幼馴染みの彼と彼

綾月百花   

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 その日は、菜都美の機嫌が悪くて、俺は朝食の片付けもできない。

「菜都美、どうした?」

「フェンえーーん」

 ミルクの飲みも悪い。

 何処が悪いのか、さっぱり分からない。

 熱を測ると、いつもより高めではあるが、高熱と言うわけでもない。

 俺は菜都美と泣きたくなった。

 篤志に連絡すれば、きっと帰ってきてくれると思うが、仕事中に邪魔はできない。

 朝霧さんに教わった病院に連れて行こうと、準備をしていると、菜都美が咳き込んでいる。

 急いで菜都美のところに行くと、菜都美は嘔吐していた。

 菜都美を抱き上げて、背中をさする。

 誤嚥したら、肺炎を起こしてしまうかもしれない。

 菜都美を寝かせて、顔を横に向ける。

 トイレットペーパーを持ってきて、吐いた物を集めて、トイレに流す。

 急いで片付けをして、ベビーカーの準備をすると、泣いている菜都美をベビーカーに乗せるが、ずっと泣いている状態で、外に連れ出すのは難しい。

 抱っこひもを持ってきて、菜都美を抱っこして、荷物をベビーカーに乗せる。


「ふぇんえーーん」と泣き続ける菜都美をあやすが、無理だ。


 ベビーカーでの移動は無理だと諦める。

 タクシーを呼ぼうとスマホを手に持ったときに、篤志から電話がかかってきた。


「あっちゃん」

「どうした?菜都美が目覚めから泣いていたから気になって電話してみた」

「あっちゃん、ありがとう。今、嘔吐して、ベビーカーで病院に出かけようとしたんだけど、ずっと泣いてるから、タクシーを呼ぼうとしていたんだ」

「熱があるのか?」

「ちょっとある」

「迎えに行くよ」

「でも、仕事が」

「途中で抜けるだけだ。病院まで送ったら戻ればいい」

「そうしたらお願い」


 俺は出かける準備をする。

 菜都美は気分が悪いのか、また嘔吐した。

 今度はビニールで受け止めて、お尻ふきで、顔を拭う。

 疲れたのか、菜都美はうとうとしてきた。

 その間に、ゴミを捨てて、新しいビニール袋とお尻ふきを余分に持つ。

 やっと寝たと思ったら、またギャン泣きが始まった。


「菜都美、どこか痛いのか?」

「んぱんぱふえん」

「もうちょっと頑張って、あっちゃんが来てくれるって」

「ふえーん」


 ベビーカーを片付けて、玄関で待つ。

 扉が開いたら、篤志が入ってきた。



「あっちゃん、病院に連れて行って」


「直ぐに行こう。荷物はこれだけか?」

「着替えとおむつとミルクも入っている」

「ミルクは飲んだのか?」

「殆ど飲んでない」


 篤志は部屋に入ると、俺の着替えとタオルを持ってきた。

 それも鞄の中に入れて、鞄を持ってくれた。

 今は菜都美はうつらうつらとしている。


「眠ったのか?」

「時々、泣き止んでうつらうつらするんだけれど、直ぐに泣き出す。繰り返しているんだ」

「取り敢えず、異常事態だ」

 直ぐに玄関を出ると、エレベーターに乗って、地下駐車場まで下りる。

 篤志の車が、直ぐにあった。

 後部座席を開けて、そこに俺は菜都美を抱いたまま乗り込んだ。

 菜都美がまた泣き出した。

 朝霧さんが教えてくれた病院は、大きな総合病院で、もらった名刺は院長の名刺らしい。

 篤志が、いつもよりスピードをあげて走っている。


「菜都美、もうちょっとだよ」

「んぱんぱんぱんぱふぇんえーーん」


 菜都美の頭を「いい子、いい子」と撫でる。


「あっちゃん、菜都美、大丈夫だよね?」

「死なせてたまるか」

「あっちゃん」


 俺も菜都美と泣いていた。

 篤志が来てくれて、ホッとしてしまった。

 篤志は救急外来の駐車場に、車を止めた。


「行くぞ」


 菜都美がまたギャン泣きしている。

 俺は菜都美を抱いて、篤志に手を引かれる。

 やっと病院に来られた。


「あっちゃん、ありがとう」


 篤志が、菜都美の頭を撫でるように、俺の頭も撫でてくれる。





 菜都美は専門の小児科の医師に診てもらって、腸重積だと診断された。

 今、治療をしてもらっている。

 高圧浣腸で90%は治ると言われた。

 繰り返すこともあるというので、気をつけてくださいと言われた。


「俺、すごく気をつけて菜都美を育てているのに、まだ足りないの?」


 ぽろぽろ涙が零れる。


「真はちゃんとお世話をしてる。自信をなくすな」

「うん」


 篤志が俺にハンカチを渡して、肩を抱いてくれる。


「真、前島さんに電話をしてくる。待っていられるな?」

「うん」


 篤志は立って、待合室から外に出ていった。

 今、菜都美が泣いていると思うと、涙が出てくる。

 父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん、菜々美さん、菜都美を助けて。

 連れて行かないで。

 篤志は直ぐに戻って来てくれた。

 俺の手を繋いでいてくれる。

 菜都美が出てきた。

 眠っているようだ。


「処置を行いました。様子観察のため、入院になります」

「はい」


 菜都美は小児科用のベッドで移動していく。

 俺と篤志は菜都美の後を着いていく。

 腕から点滴をされて、シーネ固定をされている。





 難題がここで来た。

 入院時の家族歴だ。

 菜都美は本当の俺の子ではない。

 念のために、俺は戸籍謄本を持っている。

 死亡と書かれている物だ。


「叔父で宜しいでしょうか?」

「私が引き取って、菜都美の父になりました」


 戸籍謄本には、俺の子と記入されているのに、この看護師はどこを見ているのだ?


「隣のお方は、お友達でしょうか?身内以外は外でお待ちください」


 篤志は婚姻証明書を提示した。


「ご結婚なさっているのですか?」

「はい」


 根掘り葉掘り聞かれる。

 菜都美は健康に育てないと、自分の事を理解できるようになったら、自分が本当は俺の子ではないと気づかれてしまう。


「すみません。全て内緒なんです。菜都美の父親は私で、母親は交通事故で亡くなったことにしようと思っているんです。菜都美の前で話さないでください」


 俺は拳を固めて、看護師に訴えた。

 菜都美の前で話して欲しくはない。


「配慮が足りずに申し訳ございません。では、別室にてお話致しましょう」


 俺は篤志に菜都美を預けると、病室を出た。

 別室で俺は、お相手の方、篤志のことまで根掘り葉掘り聞かれた。

 そこまで話さなければならないのだろうか?

 ゲイであるから、菜都美の世話ができていないとまで言われて、俺はテーブルを叩いた。


「俺は自分の人生を変えても菜都美の世話をしています。あなたに俺の何が分かって言っているんですか?ゲイだから、子供の世話ができないと仰るなら、もっと上の方とお話をさせてください」


 俺は朝霧さんにもらった名刺を、テーブルに叩きつけた。


「立ち入ったことまで、聞いてしまって申し訳ございません」と言って、看護師は「どうぞお帰りください」と笑顔で扉を開けた。



 屈辱的だ。



 俺と篤志は、心から愛し合っているのに、俺達の関係を笑いものにしようとしている。

 こんな病院と思ったけれど、菜都美が入院したのだから、我慢しなくてはならない。

 名札の名前は覚えた。

 この部屋に移ってからの会話は、普段持ち歩いているボイスレコーダーに入っている。

 俺はボイスレコーダーを普段から持ち歩く習慣がある。

 特に初対面の女性や悪意を持った者と話をするときは、スイッチを入れる習慣がある。

 俺は菜都美の部屋に戻った。

 篤志が菜都美の手を握っていた。


「どうだった?」

「好奇心で、俺達の関係を馬鹿にしたかっただけだよ。菜都美が病気じゃなければ、こんなところ二度と来るか」

「それはどういう話でしょうか?」と部屋に入ってきたのは、朝霧さんと同い年くらいの男性だった。

「菜都美の前では話せません」

「では、こちらにどうぞ」

 俺は今、入ってきた男性に連れて行かれた。

 部屋には院長室と書かれている。


「うちの看護師が何か失礼な事を言ったのでしょうか?」

 俺はボイスレコーダーを流した。

 院長は深く頭を下げた。


「朝霧から連絡を受けて、様子を見に行ったのです。俺は朝霧の友達でね。担当看護師は辞めてもらう。俺も不愉快だ。俺の伴侶も男だ。この病院の外科医でね。ゲイにも人権はある。怒って当然だと思います。話が広がる前に手を打ちますので、安心して菜都美ちゃんを預けてください」


 院長、金子さんは頭を下げてくださった。

 金子さんは、電話で秘書を呼ぶと、担当ナース葵美奈を呼びに行かせた。


「後のことはお任せください」

「ありがとうございます」


 俺はお礼を言うと、院長室から出た。

 菜都美のことが一番大切だから、もう怒るのは止めよう。

 院長と話をしていたら、怒りも収まってきた。

 でも、これから、何処に行っても心ない言葉を掛けられるのかもしれない。

 俺が菜都美を守るために強くならなければ。

 篤志に甘えてばかりで、情けない。

 病室に戻ったら、篤志はまだ菜都美の手を握っていた。


「あの人が、朝霧さんに紹介された金子さんだった」

「優しそうな人だったな」

「あの人も、外科医と婚姻しているって」

「そうか、普段は気にしないが、割と多いのかもな」

「あっちゃん、今日はありがとう。菜都美が死んじゃうかと思った」

「一緒に育てるって約束しただろう。困ったら連絡しろよ」

「うん、ありがとう」


 俺は篤志を背中から抱きしめて、ギュッとした。


「好きだよ」

「俺も好きだよ」


 篤志の背中は温かで、俺の緊張をほぐしてくれた。

 俺も菜都美が寝ているベッドを見た。

 篤志の横に立つと、篤志は俺の方を見て微笑んだ。


「真、着替えを持ってきたから着替えるといい。菜都美の吐しゃ物で汚れている」

「気づかなかった。ありがとう」


 俺は鞄の中を見て笑った。下着まで入っている。

 つまり、全部着替えろと言うことだろう。

 俺は着替えとタオルを持って、部屋にあったシャワー室に入って、体も頭も洗った。

 抱っこひもも汚れていたので、洗って、お風呂場に干しておいた。

 菜都美の洋服と俺の着替えた洋服は、吐しゃ物を落として、病棟にある洗濯機で洗った。

 菜都美は病院の病衣を着ている。

 たぶん、これで大丈夫だろう。


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