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第二章

3   チェリーモーニアの婚約

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 国王陛下は既に書類を用意していたのか、半信半疑のまま自宅に戻ってきたおれの後を追ってくる勢いで王家から使者が来て、書類が届けられた。

「モモとチェリー、来なさい」

「はい、お父様」

「はい、父上」

 父は、自室の机で書類を見ている。その傍らには、母もいて、二人は話し合っていた。

「モモ、モモはお妃教育に出かけてはいなかったのだな?」

「ええ、チェリーに代わりに行ってもらっていましたわ」

「どうして、モモはお妃教育に赴かなかったのだ?」

「私には思い人がおります。殿下の婚約の話が出る前から、お慕いしております。だから、殿下の元には、私にそっくりなチェリーに行ってもらっていましたの」

 両親は頭を抱えている。

「チェリーは女装の趣味があったのか?」

「女装が好きで、女装をしていたわけではありません。ただ必要に迫られて、していただけです」

 ここは、しっかり釘を刺しておかなければならない。

 ずっと女装でいるのが、普通である人生とは……。(遠い目)

 胸はまな板のように、なんの膨らみもない。

 筋肉で胸筋が発達しているわけでもない。

 ずっとモモの身代わりをしていたので、武術や剣術は、モモの方が上手だろう。

 ああ、なんか間違っている。

「国王陛下から、アスビラシオン殿下の婚約者は、モモではなく、チェリーにすると手紙に書かれている。書類は他に2枚入っておる。1枚はモモに対する婚約破棄の書類だ。もう1枚はチェリーの婚約の書類だ」

 モモは嬉しそうに、満面の笑みを浮かべている。

「私、ラウ様一筋ですの」

「モモ、ラウ様というと、王太子の従者のラウ・クローラー殿であるか?」

「ええ、そうですわ。私は生まれる前からラウ様一筋でしたもの。今更、他の殿方と結ばれるなんて考えられませんわ」

「生まれる前からって、モモ、妄想もいい加減にしなさい」

 母上が怒っている。

 父上は呆れている。

「チェリーは殿下の婚約者と言うことになる。書面には相思相愛と書かれているが、それは間違ってないのだな?」

「父上、長男でありながら、モラール家嫡男としての使命を全うできず、申し訳ございません」

「この家のことはいい。幼いが我が家にはイリスがいる。イリスを跡取りに育てればいい。それよりも王家からの申し出だ。チェリーも婚約者として、しっかり自覚するように」

「本気で僕を婚約者にするつもりなんですか?僕は男ですよ?」

 なんか違う。

 秩序が違うのか?

 法律でも違うのか?

 子作りどうするつもりなんだ?

 どうしても理解ができない。

 おれはクラリと目眩を起こした。

 パタリと倒れるのを、隣にいたモモが咄嗟に支えたのが分かったが……。
 
 女の子に支えられる男の子の姿を想像したら、益々、気分が滅入ってきて、とうとう意識を手放していた。






 おれは知恵熱を出したらしい。

 侍女が額に、濡れたタオルを載せてくれている。

 ベッドに横になり、現実逃避をしている。

 これは、きっと悪夢だ。

 目が覚めれば、正しい位置に戻されているに違いない。

 いつの間にか、魘されている、おれの手を誰かが握っている。

「チェリー、そんなにショックだったのかい?早く元気な姿を見せてくれよ」

 ああ、殿下の声が聞こえる。

 おれは本能的に殿下を好きすぎて、婚約されたのが嬉しすぎて、頭にウジが湧いたのだろうか?

 おれは男だし、殿下も男だし、男同士で結婚する者も確かに、前世でもいたことは認めるけれど、ここは異世界。

 煌びやかな殿下に、悪い魔法でもかけられてしまったのだろうか?

 男同士でも子供が産めるだと?

 お尻から赤ちゃんが生まれてくる様子を想像したら、相当痛そうで、う○こまみれで、生まれてくる赤ちゃんしか想像できなかった。

 大腸が子宮の役目を果たすのであれば、それは腸閉塞で、命の危険もあるのではないか?

 想像すれば想像しただけで、すべて恐怖に代わる。

「チェリー、そんなに震えて、怖い夢でも見ているのかい?それとも、まだ熱が上がるのかい?」

 耳元で殿下の囁きが聞こえる。

「……助けて、怖いよ」

「何も怖くはない。不安に思うことは何もないよ」

 おれの手をしっかり握られて、おれは微かに目を開けた。

「……あ、殿下。どうして?」

「婚約者が倒れたと聞けば心配になる。どこか痛むのか?」

「……痛いことをしないで」

 ポロリと涙がこぼれた。

「手を強く握りすぎたか?ごめんよ」

 殿下は包むように手を握り直して、もう片方の手で額のタオルを反対側に変えてくれた。

 ひんやりとしたタオルが、熱を吸収している。

「辛いことがあるなら、それを遠ざけよう。痛みがあるなら、痛みを取ってあげるよ」

 殿下はおれの指先にキスをして、おれの頬に流れた涙を拭ってくれる。

 なんて優しいお言葉だろう。

 この国で一番の王子様に求愛されて、実はおれはすごく幸せ者なのだろうか?

 神様、おれは王子様の求愛を受けて幸せになれるんですか?

 心の中で、神様に伺いを立てると、脳裏に神様が、「ウォホホ」と笑っている姿が見えた。

 人生は、全て右か左の選択だ。選択が2つの時もあれば3つの時もあるけれど、選択の自由は自分にある。

 既に婚約者にされてしまったのであれば、できるだけ愛される選択をした方がいいだろう。

「……殿下、お見舞いに来てくださって、ありがとうございます。きっと明日には熱は下がっているでしょう」

「明日も見舞いに来よう。愛するチェリーが熱に魘されている姿は、辛い。代われる物なら代わってやりたい」

 殿下はそう言うと、椅子から腰を上げて、おれの唇に唇を重ねた。

 そんなことをして、この熱が知恵熱じゃなくて風邪だったら、移ってしまうのに……。

「あ、……」

 おれは触れたばかりに唇に触れた。

 これはおれのファーストキスではないか?

 前世でもなかったのに、今世では煌びやかな王子様にキスをされてしまった。

 ああ、なんか嬉しいぞ。

「顔色が良くなったな」

 優しく頭を撫でられていたら、おれは眠くなってきて、眠ってしまった。

 この王子様は、おれを傷つけたりしない……と感じたら安心してしまった。

 そして、翌日の朝には熱は下がった。

 熱が下がった、おれは熱で汗をかいた体を清めて、ベッドシーツも清潔な物に替えて貰った。

 念のために、横になっていなさいと母上に言われて、おれはおとなしくベッドで休んでいた。

 リビングから、モモの感激の悲鳴が聞こえてきた。

 ラウ様がいらっしゃったのだと、すぐに分かった。

 昨日約束していたからか、午後から殿下がお見舞いに来てくれた。

 おれは寝間着姿で、殿下を出迎えた。

「熱は下がったのかい?」

「はい、朝目覚めたときにはすっかり元気になっておりました」

「それは、よかった」

 殿下をソファーに誘い、椅子を勧めて、おれは殿下の為に紅茶を淹れた。

 王宮で使っている物と同じ物なので、いつもと同じ味になるはずだ。


「殿下、どうぞ」

「チェリーの淹れる紅茶は美味しいと、母上が申しておった。やっとチェリーの淹れてくれた紅茶を飲めるな」

「大袈裟です。どうぞ、冷めないうちに召し上がってください」

 おれは、殿下の横に座ると、ティーカップを持って口に運ぶ。

「これは、本当に美味しいお茶だ。王宮と同じ茶葉を使っておるのだな?」

「はい、王妃様に美味しいお茶をお出しするために、同じ茶葉で練習をしましたので」

「私の為に淹れてほしいものだ」

 おれは少し僻んでいる殿下を見て、微笑んだ。

「これからは、殿下の為にお茶を淹れます」

 今度は殿下が微笑んだ。

 ティーカップをテーブルに置くと、おれの肩を抱き寄せて、抱きしめてきた。

「嬉しいことを言ってくれる。可愛い、チェリー」

 チュッチュと頬と額にキスが落ちて、ふんわりと抱きしめられる。

「殿下、僕は男ですけれど、本気で婚約者にするつもりですか?」

「既に、正式な書面で婚約者になっておるが、勿論、本気だよ。安心して嫁いでおいで」

「……はい」

「必ず大切にすると約束しよう」

「ありがとうございます」

 とろけそうな黄金の瞳に見つめられて、おれの頬が熱くなる。

「そう、誘惑するな。我慢ができなくなる」

 そう言うと、人生3度目のキスが、唇に触れた。

 熱で魘されていないときのキスは、優しく、触れるだけで遠ざかっていった。

「嫌だったか?」

 おれは首を振った。すると、殿下は嬉しそうに微笑み、おれをまた抱きしめてきた。

 1時間ほど、抱きしめられていただろうか?

 殿下は、この後に公務があるらしく、帰って行った。

 忙しい合間を縫って来てくださる優しさに、心を打たれた。

 結婚してもいいかもしれない。

 子供ができなければ、殿下はハーレムを作ればいいことだ。

 独り占めできないのは寂しいけれど、お世継ぎの事を考えれば、そこは自分が我慢しなければならないだろう。

 おれは心を決めた。


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