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第3章
72 捕り物
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「ニナ」と名を呼ばれて、私は目を開けた。
顔も身体も痛い。
私は生きていた。
レインが、私の手を握っている。
濡れたタオルだとお兄様が、私の顔にタオルを乗せた。
ヒンヤリして、少しだけ痛みが引いたような気がする。
私がいるのは、道のようだ。
「あの男は?私と一緒にいた男が黒幕だわ。リリーを殺した男」とそこまで言って、涙が出てくる。
「リリーを殺した男よ」
私は身体が痛くて、悔しくて涙が流れる。
「逃がしてしまったの?」
「いや、今、あの場にいた者達は、全て捕らえた。客も含めて、全てだ」とレインが言った。
「囮捜査に、ニナを使ってしまった。すまない」と、レインが言った。
「私はリリーの敵を取っただけだわ。囮捜査に参加したつもりはないわ。真実を知りたかったの」
リリーに生きていて欲しかった。
死んでしまったら、明日がないのよ。
でも、明日に希望が持てなかったのかしら?
先に赤ちゃんが死んでしまったら?
赤ちゃんと一緒にいてあげたかったかもしれない。
「お兄様、あの手紙の、エミリさんのお父様に、リリーの事実を知らせてください。リリーの名誉のために」
「直ぐにエミリさんのご実家を探す」
「ありがとう」
私は目を閉じた。
体中が痛くて、涙が零れていく。
きっと死んでしまったわよね。ごめんね。
「レイン辺境伯、馬車の手配ができました」
「ありがとう」
「ニナ、病院に行くよ」
私は頷いた。
私は戦士になれなかった。
レインのお姫様に戻れるのだろうか?
「レイン、ごめんね」と先に謝っておく。
多分、二人の赤ちゃんは死んでしまったと思う。
「俺も謝っておく。ごめん」
「うん」
私を捨てても文句は言わない。
私は意識を手放した。
+
私は翌朝、目を覚ました。
殴られた場所が痛くて、医師に言っても、薬はくれない。
熱に魘されている私の隣には、冷えたタオルを持ったレインがいて、タオルを顔に乗せてくれる。
三日目になると、意識が戻っていた。でも、私の手を握ってくれているレインに、何も話せなくて、目を閉じていた。
病状の説明を受けたのは、一週間後の午後でした。
私の部屋は個室でした。
私はベッドの上で安静と言われていた。
ベッドの横に椅子が一脚。レインはそこに座っていた。
入って来た医師は三人もいた。
この病院は、患者が少なくて暇なのかしら。
「この一週間安静にできましたか?」
「はい、痛くてそもそも動けません」
「痛みはもう少し続くと思います」
「仕方がないですね」
たくさん殴られたのですもの。
「目は見えますか?」
「おかげさまで、視野欠損もありません」
「口は開きますか?」
私は口を開いて、顎関節を押さえた。
「開きますが、痛いですね」
「指は動きますか?」
指を動かして見せる。
「動くけれど、痛いわ」
「お腹は痛みますか?」
私はキルトの上から痛む場所に触れた。
そこはみぞおちです。
「そこも殴られたようなので、暫く、痛むでしょう」
ずいぶん前触れが長い。私の身体は、そんなに酷いの?
それとも私は不細工になったと自覚しろと言いたいの?
もう顔の造形などどうでもいいわ。
可愛くなくても、美しくなくても、レインが私を嫌いになったら、私は別れよう。
「病状を説明致します」
「骨折の類いはありません。打撲は、顔を中心に受けておりますので、顔はまだ暫く痛むでしょう。顔の腫れも、まだ続きます」
「お子は、奇跡的に無事です」
生きていた。
あんなに殴られたのに、生きていてくれた。
きっとリリーが守ってくれたのね。
私は泣いていた。
「自覚症状はあったであろう?」
「はい」
「子がいたのか?」
私は頷いた。
レインはぽかんとしていた。
「妊娠四ヶ月です。身体の痛みが治まるまで、安静です」
「はい、ありがとうございます」
「レイン辺境伯、おめでとうございます」
「本当か?ニナ、いつから自覚症状があったのだ?」
「他の女にうつつを抜かす旦那様はいりませんので、離縁書をください」
「ニナ、そうではない。この国に慣れないヴィオレ王女に案内をしていたのだ」
「その役目は、レインではないはずよ。私は一人でも育てていけますから。私をひとりぼっちにする夫はいりません」
「そんな冷たいことを」
「若い女の人がいいなら、調印をする前に別れましょう」
「ニナ、俺はそんなつもりは微塵もなくて」
「私がどんなに寂しかったか、ご存じ?一人で育てようと、覚悟を持つまで、どれほど泣いたか知らないでしょう?」
「ニナ、愛している。ニナを愛している。子が生まれたら、子も愛する。それまでニナだけを愛する。子が生まれたら、ニナと子を愛する」
「信用できません」
「ニィナァ~~~~」
レインはとうとう私を抱きしめてきた。
加減をした抱擁は、久しぶりに私の心を温めた。
「痛いわ」
「直ぐに冷やそう」
レインは桶に入っていたタオルを絞ると、私の顔を冷やしてくれた。
私はお腹の赤ちゃんを撫でて、生きていてありがとうとお礼を言った。
レインの手が私の手に重なった。
「ここにおるのか?」
「そうよ」
「もう無茶な事はするな」
私は頷いて、小指を絡めた。
「約束だ」
「レインもね」
「勿論だ。俺は親になるのだから」
急に父親の自覚に目覚めたレインと手を繋いでいる間に、私は眠りに落ちた。
リリーがいた。
リリーは美しく微笑んだ。眩しい光に包まれたリリーは、私に『お姉様はお姫様よ』と言って微笑んだ。
『リリー』
『お転婆は、お姉様には似合わないわ』
『逝かないで』
リリーは赤ちゃんを抱いていた。
『いつでも見ているわ』と言って、光の中に消えていった。
『リリー逝かないで』
『お姉様、大好きよ』と声を残して、光も消えた。
「ニナ、どうした?痛むのか」
私は頷いて、レインにしがみついた。
「リリーが逝ってしまったの」
「辛かったな」と私を撫でてくれた。
顔も身体も痛い。
私は生きていた。
レインが、私の手を握っている。
濡れたタオルだとお兄様が、私の顔にタオルを乗せた。
ヒンヤリして、少しだけ痛みが引いたような気がする。
私がいるのは、道のようだ。
「あの男は?私と一緒にいた男が黒幕だわ。リリーを殺した男」とそこまで言って、涙が出てくる。
「リリーを殺した男よ」
私は身体が痛くて、悔しくて涙が流れる。
「逃がしてしまったの?」
「いや、今、あの場にいた者達は、全て捕らえた。客も含めて、全てだ」とレインが言った。
「囮捜査に、ニナを使ってしまった。すまない」と、レインが言った。
「私はリリーの敵を取っただけだわ。囮捜査に参加したつもりはないわ。真実を知りたかったの」
リリーに生きていて欲しかった。
死んでしまったら、明日がないのよ。
でも、明日に希望が持てなかったのかしら?
先に赤ちゃんが死んでしまったら?
赤ちゃんと一緒にいてあげたかったかもしれない。
「お兄様、あの手紙の、エミリさんのお父様に、リリーの事実を知らせてください。リリーの名誉のために」
「直ぐにエミリさんのご実家を探す」
「ありがとう」
私は目を閉じた。
体中が痛くて、涙が零れていく。
きっと死んでしまったわよね。ごめんね。
「レイン辺境伯、馬車の手配ができました」
「ありがとう」
「ニナ、病院に行くよ」
私は頷いた。
私は戦士になれなかった。
レインのお姫様に戻れるのだろうか?
「レイン、ごめんね」と先に謝っておく。
多分、二人の赤ちゃんは死んでしまったと思う。
「俺も謝っておく。ごめん」
「うん」
私を捨てても文句は言わない。
私は意識を手放した。
+
私は翌朝、目を覚ました。
殴られた場所が痛くて、医師に言っても、薬はくれない。
熱に魘されている私の隣には、冷えたタオルを持ったレインがいて、タオルを顔に乗せてくれる。
三日目になると、意識が戻っていた。でも、私の手を握ってくれているレインに、何も話せなくて、目を閉じていた。
病状の説明を受けたのは、一週間後の午後でした。
私の部屋は個室でした。
私はベッドの上で安静と言われていた。
ベッドの横に椅子が一脚。レインはそこに座っていた。
入って来た医師は三人もいた。
この病院は、患者が少なくて暇なのかしら。
「この一週間安静にできましたか?」
「はい、痛くてそもそも動けません」
「痛みはもう少し続くと思います」
「仕方がないですね」
たくさん殴られたのですもの。
「目は見えますか?」
「おかげさまで、視野欠損もありません」
「口は開きますか?」
私は口を開いて、顎関節を押さえた。
「開きますが、痛いですね」
「指は動きますか?」
指を動かして見せる。
「動くけれど、痛いわ」
「お腹は痛みますか?」
私はキルトの上から痛む場所に触れた。
そこはみぞおちです。
「そこも殴られたようなので、暫く、痛むでしょう」
ずいぶん前触れが長い。私の身体は、そんなに酷いの?
それとも私は不細工になったと自覚しろと言いたいの?
もう顔の造形などどうでもいいわ。
可愛くなくても、美しくなくても、レインが私を嫌いになったら、私は別れよう。
「病状を説明致します」
「骨折の類いはありません。打撲は、顔を中心に受けておりますので、顔はまだ暫く痛むでしょう。顔の腫れも、まだ続きます」
「お子は、奇跡的に無事です」
生きていた。
あんなに殴られたのに、生きていてくれた。
きっとリリーが守ってくれたのね。
私は泣いていた。
「自覚症状はあったであろう?」
「はい」
「子がいたのか?」
私は頷いた。
レインはぽかんとしていた。
「妊娠四ヶ月です。身体の痛みが治まるまで、安静です」
「はい、ありがとうございます」
「レイン辺境伯、おめでとうございます」
「本当か?ニナ、いつから自覚症状があったのだ?」
「他の女にうつつを抜かす旦那様はいりませんので、離縁書をください」
「ニナ、そうではない。この国に慣れないヴィオレ王女に案内をしていたのだ」
「その役目は、レインではないはずよ。私は一人でも育てていけますから。私をひとりぼっちにする夫はいりません」
「そんな冷たいことを」
「若い女の人がいいなら、調印をする前に別れましょう」
「ニナ、俺はそんなつもりは微塵もなくて」
「私がどんなに寂しかったか、ご存じ?一人で育てようと、覚悟を持つまで、どれほど泣いたか知らないでしょう?」
「ニナ、愛している。ニナを愛している。子が生まれたら、子も愛する。それまでニナだけを愛する。子が生まれたら、ニナと子を愛する」
「信用できません」
「ニィナァ~~~~」
レインはとうとう私を抱きしめてきた。
加減をした抱擁は、久しぶりに私の心を温めた。
「痛いわ」
「直ぐに冷やそう」
レインは桶に入っていたタオルを絞ると、私の顔を冷やしてくれた。
私はお腹の赤ちゃんを撫でて、生きていてありがとうとお礼を言った。
レインの手が私の手に重なった。
「ここにおるのか?」
「そうよ」
「もう無茶な事はするな」
私は頷いて、小指を絡めた。
「約束だ」
「レインもね」
「勿論だ。俺は親になるのだから」
急に父親の自覚に目覚めたレインと手を繋いでいる間に、私は眠りに落ちた。
リリーがいた。
リリーは美しく微笑んだ。眩しい光に包まれたリリーは、私に『お姉様はお姫様よ』と言って微笑んだ。
『リリー』
『お転婆は、お姉様には似合わないわ』
『逝かないで』
リリーは赤ちゃんを抱いていた。
『いつでも見ているわ』と言って、光の中に消えていった。
『リリー逝かないで』
『お姉様、大好きよ』と声を残して、光も消えた。
「ニナ、どうした?痛むのか」
私は頷いて、レインにしがみついた。
「リリーが逝ってしまったの」
「辛かったな」と私を撫でてくれた。
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