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1   婚約者

9   会いたい

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「リリー、新しい婚約者は賢い者を選ぼう」
「お父様、私、結婚相手は自分で決めます」
「アルミュール殿下は生まれたときから発育が悪かったそうだ。騙すように婚約者にしたことを謝罪された。陛下から慰謝料として大金を預かった。リリーが結婚するとき、持たせてやって欲しいと言われたよ」
「いいのよ。もう。アルはいつも弟みたいだった。婚約者だと本気で思ってはいなかったわ。陛下にいずれ婚約破棄をお願いしようと思っていたわ」
「それでも、わが伯爵家は娘を傷物にされた。今回の婚約破棄は、リリーにいい影響は与えないのだよ」
「婚約者はいりません」

 リリーは食卓から席を立った。
 もうこの話は聞きたくはない。
 リリーは国王から婚約破棄され傷物になったのは確かだ。
 この先、ろくな婚約者など現れないだろう。それなら自分が好きになった相手と結婚したい。

「おやすみなさい。お父様、お母様、お兄様」

 この話は終わりと、リリーは終止符を打って、ダイニングから出て行った。






 部屋に戻ると、侍女のモリーとメリーが、お風呂の準備をしていた。

「リリーお嬢様、すぐにお風呂に入られますか?それともお茶でも召し上がりますか?」
「お風呂に入るわ」
「では、こちらへ」
「モリーとメリー、私はもう王家に嫁ぎません。だから自分の事は自分でできないといけなくなりました。お風呂も着替えも一人でできるようにならなくてはいけないの」
「それでも、お嬢様は伯爵令嬢でございますよ」
「この先、伯爵令嬢でいられなくなるかもしれません」
「お嬢様、あまり落胆されませんように。お嬢様ほど美しいお嬢様は見たことがありません。縁談は、この先いくらでもあるでしょう」
「自立したいの」

 リリーはリリー専用の浴室に入ると、扉を閉めた。
 自分で体を洗い、頭も洗う。
 モリーとメリーに洗ってもらった方が気持ちがいいけれど、自立しなくては。
 なんとか体と髪を洗うと、タオルで髪を乾かす。一緒に寝る支度もしてしまう。歯を磨き、顔にクリームを塗って、髪を丁寧に梳かす。
 浴室から出てくると、モリーとメリーが、することがないようで、リリーのベッドを整えていた。

「お茶は冷ましておきました」
「ありがとう。今夜は眠りますね」

 モリーとメリーは頭下げて、「お休みなさいませ」と頭を下げて、部屋から出て行った。






 リリーは衣装部屋に行くと、紺のワンピースを着た。
 笛のついたネックレスをすると、髪を隠すように紺のストールを頭から被った。
 窓を開けて、窓枠に足をかける。二階の部屋から飛び降りると、そのまま空を飛んだ。

 リリーは飛行を覚えた。

 ビエントができると言ったのだから、きっとできると信じて、毎日練習をした。
 何度も落ちて、膝をすりむいたが、それでも辞めなかった。
 ビエント様に会いたい。
 リリーは最初に出会った森にやって来た。

 笛を吹いてみる。
 ピーと風が狭い場所を通り抜けるような音がした。
 何度も笛を吹いて、星空を眺める。
 大きな木の枝に足を載せ、片手で木に掴まる。
 もう一度、笛を吹いたとき、空にキラリと輝いた姿が見えた。

「ビエント様」

 リリーは木の上から上空に飛んだ。

「リリーどうかしたのか?」

 ビエントは胸に飛び込むように飛んできたリリーを抱き留めた。

「空を飛べるようになったんだね」
「ええ、何度も落ちましたから、足は傷だらけですけど」

 ワンピースの裾を少しだけあげて、膝を見せる。

「これは痛そうだ」
「飛べるようになったら、笛を吹いてもいいかと思いまして」
「いつだって笛を吹いて構わないんだよ」
「でも、迷惑かと思って」

 ビエントはリリーと手を繋ぎ、森の大きな木の枝に連れていった。

「家から抜け出してきたのか?」

 リリーの姿を見て、ビエントはクスリと笑う。

「家の窓から飛んで来たの。髪の色が明るいから、隠さないと見つかってしまうといけないかと思って」

 リリーは頭につけていたストールを外した。

「私、家を出ようと考えているの。ビエント様のところに行ってはいけませんか?」
「リリー、私は男だよ。若い娘が男の家を訪ねてはいけない」
「迷惑ですか?」
「こうして逢い引きするのは楽しいが」
「責任は持てないということですね」

 ビエントは曖昧に微笑んだ。

「私、もっと魔法が上達したいし、ビエント様を知りたいんです」
「リリーは伯爵令嬢なんだろう。婚約者もいるだろう?」
「婚約は破棄されました。もう自由の身なんです」
「こんなに美しい伯爵令嬢を婚約破棄する者がいるのか?」
「私からお願いしたの。王家に嫁ぐ身でしたが、殿下とはどうしても合わなくて。傷物になった私は、どこでも腫れ物扱いです」
「辛いことがあったのだろうな」
「きっと私の心が優しくなかったのです」

 木の枝に座っていたリリーは立ち上がった。

「ビエント様は私には興味を持たれないのですね。私はビエント様のことばかり考えています」
「リリー」
「いいのです。私はまだ幼くて子供ですもの。今夜はお目にかかれて、とても嬉しかった。本当に笛を吹いたら来てくださるなんて、本当は信じてなかったんです。また笛を吹いても構いませんか?」
「ああ、いいとも」

 リリーは微笑んだ。

「ありがとう。その言葉ですごく救われた気持ちです」

 リリーは木から飛んで、落ちかけた手をビエントが握って空高く上がった。

「月が近くにあるみたい」
「遮る物がないからね」
「今日のデートを忘れません」
「私もきっと忘れないだろう」

 白銀の髪は流れ星のように、見える。

「美しい髪だ。暗闇で光を灯す」

 夜が更けていき、ビエントはリリーを家に送った。

「おやすみ。美しい姫」
「おやすみなさい。優しい王子様」

 二人はなかなか手を放せずにいたが、ビエントが手を離して、一気に上空まで上がっていった。リリーは手を振った。ビエントはしばらく留まったが、飛んで帰っていった。





 リリーはネグリジェを持って、お風呂場に向かった。まだお湯の張られたお風呂に浸かって、体を洗い流し、髪も綺麗に洗った。
 ネグリジェに着替えて、ビエントが褒めてくれた髪を梳かす。
 地図を出して、リリーは隣国を見つめる。

「遠いわよね」

 リリーの飛ぶ速度では、笛の音がもし聞こえても、すぐには行くことはできない。

「責任は持てないか……」

 初めて抱いた恋心だった。大切にしたい。


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