に憧れていたフラウムは、血の婚礼よりも、もっとひどい結婚がある事を知った。

 母は、父を信じていた。

 愛していたのだ。

 その裏切りを見てから、フラウムは父と言葉を交わすことは少なくなった。


「お義姉さま、早くお妃教育に出掛ければいいのに。この屋敷には眠るために帰ってきているのでしょう?ならば、さっさと出て行けばいいのに」


 皇妃様の計らいで、フラウムのお妃教育は休みになっていた。


『心、穏やかになるまで休みなさい』


 皇妃様は母のように優しかった。

 決して嫌いな人ではなかった。

 家庭教師は厳しかったけれど、勉強は嫌いではなかった。

 知らないことが、明るみに出ることは好奇心が刺激されて、楽しかった。

 魔法の練習も自分の未知の魔力が導き出されて、面白かった。

 出されるお茶やお菓子も美味しかった。

 ダンスの練習も、フラウムに合わせてもらえて、毎日、ゆったりと学んでいった。


「フラウム、そんなに怖い顔をして、婚約破棄されますわよ。この伯爵家はコルケットが継ぎますから、婚約解消になっても戻る家はありませんわ」


 義母は、母の装飾品やドレスを全て持って行ってしまった。


「それは、わたくしの母の所有物でしたわ。奪うような事はやめてくださいませ」

「あら、私の夫は、全て私にくださいましたわ。胸が窮屈ですわね。直していただけますか」

「ああ、いいよ、エミリア。もう着る者もいない。好きにしなさい」

「なんですって?」


 フラウムは父を睨んだ。


「お父様、お母様を毒殺したのは、お父様なのね?」

「いや、あれは、シェフの仕業だったではないか。フラウム、父を疑うとは許しがたい。罰として屋根裏部屋に移動しなさい」

「お父様!本気ですか?」

「我が娘だが、どこで曲がったか?自分の父親を犯罪者という娘など、毒を盛られるやもしれぬ」

 その日から、フラウムの部屋は、屋根裏部屋になり、食事はもらえなくなった。

 13歳の誕生日は一人で迎えた。

 誰にも祝ってもらえない誕生日は初めてだった。

 魔法の師に滅多な事では使ってはいけないと言われていた「慧眼」の魔術を使った。

 脳裏に母の最後の姿が浮かぶ。

 笑顔の母は、紅茶を飲んだ。

 その直後に、カップを落として倒れた。 

 毒は紅茶に入れられていたのだ。

 毒を仕込んだ犯人を知りたかった。

 慧眼は魔力をかなり使う。

 幼いフラウムには、まだ難しい魔術だった。

 冷や汗をかきながら、時間を遡ると、茶器に毒を塗るメイドの姿を見つけた。

 そのメイド服を着た女性をフラウムは、知らなかった。

 今、この家にいないメイドだった。

 犯人はシェフではなかった。

 けれど、メイドに指示を出した主犯の者を見つける事はできなかった。

 魔力が切れて、それ以上、犯罪を追うことができなくなった。

 考えたくはないが、犯人は父かもしれない。

 この家にいれば、母のように殺されてしまうかもしれない。

 だからといって、皇帝に助けを求めるのも見苦しいと思った。

 正式な婚約者さえ提示されていない立場だ。中途半端な約束で縛られているだけに過ぎない。

 慧眼で視たことを話しても、子供の戯れ言と笑われて終わるかもしれない。

 だったら、誰にも話さない方が安全だ。

 全て信じられなくなったフラウムは、身を守るために家出をしたのだ。

 お妃教育に通っていたフラウムには、身に余るようなドレスがたくさんあった。それを全て持ち出し、売りに行き資金調達をした。母が買ってくれた宝石はお守りにした。貯めていたお小遣いも、全て持ち出した。

 平民の姿になり、歩いて旅を始めた。

 何ヶ月もかかってテールの都の外れにある。小さな村に流れ着いて、森で薬草を採り、薬を作って生業にした。

 この地区に来た頃は誰も買ってくれなかった薬だったが、流行病が起きた時から、フラウムの薬が売れ出した。

 料理は自分で覚えていった。

 山小屋は購入した物だ。

 お妃教育は確かに役に立った。

 戦の時の食料を学んだ事があった。

 知識があれば、後は実際に作ってみるだけだった。

 フラウムがお妃教育に行かなくなって、3年が経った。

 3年のうちに、何度も慧眼を試して、母の死を見た。

 犯人の顔はいつの間にか覚えてしまった。

 一人で16歳の誕生日を迎えたフラウムは、また「慧眼」を試してみたが、やはりメイドの素性は辿れなかった。

 そんな時に、帝国に近い男を拾ってしまった。

 皇子ではないようなのでよかったが、フラウムの容姿から緋色の血筋を予想されては困る。

 もう3年も経っていれば、フラウムが生きているのかどうかも分からないかもしれない。既に死んだと思われているかもしれない。

 どちらにしても、気をつけた方がいいだろう。


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