上 下
25 / 44
4   託された望み

・・・

しおりを挟む

 
 どちらかの両親と別れるとき、いつも身を引き裂かれるように心が痛む。 
 どちらも両親と名乗り、パパ、ママと呼ぶ。 
『お預かりします』と言っているところを、ずっと小さなときに耳にしたこともあった。 
 オレはなんだろう? 
 本当は誰の子なんだろう? 
 万里江さんがオレを抱きしめて、涙を滲ませる。 
「元気でね」「いい子でいるのよ」と、六歳の時から同じ言葉で、オレと別れを惜しむ。 
 それを見て、浅子さんも目にいっぱい涙を浮かべる。 
 オレはどうしていいのか分からなくて、ふたりの間で立ち尽くす。 
 いつもは薫が救い出してくれた。 
 腕に抱き込み『見ちゃだめだよ』って。 
 猛さんと寛さんは強く抱擁している。 
「ごめん」と猛さんが誤った。「仕方ないさ」と寛さんが苦笑を浮かべた。 
 車が到着し、挨拶もさせないまま、オレが帰りたいと言わなかったら、こんなやり取りは目にしなかったかもしれない。 
「優ちゃん、荷物は?」 
 ふたりの母親から逃げ出して、早々に車に乗り込んだオレに、万里江さんが言った。 
「なにも持っていきたくないんだ。ここに置いて行ってもいい?」 
 オレはもう親たちと目が合わせられない。 
 いつものことなので、大人たちは大目に見てくれる。 
「でも、スマホ、あれもいいの?」 
「・・・うん、もういらない」 
「そう、薫・・・寂しがるわね」 
「・・・」 
「早く思い出してあげてね」 
「・・・うん」 
 泣き笑いで告げる万里江さんに、無理やり笑みで応えた。 
 互いに名残惜しげに二手に分かれ、オレの乗った車は動き出した。 
 明香里はいつものように、家政婦の昌代さんにしがみついている。 
 堂坂の豪邸が遠ざかって行く。 
 この瞬間、いつもオレの胸にぽっかりと穴が開く。 
 親に捨てられる。もらわれる。 
 真実など教えてもらえないけれど、六歳の誕生日から、オレの中で渦巻いている。そして、不安や寂寥に呑み込まれて、感情が壊れそうになるのだ。 
 暗闇に浮かぶ一条の光。 
 蜜色の優しい眼差しでオレを照らし、温かな薫風に包み込み救い出してくれたのは薫だった。 
 薫を失った今、オレはひとりでこの重圧に耐えなければならない。 
 今より自分が壊れる予感がした。 
 本当に薫は寂しがってくれるのだろうか? 
 オレがいなくなって、ホッとするほうに、百円・・・って、誰と賭けるんだよ? 
(薫・・・) 
 車はどんどん堂坂の家から遠ざかる。 
(薫はまだ待っているのかな?) 
 遠くにこんもりとした山が見える。点々とお洒落な建物が見える。一か月弱通った学園もだんだん遠くなっていく。 
(最後に勝負くらいすればよかったかな) 
 オレは後部座席に俯せに倒れこんだ。 
 度重なる緊張と疲労で、すぐに瞼が重くなる。 
「優ちゃん、眠るの?」 
 浅子さんが後部座席を振り返った。 
 顔を伏せているので表情はわからないが、オレの様子を窺っている。 
 いつものことなので、オレは顔を上げず返事だけする。 
「うん」 
「寒くないかしら、何かかけましょうか?」 
「いらない」 
「そう?」 
 浅子さんはオレの無愛想な返事に戸惑いながらも、平静を装っている。 
 これも、いつものことだ。 
「・・・ねえ、本当のパパとママは誰?」 
「なに言って・・・。それも忘れちゃったの?」 
「うん」 
「寛さんと私よ。それに、万里江さんに猛さんでしょう?」 
「そう・・・」 
 小さい頃は『優ちゃんにはパパとママがたくさんいていいわね』と、言われ、喜んだ時期もあったが、知りたいのは真実だ。 
「おやすみ」 
「うん」 
 一度だけ、オレの頭に触れ、浅子さんは体を戻した。 
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

ある日、人気俳優の弟になりました。

樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

【完結】もっと、孕ませて

ナツキ
BL
3Pのえちえち話です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

涙は流さないで

水場奨
BL
仕事をしようとドアを開けたら、婚約者が俺の天敵とイタしておるのですが……! もう俺のことは要らないんだよな?と思っていたのに、なんで追いかけてくるんですか!

処理中です...