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綾月百花   

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Side楸

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 防音設備のあるマンションに越してきたのは幼稚園の頃だ。
 母は有名なバイオリニストで、家にいるときは、楸(しゅう)のレッスンを必ず行う。
 物心がついた頃には、ピアノにへばりつき、バイオリンを持っていたような気がする。
 外での遊びはほぼゼロ。
 窓から外を見ると、幼稚園バスが止まって、女の子が降りてきた。
「楸も幼稚園に行きたいの?」
 背後から母も窓の外を見ていた。
 引っ越しする前は保育所に通っていた。
 決まった友達は、できなかった。
 母の仕事の時だけ預けられる生活だった。
「幼稚園バスに乗ってみたい」
 ピンポンとインターフォンが鳴った。
「安っぽい音ね」
 母がインターフォンに出て、玄関に出て行った。
 楸も母の後をついて行った。
「初めまして、ご挨拶もまだ伺っていないのに、すみません」
「いいえ。お忙しそうでしたので」
 どうやら隣の家の住人らしい。母親の横に女の子が立っている。
 目が合うと、女の子は可愛く手を振ってきた。
 かわいい。
 楸はすました顔で、少しだけ手を振った。
 このマンションは、まだ建ったばかりで入居者が順に入って行くところだ。
 楸の家は比較的早く越してきた方だが、もっと早く越してきたのだろう。
「同じ年なのね、愛梨(あいり)、自己紹介できるかしら?」
「できるわ」
 愛梨はまずスカートをたくし上げ、礼を一つ。
「初めまして、朝井愛梨です。よろしくお願いします」
 最後にもう一度礼をして、にっこり微笑んだ。
 まるで異国のお姫様のようだ。
「可愛らしい。愛梨ちゃん、うちの子は楸って言うのよ。仲良くしてあげてね」
「はい」
「小学校受験を考えていらっしゃるの?」
「ええ。ここからだと距離も近いし、受けさせてみようと思っていますの」
「うちの子も受験を考えていますの。良かったら仲良くしてくださいますか?」
「もちろんですよ」
 人嫌いな母が、珍しく心を開いた。
 幼いながらに、驚いて自分の母の顔をガン見した覚えがある。
 これが愛梨と初めて出会った思い出だ。
 すぐに幼稚園に入り、愛梨と一緒に小学受験の習い事に通うようになった。
 母同士、気があったのか、いつも仲良くしていることに、驚いた。
 楸を愛梨の家に預けたり、その反対もあった。
 愛梨は母にピアノを習っていた。楸はバイオリンを習っていた。
 楸の母はバイオリニストだったが、ピアノも弾けた。
 愛梨がピアノを弾いたとき、必ず一度は楸のバイオリンと合わせて、弾かせた。
 その音が、綺麗で楸は愛梨のレッスンの時、一緒にいた。
 愛梨も楸と音を合わせるのを楽しみにしているようだった。
 二人の二重奏は、幼い頃から綺麗な音を出していた。
 楸の父は大手出版社の社畜でほとんど家に帰って来ない。楸は写真でしか顔を見ていないような気がする。
 お互いに私立の難関小学校に入学できて、一緒に通った。
 楸が小学生になると、楸の母は仕事を本格的に再開した。
 遠征に行く日は愛梨の家に泊まり、愛梨と一緒に眠った。
 中学に入る頃には、海外遠征までして愛梨の家の子になったような気がした。
 二人は兄妹のように仲良く、いつも一緒にいるのが当たり前だった。


 成績順でクラス編成される学校で、愛梨と楸はいつも同じクラスになった。
 中学生の頃、愛梨が弾くピアノに合わせて、バイオリンを弾いた。
 愛梨は悦び、何度もせがまれた。
 アニメの主題歌や流行の歌謡曲を演奏して、愛梨は歌う。二人の遊びは演奏することだった。


 高校に入った頃に、愛梨の祖母が寝たきりになり、愛梨の母親は介護に出かけていった。その関係上、愛梨と二人で残された。
 愛梨の父は、ずっと単身赴任で家には帰ってこない。
 愛梨が食事を作り、楸に食べさせてくれる。
 楸は自宅に戻ったが、愛梨が寂しそうにしている日は愛梨の家に泊まった。


 幼なじみで親友という殻が破けそうで、楸は愛梨といるとき、ふと一緒にいることに不安を感じだした。
 好きという気持ちを押さえ込ませることが難しくなってきた。
 けれど、そんな個人的なことで悩んでいることができなくなった。
 愛梨が学校で虐めに遭っていることに気付いた。
 気付いたときは、もう遅かった。
 大好きだった綺麗な髪がズタボロにされた。
 傷ついているだろうに、愛梨は弱みを見せない。
 だから気付かなかった。
 気付かせないように愛梨がしていた。
 やはり愛梨から目が離せない。
 そんなとき、愛梨がバンドを作ろうと言い出した。
 二人のデュエットでも十分綺麗な音なのに、二人の音に満足できなくなったのか、ギターが弾ける男子とドラムができる男子を探し始めた。
「女の子じゃ駄目なの。男の子じゃなきゃ駄目」
 何を考えているのか、楸には理解できなかったが、今ならできる。
 愛梨以外の友達を楸に与えて、達成感を与えたかったのだと。


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