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10   結婚について

4   国妃の策略

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「父上、何かご用ですか?」
「ビエントに新しい婚約の話を持ってきたのよ」

 国王陛下の執務室にあるソファーに母が座っていた。

「何を言っているんですか?私はリリーと婚約しています」

 母はハンカチで口元を隠して、クスクスと笑う。

「あんな子供のどこがいいのかしら?調子に乗って、ダンジョンを殲滅してくれたのは我が国のためになりましたが、それだけのこと。我が国では白銀の髪ではなく、金髪の女性が一番美しいと昔から言われています」
「そんなこと関係がない。私はリリーを心から大切に想っています」
「ほとんど、魔物退治に出ていて、滅多に会えなかったでしょうに」
「それほどまで、この国のために命をかけて戦っていたのです。国境も無事に通れるようになりましたし、王都まで魔物が出ることもなくなり平和になったのは、リリーを始め、騎士団のお陰ではないですか?」
「騎士団のお陰よね。だから、アトミス・エレーロ・アルテイスト伯爵令嬢をあなたの婚約者にしようと思うの。シオンの婚約者にしてしまってアトミス嬢には辛い思いをさせてしまったけれど、あの美しい容姿と騎士団での活躍を考えたら、ビエントの伴侶にぴったりだと思うのよ」

 母は平然と言葉を紡ぐ。

「この間、王宮に来ていたでしょう。瞳まで黄金で美しい。とても淑やかでしたわ。やんちゃなリリー嬢より、ずっと王妃として相応しい」

 ずっと立ったまま聞いていたビエントは、机の前に座っている父親の前まで歩いて行って机に思いっきり手をついた。

「父上も同じ考えなのですか?国境地帯の魔物の森でも北の魔物の森でも、ラスボスのトドメを刺したのはリリーなのですよ」
「リリー嬢はまだ子供ではないか」
「子供なのに、大人と同じ騎士団に入って魔術を極め、使命のために自分を磨いてきたのですよ。やっと15歳になったのです。あと1年もしたらしっかりとした大人の女性になります」

 ビエントは父王に、想いを告げる。

「白銀の魔術師と言われて、調子に乗って、見苦しいですわ」
「母上、本人はそんな噂を知りません。リリーを称えて国民が口にしている。それほど、国民に愛されているという事では、ありませんか?」
「国民もアトミス嬢の美しさを目にしたら、そんな噂はすぐに消えるでしょう」
「リリーとアトミスは仲のいい友人です」
「だから、どうだと言うのです?友人に婚約者を奪われるなんてこと、よくある話」

 王妃は、どこまでもアトミスを婚約者にしようと押してくる。

「リリーを想い続けている私の気持ちは考えてくださらないのですか?」
「実家に勝手に帰ったのでしょう。その婚約者は」
「父上も母上も、何故、攻略を終えてきたリリーに対して、功績をたたえてくださらなかったのですか?リリーは傷ついておりました。誕生日の日に帰って来ても、ケーキの一つもなく、私に突然公務を押しつけて、リリーと会わせないように仕組んだのではありませんか?騎士団で戦ってきたリリーは着る洋服もなく、春の装いのまま過ごさせていました。アストラべー王国の恥です」
「誕生日など知りません。ケーキがないくらいで拗ねるなんて、まるで子供ではありませんか?」
「他国のお嬢様を預かっておいて、母上は恥ずかしくはないのですか?我が子に、そんな仕打ちをしますか?シオンの誕生日には、豪華な食事と大きなケーキを準備するではありませんか?」
「突然、帰って来て、そんな事知りません」

 母は、プイッと顔を背けた。

「私はリリーの誕生日にシェフにケーキをお願いしてありました。それなのに、シェフにケーキは要らないと言い、シェフにケーキを作ることを禁じたのは母上ですね。何故、そんな意地悪な事をなさるのですか?私の気持ちまで無下にするようなことを……」
「そんなことは知りませんわ。シェフの勘違いではないのかしら?」

 母は目も逸らしたまま、美しく微笑んでみせる。
 お洒落に色づけされた指先を、もう片方の指で撫でる。

「父上、私はお断りしますからね。私の婚約者はリリーです」

 父王は椅子に座ったまま顔をあげた。

「嫁と姑の問題は根深いぞ」 

 父はうんざりしたような顔で、ビエントを見て言った。

「それなら、私が王宮を出て行きます。自分で城を建てて、リリーと過ごしましょう」
「ビエントは母を捨てるのですか?」

 母は急に立ち上がると、ビエントにしがみついてくる。

「私は母上の人形ではありません。結婚したい相手は自分で決めます」

 ビエントは母の手を引き剥がすと、執務室から出て行った。



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