ずっと抱きしめていたい

４ 色欲は命を削る斧

・・・

 
《あの野郎、ホテルに入っていきやがった》 
　篤から明香里のスマホに連絡があったのは、オレたちが大観覧車の中にいるときだった。 
「ふーん」 
　なんとなく想像でしていたので、もうあまり驚かない。 
　オレのこと簡単に排除しようと思えるほど大人な薫だし『好きだよ』『愛してる』はエッチの最中の甘さを増すためのエッセンスにしか思ってないのかもしれない。 
　オレを引き留めてくれたのも、実の弟が自己崩壊していく様子を、見ていられなくなったから？ 
　複雑な家庭環境が生み出した、捻じれた兄弟愛で、そこに恋人としての愛だの恋だのは存在しない。そう思うとかろうじて自分を保てた。 
　遠くに海が見える。 
　薫と仲直りした海が。 
　だけど、その海は白く霞んで消えてしまいそうだ。 
《俺としては、部屋に踏み込んで、あのすかしたプレーボーイをぶん殴りたいけどいい？》 
　確認を取るために、わざわざ連絡を入れる律儀な篤がかわいくて、オレは笑った。 
「ほっときなよ。篤もおいで、遊園地で遊ぼう」 
《いいのか、優？》 
「あ、来ないなら来ないでいいよ。じゃ」 
　電話を切ろうとすると、篤は慌てて大声で叫ぶ。 
《行く、今すぐ行く》 
　自分に向けられる篤の愛情に救われる。 
　篤はまだ松岡と仲直りしてないのかな？ 
『好き』『愛してる』なんて譫言で言っていたのに。オレたちみたいに、体の関係だけなのかもな。 
「じゃ、観覧車が下に降りるまでに来たら、デートしてやるよ」 
《マジで？》 
「優！」 
　向かい側で明香里が大きな目をして、オレからスマホを取り戻そうとする。 
　その手を軽くはじいた。 
　明香里はやきもきしながら、オレと篤の会話を聞いている。 
「だから、早く来いよ」 
《行く、絶対》 
　篤はもう走っているみたいで、声が弾んでる。 
　薫といると幸せだけど、怖くなる。 
　辛くて、切なくて、不安で胸が苦しくなる。 
　だけど、篤といると気が楽だ。 
　顔色も窺わなくていし、いい子でいる必要がないから。 
　オレはスマホをにぎりしめて、篤を囃し立てていた。