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1   御嵩家の一員

1   悪夢の誕生日

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 昨日のことだった、学校から戻った唯を待っていたのは、畏まった姿の両親と、見知らぬ男性、篠宮達樹という人物だった。

「お帰り、唯。違うわね、唯様、ここに座ってちょうだい」

 まるで他人のような口ぶりで母親がソファーをすすめてくる。

「な、何事?唯様ってなによ、お母さん」

 母親は目に涙をうっすらと浮かべて微笑んでいた。その隣に座る父親も涙を浮かべて微笑んでいる。そして、父が言った。

「唯、今まで家で暮らしてくれてありがとう。私たちはとても幸せだったよ。実は唯は本当の娘ではないんだ。ある方から大切に育ててほしいと言われ預かっていたのだよ」

 微笑みながら言った父の頬を涙が伝い落ちていった。

 隣に座っている母親も目元をハンカチでおさえていた。

「幸せになってね、唯」

 嗚咽の合間に、母が小さく呟いた。

「嘘でしょ?」

 たちの悪いドッキリなのかと思える内容に、体が小刻みに震えてきた。

「嘘ではありません。唯様をお預けになったのは御嵩家の頭首の命令でございます」

「命令?」

「そうです、我が一族の伝統と申しましょうか?このわたくしも、十六の齢まで育ての親に養育されておりました」

 達樹は恭しくお辞儀をした。

「伝統って言われたって、はい、そうですかって納得できるはずがないでしょう?」

 気配がして、ふと両親を見ると、ふたりともソファーから降りて床で土下座をしていた。

「……え?」

 端正な顔になんの表情を浮かべず、達樹と名乗った男が、私の前に跪いた。

「唯様が戻らなければ、この二人は消される運命でございます」

「消されるって?どういう事?」

 戸惑う唯を見上げて、達樹は冷酷に言った。

「死ぬ運命と申しあげましょう」

 両親を見ると二人ともかすかに震えていた。

「唯様、どうかお戻りください」

 震える母の声を聞いて、唯は立ち上がった。

(夢?現実のことなの?)

 高校一年の唯は、まだ学校の制服を身につけていた。

「着替える時間くらいはあるんでしょう?」

「ええ、出立は二時間後、大切なものだけお持ちください」

 流れるような仕草で、私の指先に唇を寄せ、ダンスを踊るような軽やかさで、唯を立ち上がらせてくれた。

 ちらりとダイニングを見ると、テーブルの上には唯の好物の食べ物が並んでいた。

「二時間以内なら、両親と食事も食べられるの?」

「ええ、二時間は唯様の好きなようにお使いください」

 奇しくも、その日は唯の16歳の誕生日だった。

 今朝、母とした会話を思い出した。

「お誕生祝い、盛大にしなくちゃね、唯の大好物いっぱいつくっておくね」

 そう言って、優しく抱擁してくれた母の気持ちを思うと、一分一秒も惜しくなる。唯は達樹の手を払いのけ部屋に駆けていった。

 大切なもの、両親との思い出が詰まったアルバム、誕生日ごとにもらったプレゼント。それだけは持っていきたいと思って自室の部屋に入ると、旅行用のバックがふたつ置かれていた。

「お母さん、お父さん」

 一つのバックには、着替えが、もう一つのバックには、家族や友人との思い出の数々が入れられ、一通の手紙が添えられていた。二人の筆跡。内容は、どちらも、同じで、「唯ちゃん、幸せになってね」と書かれていた。

 着替える時間も惜しくて、学生服のまま一階に降りダイニングテーブルにつくと、両親がやっと笑顔で私をむかえてくれた。

 今までの事が嘘のような日常がそこにあった。

「お誕生日おめでとう、唯ちゃん」

「お誕生日おめでとう、唯」

 ジュースが注がれ、三人で乾杯をする。

 会話は日常そのもの。二時間後に、この家を出ていくことになるなんて嘘のような明るい食卓で、まるで帰宅してからのことは、きつねにつままれたように思えてきた。

 部屋の中を見回しても、先程の男性の姿はなかった。

 食事をいっぱい食べ、母と一緒にお風呂に入り、リビングに戻ると、母が唯をぎゅっと抱きしめた。父も唯と母を包むように強く強く抱きしめてきた。

 今まで大好きだった、リビングの時計が音楽を奏でだした。

「さて、唯様、お時間が参りましたよ」

 部屋の中に突然姿を現した達樹が、透き通るような綺麗な声で残酷な言葉を発する。

 きれいに象っていた花から花弁が散るように、父が離れ、母が離れ、最後に大好きだった母の手が、唯の手を放した。

「行ってらっしゃい、唯」

 二人が声をそろえて、唯の背を押した。

 もう拒むことはできなかった。

「行ってきます」

 どこに連れられて行くのだろう?

 不安に思いかけたところで、両親が小さく頷いているのを見た。

「大丈夫よ」唇がそう告げていた。

 エスコート慣れをした達樹が、そっと唯の手を取り、歩き出した。

 家の外には、見た目にも豪華な車が止まっていて、運転手が扉をあけてくれる。

「唯様、お帰りなさいませ」

 仰々しく頭を下げられ、戸惑っているうちに、達樹に促され乗車していた。

 扉が閉められ、窓の外の両親を見る。

 二人は寄り添っていた。

「心配せずとも、お二人には新しいお子がやってきます」

「え?」

「二人は親鳥なのですよ。唯様の前にも何人もお育てになっておられる」

「……え?何人もって?両親とも四十台のはずよ、数が合わない」

「そういう一族だと思っていただければ、お心も晴れやすいでしょう」

「親鳥の一族?」

「ええ、そうです。一生子供を育てるのが使命なのです」

 窓に張り付くようにして両親を見ている唯に、背後から歌うような声で慰めてくれる。

 車が走り出して、今度は背後の窓を見る。

 両親は深くお辞儀をしていた。

(いったい私は何者なの?)

 急に不安で胸がいっぱいになる。

「唯様、シートベルトをお願いしますね」

「あ、はい」

 言われるままシートベルトをはめ、もう暗くなってきた外の景色を見ているうちに、だんだん睡魔が訪れる。

 付き人と名乗った達樹が、なにやら言葉を発している。意味はわからない。まるで子守唄を聞いているような心地よい響きに、とうとう唯は意識を手放していた。

 今日という日が、あまりにあり得ないことばかりで、夢でもみていたような不思議な気分だった。

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