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第1章

9 二人だけの昼食

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 ここは本当に辺境区なのだろうかとおもえるほど、宮殿の中は静かだった。そして、ダイニングは広かった。

「ここで仲間達と食事をしたり、飲み明かしたりしている。ニナが嫁に来てくれるなら、このダイニングは夫婦のダイニングにする。子供が生まれたら、賑やかになっていくだろう」

 レイン辺境伯は、幸せそうに未来を語る。

 キッチンの方から、シェフが食事を運んできた。

 メイドやシェフは、皆さん笑顔だ。

 私はまだ結婚を承諾していないのに、もう結婚は決まったような話し方だ。

 レイン辺境伯は、とても機嫌がいい。

 それに、暇さえあれば私の手を握る。

 そんなに、嬉しいの?

 そんなに、待っていてくれたの?

 食事は美味しい。

 我が家で食べるよりも、美味しいお味だった。

 私達の邪魔をしないようにしているのか、軍服を着た殿方のお姿も見当たらない。使用人のお姿も、最低限になっているのか、見当たらない。


「ニナ、結婚をして欲しい。必ず、幸せにする」


 レイン辺境伯は、押して、押して、押しまくるお方のようだ。

 今まで不戦勝だったのか、それとも敗退したことがないのか、自分に自信も持っているのか?

 確かに凜々しいお顔立ちに、引き締まった身体は、どこからどう見ても魅力的だけれど。

 見た目から、嫌悪を感じることはない。

 今まで出会った男性の中で、一番に心引かれる。

 レイン辺境伯と一緒にいて、私はとても自分が穏やかな心でいることに気づいてしまった。

 どうしましょう?

 このまま、レイン辺境伯のお誘いを承諾してもいいような気もします。

 まだ数時間前に出会ったばかりよ?

 結婚を決めるには、早すぎるわよね。

 けれども、レイン辺境伯は、彼のブルーリングス王国の血族。

 出会ったならば、その血の存続に互いに力を出すことと、言い伝えられていた伝説のお方ですもの。

 力を貸すべきですわね?

 でも、一緒にブルーリングス王国の再建を私が、レイン辺境伯と並んですると言うことは王妃の立場ではなかろうか?

 なんだか恐れ多い。


「ニナ、聞いておるのか?」

「ええ、考えておりましたのよ」

「何をそんなに考えておるのだ?」

「ブルーリングス王国の再建は、素晴らしい事だと思いますが、わたしはレイン辺境伯と結婚したら、もしかしたら王妃になってしまうのではないかと」

「嫌なのか?」

「私は離婚した身ですのに、あまりにも恐れ多い」

「まだ、そんな些細な事で悩んでおったのか?俺は、略奪をしてもニナを俺の物にしたかったのだ」

「略奪ですか?」

「それほどニナに夢中であったのだ」

「それなら、私はレイン辺境伯のことを、何も知りませんので、少しお付き合いを致しましょう。相性が合うようなら、結婚を承りますわ」

「ああ、ニナ、ニナを抱きしめたい。抱きしめてもいいだろうか?」


 私は頷きました。


「ここでは、人の目もある。サロンに行こう」

「ええ」


 レイン辺境伯は、私と手を繋ぐと、ダイニングを出て行く。

 そのまま宮殿の中を歩いて、階段を上がって、長い廊下を歩いて行く。

 レイン辺境伯の手が熱く感じる。


「この扉がサロンだ」


 レイン辺境伯は美しい彫刻を施された扉の前で、一度足を止めた。

 明らかに他の部屋の扉とは装飾が違う。

 きっと分かりやすいようにしてあるのであろう。


「サロンはニナも自由に使っても良い。この部屋には、俺と俺の側近と言う名の友人達が来るが、その者達とも仲良くしてくれると嬉しい」

「また改めてご紹介ください」

「ああ、そうしよう」


 レイン辺境伯は、サロンの扉を開けて、室内に入った。

 扉が閉まる前に、私はもう抱きしめられていた。


「ああ、好きだ。愛している。どうか俺を好きになってくれ」


 まるで祈るような言葉は、私の耳元で言われた。

 レイン辺境伯は、私の肩に頬を預けて、両手ですっぽり抱きしめている。

 私は、ずっとドキドキしています。

 お顔も、きっと赤くなっていると思う。


「俺の事をもっと知って欲しい」

「はい、何でも教えてください」

「皆は、俺をレイン辺境伯と呼ぶが、俺にも名前がある。俺の名前は、レインフィールド・ブルーリングスという。本名は伏せておる。親しい者は、俺をレインと呼ぶ。

「レイン様」

「ただのレインでいい」


 私は首を左右に振った。

 それはあまりに不敬にあたる。

 今日、初めて会った人なのに。


「本名を伏せている理由は、我が母国を奪った冷酷非道のミエド王国の者に、暗殺される可能性があるからだ。ニクス王国の国王陛下に保護されてきたが、俺ももういい大人になった。

 国王陛下は、国を再建したいかと尋ねられた。俺は再建したいと願った。国王陛下は、この国境地帯ならくれてやると言った。

 命がけになるだろうが、隣国、ブリッサ王国と友好国になるか?それとも、永遠に戦い続けるか、それは俺の持って生まれた運命により、左右されるであろうと言われた。

 俺は友好国になりたいと思っている。俺にブルーリングス王国の再建の力を貸して欲しい。俺が一人で頑張っても、世継ぎがいなければ、またブルーリングス王国は今度こそ血が途切れる。

 それこそ、細々と生きて来て、やっとチャンスをもらえたというのに、伴侶も見つけられないとなれば、俺を守ってくれていた国王陛下も落胆するであろう。

 俺はニナに惚れた。王都の街でその姿を見た瞬間に、恋に落ちた。その美しい容姿にも、看護師になり人命を助けようと覚悟を決めた心の強さにも惹かれている。もっと惚れたところを並べるか?」



「いいえ、もう十分に伝わりましたわ」

「ニナ、愛しておる。どうか、俺の手を取ってくれ」


 願うように乞われて、私はレイン辺境伯の手を握り返した。

 これほど、愛された事はあっただろうか?

 フェルトと結婚した時は、妹のリリーから離れるために結婚した。

 結婚するからには、少なからず、好きになったが、今思うと、フェルトは、私に愛しているとか好きだとか言わなかった。

 私も言葉に出して、好きだとか愛しているとか言ってはいなかった。

 好意は持っていたけれど、心から湧き上がるような愛情は持ってはなかった。

 それはフェルトも同じだったのかもしれない。

 結婚式の翌日に、リリーと不倫をしていたのだから、私への愛はなかったのだろう。

 愛しているという言葉、好きだと言われた事がなかったのは、そう言う理由だったのだろう。

 そんなにリリーが魅力的に見えたのだろうか?

 ふと、ときどき、私に不備があって、愛されないのかも知れないと考えることがある。

 奪われるたびに、私は弱い自分を隠すために、心に鎧を纏っていって、いつの間にか気が強くなっていた。

 それはいいことではないと思っていた。

 私のそういう所が、私の唯一の欠点だと、学校時代の友人に言われた事がある。

 リリーの誘惑に負けることもなく、卒業まで友人でいてくれた彼女の事を思い出し、その言葉を力に換える。

 彼女は卒業を待って、異国にお嫁に行った。

 一度手紙を書いたが、返事は来なかった。


「レイン辺境伯」

「ニナには、俺の名前を呼んで欲しい」

「レインフィールド様、お願いが一つあります」

「一つなのか?」

「はい」


 私は心を落ち着ける。

 これだけは、どうしても守って頂きたいことがある。


「私の妹のリリーの事でございます」

「どうした?」

「リリーは、私が好きになった者、人であれ、物であれ、何でも手に入ようと致します。


 それは、私が幼い頃から繰り返し行われた事でございます。持ち物やおやつから始まりました。

 友人も恋人も何人も奪われました。私は婚約解消も5回もしています。皆、リリーが奪っていきました。奪えば、もう満足してしまうのです。

 後はゴミのように捨ててしまいます。それは、何度も繰り返されています。最後は離婚を致しました。

 リリーは、私の結婚式の翌日に、既に夫を誘惑して、その心を奪っていたのです

 振り返ってみると、私は元夫に愛しているとか愛の言葉を告げられた事はありませんでした。結婚一周年の記念日に、私は元夫に妹の影を見つけました。その翌日、元夫を尾行したのですわ。そうしたら、元夫は、私ともデートをしたこともないのに、妹とデートをしておりました。

 高級なレストランにも二人で入っておりました。それから、二人は中央都市で有名なホテルに入っていきました。元夫は妹と仲良く抱き合っておりました。

 それで離婚を言い渡したのですわ。元夫は私よりも妹を選びました。リリーは、お父様に元夫と結婚するように言われていましたが、私が看護学校を卒業して、辺境区に向かうときには、既に実家に戻っておりました。

 私がレインフィールド様と、もし結婚をすると両親に伝えたら、きっと妹はこの地に現れて、レインフィールド様を誘惑するでしょう。

 それこそ、妹にもブルーリングス王国の血が流れていると主張するでしょう。そんな妹の誘惑を突っぱねてくださいますか?」


「ああ、リリー嬢であったな。確かにニナの妹ならブルーリングス王国の血は流れているだろうが、そんな尻の軽い女には、俺の妻の役目は果たせない。必ず約束をしよう。どんなに誘惑をされても、俺はニナを愛している。リリー嬢に靡くことはせぬ」

「ありがとうございます。私の唯一のお願いです。もう二度と、妹に人生をめちゃくちゃにされたくはないのです」

「辛かったな」

「はい」


 レイン辺境伯は、私を包み込むように抱きしめてくださいました。

 私は、この約束さえ守ってくれるのなら、この結婚話を受け入れてもいいと思いました。
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