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4 色欲は命を削る斧
・・・
しおりを挟む「由美ちゃん、参った。オレ、もう吐きそう」
甘いデートを予想していたのに、由美ちゃんは遊園地で激しくオレを振り回す。
回転、捻り、超高速に超落下・・・。
殺人的兵器に次々と乗り、薫に内臓を激しく突き上げられるときよりも、強烈に内臓を揺さぶられ、めまいと吐き気に襲われていた。
「大丈夫?」
由美ちゃんに肩を抱かれて、ふらふらしているオレって、かなり情けないぞ。
篤が言うように、、オレには由美ちゃんの相手はまだ無理なのかもしれない。
「大丈夫じゃ、・・・ない」
明香里と篤は園内にいると思うが別行動している。
もし、どこかからオレの様子を見ていたら、オレの醜態をあざ笑っていることだろう。
クスクス笑いながら、由美ちゃんは芝生広場の端にオレを連れて行った。
「ベンチでもいいけど、横になれる方がいいよね?」
「うん」
気の利いた由美ちゃんの好意で、オレは芝生の上に倒れこみ、何度か深呼吸を繰り返す。そんなオレを見て、由美ちゃんは「ちょっと待ってて」と、姿を消した。
蒼い草の香りが、少しずつ気分を落ち着かせていく。
見上げると、西の空が茜色に染まってきていた。
(薫、もう帰ったかな?)
すっぽかしたのは、これで二度目だ。
(お仕置きされちゃうのかな?)
薫のことを考えただけで、静かだった胸の中にさざなみが広がる。
胸が苦しくて、息苦しくなる。
薫と触れ合った場所が、寂しがって薫を求めてしまう。
キスしたときみたいに唇が甘く痺れ、薫の熱い楔を欲しがって秘密の場所が甘く疼く。
切なくて、泣きたくなる。
(やっぱり駄目だ)
兄弟愛だと言い聞かせて感情を誤魔化してきたけど、限界だ。表面上は繕えても、心が悲鳴をあげている。
薫に溺れて、満たされない心が浸食されていく。
行き着くところは、破滅しかないのかな?
体をくの字に曲げて、涙をこらえるために、何度か大きく息を吸い込んだ。
不意に冷たいものが額と目を覆った。
とっさにそれを剥ごうとしたとき、由美ちゃんの声がした。
「冷たくて、気持ちいいでしょう?」
顔を覆ったのはハンカチのようだ。
弾ける由美ちゃんの声に、オレはハンカチから手を放し頷いた。
「偶然、養護教諭の園原先生に会って、連れてきちゃった」
「え?」
ハンカチをはずし、起き上がろうとしたが、
「じっと、していなさい」
優しい穏やかな声がして、肩を押さえられた。
「私は君の学校の養護教諭の園原です。心配しないでください」
初めて聞く声だった。
高くも低くもなく。でも、なんとなく耳に心地いい声だった。
園原先生は簡単な自己紹介をして、オレの肩をさすった。
「吐きそう?」
「少し、治まった」
「そうですか」
養護教諭というのは、嘘じゃないみたいだ。
てきぱきと状況を聞きながら、オレの手首を取って脈を調べたりしている。
「休憩もしないで、激しい乗り物に乗り続けるからですよ」
ごもっともな指摘をされて「すみません」と謝ると、園原先生はくすっと笑った。
頭を持ち上げられ、膝枕された。
「少し休んでいたら、よくなりますよ」
優しく髪を撫でられて、鼻の奥がツンとする。
オレって、本当に愛情に飢えている。
思わず泣きそうになったとき、ネクタイが弛められた。
「あ、ちょっと!」
オレは起き上がろうと、ジタバタあがいた。だけど、
「じっとしていなさい。ちょっと弛めるだけだから」
肩をおさえられながら、ボタンが数個外される。
誰かが体に触れる嫌悪と少しの恐怖がオレの中にまだある。それに、ボタンを外されると、見えちゃうから。
生々しいバラ色のキスマークが。
「きゃー、優君、すごい!」
ほら、由美ちゃんが呆れてる。
自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。
こうなったら、開き直るしかない?
オレは園原先生の膝枕に埋没することにした。
ぐりぐりと顔を押し当てて、ちょうどいい角度を取り、寝てしまおうと思った。けれど、頬と耳の下で、むくむくと容積を増していくものに気づいて硬直した。
どうしよう?
もしかしたら、園原先生って危ない人?
声だけ聞くと、とても優しそうな人に思えるけれど、間違いなく男だし。
「あ、あの・・・」
はっきりとした脈動や熱まで、敏感な耳朶が察知してしまって・・・。
「もう、よくなってきました!」
ガバッと起き上がったとき、両肩を掴まれて押さえつけられた。
「ゃっ!ん・・・」
同時に唇に、かみつかれるようなキスをされていた。
頭を左右に振ると、ハンカチが落ちた。
(薫!)
闇の世界に堕ちていく手前のパープルグラデーションを背景に、薫が微かに笑った。
すぐ横で、由美ちゃんが息をのんでいる。
「すごっ、薫先輩」
確かにすごいキスでした。
オレは薫のキスに追い打ちをかけられ、意識を飛ばしかける寸前に、ぎりぎり救い出された。誰にって、篤にだ。
「てめぇ、優に触るな!」
今にも掴みかかりそうな篤を止めているのは、松岡だ。松岡が「いい加減にしないか」と諌めているが、篤は松岡をすっかり無視している。
「なにしに来やがった!」
「重度の健忘症がある恋人を迎えに」
冷ややかに言う薫に、篤の眉は上がる一方だ。
「健忘症だぁ?優を勝手に病人扱いするな!それに恋人を迎えに来るのに、女まで連れてくるな!」
そりゃ、尤もだ。
気力も体力もすっかり尽きかけた重い体を、背後から薫に支えられて、目だけで篤に加勢する。
不安げな明香里が、どうしてここにいるのか分からない明人兄の脇に寄っていく。
明人兄の隣にいるのが、さっきオレの脈をとっていた園原先生なのだろう。
長い髪を背中で一つにまとめた、すらりとして長身の美形だが、松岡のように女性的ってわけでもない。柔らかくほんわりと可愛い印象を受ける優男だ。その背後に静かに立つのが真理だった。
「別に連れてきたわけじゃないんでね」
「じゃ、なんだっていうんだ?俺はお前らがホテルの部屋に入るところまで確認済みだ!」
ほんと篤って勇ましいよ。
普段からマゾだけど、天然のサドである薫に、ビシッと指さして追い込んでいくんだから。しかもお前呼びで。ただ単に、天然の怖いもの知らずなのかもしれないけど。
「ふーん、車の後を馬鹿みたいに走っていたのは、君だったんだ?」
「な、馬鹿だと?」
薫は篤を鼻で笑う。
「ホテルに入ったからって、何か問題でもあるの?」
「問題がないっていうのか?」
顔色ひとつ変えずに、平然と言い放つ薫に、オレはやっぱりショックを受けた。
篤から聞いてはいたが、薫を信じたかった。たとえ、目の前でキス現場を目撃していても。
信じろと言った薫は、やはり嘘つきだ。
松岡の手を振り払って、篤はずんずん薫の前に進み出てくる。
「それに優だって、そこの公園の駐車場で、お前らがキスしているところ、見てたんだ」
薫の腕に一瞬力がこもる。
「・・・」
「別に・・・」
斜め上から痛いほど薫の視線を感じて、オレは身じろいで薫を見上げた。
「別にいいんじゃない?キスくらい」
ねえ?と薫に同意を示すように笑った。
「・・・、前だって、二人でキスしてるところを見たし、今更・・・。それに、付き合っているなら当然じゃん。キスだってエッチだって。オレ、そんなに野暮じゃないよ。詮索なんてしないし、兄貴の交際にいちいち口出しもしない」
敢えて兄貴を強調した。
表面を取り繕うのは簡単だ。
オレは立ち上がると、目の前にいる篤の首に、ぎゅっと腕を巻きつけた。
「それに、キスならオレたちだってしたし」
「え?」
もちろん嘘だ。
「いつ?」
ぼやっと呆ける篤は、本当に嘘がつけない真面目なやつだと思う。
「あっ、やっぱ、あの晩、俺、優と・・・そうだろう?」
篤は探るような眼差しを向けてきた。
「ばーか、いつだっていいんだよ」
ぐっと脇腹に拳をぶつけて「行こう」と篤を誘った。
「デート約束だったもんな」
「お、おう!」
篤はデートと聞いて、途端に顔を真っ赤に染めた。
「明香里と由美ちゃんはどうする?一緒に回る?」
「え?」
明香里と由美ちゃんは二人で顔を見合わせ、首を左右に振った。
「遠慮しておくよ、私たち」
「そう?まだ乗ってないアトラクションあるのに」
残念と、ため息をつくと、
「まだ顔色が悪いし、休んでいた方が」
養護教諭と名乗った園原先生だった。
先生こそ、顔色が悪いよ。
「平気だって、オレたち若いし、先生こそ仕事帰りに遊園地なんてきついんじゃない?真っ青だよ」
真っ青というより、蒼白だった。
園原先生の後ろで背後霊みたいに立つ明人兄が、園原先生の肩に手を置き、首を左右に振った。
ふたりの関係ってなんだろう。
気にはなったが、篤が急かすように腕を引く。
「やったぜ、やっと優とふたりっきり」
すっかりその気になった篤は「早く行こうぜ」と機嫌よくオレの肩を抱いた。
「じゃ、薫もデート頑張ってね」
薫は得意なポーカーフェイスで、まだ芝に座ったままだった。
何も言わない薫に背を向け、数歩歩いた時、
「見せてみろよ」
冷ややかな薫の声がした。
「は?」
そのまま無視してしまおうと思ったのに、篤は立ち止まり振り向いた。
「キスしてみせろよ」
「なっ、薫」
「おっ、晴れてお兄様から許可が出たぞ」
ご満悦な篤が顔を寄せてくるのを片手で塞いで、オレは真っ直ぐ向けられる薫の視線を受け止めた。
「デートならキスくらいできるだろう?」
「・・・薫」
感情を消した冷たい眼差しに、背筋が震える。
好きになればなるほど、気持ちがすれ違うような気がした。
まるで感情が噛み合わない。
薫はそれを望んでいるの?語りかけるように見ているオレに、
「キスしようぜ。そのあと、前みたいにホテルへ行こう。俺と優は晴れて恋人。やったぁー」
謡うように篤は言って、オレの肩を揺さぶる。
「篤、いい加減にしなさい」
たまりかねて松岡が、篤の肩を掴む。
だけど、篤は松岡の手を邪険に振り払った。
「潤も見たいだろう?恋人が裏切るところを」
「篤・・・」
普段陽気な篤の隠された素顔なのか、篤は怖いくらい冷ややかな表情をしていた。
まるで松岡に仕返しするような、そんな顔だった。
「見せてやろうぜ、優」
熊のような巨躯に引き寄せられた。
「篤・・・」
薫よりもひとまわり大きな体に、オレの体はすっぽり包まれてしまう。
意外に抱かれ心地がよかった。
「いいぜ」
虚栄心がオレを強気にさせていた。
もうほとんど日が暮れて、園内もお客が減っている。その上、人気のない芝生広場だ。
オレたちを囲むように立っている面々には見られてしまうけれど、他人の目を気にしなくてもよさそうだ。
篤の顔が近づいてくる。
暗くて、その表情はよくわからなかった。
それでも、薫とは違う輪郭を見たくなくて、オレは目をぎゅっと閉じた。
吐息が唇を掠めたとき、オレと篤は強引に引き剥がされていた。
「意地を張るのはやめなさい」
頭の上で、明人兄が静かに怒った。
「明人兄・・・」
見上げると、コツンと頭をノックされる。
「自分で自分を汚すのはやめなさい。あとで後悔するのは自分だよ」
勢いよく背中を押され、前に出た体を薫が受け止めた。
「薫も変な意地を張らないの。純愛は優が初めてなんだろう?余裕のある顔していると、また後悔するよ」
「兄貴・・・」
ポーカーフェイスを決め込んだ薫の表情に朱が走る。
薄暗くてもオレには、はっきり見えた。
オレたち兄弟の中でしか見せない、幼い表情だ。照れを含んだ、少し拗ねたような顔・・・。
「ごめん」
不安げに謝る薫に、オレは詰め寄っていた。
「ねえ、本当にオレが初めて?」
「ああ」
「本当に?」
オレはギュッと薫に抱きついていた。
「こらこら、薫、嘘はつかないほうがいい」
薫の背後で、明人兄がポンポンと肩を叩く。
「え?・・・嘘?」
嘘と言われたら、抱きついてなんていられない。ぎゅっと抱き寄せてくる薫の胸を押し、間合いを取る。
「余計なことを」
ため息交じりに、薫は明人兄を恨めしげに睨む。
「可愛い優の恋人と認めるには、薫は素行が悪すぎるから、この先、優が泣かないためにも洗いざらい話してもらうよ」
「兄貴・・・」
薫は前髪を掻き上げながら「自業自得か」とため息交じりに呟いている。
「明人兄、洗いざらいってなに?」
すかさず聞き返すと、明人兄は意味深に笑った。そして喧嘩を仕掛けるみたいに、淡々と吹聴する。
「心は優一筋かもしれないけど、彼女はたくさんいたみたいだよ」
大波に足を掬われたようなような感覚だった。意識がどこかに飛んで、反射的に手が動いていた。
気づくと、パチンと頬を打っていた。
(また裏切られた)
「・・・・・・」
「優・・・」
頭が真っ白になり、言葉を失ったオレの肩を、誰かが揺すっている。
「違うんだ、優・・・」
両手で肩を掴まれて、俯いていた顔を上に向けられる。
目の前に薫の顔があって、オレはすぐさま、オレに触れている薫の手を払いのけた。
「自分は浮気もキスも駄目とかいっておいて」
独り言のように呟いて、薫に背を向けた。
「もういい!」
言いながら、帰ろうとした。
二、三歩歩いた時、
「待て、ちゃんと話を聞け!」
肩を掴まれ、振り向かされた。
「話なんて、聞きたくない!」
詮索すれば叱られるし、うまく誤魔化されるなら、何も聞きたくない!
だけど、
「また逃げるの?」
再度、薫に背を向けたとき、嘲るような低い声が、オレの精神を逆なでした。
「逃げる?」
こんなに怒りを薫にぶつけたことがないくらい、薫に対しての怒気を露わにしていた。
「詮索するなって言ったのは薫だろ?」
別人のように凄んでいた。
「優・・・」
「でも、詮索されたくない理由がこれだったなんて、薫って最悪・・・」
「優!」
いつもいい子で嫌われないように自制していたのに。
今は嫌われても構わない。
そりゃ嫌われるのは怖い。だけど、そんなことを考える前に、不完全でもやもやとした不満も苛立ちもぶつけていた。
「くだらん野暮用も、そろそろ落ち着くとか言ってたよね。あれって付き合っている女の人と別れてくるってこと?それで別れ話でごねられれば、キスして、次の約束までしちゃうんだろう?」
「誰とも付き合ってはいない。俺は一度抱いた相手は、二度と抱かない主義だから。それを承知した相手としか、セックスはしない」
パチン!
言葉の前に手が出ていた。
「最低!」
ずっと憧れていた薫が、こんなに軽薄で冷酷なやつだとは思わなかった。
「だから、別れ話でキスなんてしない。そもそも別れ話がどうのこうのいう付き合いなど一度もない」
掌がジンジンして、熱を持っている。
薫の頬もきっとすごく痛いだろう。だけど、薫は表情一つ変えずに、淡々と最後まで話した。
「じゃ、真理さんは特別なんだね」
「なに?」
感情が昂ぶって、オレは薫に対して怒鳴っていた。
薫が微かに眉間に皺を寄せた。
「だから『ありがと、だいすきよ、かおる』なんだ?よーくわかったよ。薫がどんなにモテて最低なヤツか」
薫は明人兄の脇に立つ、明香里をちらっと睨んだ。読唇術を使った明香里を恨むのはお門違いだ。
そんな薫の瞳の動きにも腹が立ってくる。
オレだけみていてよ・・・って思っている自分にも。
いったん流れ出した水が、落下するまで止まらないように、止めどなく辛辣な言葉が溢れ出す。
「でも、真理さんにもバレちゃったね、薫の正体」
薫でも明人兄でも明香里でも、誰でもいいからオレを止めてよ。止めてくれないと『薫なんて大嫌い!もう知らない』と、最悪な言葉まで言ってしまいそうだった。
「ああ、そうか。真理さんは物わかりのいい大人の女だから、詮索なんてしないし、こんな薫も愛せちゃうんだね、薫―――」
パチン!
最悪な言葉を発する前に、止めてくれたのは、鋭いビンタの音だった。
「最低よ、あなた!」
思わず頬を押さえて固まった。
今まで一言も言葉を発しなかった真理さんは、叩いた掌をもう片方の手で押さえて、薫を罵倒した。
痛いはずのないオレの頬までジンジンする。
薫は少し口角が切れたのか、人差し指で口角を拭う。
「心から愛おしいと思える相手には、幸せになってもらいたい。相手の幸せのためなら、自分の幸せを分けてあげたい。あなたが一生懸命、私に伝えてくれたことじゃないかしら?私が反対することで、兄が明人さんとの恋を諦める。明人さんも兄の苦しむ姿を見て、我が身を引く。兄や明人さんの苦しみを、わが身をもって私に教えてくれたあなたが、どうして?」
一気に捲し立てた真理さんは、オレに向き直ると、一度丁寧に頭を下げた。
「私は養護教諭の園原湊の妹で、園原真理です」
「園原先生の妹さん?あっ、オレは佐々木優です。薫とは異父兄弟です」
真理さんは口の中でオレの名前を転がしていたが、異父兄弟と聞き、驚いたような顔をした。
だけど、オレもかなり焦っている。
真理さんが園原先生の妹さんだった、ということもだけど。それ以上に真理さんの話では、明人兄は園原先生と・・・ということになる。そして、薫は、二人を取り持っていた?
「優君が、この先、薫と付き合うのも別れるのも、私には関係ないけど、誤解だけは解きたいの。確かに今日、薫とキスしたわ。だけど、私たちは付き合ってはいない」
「それでいいの?真理さん辛くない?」
でも、それなら、信頼していた薫に裏切られたんじゃないの?
「薫に弄ばれて、体だけの付き合いだなんて、可愛そうだよ」
でも、だからって、オレにはどうしたらいいかわからない。
責任を取ってふたりで付き合えとは、言えない。もしかしたら承知で軽い付き合いなのかもしれないし。これはふたりの間で解決すればいいことだ。
じゃオレは?
薫の中でオレの位置は、どのあたりなんだろう?
堂々巡りだ。
オレは手を伸ばせば触れる距離にいる薫を無言で睨みあげ、すぐ目を逸らした。すると、真理さんがクスッと笑った。
「完全に信用を失ちゃったわね」
「おかげさまで」
薫らしくない投げやりな口調で、薫はついでに大きなため息を漏らした。
「まさか覗かれてるなんて思わなかったから、ちょっとからかっていたのよ」
「え?」
真理さんは「ごめんね」とオレの顔を覗きこんで、さらりと謝った。
「どんなに誘惑しても、なかなか乗ってこないし、どこまでも兄と明人さんの仲介人みたいな薫が憎たらしくて」
「真理さん・・・」
「それに、やっと兄と明人さんの関係を受け入れる覚悟をしたっていうのに、あまりにも嬉しそうだったから、その仕返し込みだったのよ」
真理さんは明人兄と園原先生との関係を、ずっと反対していたそうだ。この学院に入ったのも、園原先生を連れ戻すためだった。ふたりの新居に乗り込み、居座ったがために、明人兄と園原先生は別居を余儀なくされた。園原先生はその心労から、体まで壊してしまい、見かねた薫が仲介に入ったそうだ。ちょうど、オレの出生の秘密を探っていた最中で、協力者である明人兄への謝礼のつもりだったらしい。
「じゃ、ホテルも?」
「兄と明人さんと待ち合わせしていたの。和解記念に一緒に食事でもしようということになって・・・。薫にはデートの約束があるからって、断られたんだけど。この際、薫の恋人を紹介してよって話になったの。約束の場所に優君いないし、探すの苦労したのよ」
苦労したのは、薫だけだけどね―――。
真理さんは悪戯っぽく笑いながらも、誠実に話してくれた。
「そう・・・ですか」
だけど、話を聞き終えたオレは、かなり焦っていた。
だって、オレは普段言わないようなことまで、薫に言ってしまった。また裏切られたと勝手に勘違いして。それに、二発も薫を平手打ちした。まだ掌が熱を持っているくらい、加減なく。
ドキドキして、真理さんの言葉も半分以上聞き取れない。
「でもね、私が兄と明人さんの関係を認めたのは、無視され続けても追い求めて、告白している優君の一生懸命な姿を見たからよ。それと・・・」
真理さんはチラッと薫を見て、微笑んだ。
「優君のお蔭で、嫌な女にならずにすんだわ」
急におとなしくなって、居心地悪そうにしているオレに「ありがとうね」とお礼を言った。
「そんなお礼を言われる筋合いはないです」
オレはぺこっとお辞儀をして「それじゃ」と踵を返した。
嫌いだ!とは言わなかったけど、信じられないという態度は、ずっととってきた。
もちろん薫の素行の悪さは、頭にきたけど、もう薫に合わせる顔がない。
約束もオレが勝手にすっぽかしちゃったんだし。
吹き抜ける風のように、遊園地から立ち去ろうと思ったのに―――。
「まだ、話は終わってない」
容易く薫に捕まってしまった。
「ひっ、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
襟首を掴まれて、子猫のように引っ張り上げられた。
絶対に打たれと思い、オレは咄嗟に頭を抱えたて、謝り続けていた。
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