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10 15歳でお召し上
6 記憶を取り戻しました
しおりを挟む「唯様、お目覚めの時間ですよ」
いつもは目を覚ましている唯が起きていないので、みのりは唯に声をかける。
だが、唯は目覚めない。瞼を閉じたまま眼球が忙しく動いている。
唇は薄く開き、呼吸が荒い。
「兄様体温計をお願いします」
「どうかしたのか?」
「唯様の様子がおかしいのです」
みのりは唯の体温を測る。特に熱はない。
すっと龍之介が唯の枕元に立った。
「夢を見ているようだ」
達樹とみのりは急いで跪こうとして、それを止められる。
「昨夜から前世の記憶を思い出しているようだ」
「苦しそうです。起こしてはどうでしょうか?」
「手遅れだ」
龍之介は唯の肩に触れる。
「あぁぁ……」
唯の手が胸を押さえた。
眉間に皺を寄せて、呼吸まで止まりかけている。
顔は蒼白だ。
「今、二度目の死を迎えた」
「なんと痛ましい」
達樹は苦しげな唯から目をそらした。
「唯、呼吸をしろ」
龍之介は唯の肩を揺さぶり、声をかけ続けるが、唯は死んだように呼吸を止めてしまった。
「それは夢だ」
龍之介は呼吸を止めてしまった唯に人工呼吸を行う。
前世では一度目の死でも、幻肢痛に苦しみ完治まで時間を要した。
二度目の死は心臓を掴み取られ、即死だったが、それでも恐怖は強かっただろう。
連続で二度の死を見てきた唯は、見てわかるほど疲弊して、死にかけている。
「唯、それは夢だ。呼吸をしろ」
心拍まで弱くなってきている。
「母上、食事の後は、今日からリハビリですよ」
元気よく扉を開けて、龍星が部屋の中に入ってきて、唯の様子を見て、焦っている。
「何事が起きているんですか?」
「龍星、霊気が足りない。唯の心臓を動かしてくれ」
「わかりました」
龍星は唯の胸に手を翳して、霊気を送る。
「父上。心不全ですか?」
「おそらく前世の記憶をすべて思い出し、唯は自分が死んだのだと思い込んでいる」
「自発呼吸はありますか?」
「呼吸は止まった」
「なんと」
龍之介は人工呼吸を続ける。すると、呼吸が戻ってきた。
唯が咳き込んでいる。
「助けて龍之介様。怖い。助けて。殺される」
唯は胸を押さえている。
「痛いよ。痛いよ」
夢にうなされて、胸を押さえてのたうちまわる。
「唯、もう大丈夫だ」
心臓の上に触れて、痛みを取っていく。
唯がぼんやり目を開いた。
「起きたか?」
「私、生きているの?」
「生きておる。すべて夢だ」
「肩もお腹も痛いの。血がいっぱい出て、私、食べられてしまう。赤ちゃんはどこにいったの?お腹の中で引き剥がされた赤ちゃんは、どうなったの?」
「肩の痛みも取ってあげよう」
龍之介は龍星の手を掴むと、唯の傷があった場所に、龍星の手をあてがった。
「痛みを取ってくれ。幻肢痛だ」
「わかった」
龍之介は唯のお腹に触れて、痛みを取っていく。
「赤ちゃんは死んでしまったのだよ」
唯は涙を流して泣いている。
「龍磨も子鬼も死んだ。食べられることは、もうない」
「死んだの?いつ?」
「討伐して、もう二度と転生できないように封じてある」
「もう食べられない?」
唯の視線が揺らめく。
「龍星は無事なの?」
二度の転生の記憶が、ごちゃ混ぜになっているようだ。
「龍星は無事だよ」
「……よかった」
唯の目が閉じた。
「……龍之介様、龍星を守って」
唯はまた眠ってしまった。
……
…………
………………
「唯は前世の記憶を辿っている。記憶の整理をしているのだろう」
「無理矢理起こしてはどうですか?」
「おそらくだが、起こしてもすぐに眠ってしまうだろう」
唯を挟んで、龍之介と龍星が話し合う。
「前世でも、前世の恐怖で地下神殿から外に出られなくなっていました。外に出られるようになるまで、かなりの時間を要しました」
みのりが前世での唯の様子を二人に伝える。
「今回は呼吸や心臓まで止まりかけてしまう」
唯の頭を撫でながら、龍之介は「どうするかな」と考えている。
「母上は、そんな壮絶な人生を繰り返していたのですか?」
「ああ、そうだ。婚礼前も何度も死にかけている。それらの苦しみまで思い出しているのなら、さぞかし辛かろう」
唯の呼吸が乱れている。瞼の下の眼球が、ずっと動いている。
「指輪を外してみたらどうでしょう?」
龍星は提案するが、龍之介は首を左右に振る。
「これは命綱だ。唯はまだ処女のままだ。正式に抱いてはおらぬ。人の身だ」
「神になったのではないのですか?」
「タイミングというものがあるだろう」
「父上、何を恐れているのですか?母上に何かあったとき、死んでしまう」
「ああ、今、後悔しておる。心を通わせたとき、最後まで抱いてしまえばよかった」
龍之介はずっと唯の頭を撫でている。
乱れていた呼吸が少しずつ落ち着いてくる。
「唯が目を覚ますまで、目を離さないでいるより仕方があるまい」
「……せいりゅうさま、たすけて」
弱々しい唯の声がする。
「川に流されておるのか。大丈夫だよ、唯」
あの時と同じように、温かな霊気で包みこむと、苦しげな唯の表情がやっと落ち着く。
唯が目を覚ましたのは、三日後だった。
げっそり窶れて、唯はぼんやり目を開けていた。
先ほどまで龍之介がつきっきりでそばにいてくれた。
夢から覚めた唯を見て、龍之介はホッとしていた。
ずっと付き添ってくれたようだった。
「よく戦ったな」とぎゅっと抱きしめられた。
『今は平和な世の中だ。安心して過ごしなさい』と言い、龍之介は神事に戻っていった。
唯を見ていた間の神事ができていないらしい。
龍之介の付き人の辰巳が龍之介の様子を見に来て、申し訳なさそうに『少しだけでも戻って欲しい』と言っていた。
「私は大丈夫です」と唯は龍之介に答えた。
辰巳の姿は、最初の高校時代の姿そのままだった。ただ制服ではなく、黒っぽい和服を着ていた。黒く長い髪は龍之介のように下ろしていた。
時代があの頃に戻ったような気がした。
『様子は見ているから、用があったらいつでも声をかけよ』と言って龍之介は姿を消した。
……
…………
………………
「唯様、お食事ですよ」
「うん」
体を起こされ目眩を起こす。
「横になったまま食べられますか?」
「起きて食べる」
食事はお粥になっている。
少し食事を食べて、唯はみのりの顔を見つめる。
「みのり、今は平和?怖い時代ではない?」
「平和ですよ。何も怖くはありません」
「本当に?」
「安心してお過ごしください」
みのりは、またお粥を掬うと唯の口に運ぶ。
「ねえ、みのり。龍星は大きくなったの?」
「はい。ご立派になられましたよ」
「そう、よかった」
唯は、やっと微笑む。
「私、たぶんすべてを思い出したわ。前世の記憶とその前の記憶も。みのりと達樹はいつも一緒にいてくれた。ありがとう、みのり、達樹」
離れた場所で衣擦れの音がする。
達樹がそばにいるのだろう。
「付き人に家族になって欲しいと言うご主人様は初めてでした。どの時代の唯様も、私は大好きですよ」
「これからも一緒にいてくれる?」
「唯様が望まれるなら」
やっとお粥を食べ終えて、みのりは飲み頃になったお茶を唯の唇にあてた。
ゆっくりお茶を飲む。
ノックの音がして、扉が開けられる。
「おはようございます。母上、今日は目覚めましたね?よかった」
唯はじっと龍星の顔を見つめる。
「龍星さんは私の子の龍星?」
「そうですよ」
(ああ、あの子だ。龍之介様と同じ瞳の色、髪も白銀で美しい)
「龍星、顔をよく見せて」
「母上」
みのりは下がり、龍星が唯の隣に立つと、唯は立派に育った我が子の顔をじっと見つめる。
「無事でよかった。大きく育ってよかった」
唯は龍星の顔を見て、涙を流した。
「龍星、縛ってある髪を解いてくれる?」
「いいですよ」
龍星は組紐で縛った髪を解いてくれた。
流れるような白銀の髪がふわりと広がる。長さは腰ほどあるだろうか。
「龍之介様とそっくりね?」
唯は龍星を抱きしめた。
「龍星の成長が見たかった」
「母上に会いたかった。その腕を何度探したか」
「死にたくなかった。ずっと抱きしめていたかった」
抱きつく唯の体を龍星も抱きしめる。
すっと龍之介の姿が立って、唯と龍星を包みこむように抱きしめた。
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