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第七章
1 馬を借りる
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☆
王宮を出て、もう2年近く過ぎたような気がする。
俺はハルと名乗って、宿場町の宿屋でメイドをして賃金を貯める生活を続けていた。
財布を開けて、お金を数えると、かなりの高額になっている。
さすがに馬を買うことはできないけれど、そろそろ馬を借りられそうだ。
俺は朝起きると、宿屋の女将に相談した。
この宿屋を紹介してくれた、前の宿場町の食堂の女将さんにも相談したことだ。
「わたしは、隣国に行かなくてはならない事情があって、馬を借りるために、働いていました」
そこまで話すと、女将は「そろそろ貯まったのかい?」と聞いてきた。
「はい。馬を数日借りるほどは貯まりました」
女将はどうやら、紹介状で受け取った後に、食堂の女将と文の遣り取りをしていたようだ。
お世話になった前の宿場町の食堂の女将が、俺がどうしても会わなくてはならない人がいることを話してくれていたようだ。
「恋人かい?」
「恋人ではありません。わたしは、昔はすごく好きなお方でしたけれど、今は過去のケジメを付けなければならないと思っているんです」
「相手が好きだと言ったらどうするんだい?」
「もう忘れているかもしれません。わたしはその程度の人間だったに違いないと思っています」
「ハル、本名はなんと言うんだ?」
「知らない方が、女将さんの迷惑にならないと思います」
「私は従業員を大切にできる女将だと思って、この仕事をしているんだ。この宿屋で働く従業員の中にも、問題を抱えている者もいる。私を信じて真実を話してご覧なさい」
「……実は、私は王宮に勤めていました。名前はやはり言えません」
「そうなのね」
女将さんは静かに頷いた。
さすがに王宮に住んでいたとは言えない。
況してや、死んだ事になっている第二王子ですなんて、口が裂けても言えない。
「縁があって隣国の国王陛下に会いに行ったんです。そこで異端の体にされてしまって……この体のせいで、男に襲われた事もあって……詳しくは話せないのですが、呪いを解いてもらいに行きたいのです」
女将は、まず頷いた。
「辛かった事があったんだね。この美しい容姿だ。きっと騙されたんだろうね」
今度は俺が頷いた。
「わたしは世間知らずで、人を騙す人がこの世の中にいるとは思っていなかったのです。お金の勘定も、その頃はまだできなくて、甘い言葉に誘われて、言いなりになっていました」
「……呪いね。貴族の間では、特殊な体になることが格式と考えられているようだね。この宿屋にも、泊まりにくるお客さんがいるよ」
「貴族の間での、格式なんですか?」
「男は女になり、女は男になり、妻に操を立てさせるつもりらしいよ。この世界では上位貴族の花嫁は男の娘になるそうだよ。今の王妃様も、確か男だったと思うよ」
「男なのに、王妃様になれるのですか?」
「ハルは何の説明もなく、体を変異させられたんだね?」
「わたしが普通の体ではないと、気付いていたのですか?」
「いいや。仕草や顔つきで、心に傷を負った悩み人くらいしか思わなかったよ」
俺は頷いた。
外見から、それと分かることもないだろう。
なんせ、メイド服を着ているのだから。
ずっと女の子として旅をしてきたのだから、男の子だと疑われる事の方が不思議だ。
「それで、いつ立つんだい?」
「お仕事の都合を伺いたくて、ご迷惑はかけたくはありませんので。できたら、元の姿に戻ったら、また働かせて欲しいので」
「用が済んだら、ここに戻ってくるといい」
「ありがとうございます」
「出発も早いほうがいいだろ。馬には乗れるんだね?」
「はい」
「それなら、馬を借りられるように、推薦状を書いてやろう」
「とても、助かります」
女将さんは、すぐに、手紙を書き始めた。
ここの女将さんは、美人だけど男気があって、清々しいほど格好いいんだ。
ホテルのような宿屋を運営している支配人として、これ以上にない適任者のような気がする。
日本にいたらキャリアウーマンと呼ばれるのだろう。
「さあ、すぐに出発しなさい。仕事のことは気にしなくてもいい」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
☆
たくさんの人に助けられて、やっと俺は馬を借りられた。
馬に乗るのに、乗馬服が必要だと言われて、俺はそれも借りた。
斜め鞄に1着のワンピースと着替えを入れて、俺は馬に乗って、隣国の王宮に向かった。
道に迷うかと思ったが、前世のゲームの地図の映像がちゃんと俺の頭に浮かんでいる。
荒涼地帯もすんなり走り抜けて、農業地帯を走る。
遠くにうっすらと宮殿が見える。
やっとここまで来た。
俺、今まで生きてきて、一番、頑張ったような気がする。
前世の俺も、生きづらい世界に飛び込んで、わざわざ苦労をしょって生きてきたけれど、転生した俺は、それ以上の苦行を強いられてきた。
ただ、最初は人間不信になりそうだったけれど、食堂で働き始めてからは、人にも優しくされて、働き口も順々に紹介されて、俺の人間不信も治ってきたような気がする。
犯されたときに抱いたオブリガシオン様の殺意も綺麗に無くなっている。
王宮に行って、オブリガシオン様に会えるだろうか?
以前のように門番に見つからないように宮殿に入れたらいいのだけれど……。
俺は夕暮れ時に、やっと王宮の前に着いた。
今回は門番がいる。二人の騎士が立っている。
俺は馬から下りると、馬を引き、門番に声をかけることにした。
きっと隠れて侵入しても、すぐに捕まるだろう。
もし、オブリガシオン様が俺の事を覚えていてくれていたのなら、会ってくれるような気がする。
「わたしは、ラクイナミューネと申します。オブリガシオン様、……国王陛下に謁見したく伺いました」
「ラクイナミューネ様ですね?国王陛下からお話は伺っております。どうぞこちらへ」
門番の一人が俺を門の中に入れてくれた。
騎士が来て、俺の身柄は騎士に委ねられた。
馬も別の騎士が連れて行く。
「その子は、借り物なので、どうかお願いします」
「畏まりました」
騎士は俺に一礼をして、馬を連れていった。
俺は大きな宮殿を見上げた。
オブリガシオン様は俺が来ることを知っていたのだと思うと、嬉しい気持ちが芽生えてきた。
王宮を出て、もう2年近く過ぎたような気がする。
俺はハルと名乗って、宿場町の宿屋でメイドをして賃金を貯める生活を続けていた。
財布を開けて、お金を数えると、かなりの高額になっている。
さすがに馬を買うことはできないけれど、そろそろ馬を借りられそうだ。
俺は朝起きると、宿屋の女将に相談した。
この宿屋を紹介してくれた、前の宿場町の食堂の女将さんにも相談したことだ。
「わたしは、隣国に行かなくてはならない事情があって、馬を借りるために、働いていました」
そこまで話すと、女将は「そろそろ貯まったのかい?」と聞いてきた。
「はい。馬を数日借りるほどは貯まりました」
女将はどうやら、紹介状で受け取った後に、食堂の女将と文の遣り取りをしていたようだ。
お世話になった前の宿場町の食堂の女将が、俺がどうしても会わなくてはならない人がいることを話してくれていたようだ。
「恋人かい?」
「恋人ではありません。わたしは、昔はすごく好きなお方でしたけれど、今は過去のケジメを付けなければならないと思っているんです」
「相手が好きだと言ったらどうするんだい?」
「もう忘れているかもしれません。わたしはその程度の人間だったに違いないと思っています」
「ハル、本名はなんと言うんだ?」
「知らない方が、女将さんの迷惑にならないと思います」
「私は従業員を大切にできる女将だと思って、この仕事をしているんだ。この宿屋で働く従業員の中にも、問題を抱えている者もいる。私を信じて真実を話してご覧なさい」
「……実は、私は王宮に勤めていました。名前はやはり言えません」
「そうなのね」
女将さんは静かに頷いた。
さすがに王宮に住んでいたとは言えない。
況してや、死んだ事になっている第二王子ですなんて、口が裂けても言えない。
「縁があって隣国の国王陛下に会いに行ったんです。そこで異端の体にされてしまって……この体のせいで、男に襲われた事もあって……詳しくは話せないのですが、呪いを解いてもらいに行きたいのです」
女将は、まず頷いた。
「辛かった事があったんだね。この美しい容姿だ。きっと騙されたんだろうね」
今度は俺が頷いた。
「わたしは世間知らずで、人を騙す人がこの世の中にいるとは思っていなかったのです。お金の勘定も、その頃はまだできなくて、甘い言葉に誘われて、言いなりになっていました」
「……呪いね。貴族の間では、特殊な体になることが格式と考えられているようだね。この宿屋にも、泊まりにくるお客さんがいるよ」
「貴族の間での、格式なんですか?」
「男は女になり、女は男になり、妻に操を立てさせるつもりらしいよ。この世界では上位貴族の花嫁は男の娘になるそうだよ。今の王妃様も、確か男だったと思うよ」
「男なのに、王妃様になれるのですか?」
「ハルは何の説明もなく、体を変異させられたんだね?」
「わたしが普通の体ではないと、気付いていたのですか?」
「いいや。仕草や顔つきで、心に傷を負った悩み人くらいしか思わなかったよ」
俺は頷いた。
外見から、それと分かることもないだろう。
なんせ、メイド服を着ているのだから。
ずっと女の子として旅をしてきたのだから、男の子だと疑われる事の方が不思議だ。
「それで、いつ立つんだい?」
「お仕事の都合を伺いたくて、ご迷惑はかけたくはありませんので。できたら、元の姿に戻ったら、また働かせて欲しいので」
「用が済んだら、ここに戻ってくるといい」
「ありがとうございます」
「出発も早いほうがいいだろ。馬には乗れるんだね?」
「はい」
「それなら、馬を借りられるように、推薦状を書いてやろう」
「とても、助かります」
女将さんは、すぐに、手紙を書き始めた。
ここの女将さんは、美人だけど男気があって、清々しいほど格好いいんだ。
ホテルのような宿屋を運営している支配人として、これ以上にない適任者のような気がする。
日本にいたらキャリアウーマンと呼ばれるのだろう。
「さあ、すぐに出発しなさい。仕事のことは気にしなくてもいい」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
☆
たくさんの人に助けられて、やっと俺は馬を借りられた。
馬に乗るのに、乗馬服が必要だと言われて、俺はそれも借りた。
斜め鞄に1着のワンピースと着替えを入れて、俺は馬に乗って、隣国の王宮に向かった。
道に迷うかと思ったが、前世のゲームの地図の映像がちゃんと俺の頭に浮かんでいる。
荒涼地帯もすんなり走り抜けて、農業地帯を走る。
遠くにうっすらと宮殿が見える。
やっとここまで来た。
俺、今まで生きてきて、一番、頑張ったような気がする。
前世の俺も、生きづらい世界に飛び込んで、わざわざ苦労をしょって生きてきたけれど、転生した俺は、それ以上の苦行を強いられてきた。
ただ、最初は人間不信になりそうだったけれど、食堂で働き始めてからは、人にも優しくされて、働き口も順々に紹介されて、俺の人間不信も治ってきたような気がする。
犯されたときに抱いたオブリガシオン様の殺意も綺麗に無くなっている。
王宮に行って、オブリガシオン様に会えるだろうか?
以前のように門番に見つからないように宮殿に入れたらいいのだけれど……。
俺は夕暮れ時に、やっと王宮の前に着いた。
今回は門番がいる。二人の騎士が立っている。
俺は馬から下りると、馬を引き、門番に声をかけることにした。
きっと隠れて侵入しても、すぐに捕まるだろう。
もし、オブリガシオン様が俺の事を覚えていてくれていたのなら、会ってくれるような気がする。
「わたしは、ラクイナミューネと申します。オブリガシオン様、……国王陛下に謁見したく伺いました」
「ラクイナミューネ様ですね?国王陛下からお話は伺っております。どうぞこちらへ」
門番の一人が俺を門の中に入れてくれた。
騎士が来て、俺の身柄は騎士に委ねられた。
馬も別の騎士が連れて行く。
「その子は、借り物なので、どうかお願いします」
「畏まりました」
騎士は俺に一礼をして、馬を連れていった。
俺は大きな宮殿を見上げた。
オブリガシオン様は俺が来ることを知っていたのだと思うと、嬉しい気持ちが芽生えてきた。
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