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気高く咲く花のように ~モン トレゾー~ 13話
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ピュアラブの撮影は実際の学校を借りた。
冬休み中の校舎で春の制服を着て演じる。息が白く出ないように、氷を口に含む。
寒いのが苦手な葵にはキツい仕事だった。
葵自身も学校が冬休みに入っているので、両立に追われることはない。
稽古の時期はテスト時期と重なって大変だったが、それでも過ぎてしまえば、後は前に進むだけだ。
月のシンフォニーで一番年上だった裕久は、オーディションに受かり、葵の親友役に抜擢された。
葵との掛け合いもたくさんあり、台詞も多い。
卓也の時とは違う、裕久は葵の親友役をきちんと演じられている。
篠原と同じくらい触れ合いも多い。
内容がボーイズラブなので、篠原との触れ合いは少し大胆だ。
冬休みという短期間での撮影のために年末年始も撮影に翻弄されたが、学校が始業式を迎える前には撮影を終えることができた。
原作者の木ノ芽メイ先生は、穏やかな優しい人だった。
長い間、断り続けて申し訳なかったと葵は、頭を下げたが、木ノ芽先生は葵に引き受けてくれてありがとうと答えるだけだった。
木ノ芽先生は撮影の間、近くのホテルに住んで、ずっと撮影現場を見ていた。
クランクアップの日、木ノ芽先生は、葵にお礼を言ってくれた。
「私が思ったとおりの演技をしてくれて、ありがとう」
役者冥利に尽きる。嬉しい言葉だった。
葵の相手役の篠原にも、同じ言葉を残してくれた。
演技の撮影は終わったが、これからは歌の収録がある。
葵が作ったデモテープを聴いて、木ノ芽先生はすぐに笑顔を見せた。すべてを聞き終えて「いい曲だ」と喜んでくれた。
一日休みがあり、葵は篠原に連れられて、病院に連れてこられた。
肛門の傷は治ったが、直腸の傷がなかなか治らなくて、治療に時間がかかっていた。
検査を受け、葵は篠原と検査の結果を一緒に聞いた。
「綺麗に治ってきました。直腸の厚さも弾力も戻ってきている。無茶をしなければセックスにも耐えられると思います」
「本当ですか?」
葵は篠原の手を握る。
「いいですか?無茶は駄目ですからね。傷をつけて炎症を起こしたら、また最初からの治療になります」
「わかりました」
篠原は丁寧に頭を下げた。
「診察は四週間後。定期検査に来てください。途中で発熱や出血があるようなら、すぐに来てください」
「はい」
葵も頭を下げた。
「純也、抱いてよ」
葵はベッドの上で篠原に抱きついて、甘えていた。
「収録が終わるまでは、まだ抱かない」
「どうして?」
「熱が出たら、収録ができなくなる」
「無茶しなければいいって言ったのに」
「ここまで待ったんだ。慌てなくてもいいだろう?」
「純也のケチ」
布団に潜って、あくびをすると篠原の胸に顔を寄せて、葵は目を閉じた。
学校が始まり、仕事の掛け持ちになり葵は疲れていて、すぐに寝てしまう。
学校から帰ると、葵は篠原に歌のレッスンをする。
一緒に歌って、葵にOKをもらうのはなかなか難しい。
『純也、僕のことを想って歌ってみて?上手に歌おうとしなくていいから』
葵からの宿題だ。
葵が学校へ行っている間、篠原はボイストレーニングに通っている。
以前より声は出るようになったが、綺麗な葵の声に比べると、素人ぽさが目立ってしまう。
葵は学校から帰ると、お風呂に入って部屋着に着替えると、篠原の手を握った。
互いの手には指輪が輝いている。
「今日は伴奏しないのか?」
「うん。純也は音程間違ってないから。後は僕のこと好きだって気持ちで歌って」
葵は篠原にキスをしてから、軽く手を揺する。
「さんはい」
葵はじっと篠原の目を見て歌っている。
篠原も葵の目を見て歌っている。
葵の手がリズムを刻むように揺れる。
葵が甘えるようにもたれかかってくる。
愛おしさが募っていく。
葵の目はひたすら優しくて、篠原を包み込むようだ。
葵の声に合わせるように、声を優しくしていく。
包み込むように、抱き合うように。
葵が可愛らしく微笑む。頷いて、伴奏部分はゆったりと体を揺する。同じように二番を歌うと、葵が抱きしめてきた。
「今までで、一番よかった。声は優しくて、愛情に満ちていて、包まれてるみたいだった。この曲にぴったりだ。もう一度、はじめからできる?今みたいに歌ってくれたら、一回でOKあげられる」
葵はまた篠原の手を繋いで、リズムを取り出す。
「さんはい」
十回一緒に歌って、葵はあくびをし出す。
「そろそろ寝るか?」
「今日は抱いてくれるの?」
「まだ抱かない」
「なーんだ」
「眠いんだろう?」
「うん。ごめん。眠い」
最近、学校から帰ってくるのが遅い。単位がギリギリになってきたと言っていた。
普段の授業の他に補習授業に出ているらしい。
宿題は相変わらず学校で済ませているようだ。
ドラマの撮影がないときは、授業はすべて出ているようだ。
主題歌の収録は葵の授業のない日に行われた。翌日は休日だ。
葵が言ったように歌はいろんなバージョンで収録された。
演奏はピアノだ。ピアニストがいる。
歌に関しては葵に一任されている。
木ノ芽先生は、葵を信頼している。葵はその信頼に応えたいと想う。
最初は毎日練習した二人のデュエット曲だ。いつもと同じように手を繋いで歌った。
演奏が終わると、葵の顔が笑顔になる。
「すごくよかったよ。OKだと思うけど、葵くんはどう思う?」
「もっと歌いたいけど、OKです」
「それじゃ、次は篠原さんだけで歌ってください」
「はい」
篠原への注文は、恋人を想う気持ちで歌ってほしいと頼んだ。
葵が学校へ行っている間に、レッスンに通っていた篠原の歌は、低くて優しい声で抱きしめられるような歌になった。
何度か歌ってOKが出た。
今度は葵が一人で歌う。
少し寂しそうに演出をしている。
第一話に流れる曲だ。
孤独を感じて、一人で潰れそうになっている主人公を演じる。
同じ曲なのに、歌い方だけで雰囲気が変わる。
次は篠原が歌った曲に葵がアレンジを加えていく。
葵はまた篠原の手を握る。
見つめ合って歌う。
高音も出る葵の声が、篠原の低音と重なり合い二重奏になる。
最終回に流れる歌だ。
二番までしっかり歌った。
葵はずっと笑顔だ。
幸せな気分になる明るい歌に変わっている。
「はい、OKです。葵君はこれでいい?」
「もっと歌いたいけど、OKです」
「じゃ、お疲れ様でした。編集は任せてください」
「お願いします」
スタッフが二人からヘッドホンを受け取って、片付けていく。
「共演ありがとうございました。こんなに楽しい収録は初めてでした」
葵は篠原に、頭を下げた。
「僕も楽しかった。僕を選んでくれてありがとう。いろんな勉強になった」
葵は微笑むと、篠原の手を引いて、スタッフたちにも挨拶して、スタジオを後にした。
「葵、少し買い物をしていかないか?」
帽子にマスク姿は、冬では珍しくはないが、どこか息苦しい。
素顔で歩けないのは有名税なのだと言われるが、もっと二人でいろんな場所に行ったりしたい。
「僕、冬用の女装の服が欲しい」
「葵に変装用の服を買いたんだ」
行き先が同じだったことで、二人で微笑み合う。
「連れて行ってくれる?」
「ウイックも新しいのを買ってあげる」
「それくらい自分で買う」
荒井田が用意したウイックは警察から返却された。高価なものだけど捨てようかと思ったが、ヘアーアーティストの河村から連絡が入り、ウイックをリメイクしないかと提案された。
事件が大々的に報道されてしまったために、河村の耳に入り、葵の心情を考えてくれたのだろう。
葵は河村にウイックを託した。
二度目のレイプで被っていたウイックは、荒井田が壊してしてしまった。無事に戻ってきていても、再度使う気にはなれなかったと思うが。
葵が借りっぱなしだったウイックは返却したので、女装することができなくなってしまった。
持っているのは、篠原を救出するときに使った、ショートボブだけだ。葵には少し大人っぽくみえてしまう。
最初にウイック専門店に行って、葵に似合うストレートロングのウイックを選んだ。色は正統派の黒だ。借りていたウイックと同じスタイルのものだ。少し値段は高かったが、肌触りのいいものを選んだ。
篠原は、濃いブラウンのショートのストレートを選んだ。人混みにまみれてしまうような地味なスタイルだ。篠原はその場で頭につけてしまう。ポケットから眼鏡を出して着けると篠原に似た誰かに変わった。
葵もウイックを身につけた。
洋服が紳士用で違和感を感じる。
「もっとフェミニンなもの着てこればよかった」
葵は仕方なくウイックを外して、持ち帰り用に紙袋に入れてもらって、マスクと眼鏡をかけた。
「もう少しだけ、我慢してろ」
「うん」
篠原が車を走らせていく。
以前に連れてきてもらったブティックに入って、二人で服を見ていく。
篠原が洋服を選んでいく。
夏の時は短めなワンピースが多かったのに、今回はロング丈のワンピースや丈の長いスカートを選んでいる。色も暗い色が多い。一気に年齢層が上がっている。
「地味じゃない?」
「他の男に見せたくない」
葵はクスクスと笑う。
「極端だな。それ、どう見てもミセスでしょ?僕、二十歳だよ」
「そうだったな」
選んだ服を戻していく。
膝丈のワンピースと踝丈のワンピース。膝丈のスカートを一枚選んでセーターと冬用のブラウスとカーディガンにコートを選んだ。
「このあたりなら、年相応で派手じゃないよ?まだ派手?」
「いや、地味すぎる。葵にはもっと似合う服がある」
「じゃ、純也がプロデュースして」
「任せろ」
篠原は真剣に服選びを始めた。
「お茶、いかがでしょうか?」
「暖かい紅茶をください。純也もそれでいい?」
「同じでいい」
薄ピンクに紅の小花が散った膝丈のワンピースに白色のヒール。白のロングコートにロングヘアーを身につけた葵は、篠原と喫茶店に入って、ホットココアを飲んでいた。
色白な葵の肌に、薄ピンクは似合う。
スカート丈も短めだが、葵の綺麗な足によく似合っている。
生地の素材が柔らかなので、オールシーズン着られそうだ。
「純也、服買いすぎ。コート二着もいらない。ワンピースも二着あれば足りるのに、十着もどうするの?靴やバックも買いすぎ。学校には着ていかないんだよ。純也とデートするときだけなんだから」
寒くないようにと、ストールや手袋まで買ってくれた。
「毎日、デートしたいんだよ」
下着も新作が出ていたからと、また増えている。
「紳士服も見たい」
「紳士服はまた今度だ」
「今日はどうするの?」
「水族館に行こうか?」
「冬の水族館って寒くない?」
「だから、ストールも手袋も買っただろう?」
「別にいいけど。もう夕方だよ」
「少しの時間でいいんだ。葵を独り占めしたい」
「じゃ、早く行こう。ショー、まだやってるかな?」
ココアを飲み干して、席を立つ。
篠原も立ち上がって、葵は篠原の腕に腕を絡めた。
イルカの大水槽の前には、篠原と葵しかいない。
イルカショーには間に合わなかった。
閉館まで、それほど時間もない。
「純也、寒くない?」
「葵を抱いてるから、寒くないよ」
葵はコートを着ているが、篠原はジャケットだけだ。
ストールを広げて、篠原にもかける。
「今夜はホテルに泊まっていくか?」
「家までそんなに遠くないよ」
ライトアップされた目の前の大きなプールには、五頭のイルカが自由に泳いでる。
時々、五頭が戯れるようにジャンプをしながら泳いでいく。
ショーでなくても、見ているだけで楽しめる。
「葵においしいワインを飲ませてやると約束しなかったか?」
「社長が、飲ませてくれたよ」
「僕が葵に飲ませたいんだ」
「着替えの服も買ってもらったからいいけど。あ、でもまだ薬が」
イルカが高くジャンプして、水しぶきとともに水面に落ちていく。
「薬なら持ってきてる」
「なんだよ。純也は最初からそのつもりだったんだ」
篠原が立ち上がり、葵の手を掴んだ。
「何?」
篠原がポケットから指輪を取り出す。
「持ってきたの?」
「せっかくのデートだ。必要なアイテムだろう?」
「うん」
葵がはめている手袋を外すと、篠原は左の薬指に指輪をはめてくれた。
「僕がはめてあげる」
葵は手袋を両手とも外してポケットにしまうと、篠原から指輪を受け取り、篠原の左の薬指にはめた。
「愛してる、葵」
「僕も愛してる」
両手を繋いでキスをする。
「閉館する前に、大水槽のトンネルを通っていこう」
「マンタが空を飛ぶみたいに見えるところね」
「そう。僕のお気に入りだ」
手を繋いで館内へ入っていく。
食事終えて、ホテルの部屋へと上がっていく。
先にチェックインをしていたので、荷物は部屋まで運んでもらっていた。
葵の着替えは店で別に包んでもらっていたのか、お洒落な鞄に入れられていた。
「わぁ。景色が綺麗。ここってロイヤルスイートルーム?」
「そうだよ」
居間のようなリビングにダイニングテーブルもある。部屋の奥にはベッドルームがある。
葵は次々と扉を開けていく。
「わあ、お風呂はガラス張りだ。夜景も見える」
「葵、コートは脱ぎなさい」
「はーい」
白いコートを脱いでクローゼットまで持って行くと、篠原がハンガーに掛けてくれる。
篠原もジャケットをハンガーに掛けて、ウイックも外している。
「靴も脱いだらどうだ?」
「ヒールの高い靴は、慣れないから疲れるね」
靴を脱いでスリッパに換える。
「お風呂に先に入るか?」
「入る」
「お湯を溜めてくるよ」
葵はウイックを外し、棚の上にウイックを置いた。
篠原がいないうちに、ストッキングを脱いでしまう。
どうしても女性ものの下着を脱ぐのは恥ずかしい。
ワンピースを脱ごうとしたところで、背後から抱きしめられた。
「シフォンのワンピースは、可愛らしいけど、真冬には寒くなかったか?」
「コートが暖かだったから大丈夫だったよ」
「葵はスタイルが綺麗だから、どんな服も着こなせるね」
スカートの裾から掌が這い上がってくる。葵の苦手な太股に触れている。
「今夜は抱いてくれるの?」
「どうしようかな?」
言いながら、下肢の下着を脱がしていく。パンティーを脱がせてしまうと、ワンピースのファスナーを下ろしていく。ブラジャーのホックも外すと、そのまま床に服と下着が落ちていく。
「純也、抱いて」
振り向いて、篠原の服も脱がしていく。
「夜は長いよ。ここのお風呂はジャグジーが付いていたよ。泡風呂にもできるみたい。少しは楽しもう」
「抱いてくれないの?」
「慌てないで」
しょぼんと俯いた葵の手を篠原は、引いていく。
「わあ、綺麗」
お風呂に入った途端に、葵は歓声をあげた。
一面に綺麗な夜景が広がっている。
「宝石が落ちてるみたい」
窓にしがみついた葵の腕を引いて、葵の頭からお湯をかける。
「わぁ」
「頭洗うぞ」
「うん」
もう習慣化したシャンプーをしてもらって、体も洗ってもらう。
「もういいぞ。好きなだけ夜景を見ておいで」
湯船に入って、窓にへばりつく。
近くに海があるのか、船の明かりが点滅している。
隣に篠原が入ってきて、腕が絡みついて引き寄せられる。
「体が冷えるだろう。きちんと暖まって」
「うーん、気持ちいい」
四方からお湯があたる。シャボンが弾けて、また膨らむ。
「今日は何かの記念日だっけ?なんか贅沢してない?」
「収録が終わって、明日が休みだ」
「仕事がひとつ終わるたびに、こんな贅沢してたら、破産しちゃうよ」
ケラケラ笑いながら、葵の手が篠原を抱きしめる。
「いい香りだね。アロマなのかな?」
お湯の温かさは、熱すぎず温すぎない温度だ。
「なんか茹でられてるみたいだね。ぶくぶくしてて」
「葵のいい出汁が取れそうだ」
「純也の出汁だって出てるよ」
泡を集めて、篠原の頭の上に載せてみた。
「こら、悪戯は駄目だ」
「泡くらい載せたっていいだろ?」
「それなら葵の頭にも泡を載せるぞ」
「いやだ」
大きな湯船の中を泳ぐように体を離すと、それを追うように篠原の体が、葵の体の上に重なる。
重くはないが、久しぶりの触れ合いに、顔が熱くなる。
「急に黙って、どうした?」
「なんでもない」
体を抱き上げられ、篠原を跨いだまま抱きしめられる。
泡風呂のソープの滑りがよくて、普段とは違って、体がもっと密着する。そのままキスをして湯船の中で体がふわふわする。
篠原の手が、葵の欲望に触れる。
葵の欲望は勃起していた。篠原の手が葵と自身の欲望を掴んで、いつものように一緒に追い上げていく。
「純也、気持ちいい」
「僕も気持ちいいよ」
「でも、ここお風呂の中」
「たまにはいいじゃないか。泡と一緒に弾けるのも」
「うん。イキそう」
体を震わせ、葵がイクと、篠原も葵の欲望に擦りつけるようにしてイった。
肩で呼吸をする葵を抱きしめて、滑らかな肌を撫でる。
ソープの滑りで普段より滑らかだ。
体中を撫でると、葵がじっと篠原の顔を見ていた。
「どうした?」
「だって」
葵の中心に触れると、また勃起していた。
「だって純也が撫で回すから」
「ごめんごめん。あまり気持ちよくて」
葵の中心を握ると、葵は篠原の体に腕を回し、肩に頬を載せてきた。
葵の喘ぎ声が、直接耳に響く。
「僕を煽っているのか?」
敏感な場所を撫でて擦ると、すぐに絶頂に向かっていく。
「そんなんじゃない、あぁっ」
体を仰け反らせ、葵はイった。
顔が真っ赤になっている。
「あまり入ってるとのぼせるな」
「うん、クラクラしてきた」
ジャグジーのスイッチを切って、葵を抱いたまま湯船から出る。
二人でシャワーを浴びて、体中のソープを流す。
「純也、のぼせた。冷たい水ちょうだい」
体を拭いてやると、葵は裸のままでベッドルームに入っていって、そのままベッドに横になった。
「バスローブ着なさい。風邪引くよ」
「あとで着る。今は暑い」
「大切な話があるんだけどな」
くてんと伸びていた葵が顔だけを上げる。
「なに?」
「起きられるようになったら、バスローブ着てリビングにおいで」
ベッドの上にバスローブを置いて、ミネラルウォーターのペットボトルを葵の手に握らせると、篠原はベッドルームから出て行った。
座ってミネラルウォーターを飲むとバスローブを身につけた。
「パンツ」
さすがに裸は慎みがなさ過ぎる。
体から熱が引いていくと、頭も冴えてくる。
髪もベタベタに濡れている。篠原の言うように風邪を引いてしまうし、それ以前に恋人の前でだらしがないし恥ずかしすぎる。
親しさ中にも礼儀ありだ。
ベッドから降りて、こそっと 自分の荷物から下着を取り出し、洗面所に向かって歩いて行く。
篠原はバスローブ姿で応接セットに座っていた。
窓の外に夜景が見えている。
「やっと出てきたか」
「風邪引いたら小池さんに怒られる」
「小池さんに怒られるからバスローブを着るのか?」
「違う。純也に迷惑かけるから」
言い直して、下着を隠れて履く。女性ものだが、ないよりマシだ。
櫛で髪を梳かしていると、篠原がやってきた。
「迷惑ではないけど、風邪は引かないでくれると安心できるな」
篠原に肩を押されて、鏡の前に座ると、篠原は葵の化粧ポーチを広げていく。
コットンに化粧水を含ませると、丁寧に肌につけていく。メイクアップアーティストの大原と変わらない早さで、葵の肌の手入れを終わらせると、髪にヘアーオイルを馴染ませて、ドライヤーをかけていく。
「純也、甘やかしすぎ」
「葵のお手入れをするのが、僕の趣味だからね。葵の肌がピカピカだ。髪もつやつやだ」
掌で触れると、肌がもちもちになっているし、髪もさらさらだ。
自分で手入れしていたときより、肌や髪のコンディションはよくなっている。
篠原は満足そうな顔で、葵の髪を指で梳いている。
「自分の肌の手入れをすれば、もっとモテそうなのに」
「僕がモテてもいいの?」
「俳優なんだから、仕方ないだろう?僕に焼き餅焼かせるな」
葵は不機嫌に頬を膨らます。
「ほら、怒らないで。美人が台無し」
「純也なんて」
「嫌い?」
「嫌いじゃない」
ドライヤーを片付けると、葵の手を掴んだ。
「こっちへおいで」
リビングのテーブルにはワインクーラーが置かれていた。上品なグラスが二つ。
「この間は社長が白ワインを飲ませてくれたから、今日は赤ワイン」
葵をソファーに座らせて、篠原も隣に座る。
「ワインの前に、ひとつ見せたいものがあるんだ」
「なに?」
篠原は封筒を葵にわたした。
「脅迫状じゃないよね?」
「さあ、どうだろう?」
「脅迫状なら見たくない」
「自分の目で確かめて」
葵は怖々、封筒の中身を出す。
白い紙に黒文字で何か書いてある。
「読むのが怖い」
半分まで出した紙を封筒に戻してしまう。
「脅迫状じゃないから、自分の目で確かめて」
「うん」
篠原に促されて、葵は紙を取り出す。
「パートナーシップ証明書、え、ほんとに?」
「昨日、葵が学校へ行っている間に取りに行ってきた」
「どうしよう、嬉しい」
たった一枚の証明書が、二人の関係を証明する。
「正式なパートナーだよ」
葵は篠原に抱きついた。
「本当に僕でいいの?純也後悔しない?」
「葵こそ、後悔しない?」
「しない。嬉しい」
もう一度証明書を見て、笑みが深まる。
「大切なものだから、しまっておくね」
封筒に入れて、篠原に預けた。
「純也、ありがとう」
篠原は今回の収録の後、連続ドラマの仕事が入っている。
今度は医師役で主演をする。人気作家が書いた救命救急センターを舞台にしたドラマだ。
医療用語は難しいし演技も難しい。
葵は患者役しかやったことしかないが、いつか医師役もやってみたいと思う。
葵は舞台が入っている。
『鏡花忌憚~剣の舞~』
ゲームがアニメ化された人気作だ。葵が声をかけられた役は主役だった。
2・5次元の役者の、腕の見せ所だ。
今までやってきた月のシンフォニーとはまったく真逆なアクションのある舞台だ。『怪盗黒猫』の演技を評価された抜擢だ。同じ年代の役者とまた舞台を作れる。
月のシンフォニーの復活も諦めてはいない。復活させるために、葵は与えられた役を演じたいと思った。
公開期間も春休みだ。
今回のメンバーは、学校との両立している役者も多いようだ。葵より年下もいる。
顔合わせも済ませている。主要キャストは五人。全キャストは十五人と大勢だ。
歌も演技も殺陣もある。
ドラマでも共演した裕久もオーディションに残って、主要キャストの五人に入った。
また一緒に演じられる。
演劇の後は、人気作家が書いた『心霊探偵零』という小説のドラマの主演の依頼を受けた。それと同時に木ノ芽メイ先生の新作アニメで『愛の星空』の朗読劇だ。アニメ化を前に朗読劇をして欲しいと依頼が来て、夜公演のみの公演だけでもいいからと頭を下げられた。断り切れなくて受けた仕事だ。
葵のスケジュールは夏までぎっしり入っている。
この休日が終わったら、二人の仕事は別々になる。
きっと今のようにいつも一緒にいることは不可能だろう。
それでも、帰る家は同じだ。
「葵、乾杯しようか?」
「うん」
篠原は封筒をブリーフケースに入れると、テーブルの上のワインクーラーからワインを取り出した。静かに開けると、二つのグラスに注いでくれた。
「赤ワインは白ワインに比べると、渋みが出やすいんだ。採れたブドウや品種や気候、地域によっても味が変わってくる。お気に入りを探すのは、なかなか大変だよ」
「白ワインの方が渋みが出ると思ってた。前にコンビニでワンカップの白ワイン飲んだとき、渋くて飲めなかったんだ」
「赤ワインはブドウの赤い皮から渋みが出やすいんだ。その点、白ワインはまろやかな味わいになりやすい。1000円程度のワインでもおいしいものはたくさんあるけど、葵の飲んだワインは、きっともっと安くて辛口だったのかもしれないね」
篠原がワイングラスを持つのを見て、葵もワイングラスを持った。
「乾杯」
「かんぱい」
グラスとグラスが合わさる音が、綺麗に響いた。
「葵、これからはすれ違うことも増えるかもしれないけど、僕はいつも葵を好きだよ」
「僕も好きだから。いつも好きだから。僕を捨てないでね」
篠原は微笑んだ。
「まだ葵は、トラウマを抱えてるんだね」
篠原はワインを口にするとそのままキスをしてきた。
「んっ」
葵の口の中に甘いワインが入ってきて、急いでそれを飲む。
「おいしかった?」
「うん、甘かった」
「帰る場所は同じだよ。一緒のベッドで眠って、一緒に起きて、一緒にご飯を食べるんだよ。今と変わらない」
「うん」
「不安になったら、不安だと言って。僕もそうするから」
「わかった」
「さあ、飲んでごらん。おいしいワインを用意したんだ」
「いただきます」
口にしたワインは、今まで飲んだ中で一番おいしかった。
「おいしい」
「この瓶の中身、全部飲んでもいいよ。足りなかったら、オーダーするから」
「一緒に飲んで。僕は中学の時から、ずっと一人だった。いつも寂しかったんだ。純也が来てくれたから、今は寂しくなくなった」
「今日は二人で飲もう」
「うん」
少し酔って、葵は篠原と一緒にベッドに倒れていった。
「純也、キスしよう」
求めれば、返してくれる。
「葵、抱いてもいいか?」
葵は篠原の顔をじっと見つめる。
今まで抱いて欲しいと頼んでも抱いてくれなかった篠原が抱きたいと言った。聞き間違いかと思って、聞き返した。
「純也、なに?」
「葵を抱きたいんだ」
葵は目を瞬かせる。
「抱いて欲しい」
篠原は微笑んだ。
「葵の体は、以前とは変わっていると思う。傷つけてしまわないか僕は不安なんだ」
「うん」
なかなか抱いてくれなかったのは、篠原自身が不安だったのだと教えてくれた。
「痛かったら痛いって言う」
「そうして欲しい」
篠原はブルーの蓋の付いた軟膏入れを持っていた。
「葵、うつ伏せになってくれる?」
「うん」
「医師に処方された軟膏だよ。これで柔らかくしていくから」
「うん」
篠原は医師に指導をされているのだろう。
軟膏を手で掬って、蕾に触れる。蕾全体に塗り込むと、また軟膏を掬って、蕾に載せていく。
「指を入れるから、痛かったら言って」
「うん」
一本の指が入ってきて、軟膏を塗り込んでいく。
何度も指が出たり入ったりする。
「痛くないね?」
「うん」
「指を増やすよ」
「うん」
指を二本に増やされると、皮膚が引き連れるような感じがする。
「痛い?」
「痛くないけど、破けそう」
「もう少しマッサージするから」
軟膏を掬うと、二本の指が軟膏を塗り込んでいく。
「恥ずかしい」
「葵のお尻、怪我した当初は、もう抱けないと思うほど酷かったけど、今は綺麗になってるよ」
「ほんと?」
「キスしたいくらい」
葵はクスクス笑う。
「何がおかしいの?」
「純也に噛みつかれてたなと思って」
「また噛みついてあげるから」
「恥ずかしいよ」
「指を増やすよ」
「うん」
三本の指はさすがに痛い。
ふかふかの枕を握ると、空いた片手が葵の手に触れてきた。
「痛いんだろう?」
「うん、痛い」
「辞めるか?」
「辞めないで」
「ゆっくりマッサージしていくから」
「うん」
三本の指が蕾を出入りする。
軟膏がたっぷり入れられて、体温で溶けた軟膏でチュプチュプと音がする。
指先が穴の輪郭を開いて確かめている。
「もう痛くないよ」
たっぷり時間をかけて、後孔を解されて、葵の顔は赤くなり葵の欲望も起ち上がっていた。
指が出て行き、葵は篠原の体に手を伸ばす。
愛おしくてたまらない。
「入れてもいいか?」
「純也が欲しい」
篠原は自身にも軟膏を塗ると、葵の中に入れていく。
「純也、好き」
「ああ、大好きだ」
痛みもなく、篠原が体内に入ってくる。
「葵の三度目のバージンだな」
葵は微笑んだ。
「なんか得したような気分?」
「そうだな。三度目が一番緊張している」
ゆっくりゆっくり体を拓かれていく。
「痛くないよ」
「よかった」
奥まで入れて、篠原は葵を抱きしめた。
「抱き心地、悪くなってない?」
「前より、狭くなって、ぎゅんぎゅんに締め付けてくる」
「悪くないなら、よかった」
葵も篠原を包み込むように抱きしめる。
「やっと抱けた」
「ねえ、これからも抱いてね。仕事いっぱい入れちゃったから、僕はまたいっぱいいっぱいになっちゃうと思うけど。純也が愛してくれたら、なんでもできるような気がするんだ」
「抱かせてやらないって言われても、葵を襲うつもりでいたよ。同じベッドで眠るんだ。抱かない理由なんてないだろう?」
「うん。純也を信じているから、純也も僕を信じて」
「あたりまえだ」
一緒に俳優として生きていくために、ずっと同じ現場で仕事を受けることはできないけれど、同じ心で、同じ居場所で歩いて行ける。
「また共演したいね」
「いつかまたしよう」
また同じ場所で演じるために、互いに切磋琢磨していく。
二人の指はめられた指輪が、キラリと輝いている。
篠原の唇が触れる。
最初に篠原が教えたレッスンのキスから、徐々に深く深く絡み合っていく。
愛を紡ぎ合う、二人の熱い夜が始まった。
ピュアラブの撮影は実際の学校を借りた。
冬休み中の校舎で春の制服を着て演じる。息が白く出ないように、氷を口に含む。
寒いのが苦手な葵にはキツい仕事だった。
葵自身も学校が冬休みに入っているので、両立に追われることはない。
稽古の時期はテスト時期と重なって大変だったが、それでも過ぎてしまえば、後は前に進むだけだ。
月のシンフォニーで一番年上だった裕久は、オーディションに受かり、葵の親友役に抜擢された。
葵との掛け合いもたくさんあり、台詞も多い。
卓也の時とは違う、裕久は葵の親友役をきちんと演じられている。
篠原と同じくらい触れ合いも多い。
内容がボーイズラブなので、篠原との触れ合いは少し大胆だ。
冬休みという短期間での撮影のために年末年始も撮影に翻弄されたが、学校が始業式を迎える前には撮影を終えることができた。
原作者の木ノ芽メイ先生は、穏やかな優しい人だった。
長い間、断り続けて申し訳なかったと葵は、頭を下げたが、木ノ芽先生は葵に引き受けてくれてありがとうと答えるだけだった。
木ノ芽先生は撮影の間、近くのホテルに住んで、ずっと撮影現場を見ていた。
クランクアップの日、木ノ芽先生は、葵にお礼を言ってくれた。
「私が思ったとおりの演技をしてくれて、ありがとう」
役者冥利に尽きる。嬉しい言葉だった。
葵の相手役の篠原にも、同じ言葉を残してくれた。
演技の撮影は終わったが、これからは歌の収録がある。
葵が作ったデモテープを聴いて、木ノ芽先生はすぐに笑顔を見せた。すべてを聞き終えて「いい曲だ」と喜んでくれた。
一日休みがあり、葵は篠原に連れられて、病院に連れてこられた。
肛門の傷は治ったが、直腸の傷がなかなか治らなくて、治療に時間がかかっていた。
検査を受け、葵は篠原と検査の結果を一緒に聞いた。
「綺麗に治ってきました。直腸の厚さも弾力も戻ってきている。無茶をしなければセックスにも耐えられると思います」
「本当ですか?」
葵は篠原の手を握る。
「いいですか?無茶は駄目ですからね。傷をつけて炎症を起こしたら、また最初からの治療になります」
「わかりました」
篠原は丁寧に頭を下げた。
「診察は四週間後。定期検査に来てください。途中で発熱や出血があるようなら、すぐに来てください」
「はい」
葵も頭を下げた。
「純也、抱いてよ」
葵はベッドの上で篠原に抱きついて、甘えていた。
「収録が終わるまでは、まだ抱かない」
「どうして?」
「熱が出たら、収録ができなくなる」
「無茶しなければいいって言ったのに」
「ここまで待ったんだ。慌てなくてもいいだろう?」
「純也のケチ」
布団に潜って、あくびをすると篠原の胸に顔を寄せて、葵は目を閉じた。
学校が始まり、仕事の掛け持ちになり葵は疲れていて、すぐに寝てしまう。
学校から帰ると、葵は篠原に歌のレッスンをする。
一緒に歌って、葵にOKをもらうのはなかなか難しい。
『純也、僕のことを想って歌ってみて?上手に歌おうとしなくていいから』
葵からの宿題だ。
葵が学校へ行っている間、篠原はボイストレーニングに通っている。
以前より声は出るようになったが、綺麗な葵の声に比べると、素人ぽさが目立ってしまう。
葵は学校から帰ると、お風呂に入って部屋着に着替えると、篠原の手を握った。
互いの手には指輪が輝いている。
「今日は伴奏しないのか?」
「うん。純也は音程間違ってないから。後は僕のこと好きだって気持ちで歌って」
葵は篠原にキスをしてから、軽く手を揺する。
「さんはい」
葵はじっと篠原の目を見て歌っている。
篠原も葵の目を見て歌っている。
葵の手がリズムを刻むように揺れる。
葵が甘えるようにもたれかかってくる。
愛おしさが募っていく。
葵の目はひたすら優しくて、篠原を包み込むようだ。
葵の声に合わせるように、声を優しくしていく。
包み込むように、抱き合うように。
葵が可愛らしく微笑む。頷いて、伴奏部分はゆったりと体を揺する。同じように二番を歌うと、葵が抱きしめてきた。
「今までで、一番よかった。声は優しくて、愛情に満ちていて、包まれてるみたいだった。この曲にぴったりだ。もう一度、はじめからできる?今みたいに歌ってくれたら、一回でOKあげられる」
葵はまた篠原の手を繋いで、リズムを取り出す。
「さんはい」
十回一緒に歌って、葵はあくびをし出す。
「そろそろ寝るか?」
「今日は抱いてくれるの?」
「まだ抱かない」
「なーんだ」
「眠いんだろう?」
「うん。ごめん。眠い」
最近、学校から帰ってくるのが遅い。単位がギリギリになってきたと言っていた。
普段の授業の他に補習授業に出ているらしい。
宿題は相変わらず学校で済ませているようだ。
ドラマの撮影がないときは、授業はすべて出ているようだ。
主題歌の収録は葵の授業のない日に行われた。翌日は休日だ。
葵が言ったように歌はいろんなバージョンで収録された。
演奏はピアノだ。ピアニストがいる。
歌に関しては葵に一任されている。
木ノ芽先生は、葵を信頼している。葵はその信頼に応えたいと想う。
最初は毎日練習した二人のデュエット曲だ。いつもと同じように手を繋いで歌った。
演奏が終わると、葵の顔が笑顔になる。
「すごくよかったよ。OKだと思うけど、葵くんはどう思う?」
「もっと歌いたいけど、OKです」
「それじゃ、次は篠原さんだけで歌ってください」
「はい」
篠原への注文は、恋人を想う気持ちで歌ってほしいと頼んだ。
葵が学校へ行っている間に、レッスンに通っていた篠原の歌は、低くて優しい声で抱きしめられるような歌になった。
何度か歌ってOKが出た。
今度は葵が一人で歌う。
少し寂しそうに演出をしている。
第一話に流れる曲だ。
孤独を感じて、一人で潰れそうになっている主人公を演じる。
同じ曲なのに、歌い方だけで雰囲気が変わる。
次は篠原が歌った曲に葵がアレンジを加えていく。
葵はまた篠原の手を握る。
見つめ合って歌う。
高音も出る葵の声が、篠原の低音と重なり合い二重奏になる。
最終回に流れる歌だ。
二番までしっかり歌った。
葵はずっと笑顔だ。
幸せな気分になる明るい歌に変わっている。
「はい、OKです。葵君はこれでいい?」
「もっと歌いたいけど、OKです」
「じゃ、お疲れ様でした。編集は任せてください」
「お願いします」
スタッフが二人からヘッドホンを受け取って、片付けていく。
「共演ありがとうございました。こんなに楽しい収録は初めてでした」
葵は篠原に、頭を下げた。
「僕も楽しかった。僕を選んでくれてありがとう。いろんな勉強になった」
葵は微笑むと、篠原の手を引いて、スタッフたちにも挨拶して、スタジオを後にした。
「葵、少し買い物をしていかないか?」
帽子にマスク姿は、冬では珍しくはないが、どこか息苦しい。
素顔で歩けないのは有名税なのだと言われるが、もっと二人でいろんな場所に行ったりしたい。
「僕、冬用の女装の服が欲しい」
「葵に変装用の服を買いたんだ」
行き先が同じだったことで、二人で微笑み合う。
「連れて行ってくれる?」
「ウイックも新しいのを買ってあげる」
「それくらい自分で買う」
荒井田が用意したウイックは警察から返却された。高価なものだけど捨てようかと思ったが、ヘアーアーティストの河村から連絡が入り、ウイックをリメイクしないかと提案された。
事件が大々的に報道されてしまったために、河村の耳に入り、葵の心情を考えてくれたのだろう。
葵は河村にウイックを託した。
二度目のレイプで被っていたウイックは、荒井田が壊してしてしまった。無事に戻ってきていても、再度使う気にはなれなかったと思うが。
葵が借りっぱなしだったウイックは返却したので、女装することができなくなってしまった。
持っているのは、篠原を救出するときに使った、ショートボブだけだ。葵には少し大人っぽくみえてしまう。
最初にウイック専門店に行って、葵に似合うストレートロングのウイックを選んだ。色は正統派の黒だ。借りていたウイックと同じスタイルのものだ。少し値段は高かったが、肌触りのいいものを選んだ。
篠原は、濃いブラウンのショートのストレートを選んだ。人混みにまみれてしまうような地味なスタイルだ。篠原はその場で頭につけてしまう。ポケットから眼鏡を出して着けると篠原に似た誰かに変わった。
葵もウイックを身につけた。
洋服が紳士用で違和感を感じる。
「もっとフェミニンなもの着てこればよかった」
葵は仕方なくウイックを外して、持ち帰り用に紙袋に入れてもらって、マスクと眼鏡をかけた。
「もう少しだけ、我慢してろ」
「うん」
篠原が車を走らせていく。
以前に連れてきてもらったブティックに入って、二人で服を見ていく。
篠原が洋服を選んでいく。
夏の時は短めなワンピースが多かったのに、今回はロング丈のワンピースや丈の長いスカートを選んでいる。色も暗い色が多い。一気に年齢層が上がっている。
「地味じゃない?」
「他の男に見せたくない」
葵はクスクスと笑う。
「極端だな。それ、どう見てもミセスでしょ?僕、二十歳だよ」
「そうだったな」
選んだ服を戻していく。
膝丈のワンピースと踝丈のワンピース。膝丈のスカートを一枚選んでセーターと冬用のブラウスとカーディガンにコートを選んだ。
「このあたりなら、年相応で派手じゃないよ?まだ派手?」
「いや、地味すぎる。葵にはもっと似合う服がある」
「じゃ、純也がプロデュースして」
「任せろ」
篠原は真剣に服選びを始めた。
「お茶、いかがでしょうか?」
「暖かい紅茶をください。純也もそれでいい?」
「同じでいい」
薄ピンクに紅の小花が散った膝丈のワンピースに白色のヒール。白のロングコートにロングヘアーを身につけた葵は、篠原と喫茶店に入って、ホットココアを飲んでいた。
色白な葵の肌に、薄ピンクは似合う。
スカート丈も短めだが、葵の綺麗な足によく似合っている。
生地の素材が柔らかなので、オールシーズン着られそうだ。
「純也、服買いすぎ。コート二着もいらない。ワンピースも二着あれば足りるのに、十着もどうするの?靴やバックも買いすぎ。学校には着ていかないんだよ。純也とデートするときだけなんだから」
寒くないようにと、ストールや手袋まで買ってくれた。
「毎日、デートしたいんだよ」
下着も新作が出ていたからと、また増えている。
「紳士服も見たい」
「紳士服はまた今度だ」
「今日はどうするの?」
「水族館に行こうか?」
「冬の水族館って寒くない?」
「だから、ストールも手袋も買っただろう?」
「別にいいけど。もう夕方だよ」
「少しの時間でいいんだ。葵を独り占めしたい」
「じゃ、早く行こう。ショー、まだやってるかな?」
ココアを飲み干して、席を立つ。
篠原も立ち上がって、葵は篠原の腕に腕を絡めた。
イルカの大水槽の前には、篠原と葵しかいない。
イルカショーには間に合わなかった。
閉館まで、それほど時間もない。
「純也、寒くない?」
「葵を抱いてるから、寒くないよ」
葵はコートを着ているが、篠原はジャケットだけだ。
ストールを広げて、篠原にもかける。
「今夜はホテルに泊まっていくか?」
「家までそんなに遠くないよ」
ライトアップされた目の前の大きなプールには、五頭のイルカが自由に泳いでる。
時々、五頭が戯れるようにジャンプをしながら泳いでいく。
ショーでなくても、見ているだけで楽しめる。
「葵においしいワインを飲ませてやると約束しなかったか?」
「社長が、飲ませてくれたよ」
「僕が葵に飲ませたいんだ」
「着替えの服も買ってもらったからいいけど。あ、でもまだ薬が」
イルカが高くジャンプして、水しぶきとともに水面に落ちていく。
「薬なら持ってきてる」
「なんだよ。純也は最初からそのつもりだったんだ」
篠原が立ち上がり、葵の手を掴んだ。
「何?」
篠原がポケットから指輪を取り出す。
「持ってきたの?」
「せっかくのデートだ。必要なアイテムだろう?」
「うん」
葵がはめている手袋を外すと、篠原は左の薬指に指輪をはめてくれた。
「僕がはめてあげる」
葵は手袋を両手とも外してポケットにしまうと、篠原から指輪を受け取り、篠原の左の薬指にはめた。
「愛してる、葵」
「僕も愛してる」
両手を繋いでキスをする。
「閉館する前に、大水槽のトンネルを通っていこう」
「マンタが空を飛ぶみたいに見えるところね」
「そう。僕のお気に入りだ」
手を繋いで館内へ入っていく。
食事終えて、ホテルの部屋へと上がっていく。
先にチェックインをしていたので、荷物は部屋まで運んでもらっていた。
葵の着替えは店で別に包んでもらっていたのか、お洒落な鞄に入れられていた。
「わぁ。景色が綺麗。ここってロイヤルスイートルーム?」
「そうだよ」
居間のようなリビングにダイニングテーブルもある。部屋の奥にはベッドルームがある。
葵は次々と扉を開けていく。
「わあ、お風呂はガラス張りだ。夜景も見える」
「葵、コートは脱ぎなさい」
「はーい」
白いコートを脱いでクローゼットまで持って行くと、篠原がハンガーに掛けてくれる。
篠原もジャケットをハンガーに掛けて、ウイックも外している。
「靴も脱いだらどうだ?」
「ヒールの高い靴は、慣れないから疲れるね」
靴を脱いでスリッパに換える。
「お風呂に先に入るか?」
「入る」
「お湯を溜めてくるよ」
葵はウイックを外し、棚の上にウイックを置いた。
篠原がいないうちに、ストッキングを脱いでしまう。
どうしても女性ものの下着を脱ぐのは恥ずかしい。
ワンピースを脱ごうとしたところで、背後から抱きしめられた。
「シフォンのワンピースは、可愛らしいけど、真冬には寒くなかったか?」
「コートが暖かだったから大丈夫だったよ」
「葵はスタイルが綺麗だから、どんな服も着こなせるね」
スカートの裾から掌が這い上がってくる。葵の苦手な太股に触れている。
「今夜は抱いてくれるの?」
「どうしようかな?」
言いながら、下肢の下着を脱がしていく。パンティーを脱がせてしまうと、ワンピースのファスナーを下ろしていく。ブラジャーのホックも外すと、そのまま床に服と下着が落ちていく。
「純也、抱いて」
振り向いて、篠原の服も脱がしていく。
「夜は長いよ。ここのお風呂はジャグジーが付いていたよ。泡風呂にもできるみたい。少しは楽しもう」
「抱いてくれないの?」
「慌てないで」
しょぼんと俯いた葵の手を篠原は、引いていく。
「わあ、綺麗」
お風呂に入った途端に、葵は歓声をあげた。
一面に綺麗な夜景が広がっている。
「宝石が落ちてるみたい」
窓にしがみついた葵の腕を引いて、葵の頭からお湯をかける。
「わぁ」
「頭洗うぞ」
「うん」
もう習慣化したシャンプーをしてもらって、体も洗ってもらう。
「もういいぞ。好きなだけ夜景を見ておいで」
湯船に入って、窓にへばりつく。
近くに海があるのか、船の明かりが点滅している。
隣に篠原が入ってきて、腕が絡みついて引き寄せられる。
「体が冷えるだろう。きちんと暖まって」
「うーん、気持ちいい」
四方からお湯があたる。シャボンが弾けて、また膨らむ。
「今日は何かの記念日だっけ?なんか贅沢してない?」
「収録が終わって、明日が休みだ」
「仕事がひとつ終わるたびに、こんな贅沢してたら、破産しちゃうよ」
ケラケラ笑いながら、葵の手が篠原を抱きしめる。
「いい香りだね。アロマなのかな?」
お湯の温かさは、熱すぎず温すぎない温度だ。
「なんか茹でられてるみたいだね。ぶくぶくしてて」
「葵のいい出汁が取れそうだ」
「純也の出汁だって出てるよ」
泡を集めて、篠原の頭の上に載せてみた。
「こら、悪戯は駄目だ」
「泡くらい載せたっていいだろ?」
「それなら葵の頭にも泡を載せるぞ」
「いやだ」
大きな湯船の中を泳ぐように体を離すと、それを追うように篠原の体が、葵の体の上に重なる。
重くはないが、久しぶりの触れ合いに、顔が熱くなる。
「急に黙って、どうした?」
「なんでもない」
体を抱き上げられ、篠原を跨いだまま抱きしめられる。
泡風呂のソープの滑りがよくて、普段とは違って、体がもっと密着する。そのままキスをして湯船の中で体がふわふわする。
篠原の手が、葵の欲望に触れる。
葵の欲望は勃起していた。篠原の手が葵と自身の欲望を掴んで、いつものように一緒に追い上げていく。
「純也、気持ちいい」
「僕も気持ちいいよ」
「でも、ここお風呂の中」
「たまにはいいじゃないか。泡と一緒に弾けるのも」
「うん。イキそう」
体を震わせ、葵がイクと、篠原も葵の欲望に擦りつけるようにしてイった。
肩で呼吸をする葵を抱きしめて、滑らかな肌を撫でる。
ソープの滑りで普段より滑らかだ。
体中を撫でると、葵がじっと篠原の顔を見ていた。
「どうした?」
「だって」
葵の中心に触れると、また勃起していた。
「だって純也が撫で回すから」
「ごめんごめん。あまり気持ちよくて」
葵の中心を握ると、葵は篠原の体に腕を回し、肩に頬を載せてきた。
葵の喘ぎ声が、直接耳に響く。
「僕を煽っているのか?」
敏感な場所を撫でて擦ると、すぐに絶頂に向かっていく。
「そんなんじゃない、あぁっ」
体を仰け反らせ、葵はイった。
顔が真っ赤になっている。
「あまり入ってるとのぼせるな」
「うん、クラクラしてきた」
ジャグジーのスイッチを切って、葵を抱いたまま湯船から出る。
二人でシャワーを浴びて、体中のソープを流す。
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体を拭いてやると、葵は裸のままでベッドルームに入っていって、そのままベッドに横になった。
「バスローブ着なさい。風邪引くよ」
「あとで着る。今は暑い」
「大切な話があるんだけどな」
くてんと伸びていた葵が顔だけを上げる。
「なに?」
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座ってミネラルウォーターを飲むとバスローブを身につけた。
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体から熱が引いていくと、頭も冴えてくる。
髪もベタベタに濡れている。篠原の言うように風邪を引いてしまうし、それ以前に恋人の前でだらしがないし恥ずかしすぎる。
親しさ中にも礼儀ありだ。
ベッドから降りて、こそっと 自分の荷物から下着を取り出し、洗面所に向かって歩いて行く。
篠原はバスローブ姿で応接セットに座っていた。
窓の外に夜景が見えている。
「やっと出てきたか」
「風邪引いたら小池さんに怒られる」
「小池さんに怒られるからバスローブを着るのか?」
「違う。純也に迷惑かけるから」
言い直して、下着を隠れて履く。女性ものだが、ないよりマシだ。
櫛で髪を梳かしていると、篠原がやってきた。
「迷惑ではないけど、風邪は引かないでくれると安心できるな」
篠原に肩を押されて、鏡の前に座ると、篠原は葵の化粧ポーチを広げていく。
コットンに化粧水を含ませると、丁寧に肌につけていく。メイクアップアーティストの大原と変わらない早さで、葵の肌の手入れを終わらせると、髪にヘアーオイルを馴染ませて、ドライヤーをかけていく。
「純也、甘やかしすぎ」
「葵のお手入れをするのが、僕の趣味だからね。葵の肌がピカピカだ。髪もつやつやだ」
掌で触れると、肌がもちもちになっているし、髪もさらさらだ。
自分で手入れしていたときより、肌や髪のコンディションはよくなっている。
篠原は満足そうな顔で、葵の髪を指で梳いている。
「自分の肌の手入れをすれば、もっとモテそうなのに」
「僕がモテてもいいの?」
「俳優なんだから、仕方ないだろう?僕に焼き餅焼かせるな」
葵は不機嫌に頬を膨らます。
「ほら、怒らないで。美人が台無し」
「純也なんて」
「嫌い?」
「嫌いじゃない」
ドライヤーを片付けると、葵の手を掴んだ。
「こっちへおいで」
リビングのテーブルにはワインクーラーが置かれていた。上品なグラスが二つ。
「この間は社長が白ワインを飲ませてくれたから、今日は赤ワイン」
葵をソファーに座らせて、篠原も隣に座る。
「ワインの前に、ひとつ見せたいものがあるんだ」
「なに?」
篠原は封筒を葵にわたした。
「脅迫状じゃないよね?」
「さあ、どうだろう?」
「脅迫状なら見たくない」
「自分の目で確かめて」
葵は怖々、封筒の中身を出す。
白い紙に黒文字で何か書いてある。
「読むのが怖い」
半分まで出した紙を封筒に戻してしまう。
「脅迫状じゃないから、自分の目で確かめて」
「うん」
篠原に促されて、葵は紙を取り出す。
「パートナーシップ証明書、え、ほんとに?」
「昨日、葵が学校へ行っている間に取りに行ってきた」
「どうしよう、嬉しい」
たった一枚の証明書が、二人の関係を証明する。
「正式なパートナーだよ」
葵は篠原に抱きついた。
「本当に僕でいいの?純也後悔しない?」
「葵こそ、後悔しない?」
「しない。嬉しい」
もう一度証明書を見て、笑みが深まる。
「大切なものだから、しまっておくね」
封筒に入れて、篠原に預けた。
「純也、ありがとう」
篠原は今回の収録の後、連続ドラマの仕事が入っている。
今度は医師役で主演をする。人気作家が書いた救命救急センターを舞台にしたドラマだ。
医療用語は難しいし演技も難しい。
葵は患者役しかやったことしかないが、いつか医師役もやってみたいと思う。
葵は舞台が入っている。
『鏡花忌憚~剣の舞~』
ゲームがアニメ化された人気作だ。葵が声をかけられた役は主役だった。
2・5次元の役者の、腕の見せ所だ。
今までやってきた月のシンフォニーとはまったく真逆なアクションのある舞台だ。『怪盗黒猫』の演技を評価された抜擢だ。同じ年代の役者とまた舞台を作れる。
月のシンフォニーの復活も諦めてはいない。復活させるために、葵は与えられた役を演じたいと思った。
公開期間も春休みだ。
今回のメンバーは、学校との両立している役者も多いようだ。葵より年下もいる。
顔合わせも済ませている。主要キャストは五人。全キャストは十五人と大勢だ。
歌も演技も殺陣もある。
ドラマでも共演した裕久もオーディションに残って、主要キャストの五人に入った。
また一緒に演じられる。
演劇の後は、人気作家が書いた『心霊探偵零』という小説のドラマの主演の依頼を受けた。それと同時に木ノ芽メイ先生の新作アニメで『愛の星空』の朗読劇だ。アニメ化を前に朗読劇をして欲しいと依頼が来て、夜公演のみの公演だけでもいいからと頭を下げられた。断り切れなくて受けた仕事だ。
葵のスケジュールは夏までぎっしり入っている。
この休日が終わったら、二人の仕事は別々になる。
きっと今のようにいつも一緒にいることは不可能だろう。
それでも、帰る家は同じだ。
「葵、乾杯しようか?」
「うん」
篠原は封筒をブリーフケースに入れると、テーブルの上のワインクーラーからワインを取り出した。静かに開けると、二つのグラスに注いでくれた。
「赤ワインは白ワインに比べると、渋みが出やすいんだ。採れたブドウや品種や気候、地域によっても味が変わってくる。お気に入りを探すのは、なかなか大変だよ」
「白ワインの方が渋みが出ると思ってた。前にコンビニでワンカップの白ワイン飲んだとき、渋くて飲めなかったんだ」
「赤ワインはブドウの赤い皮から渋みが出やすいんだ。その点、白ワインはまろやかな味わいになりやすい。1000円程度のワインでもおいしいものはたくさんあるけど、葵の飲んだワインは、きっともっと安くて辛口だったのかもしれないね」
篠原がワイングラスを持つのを見て、葵もワイングラスを持った。
「乾杯」
「かんぱい」
グラスとグラスが合わさる音が、綺麗に響いた。
「葵、これからはすれ違うことも増えるかもしれないけど、僕はいつも葵を好きだよ」
「僕も好きだから。いつも好きだから。僕を捨てないでね」
篠原は微笑んだ。
「まだ葵は、トラウマを抱えてるんだね」
篠原はワインを口にするとそのままキスをしてきた。
「んっ」
葵の口の中に甘いワインが入ってきて、急いでそれを飲む。
「おいしかった?」
「うん、甘かった」
「帰る場所は同じだよ。一緒のベッドで眠って、一緒に起きて、一緒にご飯を食べるんだよ。今と変わらない」
「うん」
「不安になったら、不安だと言って。僕もそうするから」
「わかった」
「さあ、飲んでごらん。おいしいワインを用意したんだ」
「いただきます」
口にしたワインは、今まで飲んだ中で一番おいしかった。
「おいしい」
「この瓶の中身、全部飲んでもいいよ。足りなかったら、オーダーするから」
「一緒に飲んで。僕は中学の時から、ずっと一人だった。いつも寂しかったんだ。純也が来てくれたから、今は寂しくなくなった」
「今日は二人で飲もう」
「うん」
少し酔って、葵は篠原と一緒にベッドに倒れていった。
「純也、キスしよう」
求めれば、返してくれる。
「葵、抱いてもいいか?」
葵は篠原の顔をじっと見つめる。
今まで抱いて欲しいと頼んでも抱いてくれなかった篠原が抱きたいと言った。聞き間違いかと思って、聞き返した。
「純也、なに?」
「葵を抱きたいんだ」
葵は目を瞬かせる。
「抱いて欲しい」
篠原は微笑んだ。
「葵の体は、以前とは変わっていると思う。傷つけてしまわないか僕は不安なんだ」
「うん」
なかなか抱いてくれなかったのは、篠原自身が不安だったのだと教えてくれた。
「痛かったら痛いって言う」
「そうして欲しい」
篠原はブルーの蓋の付いた軟膏入れを持っていた。
「葵、うつ伏せになってくれる?」
「うん」
「医師に処方された軟膏だよ。これで柔らかくしていくから」
「うん」
篠原は医師に指導をされているのだろう。
軟膏を手で掬って、蕾に触れる。蕾全体に塗り込むと、また軟膏を掬って、蕾に載せていく。
「指を入れるから、痛かったら言って」
「うん」
一本の指が入ってきて、軟膏を塗り込んでいく。
何度も指が出たり入ったりする。
「痛くないね?」
「うん」
「指を増やすよ」
「うん」
指を二本に増やされると、皮膚が引き連れるような感じがする。
「痛い?」
「痛くないけど、破けそう」
「もう少しマッサージするから」
軟膏を掬うと、二本の指が軟膏を塗り込んでいく。
「恥ずかしい」
「葵のお尻、怪我した当初は、もう抱けないと思うほど酷かったけど、今は綺麗になってるよ」
「ほんと?」
「キスしたいくらい」
葵はクスクス笑う。
「何がおかしいの?」
「純也に噛みつかれてたなと思って」
「また噛みついてあげるから」
「恥ずかしいよ」
「指を増やすよ」
「うん」
三本の指はさすがに痛い。
ふかふかの枕を握ると、空いた片手が葵の手に触れてきた。
「痛いんだろう?」
「うん、痛い」
「辞めるか?」
「辞めないで」
「ゆっくりマッサージしていくから」
「うん」
三本の指が蕾を出入りする。
軟膏がたっぷり入れられて、体温で溶けた軟膏でチュプチュプと音がする。
指先が穴の輪郭を開いて確かめている。
「もう痛くないよ」
たっぷり時間をかけて、後孔を解されて、葵の顔は赤くなり葵の欲望も起ち上がっていた。
指が出て行き、葵は篠原の体に手を伸ばす。
愛おしくてたまらない。
「入れてもいいか?」
「純也が欲しい」
篠原は自身にも軟膏を塗ると、葵の中に入れていく。
「純也、好き」
「ああ、大好きだ」
痛みもなく、篠原が体内に入ってくる。
「葵の三度目のバージンだな」
葵は微笑んだ。
「なんか得したような気分?」
「そうだな。三度目が一番緊張している」
ゆっくりゆっくり体を拓かれていく。
「痛くないよ」
「よかった」
奥まで入れて、篠原は葵を抱きしめた。
「抱き心地、悪くなってない?」
「前より、狭くなって、ぎゅんぎゅんに締め付けてくる」
「悪くないなら、よかった」
葵も篠原を包み込むように抱きしめる。
「やっと抱けた」
「ねえ、これからも抱いてね。仕事いっぱい入れちゃったから、僕はまたいっぱいいっぱいになっちゃうと思うけど。純也が愛してくれたら、なんでもできるような気がするんだ」
「抱かせてやらないって言われても、葵を襲うつもりでいたよ。同じベッドで眠るんだ。抱かない理由なんてないだろう?」
「うん。純也を信じているから、純也も僕を信じて」
「あたりまえだ」
一緒に俳優として生きていくために、ずっと同じ現場で仕事を受けることはできないけれど、同じ心で、同じ居場所で歩いて行ける。
「また共演したいね」
「いつかまたしよう」
また同じ場所で演じるために、互いに切磋琢磨していく。
二人の指はめられた指輪が、キラリと輝いている。
篠原の唇が触れる。
最初に篠原が教えたレッスンのキスから、徐々に深く深く絡み合っていく。
愛を紡ぎ合う、二人の熱い夜が始まった。
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幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
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Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
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