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2   冒険に出ます

4   アウロとチェーン(1)

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 リリーは久しぶりに晴れた空を旅行鞄にまたがり飛んでいた。

「村より町がいいわ」

 上空から町を探すと、町が見つかった。結構大きな町だ。町に入る前に上空から降りて、跨いでいた旅行鞄を手に持つ。少し風魔法を使うと、重い鞄もそんなに重くはない。

「まずは食事とお風呂ね」

 空腹で、お腹は鳴りっぱなしだ。
 早く、何か食べたい。
 けれど、リリーは令嬢なので、無様な姿は見せられない。
 きちんと胸を張り、人の前に立つ。

 八百屋の女将に、「この町でお風呂に入れる場所はありますか?」と聞いた。

「そうね。旅館は二つほどありますけど、お泊まりになるの?」
「まずは食事とお風呂に入りたくて」

 リリーは地図を広げて、「今はどの辺りですか?」と訊ねた。

 女将は数人かき集め、地図を見る。

「地図なんて、見たことがなくてね。賢者が一人いるから訊ねてみたらいい」と教えてくれた。

「まずは食事とお風呂だったね」
「はい。長雨で足止めされまして、ずっとお風呂にも入れず、食べ物もなくて」
「それは大変だったね」
「良かったら、うちに来るかい?」

 刃物屋の女将と旦那さんが、声をかけてくれた。

「お嬢さんと同じくらいの息子と娘がいるんだ。家の手伝いをしてくれるなら、数日休んで行くといい」
「いいのですか?」
「ああ、いいよ」
「助かります」
「おまえさん、先に戻るよ」
「ああ、俺が一人で店番するから、戻っていけ」
「叔父様ありがとうございます」
「叔父様って……」

 刃物屋のおじさんは、照れている。

「私、リリーといいます」
「俺はトング、叔父様でいいよ。聞き慣れなくて照れるな」
「奥様、お願いします」
「どこのお嬢様だろうね?」
「今、アストラべー王国に行こうとしています」
「アストラべー王国なら、まだまだ遠いよ」
「そうなんですか?」
「一人旅をしているのかい?」
「はい。師匠に会いに行きたくて」
「それは大変だ」

 リリーは微笑んで「いいえ」と答える。

「旅も修行の一つです」
「えらいね、歳は幾つなんだい?」
「13歳です」
「うちの子と同じだね」
「そうなんですね」
「アウロが男の子で13歳だ。チェーンが10歳の女の子だよ」

 細長い道を歩いて行くと、こぢんまりとした家が見えてきた。
 目の前に畑が見える。

「あのうちが我が家だ。昨日作ったシチューがまだたくさん残っているから、食べるといい」
「美味しそうです」
「うちのシチューは店で食べるシチューより美味しいよ」

 リリーは微笑む。

「綺麗な髪と瞳だね」
「青い瞳は、兄も持っています。この髪は時々一族で生まれると聞いています」
「いいところのお嬢様なんだろうね?」
「普通の家ですよ」

 玄関の扉はグリーンだ。壁はカスタード色だ。屋根はチョコレート色をしている。

 畑の中から「かあちゃん」と声を上げて、子供が駆けてきた。

「この子がチェーンだ。後から歩いてくるのがアウロだ」
「初めまして、お邪魔します」
「お姉ちゃん、お客様?」
「そうだよ。食事とお風呂に入ったら、畑の草刈りを手伝ってもらうよ」
「はい」
「そんなに簡単に返事をして、草刈りは大変なんだよ」
「はい」
「まあいい。先に食事だ」
「お腹空いたよ」
「もうお腹空きすぎて、腹の虫が鳴きっぱなしだよ」
「アウロ、手を洗う井戸を教えてやってくれるか?」
「わかった。こっち来て」
「はい」

 アウロはリリーより身長が少し高い。

「井戸って初めて見るんです」
「どんな町から来たんだよ」
「王都に住んでいたので」
「ふーん。王都って井戸がないのか?」
「水道から水が出ますの」
「水道ってなんだ?」
「地面の中に水道管が走っていて、そこから各家に水が供給されるんです」
「難しいな」
「そうですか?」

 アウロは井戸の前に連れてきてくれた。

「洗濯もここでするんだ。石けんが置いてあるだろう?」
「はい」
「この棒を上下に押すとホースから、水が出てくるんだ。

 丸い井戸から、水を出してくれる。

「まあ、不思議ね」

 石けんで手を泡立てて、洗うと、ついでに顔も洗った。

「拭くもの持ってないのに、顔を洗ってどうするんだよ?」
「ずっと洗ってなくて。つい……」

 掌から微風を出して、顔を乾かした。
 便利だけど、お肌には悪いわね。

「あれ、乾いてる」

 リリーは微笑んだ。

「まあいいや。玄関はこっち」

 グリーンの扉を開けると、中はナチュラルカラーで統一されていた。

「手を洗ったら、空いた席に座ればいい」

 二人が部屋に入ると、奥さんが声をかけてきた。

「はい」

 ベンチ式の椅子で、向かい側に二人が座ったので、リリーは対面に座った。
 大きな鍋が目の前に置かれて、たくさんのパンが置かれた。

「美味しそう」
「うちのパンは焼きたてだよ」

 リリーは微笑む。
 食器にシチューを移して、四人で分けた。

「パンはおかわりあるから、たくさんお食べ」
「いただきます」

 久しぶりに食べる温かい食べ物に、胃袋が喜んでいる。焼きたてのパンも美味しい。

「おかわりしなさい」
「いいんですか?」
「悪かったら、誘いはしないよ」
「そうしたら、おかわりください」
「大雨の間、食べに行けなかったんだろう?」
「はい。山小屋を見つけたので雨宿りはできたんですけど」
「かあちゃん、王都から来たんだってさ」
「あらまあ、ずいぶん遠くから来たんだね」
「アストラべー王国に行きたいので」
「そうだったね」

 たっぷり食べて、リリーは食後のお茶を飲んだ。

「不思議な味のお茶ですね」
「トウモロコシのお茶だよ。芯を乾燥させて、砕いた物だ」
「初めて飲みました」
「お風呂は今、入るか?」
「はい。できれば」
「温泉が湧いているから、そこに入ったらいい。洗濯物は、外の井戸で洗いなさい。温泉で洗うとシミになる」
「はい。ありがとうございます」
「アウロ、連れていってあげな」
「はいよ」

 アウロは立ち上がると、こっちと言いながら、リリーの荷物を持ってくれる。

「これ重いな」
「ごめんなさい」
「軽々持っていたから、軽いのかと思った。あんた力あるんだな」
「そんなことないわ」

 脱衣所まで鞄を運んでくれたアウロは、「ごゆっくり」と言って出て行った。

 鞄から着替えを出すと、ポシェットを中にしまって、鍵をかける。
 髪と体を洗った後、温泉に入った。

「気持ちがいいわ」

 露天風呂で空は見えるが、外からは見えないように囲まれている。
 岩を組んでお風呂は作られていた。
 源泉が近くにあるのか、竹の筒から、温泉が流れてくる。
 初めて見る仕組みに、リリーは興味を持ち、観察する。溢れたお湯は岩を伝い下へと流れていく。いつも新鮮なお湯が沸くのは魅力的だ。
 ゆっくりお風呂に入ってから、持ってきたタオルで体を拭き、新しい服を着る。

「洗濯は外でするのよね」

 脱衣所に出て、鞄を開けて、櫛で髪を梳かし、顔にクリームを塗る。
 またポシェットを斜めにかけて、鞄を持ち、居間に向かう。

「お風呂ありがとうございました」
「いい湯だったろう」
「はい。温泉は初めて入りました」
「そうかい」

 奥様はお茶を淹れて、リリーの前に置いてくれた。

「湯上がりはお茶を飲みなさい」
「はい」
「洗濯するなら早めにしておいで」
「いってきます。鞄を置かせてもらいますね」
「ああ、いいよ」

 リリーは鞄にきちんと鍵をかけて、洗濯に向かった。
 井戸の使い方は教わったので、簡単だ。
 ワンピースと下着と靴下を洗うと、干し場の一角を貸してもらい、干した。

「奥様、どこの草刈りですか?」
「休憩してからでいいよ」
「早めに済ませてしまいたいので」
「そうかい?」

 奥様は、畑ではなく、畑を囲むようにある草丈の高い草を指した。

「刈った草はどこに置きますか?」
「どこでもいいよ」
「わかりました」

 リリーは畑の近くに行くと、深呼吸を一つした。

「ウォールウイングカット」

 手を左から右へと払った。
 突風がうねるように吹いて根元から切れて倒れた。
 畑の左右から同じ魔術を使うと、最後に奥へと入って、今度は畑にあたらないように気をつけながら魔術を使う。

「あんた、それなんだよ?」
「風魔法です」
「魔術師なのか?」
「魔術師の卵です。師匠に会わなくてはいけなくて」
「それで旅をしているのかい?」
「はい。奥様、他にありますか?」
「それなら、風呂の裏に生えている草も切っておくれ」
「はい。場所を教えてください」
「こっちだよ」
「この一帯ですね」
「できるのかね?」
「どうでしょうか?」

 今度は広範囲だが、お風呂を壊したら不味いので、地道にウォールウイングカットを繰り返す。

「すごいじゃないか」
「ありがとうございます」

 リリーはにっこり微笑んだ。

「今晩は泊まっていきな」
「いいんですか?」
「こんなに早く、仕事ができる子は初めてだ。みんな無理だからと言ってお金を払っていく者ばかりだが、あんたは違う。きちんと働いた」
「宿泊費はいくらですか?」
「もう宿賃はもらった」
「本当にいいのですか?」
「ゆっくりしていき」

 奥さんは、感動している。

「あの賢者の家はどこでしょう?」
「アストラべーへ行く道だね」
「はい」
「それなら、この前の道を真っ直ぐ道なりだ。途中に小道があるが本線を通って行けば行ける。馬車で三日くらいで国境に出る。国境を抜けたら魔物の森に入るから馬車に乗った方が安全だよ」
「国境から王都までどれくらいですか?」
「馬車で1週間ほどだと思ったが」
「そんなに遠いのですか?」
「魔物の森が深い森で、危険だからね。一晩泊まらずに走り続けなければ、魔物に殺されてしまう」
「怖い場所なのですね」

 リリーは両手を胸の前で組んで、何度も頷く。

「町に買い物に行くなら、アウロを連れていきな。荷物持ちくらいにはなるだろう」

「アウロ」と奥さんが呼ぶと、少年が家から飛び出してきて、景色の変わった畑回りを見て驚いている。

「リリーさんが刈ってくれたんだ」
「すげえ。どうやって?」
「風魔法だとさ」
「へえ。どうやって使うんだ?」
「私にもよくわからないんですけど、師匠に教わって、練習をしました」
「そうだ、アウロ。町まで連れていってあげな。荷物持ちもするんだよ」
「わかった」
「アウロさん、すみません」

 アウロの頬が赤く染まる。

「行くぞ」
「はい」

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