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2   高校に行けるんですか?

1    青龍様が助けてくださった?

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 朝食を終えた唯は、部屋で寛いでいた。

「唯様、達樹でございます」

 襖の外で達樹が声をかけた。

「はい」

 唯は返事をした。

 みのりが襖に近づき、襖を開けた。

 この二人は、魔術で襖に鍵をかける。

 中にいる唯が、見られたくない姿でいるか確かめてから達樹は襖を開けるか、みのりに開けてもらう。心遣いはありがたい。

 着替えの途中で開けられたら、さすがに恥ずかしい。

 達樹は部屋に入ると、襖に結界をかけ、魔術を使って音を遮断した。

「なにかあったの?」

 唯は赤の着物に黄色い羽織を羽織っている。

 青龍様の贈り物だ。

 一般的に、花姫の正装は白の着物だ。羽織は何色でも構わないのだが。

 唯だけ特別扱いをされて、他の花姫たちは唯に対して風当たりが強くなったが、送り主が青龍様なので、表だって嫌がらせはしてこない。

 達樹とみのりが慎重に守っているお陰でもあるが。

 禊ぎの時に、「私にも贈り物を」と強請っている姿を見るようになった。

 強請っているのは、真優と美鈴の二人だけなのだが。

 唯はその姿を見て、見苦しいなと思ってしまう。

 贈り物は嬉しいが、花姫の白色の絹の着物も着心地がよくて、嫌いではなかった。

 今は、青龍様の好意を受け取り、唯は青龍様の贈り物を身につけている。

「青龍様のお告げがありました」

「どんな?」

「高校へ行ってもよいとのこと。龍道を通っての通学になりますので、車での移動になりますが、唯様は高校へ通いたいですか?」

「通いたい!」

 唯は嬉しくて、大きな声をあげた。

 達樹とみのりが嬉しそうに微笑んでいる。

 唯の嬉しそうな顔は、ここへ来て初めて見た。

「花咲町にある桜花高校になります。私学でゆったりとした校風だとか」

「桜花高校?桜の花?」

「そうでございます。こちらの地方は桜の名所でございます。古い高校ですが、最近、新しい制服に替わったらしく人気の高校のようです」

 唯の表情が明るくなる。

「どんな制服なのかな?可愛いといいな。部活はできるの?」

「あまり遅くまでは外出できません。屋敷の周りには魔物もおりますので」

「この際、我が儘は言わない。この部屋だけにいるのも退屈だし、高校に行けるなら、それだけで嬉しい」

「それでは、唯様は高校へ行かれることを伝えて参ります」

「お願いします」

 唯は達樹に深く頭を下げた。

「唯様、わたくしには頭を下げなくてもいいのですよ。わたくしとみのりは、唯様のお付きの者です。執事にもなりますし、食事当番にもなります。馬になれと言われれば、馬にもなります」

「そんなこと言わないよ。私を守ってくれる大切な人だから」

「勿体ないお言葉痛み入ります」

 達樹とみのりの声が合わさり、二人は唯に深く頭を下げた。

「頭は下げないで、私は家族がいなくなって、とても孤独なの。達樹とみのりが私の新しい家族でしょ?」

 唯はみのりの肩に触れて、その体を揺すった。

 家族と言って欲しかった。

 一人は寂しい。

「唯様」

 みのりが頭を上げると達樹も頭を上げた。

「唯様がそれを望むなら、精一杯勤めさせていただきます」

 唯はみのりと達樹の手を握った。

「なんと清らかな霊気でしょう」

「体が作り替えられていくようです」

 唯はそっと手を放した。ずっと握っていては、二人の仕事の邪魔になってしまう。

「それではわたくしは、唯様が高校へ通えるように準備をして参ります。みのり、唯様を頼みます」

「はい、兄様」

 達樹は襖を開けると、出て行った。

「みのり、青龍様にお礼を言いに行ってもいい?」

「神社ですね。お供いたします」

 唯が立ち上がると、みのりも立ち上がり、襖の結界を開けてくれる。

 みのりが襖を開けて、先に出る。

「唯様どうぞ」

「はい」

 唯が廊下に出ると、みのりは襖を閉めて結界を張る。

「私も、結界をかけられたらいいのに」

「わたしどもの仕事がなくなってしまいます」

 微笑んだみのりの手が、唯の手を取る。


……
…………
………………


「青龍様、高校の通学をお許しくださりありがとうございます。一生懸命勉強に励みます」

 神社で参って、そのまま湖のまわりを散歩する。

 遊歩道ができていて、散歩できるようになっている。

 桜の花がずっと満開で、一般の参拝者も散歩している。

 唯の姿を見ると、皆が会釈していく。唯も会釈を返していく。

「唯様は頭を下げなくてもいいのですよ」

「どうして?挨拶でしょう?」

「他の花姫様たちは、誰も下げません」

 唯は首を傾ける。

「挨拶されたら、挨拶を返すのが普通でしょ?」

「花姫様は特別な方なのですから」

「私は普通の人間で、まだたったの16歳だよ。年上の人に頭を下げることは普通だと思う」

「唯様らしいお言葉ですね」

 唯はみのりの手を放して、山側に駆けだした。

「唯様、どちらへ?」

「なんか鳥が落ちてきたように見えたの」

「近づいてはなりません」

 みのりは急いで唯の前に出て、唯を止めた。

「かわいそう」

 遊歩道から見える下草に、翼から血を流した小鳥が落ちていた。

「自然の宿命です」

 屈み込む唯の横に片膝をついて、みのりは告げた。

「命があるものはいずれ、死を迎えます」

 唯は両手を開いて、じっと自分の手を見つめた。

「救えるかもしれない」

 着物の袂からハンカチを取り出すと、小鳥をハンカチの上に載せた。

「唯様いけません」

 唯は片手で小鳥を支えると、もう片方の手で小鳥に手をかざす。

 治れ、治れと心の中で唱える。

 以前、畳を直したときのように、掌が熱くなり体も熱くなる。

 小鳥の傷が小さくなる。ピクピクと痙攣を起こした後、突然、飛び立った。

「あ、治った?」

 唯の体がゆらりと揺れる。

 急いでみのりは唯の体を支えた。

「兄様」と呼ぶ前に、白銀の長い髪をした男性が近づいてきた。

 光沢のある蒼い着物を着て、同色の羽織を着ている。目は透き通るような青だ。

 強い霊気を感じて、みのりは意識をなくした唯を抱えて、後ずさる。

「私は青龍、人の体を借りて、ここにおる」

 みのりは唯を抱えたまま跪こうとしたが、それを手で止められた。

「唯の体をこちらに」

「はい」

 みのりの手から唯の体を奪うと、龍之介はやっと唯の体に触れられて微笑む。

「美しい花姫だ」

 唯の唇に人差し指でなぞるように触れる。

 指先が白く輝いている。

「接吻の方が霊力を与えられるが、接吻は目覚めたときにした方がよかろう」

 唯の瞼が薄く開いた。

 まだ意識は戻っていないようだ。

「体の負担にならない程度の霊力を注ぎ入れた。すぐに目を覚ますだろうが、しばらく安静にさせるように」

 いつの間にか、達樹もその場に来て、跪いている。

「達樹、唯を」

「はっ」

 達樹は立ち上がると、龍之介の腕から唯の体を抱き上げた。

「治癒の力は霊力を大量に消耗する。使わせないように気をつけてくれ」

「畏まりました」

 達樹が答えると、龍之介の姿は消えていた。

 みのりは跪いて、頭を深く下げていた顔を上げた。

「今のお方が、青龍様なのですね?」

「姿は自由に変えられるのだろう。神様なのだから」

 達樹は先日追い返した男の事を思い出していた。

 あの方も、青龍様だったのかもしれない。

「青龍様、唯様をお助けに来てくださったのですね?」

「青龍様は、いつも唯様を見ていらっしゃるようだ」

 達樹は言って、遊歩道に落ちている草履を見た。

「みのり、草履を。早く屋敷に戻る」

「はい、兄様」

「しばらく安静にさせるようにと、青龍様がおっしゃったのだから」

 みのりは瞬間移動の魔術を使って、屋敷の襖の前に戻った。

 魔術を使い襖の結界を解除すると、急いで襖を開けて、唯を部屋に入れた。

 急いで布団を敷き、羽織と帯だけ脱がせると、布団に寝かせた。

 寝かせると、唯の瞼が開いた。

「みのり、小鳥は?」

「治って飛んでいきましたよ」

「よかった」

 唯は微笑んで、布団の中で寝返りをうって、みのりの方を向く。

「唯様、治癒の力は使ってはなりません。唯様の霊力が消耗して意識を失ってしまいます」

「でも、すぐに目が覚めたんでしょ?」

「青龍様が助けてくださいました」

「青龍様が姿を見せてくださったんですか?」

「唯様を抱きかかえて、唇をなぞり、霊力を注ぎ入れてくださいました」

「口づけされたの?」

 達樹は微笑んだ。

「いいえ、指先でなぞられました」

「ああ、よかった。初めての口づけは起きているときがいいわ」

「口づけではありません。救助処置です」

 唯はクスクス笑いながら「そうだね」と呟いた。

「青龍様が、治癒の力は使ってはならないとおっしゃっていました」

「助けてはいけないの?」

「いけません」

「うん、わかった。誰かを助けると、私が代わりに倒れてしまうのね」

「そのとおりです」

「でも、達樹やみのりが倒れたときは、使わせてね。私の大切な家族なのだから」

「わたしどもが倒れても、使ってはなりません」

「じゃ、何のためにこの力があるの?」

 唯は布団に潜り泣き出した。

「推測ですが、唯様の命を削ってしまうのですよ」

 達樹は静かに、唯に答えを与える。

 唯は小さく頷いた。

「唯様、お眠りください。青龍様が体の負担にならない程度の霊力を与えてくださいましたが、今の唯様の霊力は弱まっております」

「うん、とても眠いの」

 唯は目と閉じて、眠ってしまった。


……
…………
………………


 翌朝、襖を開けると、小鳥が部屋に入ってきて、唯の肩に乗った。

「昨日の子?」

 唯が指先を出すと、小鳥は唯の指先に乗った。

 ピヨピヨと鳴く小鳥は、黒い瞳にオレンジ色の羽が美しい。

「元気になって、よかったね」

 頭を撫でても、おとなしくしている。

「お名前を付けられたらどうですか?」

 みのりが声をかけてくる。

「この子につけてもいいの?」

「唯様がお助けになった小鳥ですから」

 唯はじっとオレンジ色の小鳥を見つめる。

 掌に載ってしまいそうな小鳥は愛らしく、このまま自分のように捕らわれられて欲しくはない。

「リベルテ。フランス語で自由って言葉よ」

「……唯様」

 みのりは唯の顔をじっと見つめる。

 唯は襖から廊下に出ると、小鳥を空に放った。

「リベルテ、自由に。どこにでも行っておいで」

 いったん飛び立った小鳥は、すぐに戻ってきてしまう。

 唯の前で、羽ばたきながら止まっている。

「唯様の元にいたいのかもしれませんね」

 達樹が唯の隣に立ち、指をあげる。

 小鳥は達樹の指にとまり、ピヨピヨと鳴き続けている。

「私と一緒にいると、自由がなくなってしまうよ」

 唯が指先を出すと、小鳥は唯の指にとまった。

「可愛らしい」

 強ばっていた顔から笑みが浮かんだ。

 隣の部屋から真優が出てきて、唯はさりげなく部屋に入る。

 みのりが唯の体を支えている。

「仮にも先輩の私に挨拶もないの?ちょっと青龍様に気に入られているからって、いい気にならないでね」

「真優様、失礼したします」

 達樹は軽く会釈をすると、襖を閉じた。

「ごめんなさい。私が挨拶しなかったから」

「いえ、気になさらないでください」

 唯は座布団に足を崩して座った。

 小鳥は畳に下りて羽繕いを始めた。

 今朝の禊ぎで、唯は真優と美鈴の二人に川の深みに押された。

 足を滑らせ転ぶだけで済んだが、頭からぐっしょり冷水に浸かった。

 そのとき足を捻って、足首が腫れてしまった。

 先ほど、唯の体の身体検査をした医師、青波に診察をされたばかりだ。

 湿布を出されて、足首に湿布を貼って固定されている。

「達樹、リベルテが自由にこの部屋から出られるようにできる?」

「できますよ」

「リベルテに自由を」

「畏まりました」

 達樹が襖の結界を変えている。

 リベルテは羽ばたくが、唯から離れない。

 部屋の中で、小鳥が鳴くだけで癒やされる。

 その日から、リベルテは唯の部屋の住人なった。

 
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