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第1章

2 どこでも袖の下

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「お父様、お母様、直ぐに一緒に来てくださいますか」

「なんだ、こんな遅くに訪ねてきて、今から出かけるのか?」

「リリーの素顔をご覧になった方がいいと思いますので」

「また、姉妹喧嘩をしているのか?」

「喧嘩ではございません。さあ、急いで」

 私は寛いでいる両親の手を引っ張ると、今乗ってきた馬車に乗った」

「先ほどのホテルに、急いで戻って」

「承知しました」

 王都の中には、流しの馬車屋がある。

 普通は、自分の邸の馬車に乗り出かけるのが一般的だが、仕事や接待などで、使われる馬車屋は、夜に繁盛するらしい。

 私も今回、初めて使用したが、乗り心地はそこそこいい。

 きっと、賃金も高いのだろうが、この賃金は、妹と夫に払ってもらうつもりでいる。

 馬車は楽しげに、スピードをあげて、先ほどのホテルの前まで走ってくれた。


「少し、待っていて」


 御者に言うと、私は両手に両親の手を握り、ホテルの中に入って行った。

 落ち着いた佇まいをしている。

 私はフロントに立った。


「フェルト・シックザール伯爵令息と待ち合わせをしているの。部屋を教えて」


 私は商談でも行うような極上な笑みを浮かべて、金貨を一つ、男の前に置いた。

 顔を引き攣らせた男は、そっと金貨をポケットの中に入れると、「202号室でございます。こちらの階段を二階まで上がっていただき、右に二つ目のお部屋です。こちらが鍵です」と言った。そして、

 そっと鍵を出してくれた。


「ありがとう」


 わたしは鍵を受け取ると、お母様の手を握り、スタスタと階段を上がっていく。

 足取りは、軽い。


「ニナ、そこまでしなくても」

「お父様は、甘すぎます。それとも、お母様を騙して、お父様もこういうことをなさっているんですか?」

「断じて、父はそんな破廉恥なことはせぬ!」

「黙って、静かにしてくださいませ」



 破廉恥だと分かっているのですね?

 知らずに、顔に笑みが浮かんでいた。

 今日こそ、今度こそ、奴の破廉恥な姿を両親に見せてやる。

 右に二つ目の扉の鍵を開けて、扉を開いた。

 そして、真っ先に中に入りました。

 笑えますわね。

 ベッドの上で、裸で腰を振る夫の姿を見たら、愛情の欠片も塵と化しました。

 両親も私の隣で、肩を落としております。

 私は、静かにベッドに近づき、夫の背中をおもいっきり平手で叩きました。

 パチンといい音がしましたわ。


「ひっ!」


 悲鳴を上げたいのは私の方ですわよ。

 掌がヒリヒリしております。

 妹は、ニヤッと笑った。


「リリー、貴方は何度、同じ事をしているの?」

「バレちゃっているじゃない」

「フェルト、貴方とは離婚です。結婚前に不倫はしないと宣言なさいましたね」

「ニナ、どうして、こんな所にいるんだ?」

「みっともないので、下半身の物は隠してくださいませ」

「ああ、すまない」


 急いで下履きを履く夫を横目で見ながら、ベッドの上に裸体で横になっている奴、リリーにも一言、言ってやらなくては。


「貴方も、服を着たら如何ですの?」 

「今日は一周年記念日でしたのに」

「何の記念日ですの」

「不倫開始のよ」



 私は妹の頬を平手打ちした。

 私の結婚式の翌日に、既に抱き合っていたと言うことね。

 此奴はどうして、いつもいつも。

 私の幸せを壊しに来るのだろう。



「泥棒猫!」

「にゃぉ~♪」


 妹は、猫の鳴き真似をしている。

 馬鹿にするのも、いい加減にしてくださいませ!

 まったく反省の色は見えません。


「フェルト!」


 私は夫の顔を睨んだ。

 夫は、「参ったな」と頬を掻いている。


「お父様もお母様も、証人ですから」

 一年も騙されていたと思うと、吐き気がしてきます。

 間違っても妊娠ではありません。

 こんな夫に尽くしてきたのだと思うと、この一年が無駄な一年だったと落胆いたします。


「フェルト殿、君はリリーが好きなのか?」



 父が静かな声で、夫に問いかけた。

 夫は、明らかに動揺している。

 どこから見ても、挙動不審ですわ。

 伯爵令息なのに、みっともないわね。


「えーっと」


 フェルトは私の顔をチラチラ見ています。

「正直に言ってもよろしくってよ」

 私はもう貴方のことを愛していないので、どうぞ本心を言ってご覧なさい。

「あの、好きです」


 ふふ、ふふふ。

 好きなんですって。

 妻の私よりも、泥棒猫の妹の事が好きなんですって。


「では、このままリリーと結婚しなさい。リリーもいいね?」

「どうしよっかな?」

「考える余地はなし、フェルト殿もいいね」

「はい」


 フェルトが返事をした。

 嬉しそうな顔を見て、蹴りを入れたくなるが、ぐっと堪えた。

 お父様は、先にリリーを落ち着かせることを考えたようですわね。

 このままでは、私の安寧は一生、やっては来ない。

 部屋の机の上には、空の宝石箱があった。

 リリーを見れば、左手の薬指に、美しい指輪をはめている。

 阿呆らしい。

 私への贈り物は、この指輪のオマケにもならない。


「フェルト、私は実家に帰らせていただきます。私の荷物は、明日、取りに戻りますわ。それでは、ごきげんよう」


 私は部屋を出て、階段を降りていく。

 後ろから、両親が付いてきている。

 ホテルのフロントに鍵を返すと、受付にいた男性は、こそっと鍵を片付けて、頭を下げた。

 私は両親と、待たせてあった馬車に乗り込んだ。

 行き先は、勿論、アイドリース伯爵家、私の実家ですわ。


「ニナ、いつもリリーがすまない」

「お父様、もうあの子は、フェルトの妻になるのでしょう。これ以上、私の人生をぐちゃぐちゃにしたりしないことを願っておくわ。フェルトがいながら、不倫をするようなら、修道女にすべきだわ」

「次、不倫をするようなら、伯爵家の恥。必ず、修道女にしてやる。今回の事は、すまなかった」

「いいのよ、お父様が謝ってくれなくても。私も仕事を探すわ。落ち着くまで、邸に住まわせて」

「仕事などしなくてもいいのよ。次の嫁ぎ先を探しましょう」

「お母様、私、結婚は暫くしたくありませんわ」

「可哀想な、ニナ」


 心優しいお母様は、一人で泣いておられる。

 本当は、私も子供みたいに泣きたい気持ちもあったけれど、リリーがはめていた指輪を見たら、全てが阿呆らしくなった。

 私に贈られた指輪よりも、立派な指輪ですもの。

 夫は、私より妹の事を愛していたようですわね。

 私は貴方を少なからず愛していたのよ。


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