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4   色欲は命を削る斧

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 薫の車は晴れやかな星空のような、ミッドナイトブルーの四輪駆動車だ。 
 車高が高く、見晴らしもいい。なにより我が道を行くをモットーにしている薫には、このどこまでも走れそうな四輪駆動車がとても似合っていた。 
 大学生の分際でとか、資産家の親に買い与えられたとか、世間ではいろいろ言われているみたいだけど、薫がちゃんと自分のお金でこれを買ったことを、オレはよく知っている。 
 とてもオレには真似できないけど、薫は十九歳にしてれっきとした納税者だ。 
 高校生の時に始めたネットビジネスだったが、今ではそこそこ収入を得ているらしい。 
 詳しい仕事内容は、秘密と言うだけで教えてはくれないけど、そんな自立した薫をオレは心から尊敬している。 
「今日は学校じゃないの?」 
 オレはちらっと後部座席を振り返った。 
 後部座席には黒いジャケットとネクタイが無造作に投げ出されている。 
 雑に扱われているが、ブランドものだ。それにラフに着ているラベンダー色のシャツが妙に似合っていて、もともと妖艶な薫をますます妖しくさせている。 
「まるで・・・」 
(デートみたいだ) 
 オレはぐっと言葉を呑み込んだ。 
 さすがに、デート?とは聞けないから。 
「まるで、何?」 
 運転しながら、ちらっと流し見る瞳が艶めかしくて、背筋と下腹部がぞくっとしてしまう。 
「もしかして、仕事?」 
 もぞっとシートの上で身じろいで聞くと、薫は「まさか」と笑った。 
「俺は現場には出ないから」 
「現場って?」 
 もしかしたら、薫の仕事について聞けるチャンスかも? 
 オレは少し身を乗り出して訊き返した。 
「こら」 
 薫の指先が、オレの額をパチンと弾く。 
「痛っ、ひどいよ。いきなり」 
 額を押さえて、ムスッと睨むけれど、薫はすぐに前をむいてしまう。 
「いろいろ詮索しない約束だろ?」 
 ため息まじりに呟き、さらさらの髪を指で掻き上げる。 
 悔しいくらいにかっこよくて、ため息が漏れてしまう。 
 もしかして、この垂れ流しのフェロモンを駆使して、ホストなんてしてたりして。 
 エッチも上手だったしって、オレは薫しか知らないんだけど。 
 かなりきわどい商売だから、誰にも秘密にしているとかね。 
「ちぇー、ケチ」 
 父親違いとはいえ、オレと薫は同じ母親から生まれた兄弟なんだから、もう少し似ていたっていいのに。 
 色白でほっそりとしたわが身が憎い。 
 がっくりとシートに身を沈めると、運転席から腕が伸びてくる。 
 ぽんぽんと頭を叩かれ、顔をあげると、 
「優が想像しているような仕事じゃないよ」 
 薫は笑いながら言った。 
 オレがどんな想像をしていたのか、薫にはわかるのか? 
「・・・」 
 いささか不満。かなり不満! 
 言葉を発したら、薫に対して不平不満が溢れだしそうで押し黙った。 
 もっと信頼してくれてもいいのに。 
 言いようのない寂しさが押し寄せてくる。 
 これ以上触れられていたら、泣き出しそうで、薫の手を虫でも払うように弾いた。 
 そしてオレは流れる景色に目を向けた。 
 すでに学園の近くまで来ていて、いつも通学に使っているバスが横に並ぶ。 
 バスの中からオレに気づいて手を振っているのは、オレが朝食を食べにダイニングに降りて行ったとき「遅いから、おいていくわよ」とさっさと出かけて行った明香里だった。 
 オレも咄嗟に手を振って応えた。 
 相変わらず、明香里の周りには、男子生徒が群がっていて、明香里の視線を追って、まわりの生徒まで、こちらに手を振ってくる。 
 明香里女王様によく躾けられた彼らが、不憫で仕方ない。 
 この学園に来てから一緒に登校している仲間だし、オレは心の中で「ガンバレ」とエールを送りながら、彼らにも手を振った。 
「優!」 
 その手をぐっと引かれ、オレは薫に倒れこんだ。 
「ひゃっ!な、なに?」 
 その拍子に車も大きくハンドルを取られ、左右に揺れた。周りの車に接触しそうになって、背筋がひやっとする。 
「運転中はおとなしくしてくれないと」 
「薫こそ、ちゃんと前を向いて、ハンドルもって運転してよね。まだ初心者マークだろ?」 
 オレの責任みたいに言われて、オレの機嫌はますます斜めに傾きぱなしだ。 
「優も、そういう生意気なこと言うんだ?」 
「え?へっ?」 
 キキッとタイヤが鳴った。 
「ちょっ、薫!」 
 薫は車をスピンさせて、いきなり来賓用の駐車場に入ると、車道ではなく芝の張られた歩道を、車を弾ませながら上がり、そのまま丘をあがっていく。 
「黙って、舌噛むよ」 
 ガタガタ車が揺れて、車体も軋んでギシギシいっている。 
 林の中にフロント部分を突っ込む形で、車が止まった。 
「ちょっと、薫。ここは車駄目だろ?」 
「当然だろう」 
 平然と言いながら、薫はオレの膝の上から鞄を取ると、中を開ける。 
「なに?オレの鞄?」 
 薫はにっと笑うと、小さく「あった」と呟く。 
「この間、いいものもらっただろう?さっそく、使ってみようか?」 
「え?」 
 薫が鞄から取り出したのは、猛さんからもらったチョコレートサイズの箱だ。箱は開封する前に、薫に取り上げられたのに、まさか鞄に入っていたとは思わなかった。 
「それ、なにか知ってるの?」 
「まあね」 
 薫はさっと包みを解くと、蓋を開けた。 
 中には小さなパッケージが並んでいた。 
 その中からひとつを取り出すと、箱を後部座席に投げた。 
「あの、薫?」 
 何するの?と聞く前に、オレの顔が硬直した。 
 慌てて、シートベルトを外し、ドアレバーを引いて逃げようとしたけれど、 
「こら」 
 ガチャンとドアがロックされてしまう。 
 オレは怖々、薫を振り返った。 
「まだ誘う元気があるみたいだし、優の絶倫には呆れるよ」 
「呆れるのはオレの方だよ。なにしてるんだよ?」 
 見ればわかるけど、黙って見過ごすことができない。 
 だって、だって・・・。 
「ん?装着」 
 猛さん、父親だろう?こんなもの寄越すなよ~。 
 思わず泣きたくなる。 
 装着を完了した薫のものは、晴れやかな太陽の日差しを浴びて、凛々しく勃ちあがっていた。 
「やだ!」 
 絶倫なのは薫だよ。オレは誰も誘ってないのに。明香里に手を振りかえしただけなのに~。 
 オレの叫び声をすべて無視して、薫はオレに、容赦のない手を伸ばした。 
「男たちにも手を振っただろう?」 
「え?オレそんなつもりは・・・あっ、ゃぁっ」 
「なくても駄目だ。あいつら、お前に手を振られて大喜びだったじゃないか」 
「見間違いだって!ゃっ・・・」 
 薫の膝に引き寄せられたときには、オレのズボンと下着は片足だけ抜かれて、もう片方の足首に引っかかっていた。 
 制服の上着も左右に開かれ、誰かに見られたら、どうするんだよ?って状態だった。 
 背後にハンドルがあり、身動きもままならなず、逃げるに逃げられない。 
「優も初心者だったよね」 
 そう言いながら、まだ柔らかく内部が溶けてしまいそうなほど濡れている蜜部を、二本の指が開いていく。 
「あっ、やぁん!」 
「初心者はちゃんと前を向いてしがみついていなさい」 
 言いながら、開いた蜜部にゴムを被った薫が埋められていく。 
「苦・・・しい」 
 ついさっきまで薫と繋がっていたのに、挿入の時は裂かれるように痛い。 
「ゆっくり、深呼吸して」 
 オレの背中をさすりながら、呼吸を促す薫も、ちょっと苦しそうで、つい、ぎゅっと薫にしがみついてしまう。 
「薫、かおるっ・・・」 
「優の中は、すぐ俺を忘れちゃうみたいだ」 
 切なく言いながら、少しずつオレの中を薫でいっぱいにしていく。 
「ぁぁ・・・っはぁ。はぁ・・・」 
 横隔膜まで押し上げられているいるみたいで、うまく呼吸ができず喘いでしまう。その隙に、薫はオレの中にすべてをおさめた。 
「優・・・」 
 優しく抱き寄せられ、オレは薫の胸元に頬をうずめた。 
 オレの髪に指を滑らせ、指先で柔らかな感触を味わうと、薫はオレの髪に唇を寄せた。 
「絶対に浮気は駄目だよ」 
 体が馴染むまで、じっと身を固めているオレの耳元で、小さく囁いた。 
「薫っ?」 
「キスも」 
 顔を上げるとクチュっとキスをされた。 
「優のこと大好きだから、俺を信じて」 
 何度も唇を啄みながら囁く薫に、胸がキュンとする。 
「うん、ちゃんと信じてる」 
 オレも薫にキスをした。 
「ちょっと人と会う約束をしているだけだから」 
 わざわざそのことを言うために、立ち入り禁止区域に車で乗り入れ、オレの中に挿入しなくても。薫の過激さに呆れてしまうけれど、なんだか嬉しい。 
「そうだ!」と、何かを思い出したように、薫は座席を倒す。 
「あっ・・・」 
 ぐっと薫が奥をつき、ビクンと体が震える。 
 薫は笑いながら、さっき後部座席に投げた箱を取った。 
 箱を開くと小さくたたんだメモを取り出した。 
「やっぱり」 
 悪戯っぽく笑って、薫がメモを見せてくれる。 
「なに?」 
 メモには変な地図が描かれていた。 
 オレにはさっぱりわからないけれど、薫はにやっと笑った。 
「パパたちが、俺たちに宝物を分けてくれるんだってさ」 
「宝物?」 
 聞き返すと、薫は悪戯っぽく瞳を輝かせた。 
「宝探しに行く?」 
 もちろん「行く」と答えた。 
 薫はオレの腹の中に薫をいっぱいにしたまま「じゃあね」とつぶやくと、視線を宙にあげた。頭の中でスケジュール調整をしているのかな? 
「今日の授業後、駐車場で待っているから、ちゃんと来いよ」 
 前みたいに、すっぽかしたらお仕置きだからなと、身動きひとつせず、オレの額をツンツンと弾く。 
「う、うん」 
 優しくされて嬉しいけれど、体の中に埋め込まれた薫を、包み込むオレの粘膜が物欲しげにうごめく。 
 薫の大きさに慣れた内壁が、新たな刺激がほしくて体を疼かせる。 
「どうしたの?浮かない顔して」 
「ぁっ・・・」 
 瞳を覗き込むように、顔を寄せられて、オレは小さく喘いでしまう。 
 薫が小さく笑った。 
 もしかしたら、焦らされてる? 
 ひょっとしたら、お仕置きなのかな? 
「行きたくないのかなー?」 
「ぁぁっ・・・」 
 言いながら少しだけオレの中をノックする。 
 甘い痺れに、肌が泡立つ。 
 そして、キューンと疼きが全身を駆け巡ると、薫を咥えた蕾もキュッと切なく蠢いてしまう。 
「薫・・・」 
 ぎゅっと締め付けて薫の様子をみると、キスを誘うような、うっとりとした様子で、オレを見ていた。 
 視線が絡む。 
 熱い眼差しに、懐柔されそうになる。―――っていうか、オレの負けだ。 
「ごめん、もう手を振ったりしないから」 
 だから焦らさないでよ~。 
 鼻をぐしゅっとすすって、恨めしそうに薫を見つめるけれど、薫は表情ひとつ変えずにオレを見る。 
 睨めっこや我慢比べじゃないんだから、これ以上、オレを苛めないでよ。 
 オレ、余裕がないからぐれちゃうよ。 
 薫なんか知らない・・・と言って、自分の腰を持ち上げ、薫を取り出し、そっぽを向いちゃえばいいのかもしれないけれど、オレはやっぱり薫が欲しいよ。 
「薫、かおる・・・」 
 欲望に忠実で堪え性のないオレは。薫に抱きつくと、自ら腰を揺らした。 
 くすっと薫が笑う。 
 敗北感に一瞬襲われたけど、すぐにそんな気持ちは消えうせた。 
 だって、薫の表情がうっとりと気持ちよさそうだったから。 
 今回ばかりは、オレが薫を天国まで連れて行ってあげようと思ったんだけど、形勢はまた逆転した。 
「じゃ、お言葉に甘えて」 
「ひゃっ、ぁぁっ」 
 クルリと体の位置を入れ替えると、薫は積極的に動き始めた。 
「気持ちいい?」 
 うっとりとした声で尋ねられ、オレは何度も頷いていた。 
「俺も、・・・最高だよ」 
 幸せそうに微笑む薫を間近で見て、オレは思った。 
 勝ち負けなどなく、こればかりは引き分けだと。 
「もっと気持ちよくして」 
 後で、からかわれても、言わずにいられなかった。 
「大好き、薫」 
「俺も優を大好きだよ」 
 囁き返してくれる薫が、誰よりも大好きだ。 
 
 
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