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4 兄から離れる覚悟
7 語られる真実
しおりを挟む連れて行かれたのは、駅近くの隠れ家のような喫茶店だった。
この近辺に住んでずいぶん経つが、ここにお店があることを亜里砂は知らなかった。
「ここ、昼間は喫茶店なんだけど、夜はバーになってるんだ」
「ふーん」
「怒ってるのか?」
「家に帰りたい」
不機嫌な顔している亜里砂の手をしっかり掴んで、友麻は店の中に入っていく。
光度の落とされた店内は、大人の雰囲気だ。
間接照明で照らされた天井に星座が浮かんでいる。ロマンティックなお店だが、今の亜里砂には苦痛にしか感じられない。
新年早々に捨てられた好きな男に連れ回されるなんて、最低な一年の始まりだ。
ちゃんとした恋愛ができるように、蘭々と神社で参拝したばかりなのに。
引っ張られる自分の手を見ると、懐かしさと共に胸の奥が痛くなる。
まだ好きだ。
自分の感情が制御できない。
「遅くなった」
友麻が足を止めた。
顔を上げると、友麻の婚約者の亜里砂が座っていた。
「帰る」
握られていた手を振り払って逃げようとしたが、手は離してもらえなかった。
痛いほど強く手が握られている。
指先が痺れるほど、友麻に手を握られたことはない。
握力の違い?
いつも手加減されていたの?
「手が痛い。逃げないから手を離して」
「ごめん」
友麻はやっと亜里砂の手を離した。
亜里砂は視線を落とすしかない。逃げないと、約束をしてしまった。
「座って、亜里砂」
逃げ出されないように、椅子は奥に座らされた。
逃げ場はなくなった。
目の前に見知らぬ男性も座っているが、亜里砂は黙って視線を下げたまま口も閉ざした。
憂鬱だ。
目の前にいるのは、明らかに自分より年上の人たちだ。
(もう何でもいいから、早く終わって)
亜里砂は少し投げやりな気持ちになっていた。
「亜里砂さん、迷惑をかけてごめんなさい」
突然、目の前の二人が声を揃えて、頭を深く下げた。
「亜里砂、俺もごめん」
友麻も頭を下げている。
亜里砂はゆっくり顔をあげる。
三人が亜里砂に頭を下げていた。
ゆっくり三人の頭が上がると、亜里砂の顔は俯く。
「結婚はしない」
友麻の言葉に、亜里砂は俯いていた顔をあげた。
「どうして?」
友麻に聞いた。言っている意味が理解できない。
「婚約はフェイクだったんだ」
「そんなことする理由がわからない。婚約って結婚をする約束でしょ?両親だって挨拶に行ってるでしょ?」
「ごめんなさい。私から説明させてもらいます」
友麻の婚約者の亜里砂が、声を挟んできた。
「私には、もともと交際していた男性がいたんです。彼です」
婚約者の亜里砂は、隣に座る男性の方を見る。男性も彼女を見ている。
「父が勝手に友麻さんを気に入り、私の夫にと決めてしまったんです。父は友麻さんの仕事の力量や性格を気に入って会社を継がせたいと、私の気持ちも聞かずに話を進めてしまいました。私には好きな人がいるのに。家から逃げだそうとしたけれど、両親に見つかって連れ戻されてしまったの。結婚すれば、好きになるだろうと宥められました。でも、私は彼と結婚したかったの。だから、友麻さんに頼んだんです」
目の前の二人は、手を繋いでいた。
「父が納得できる婚約破棄の手段を考えるから、その間だけ婚約者のフリをしてくださいって。友麻さんが事故に遭った日、彼も同じ車に乗っていました。三人で出かけていたんです。私の排卵日が近かったから。一人では外出させてもらえなかったから、友麻さんに迎えに来てもらいました。まさか事故が起きるなんて思ってもみなくて、関係ない友麻さんに怪我を負わせてしまいました。ごめんなさい」
目の前の亜里砂が、また深く頭を下げる。
亜里砂は黙って話を聞いていた。
「タイミング受精に成功したんです」
目の前の亜里砂は嬉しそうに話している。
「赤ちゃんができて、両親に話しました。友麻さんの子ではないと言ったら堕胎をするように言われましたが、私は拒絶して彼と両親に頭を下げて、生ませてくださいとお願いしました。母が胎内の胎児の超音波検査の写真を見て、父を宥めてくれました。先ほどは婚約破棄のご挨拶に伺ったんです」
苦労してやっと掴んだ幸せを見せつけるように、彼女は手振り身振りも入れて話し終えた。
(私はその間、すごく苦しかし、寂しかった)
煙草を押し当てられた傷が、ウズウズと痛い。
「話はそれだけ?」
「はい」
「帰っていいですか?」
亜里砂は席を立った。
「亜里砂」
友麻がまた手を握った。
今度は手加減してくれている。
その手からすりと手を抜いた。
「赤ちゃん、おめでとうございます。でも、私には関係ないから」
頭を下げて、友麻の椅子の後ろを通ってお店を出て行った。
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