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2   お兄ちゃんのお見合い

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 同じ家に住んでいて顔を合わさなくなって一ヶ月以上が過ぎていた。
 友麻は動画を見て、拳を握る。
 遠くても、それが誰かなんて聞かなくてもすぐにわかる。
 すぐにでも駆けつけたいが、それができない。
「友麻さん、どうかなさいましたか?」
 婚約者の亜里砂が、友麻がスマホをずっと見ているのに気付いて、声をかけてきた。
「両親がもうすぐ来ますので。もう少しお待ちください」
「あの、少し仕事のことで電話をしたいんですが」
「どうぞ」
 席を立とうとしたとき、中川物産の社長と奥さんが到着した。
 仕方なく、スマホを片付ける。
「お待たせしたね」
 中川物産の社長は友麻の人柄と仕事の力量を気に入って、娘を嫁にもらってくれないかと声をかけてきた。
 断ったが、派遣会社の社長の押しが強くて、断れなかった。友麻が所属する派遣会社まで巻き込んで外堀から囲まれてしまった。
「いいえ」
「一緒に食事をしたくてね。わざわざ休日に呼び出して申し訳ない。休日くらいしかゆっくり話ができないからな」
「はあ」
「二人ともお似合いね。写真を取ってあげましょうか?」
「お母さん、別にいらないわよ」
 亜里砂が断るが、「二人とももっと近づいて」と声をかけられて、肩と肩が触れあうほど近づいた。
「友麻さんを困らせないで」
「困りはしないだろう?夫婦になるんだから、目の前でキスくらい見られても驚きはしないよ」
 社長がおおらかに笑う。
「ほら、キスして見せろ」
「お父さん、やめて。恥ずかしいわ」
 友麻は亜里砂の頭に唇を寄せた。キスはしていない。
「これでよろしいでしょうか?」
「友麻さん、ごめんなさい」
 友麻は微笑を浮かべる。
「さあ、酒と料理を頼む」
 お座敷に素早くお酒が運ばれてくる。
「友麻さん、お仕事のお電話は?」
「もういいんだ」
「そうですか?」
 友麻は口数少なく、勧められるまま酒を飲み、食事をする。



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