幼馴染みの彼と彼

綾月百花   

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 今住んでいるマンションの契約は明日切れる。

 ガランとした部屋に忘れ物がないか確認している。

 ここにあった荷物は、会社の寮に引っ越しをした。

 篤志は篤志が借りているマンションに来ればいいと言ったが、会社の仲間と馴染むために寮に入った方がいいと考えた。

 まず、会社に提出する住所の問題がある。

 篤志と仲がよいからと、いきなり同じ住所では、ゲイだと疑われてしまうと考えた。

 いきなりのカミングアウトでは、他人の目が怖い。

 俺は篤志を愛しているが、他人の言葉に心が不安定になりやすい。臆病者なのだ。

 顔を隠す癖や人の影に隠れる習慣は、幼い頃からあった。

 篤志のように、見るから男らしさがあれば、自信も持てると思うが、見るからに女顔で、声も低くなく、身長も160センチと低いのは、大きなコンプレックスだ。

 大きなコンプレックスを持っていても、性格は負けず嫌いで、人より負けるのは嫌だ。だから努力家だと言われる。                                                        

 今の所、他人からの評価はとてもいい。

 電気、ガス、水道を止めてもらい、最後のチェックをして、俺は長く住んだマンションから出た。

 明日、入社式なので、会社の寮に行くつもりだ。

 まだ荷ほどきもしていないので、寮に戻ったらまた片付けが待っている。

 その時、スマホの電話が鳴った。

 知らない番号だった。

 出るか出ないか迷いながら、電話に出た。


『新井真さんの番号で間違いないですか?』

「私が新井真です」

『私は静岡県警の脇田と申します』

「はい」


 警察がどうしたのだろう?


『交通事故が起きまして、お電話差し上げました』


 交通事故?

 父ちゃんか母ちゃんが田圃にでも落ちたのか?

 それなら俺ではなく、兄ちゃんが対応するだろう。


『高速道路で多重事故が起きまして、高速道路から押し出されて、高速道路から地上に落下した事故が起きました。至急、静岡県警まで身元確認に来てください』

「身元確認?病院ではないのですか?」

『取り敢えず、静岡県警交通事故課脇田までお願いします』

「あ、はい。でも、俺、東京にいるんですが」

『お待ちしております』

「分かりました」


 通話が切れた。

 どうして交通事故で病院ではなく、警察に行くのか?

 誰が?

 どうして、俺に電話がかかる?

 俺は財布の中身を確かめて、落胆した。二千円では足りない。途中でATMに寄って、足しないお金を足した。





 新幹線とバスで警察署に到着した。

 胸がドクドクと拍動している。

 怖いのだ。

 誰が死んだの?

 俺が確認するのは誰だろう。

 兄ちゃんだろうか?

 でも、父ちゃんもいるはずだよな?

 不安で、不安で。

 凄く怖い。

 交通事故課の脇田さんを呼び出してもらった。

 脇田さんは、兄ちゃんと変わらない年齢だと思った。


「確認をしていただきたく、こちらに来ていただきました」

「死んでるの?」

「残念ながら、病院に搬送する以前に、息絶えておりました。ですが妊婦の女性は、亡くなる前にお子を出産したようで、お子さんは病院に入院しております」

 赤ちゃんは生きていた。

 俺は地下の霊安室に連れて行かれた。

 部屋には二つのベッドが並んでいた。

 線香の匂いがする。

 脇田さんは、顔を覆っている布を外してくれた。

 父ちゃんと母ちゃんが眠るように横たわっている。

 綺麗な顔だ。


「父と母です」

「次はこちらをお願いします」


 まだあるのかよ?と思いながら、脇田さんに付いていく。脇田さんは隣の部屋に入っていった。

 ベッドが二つ並んでいる。

 この部屋も線香が焚かれている。

 脇田さんは、また顔にかけられていた布を外している。

 兄ちゃんは頭に包帯を巻き、顔中にガーゼが貼られている。

 兄ちゃんの横には、奥さんの菜々美さんが横たわっていた。

 菜々美さんも顔にガーゼが貼られていた。

 俺は一人になってしまった。

「兄と兄嫁です」


 身元を確認するのが俺だけだったのだ。


「兄が事故を起こしたのですか?」

「いえ、多重事故が起きまして、前後に挟まれた状態から、横からトラックが車を高速道路の外に押し出す形になり、転落したようです」

「どんだけ、運が悪いんだよ」

「今回の事故は怪我人や死亡者も多く、病院の方もパンク状態だったので、ご遺体を警察署に移動させました」


 俺は頭を軽く下げた。


「あと、死に際に出産し、産まれたお子様の面談もしていただきます。病院まで案内します」

「はい」


 俺は生まれて初めて、パトカーに乗った。

 子供の頃憧れていたパトカーは、普通の車だった。

 病院の新生児室に案内された。

 菜々美さんの赤ちゃんは、女の子だった。

 怪我はないようだ。

 看護師さんに呼ばれて、個室に入った。

 脇田さんも一緒にいる。

 看護師さんが赤ちゃんを連れてきた。

 小さな透明なベッドの中で、眠っている。

 菜々美さんによく似た美人になるだろう。

 目鼻立ちが、菜々美さんによく似ている。

 色白で、小さい。


「この子が車の中で産まれた子です」


 菜々美さんは事故の時、意識があったのだろう。

 必死で赤ちゃんを守ろうとしたに違いない。


「お母さんのご家族はいらっしゃらないのですか?」

「菜々美さんのご家族は、早くに亡くなられたと聞いています」


 施設育ちだと菜々美さんは言っていた。

 高校を出てから、我が家の工場の事務員になっていた。

 兄ちゃんは、菜々美さんに惚れて、直ぐに求婚したと聞いた。


「新井真さん、あなたにこの子をそだてる事は可能ですか?」


 唐突に看護師さんが言った。


「え?」

「養子縁組に出されても、いいと思いますよ」


 生還した赤ちゃんを、俺に捨てろと言っているのか?

 兄ちゃんと菜々美さんの、大切な赤ちゃんだ。

 二人が、産まれてくるのを待っていたのを知っている。


「俺が育てます」


 兄ちゃんと菜々美さんの忘れ形見だ。

 どうして施設に入れなくてはならないのだ?

 俺は兄ちゃんに、小さいときから守られてきた。

 それなのに、兄ちゃんの子を他人にやるのか?

 罰当たりだ。

 俺はまだ一つも恩返しをしてはいない。

 赤ちゃんは、一人になってしまったのだ。

 俺も家族に置いていかれた。

 互いに一人ならば、年長の俺が、この赤ちゃんの成長を見守る責任があると思う。


「俺の家族は、この子だけになってしまったのだから。俺が責任を持って育てて行きます」

「貴方の人生も大切にしていただきたいと思いまして」と看護師さんは言った。

「今日、産まれたので、一週間は病院で様子を見ます。見た目に怪我はありませんが、一応、全身の検査はします。宜しいでしょうか?」

「お願いします」


 何枚かの書類を出された。

 看護師さんは説明をしたが、さっぱり頭に入ってこない。

 書類にサインをして、それをテーブルに置くと、看護師さんは立ってベッドの方に歩いて行って、赤ちゃんを抱き上げた。


「どうぞ抱いてやってください」

「はい」


 看護師さんは、赤ちゃんを抱かせてくれた。

 甘いミルクの匂いがする。

 とても軽くて、フワフワで、壊しそうで不安になる。


「全身に何もなければ、一週間後に退院になります。その時までに準備する物のリストを作っておきました。後で読んでください」

「はい」


 赤ちゃんは、看護師さんが俺の手から奪って、ベッドに寝かされた。

 その途端に、赤ちゃんが泣き出した。

 寂しそうに、不安そうに、甘えた泣き声に、俺は椅子から立ち上がっていた。

 ベッドに横にされた赤ちゃんを抱いていた。

 やはり寂しかったんだね?

 泣き声は消えていた。


「怪我がないか、しっかり検査しておいてください」


 俺は赤ちゃんを抱いたまま、看護師さんに頭を下げた。


「分かりました」


 看護師さんは、優しく微笑んだ。

 その後、赤ちゃんのおしめ交換とミルクを飲ませる練習をして、赤ちゃんを預けてきた。

 赤ちゃんのベッドには『新井真ベビー』と書かれた。

 菜々美さんと兄ちゃんが待ちに待った赤ちゃんだから、大切にしなければならないと思う。

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