幼馴染みの彼と彼

綾月百花   

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 今日は日帰りのつもりで来たのに、篤志は帰ってこない。

 だからといって、篤志の家に行くのは水に油を注ぐような物だと理解できている。

 菜都美のミルクは多めに持ってきているが、離乳食は余分にない。

 俺が腹を空かすのは、我慢ができるが、菜都美にひもじい思いはさせたくはない。

 急かすのはよくないとは思うが、菜都美が一緒の時は時間を守って欲しい。

 俺は篤志に電話を掛けた。

 いつものようにワンコールで出た篤志に、そろそろ帰ろうと言うと、電話の背後で、聞いた事がない女性の声が「行かないで」と篤志を引き留めているのか?


『菜都美は?』


「寝ているよ。今日は泊まりの予定じゃなかったから、明日の菜都美の離乳食もないし、帰ろう」


『直ぐに戻る』


 篤志はそう言うと、本当に直ぐに戻って来た。

 だけれど、篤志の後ろに社長のお嬢さんが何故かいて、「篤志さん、行かないで」と涙を流している。

 ほんと、女泣かせだ。このイケメン。


「彼女が、実家に住んでいるらしくて」

「追いかけてきたのか?本人はいないのに」

「外堀から埋めてきても、俺の気持ちは変わらない。貴方も実家に帰ったら?無駄なことだと思わないのか?」

「好きになってしまったの」

「俺は貴方を好きにはならない。寧ろ追いかけ回されて迷惑だ。ストーカーとして警察に申し出るけどいいの?」

 彼女は首を左右に振ると、数歩、下がった。


「帰ろう」

「いいのか?」

「実家に住み込みたかったら、いつまでいてもいいけれど、俺は貴方とは結婚しない」


 俺は纏めていた荷物を篤志に預けると、菜都美を抱いて、車に乗せる。

 篤志がチャイルドシートに固定する。

 俺は玄関の扉を施錠した。

 篤志は運転席に乗って、俺は後部座席に乗った。

 車が動き出したときに、彼女は助手席の扉を開いた。

 急ブレーキの間に、車に乗り込んできた。

 危ない。

 篤志も俺も大きな溜息をついて、篤志が下りるように説得する。


「篤志さんがいなくなってから、会社が傾き始めたって、父が言うの。私が篤志さんを誘惑できなかったからって」


 そりゃそうだろう。

 最近の会社はプログラムが使える者がいなければ、経営は難しい。

 最先端の仕事をしていた篤志が消えたら、時間の問題で会社は傾く。


「俺は自分の実力で仕事をしている。そういう仲間の会社に入ったんだ。毎日、楽しいよ。会社が危ないのなら、プロフェッショナルの人材が集まっている会社に頼むんだな」

 俺は当然、今の職場の名前は教えなかった。

 篤志は車から降りると、助手席に回って、扉を開けた。


「10数えるから、そのうちに下りて。下りなかったら、警察を呼ぶ」

 篤志は数を数え始めた。最後のカウントダウンのところで、彼女は車から降りた。

 篤志は助手席のロックをかけて、扉を閉めた。


「もう、帰ったら?」

「だって」

「会社が傾き始めたのは、貴方の責任じゃない。父親の運営の方法がよくなかっただけだ」


 篤志はそう言うと、運転席に乗った。

 彼女は道に立っていた。


「あの子も父親に言われて、大変なんだろうな?結婚もしていない人の家に入り込んで、妻になりますと言って、居座っていたみたいだ」

「あの子、あっちゃんのこと好きなのかな?全部、会社のためにしていたんじゃないかな?」

「それは俺も感じていた。このまま実家に帰ってくれたらいいけれど」

「俺の実家が乗っ取られそうで、小野田さんに頼んできた。不振なことが起きたら。すぐ連絡して欲しいって」

「父親も母親も、彼女の作り話を本気にしていて、マジウザい」

「どんな作り話?」

「結婚の約束をしているってさ。体の関係もあるって言ってたな。父親は責任を取るのが当然だと言うし、母親はいいお嫁さんねとか言ってたし。ほんと迷惑だよ。また喧嘩してきたから、当分は顔を見たくもないね」

「二週間後にわんこ9体と箱を10個取りに行くって言ったけど、送ってもらうか?この車に乗らないし」

「でも、真の実家も心配だろう?」

「心配だけれど、電話で確認できるし」

「それじゃ、送ってもらってもいいか?もう7ヶ月前の事で、ほんと迷惑だよ」

「俺達の仕事って、会社の未来が見えるから、沈みそうな会社だったら、ころころ転職するのが一般的だもんな」

「今の会社が居心地良すぎて、もう転職はしたくないよ」

「へえ、俺、外に出てないから、会社の面白さは知らないけど、菜都美が成長したら、外に出してもらおうかな?」

「朝霧さん達が、真はわんこ専門にしそうだけど」

「わんこ専門でもいいけど、あれは俺のオモチャだけど、遊んでていいの?」


 篤志は笑った。


「俺が卒業してから、いろんなことしていたんだな。俺も真と大学で研究をしていたかったな。二年って長かったよ」

「俺はあっという間だったよ。助手がいないから、全部、自分でするんだから、家にも帰ってなかったし」

「ご飯も食べてなかったんだな?真が飢えないように、俺がご飯を作るから」

「そのうち、菜都美も一緒に食べ出すんだな」

「そうだな」


 俺は菜都美の頭をいい子いい子して、落ちていた人形を顔の横に置いた。


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