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第3章

67 戦士(2)

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 私は自分が思っているよりも落ち着いていることに驚いた。

 いつも、人の目を気にして、人からの評価を恐れ、優等生でいようとしていたのに、私に期待をしていると思っていた両親は、私の死を望んでいた。

 誰も愛してくれないと自覚したら、苦しみも悲しみも感じない。私はただの機械の人形のようになったようだ。

 涙を流し続けていた目からも、もう涙が流れてこない。

 その目には仮面舞踏会でも始まりそうな、アイマスクを嵌めている。


「お嬢さん、こんな深夜に何をしているのか?売りか?」

「私は高いわよ」

「ほう、幾らだ?」

「そうね、宮殿を一つくださいな」

「それは、高すぎだ」

 男は笑った。

 男は顔の様子が分からないように、私同様にマスクを嵌めている。

 見るからに胡散臭い。

 と、いうことは私も相当胡散臭いでしょうね。


「貴族の令嬢か?危険な遊びは止めた方が身のためだ」

「あら、ご忠告ありがとう。私、探している人達がいるのよ?」

「俺の知り合いなら教えてもいいが」


 私は魅力的な笑みを浮かべた。


「盗賊よ。盗賊なら宮殿の一つも手に入れてしまいそうよ」

「それは、強欲な」


 私はフフフと笑った。


「頭を知っている。紹介してやろう」

「まあ、ありがとう」


 男が歩き出して、私はその後に続いた。



 +



 酒屋に案内された。

「駆けつけ一杯だ」とビアが出される。

 私はお酒を飲んだことがない。

 一口口にしたフリをして、「安い酒だ」と文句を付けた。


「これはお嬢さんいける口か?」

「そんな話をしに来たわけではないわ」

「まだ来てないようだ」

「ふーん」

「飯でも食べる?ここの飯はかなり旨い」

「それならいただくわ」


 食べては駄目よ。

 お腹は空いているけれど、こういうときは、決まって睡眠薬が混ぜられているわ。

 犯されて、捨てられるために、こんなに危険なことをしているわけではないわ。

 海鮮料理ね。大きなエビが載っている。

 美味しそうね。

 香りもいい。でも、混ぜられた物が危ない。

 水もビアも食事も何もかも危険だ。

 男は豪快に食べ始めた。


「食わねえのか?」

「食後なのよ」

「つまんねぇ奴だ」

「食べてもいいのよ」

「俺は自分ので腹一杯だ」

「ずいぶん小食ね」


 男は顔をしかめた。

 毒入り決定ね。


「嬢ちゃんの名前はなんだ?」

「リリよ」

「リリーか」

「いいえ、リリよ」

「そういえば頭の女がリリーって名前だったな」

「その頭に会ってみたいわ。宮殿をプレゼントできる面か、見てみたい」


 チリンと扉に付けられた鈴が鳴ると、皆が立ち上がり「ご苦労様です」と声を掛けた。

 私はその男の顔を見た。

 クローネ様とハルマだった。

 まさかと思うけれど、辺境区が盗賊のアジトなのかしら?

 リリーはもしかしたら、盗賊の侵入捜査をしていた可能性が高い。そこでハルマに会った。

 リリーもハルマも、それぞれに裏の顔を知られたくなくて、結婚すると言い出した可能性は高い。リリーの赤ちゃんは、誰の子?愛妻家と言われていたクローネ様かしら?


「頭、宮殿をプレゼントしてくれる殿方を探している嬢ちゃんだ」

「こんばんは、リリよ」

「やぁ、どこかで会った事がある顔に見えるが」

「あら、自己紹介もできないの?」

「俺はクローネ、ここの頭だ」

「ふーん、いい男ね。それで、そちらの方は何というのかしら?」

「ハルマ、二番頭をしている」

「まぁ、二番なんて、つまらないでしょう?頭を取ろうとしたことはないのかしら?」

「まさか、頭はクローネ兄さんだよ」

「兄さん?もしかしたら兄弟かしら?」

「血の繋がりは、あるのか?」とクローネに聞いている。

「遺伝子的にはあるだろう?」

「ふーん」

「嬢ちゃんの長い髪も、遺伝子的にはあるだろう?」

「遺伝子って何かしら?私、頭が悪くて、知らないわ」

「知らなくても、生きていける」とクローネが言った。

 特に慰める様子でもない。

 馬鹿にする事もない。


「よかったら、この海鮮丼もビアも食べない?隣のお兄さんがおごってくれたんだけど、お腹はいっぱいなの」


 私は見た目は美味しそうな食事と飲み物を、クローネとハルマに手渡した。


「それは!」と隣のお兄さんが焦っている。

「どうせ、睡眠薬入りでしょう?」

「分かって、食べなかったのか?」

「私は鼻が利くのよ」と、足を組む。


 私は、今、かなり破廉恥なドレスを着ている。

 今日、働いた賃金と施しをもらったお金を全て使って、レンタルドレス屋で、際どい下品なドレスを借りて着ている。下品だけど、この下品なドレスを男達は好きなのだ。

 結い上げていた髪も下ろして、長いままでいる。


「頭、そろそろ博打を始めるそうです」

「何それ」と騒いでみる。

「今日は見ていけ」とクローネとハルマが私を連れて行った。

「ニナ」と呼ばれて、聞き流した。


 二人もかなり疑っているようだ。


「私の名前はリリよ」

「リリー?」

「違うわ、ただのリリ」
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