上 下
83 / 93
第4章

83 心細い

しおりを挟む

 クローネの邸は中央都市から離れた農村部にあった。

 まだ名義変更がされていなくて、邸はクローネ・ビッフェル侯爵邸となっていた。

 妻の名はエミュ。子はいないようだ。

 双子の弟がいた。
 調査書は、あまりに短い。

 愛妻家と言われていたのに、やはり子はいない。

 少なくても、この邸の者はブルーリングス王国の血を受け継いでいる。

 馬車が止まり、騎士が馬車の窓の横に来た。


「この辺りの敷地は全て、ビッフェル侯爵の邸の敷地になります」

「一度下りるか?」

「はい」


 今日は国王陛下と馬車に乗ってきた。

 馬車を降りるときは、国王陛下がエスコートしてくれる。

 一言で言うと、一面、原っぱです。

 冬の風が吹いて、身体が冷える。

 私は原っぱになっている草を一本、千切って、よく見る。


「国王陛下、これって大麻ではありませんか?」

「ふむ、私は草は知らぬ」

「これを持ち帰りましょう」

「そこの騎士、これを持ち帰る。もう少し、引っこ抜いて、持って行け」

「承知しました」

 そこの騎士と言われた護衛は、私から草を受け取ると、あと数本引き抜いている。

 ここにあるのが大麻なら、今日は会わない方がいい。


「国王陛下、草を調べてから訪問しなおしましょう。これが全て大麻なら、大変な量になります」

「そうであるな?証拠を持って面会した方が早いな」


 国王陛下は、私の手を取ると馬車に乗せてくれる。


「冷えるだろう」

「そうですね。もう冬ですね。辺境区はもっと寒いのでしょうね」

「寒いであろうな。レインに会いたいか?」

「会いたいです。とても心配です」

 国王陛下は、私の背中を撫でてくれた。

「斬られた傷も痛かろう」

「そうですね」


 冷えると古傷は痛む。

 なんだか切なくなってきてしまった。

 王宮に戻り、野草は研究所に持って行かれた。


「気分転換になったか?」

「はい、国王陛下ありがとうございます」


 私はお辞儀をした。

 出かけて、寂しさが増しただけだった。

 王女達は心を病んで、部屋に閉じ籠もっている。

 サロンに行っても、以前のような温かな空気はない。

 国王陛下も王妃様も、頻繁に王女達の部屋に行っているようだ。

 パーティーは延期となり、結婚式も延期となっている。

 殺しても殺したりない人っているんですね。

 私もリリーが居なくて寂しい。

 お兄様の邸に行こうかしら。

 そうだ、マフィンを買いに行こうかしら?

 私は部屋に戻った。


「ニナ様、お客様がおいでになっております。応接室に通しております」

「誰かしら?」

「ドレス屋のアリスさんですよ」

「今日は忙しくはないのかしら」


 マリアが私の手を引く。

 お腹が大きくて、足下が見えないので、マリアもシェロもラソも手の空いている者が握ってくれる。
 
 その優しさに感謝している。

 三階まで上がって、一階まで降りると、お腹が張ってくる。

「ニナ様、大丈夫ですか」

「平気よ。ちょっと休んでもいいかしら。お腹が張っているのよ。慌てん坊の赤ちゃんが外に出たがっているんだわ。もう、治ったわ。さあ、行きましょう」

「お客様をお部屋に招いた方がよかったかしら?」

「お客様は、今まで通り応接室でいいわ」

 マリアが心配そうな顔をする。

「大丈夫よ。この時期になると、お腹が時々張るんです」

「あまり無理をなさらないでくださいね」

「そうするわ」

 シェロが応接室の扉をノックして、扉を開けた。

 すると、アリスさんは刺繍をしていた。
「お待たせしてすみません」とお辞儀をすると、アリスさんは立ち上がり、お辞儀をなさった。

「今日は産後のネグリジェと産着とおしめを持ってきました。時間があったので、産着に刺繍をしておりました」と言って、小さな産着を見せてくれる。

「可愛いです」

「次はもう少し成長した時に着る洋服を作ってきます」

「いつもありがとうございます」

「何か欲しいものがあればおっしゃってください」

「料金はレインに請求してくださいますか?」

「いいえ、もう先払いで貰っておりますので、ご安心ください」

「先払いですか?」

「旅立つ前に多すぎるほど頂きました」

「そうですか?」

「では、お時間を頂きました」と頭を下げて、アリスさんは応接室から出て行った。

「マリア、多すぎるほどって幾らくらいかしら?レインは迎えに来てくれるのよね」

「勿論です」


 なんだか不安になってきた。


 レインは、もう戻って来ないような、そんな気持ちになった。

「少し、休んでから、お部屋に戻りましょう」とマリアが言って、私はソファーに座った。

 シェロとラソが産着を見せてくれる。

 ネグリジェは授乳がしやすいように、胸のところに切れ目がありボタンで開け閉めができるようになっている。

 お店でも見たことがない物だった。

 産着の刺繍をよく見ると、刺繍の糸は肌にあたらないように刺してある。

 アリスさんの作る洋服は優しさでできている。

 レインが言っていたことを思い出した。

 素質がある人の作る物は、どこか違う。

「そろそろ戻りましょう」と言って、立ち上がる。マリアが手を取り、シェロとラソが荷物を運ぶ。

 レイン、無事に戻って来て。

 私は部屋に戻ると、お風呂に入って、ベッドに横になった。

 不安になると、心細くなる。








しおりを挟む
感想 95

あなたにおすすめの小説

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

処理中です...