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2 男のプライドと意地
・・・
しおりを挟む「薫、勝負して」
オレが今すべき事は、薫とコミュニケーションを取ることだ。
「オレが勝ったら、話を聞いて」
チャンスがあれば、話しかけよう。
聞いてもらえそうなら、どんどん話しかけてみよう・・・だ。誤解だってわかれば、きっと元通りになれる。オレはそう信じている。
学校の授業より、まず薫だ。
薫がいなければ、オレがここにいる意味がないんだから。
だから、オレは薫の後をつけまわしている。
「・・・・・・・」
無視されたって構わない。
消えてしまえって言われたわけじゃないから、まだここにいられる。
「薫、どこに行くの?もしかして、スリーオンスリー?いいな、いいな」
「・・・・・・」
初めからうまく事が運ぶなんて思ってない。少しずつでいいから、薫の心を開いていきたい。
「オレもいれてよ、ねぇー薫」
「・・・」
話してくれないだけで、耳は聞こえているんだから、オレの言葉は伝わるはずだ」
「薫、ナイスシュート」
言葉が伝わるなら、心だって・・・きっと。
「かっこよかったよ、薫。やっぱり上手だね」
「・・・・・・」
でも、薫はオレの存在など、ないもののように振る舞う。
「薫、素敵ね」
「真理」
たとえ薫の彼女が薫の隣に立とうと。
親しげに顔寄せ合い、話していようと。
オレの言葉に振り向きもしないのに、彼女には最上級の笑みを向けて、優しく名前を呼ぼうと。
オレは薫に笑顔を向けられる。
「ねえ、今からお願いしてもいい?」
「仕方ないな、真理は」
「やっぱり薫は優しいのね。大好きよ」
「光栄だよ、真理」
目の前で彼女が薫の胸に抱きついていっても、オレは笑顔でいられる。
「薫、オレも薫のことが好き」
「・・・・・・」
どさくさに紛れた告白だったけど、振り向きもしないで、きれいに無視されても。
「しつこいわね、薫が嫌がっているのに、いい加減にしたらどうなの?あたな自分の性別わかってる?薫は男の子なんて好きにならないわよ、あなた頭がおかしいんじゃない?」
「っ・・・・・・」
薫は男の子なんて、好きにならないと言われても、頭がおかしいんじゃないかと言われても。
「好き、オレが男の子でも、薫が好き」
「君ねぇ、人の迷惑を考えたらどうなの?」
「相手になるな、行くぞ」
一度も乗せてもらったことのない薫の車のナビシートに彼女が乗ろうと、オレは・・・。
「ちくしょう・・・オレは泣かない!」
薫の前では絶対に泣かない。
男の意地にかけて。
「・・・あきらめない」
薫の車が出て行った駐車場で、オレは蹲っていた。
「オレ、何やってるんだろう?」
壊れていく自分を感じながら、それを止めることができないでいた。
薫のいない学校にいても仕方がない。
オレは早退し、自宅に戻っていた。
こんな時、干渉してくる両親がいないのは助かる。
だって、オレ、転入してからほとんど授業に出てないから。
今、授業で何を習っているのかすら知らない。
ダイニングと続きになったリビングで、オレは継ぎはぎだらけになったマグカップに水を注ぎいれた。
ジグソーパズルのようになった欠片を接着剤でくっつけ、やっとマグカップの形にしてみたものの、隙間から水がこぼれ、ポトポトと制服にシミを作っていく。
このマグカップは、お正月に薫からもらった黒豚のついたマグカップだ。
引っ越しの日に、崩れた箱から飛び出し、割れてしまった。
コップなら新しいものがいくつも食器棚の中に入っているが、どうしても、このマグカップを手放すことができない。
薫の愛の証。
優しい薫が、オレのために用意してくれた愛情のこもったマグカップだから。手放したら、薫も一緒にいなくなってしまいそうで。
おれは、やっと組み立て終わったマグカップに唇を寄せた。本当の薫とのキスではないけど、こうしているとドキドキする。
「薫、好き・・・あっ」
だけど、薫同様、マグカップもオレには優しくしてくれない。
キスした途端、ピリッと痛みが走り、つーと温かいものが流れる。
指先でぬぐうと、血が指先につく。
いびつな欠片が、唇を傷つけたようだ。
でも、そんなこと構わない。
オレは何度もマグカップにキスをした。
「薫、好きだよ」
このまま繰り返していたら、きっと明日までに心とともに唇も傷だらけになってしまうだろう。
それでも、構わない。
薫に触れたい。
ほんの一瞬でも。
どんなに痛くても。
「優!いるんだろう?夕食の時間はとうに過ぎてるのに、どうして来ないんだ?時間になったら、さっさと来い!どこまで俺に迷惑をかければ気が済むんだ?」
勢いよく扉が開閉されると、いきなり部屋の明かりが点り、オレは眩しさに両手で顔を覆う。
「優!」
もう一度怒鳴られ、オレは飛び上がるように体を起こした。
どうやら、オレはリビングのソファーで眠っていたようだ。
起き上がった肩に手をかけられ、オレは眩しさに片手で目を覆いながら、声の主を振り返った。
「ゆう?」
乱暴だった口調が、戸惑うように震えた。
オレは困惑し、目の前の相貌をじっと見た。
目の前の薫は、険しい表情ではなく、むしろ不安げなそれに変わっていた。儚くて、今にも消えてしまいそうで、
まだ夢を見ているのかもしれないって思ったくらい。
「かおる?」
目の前の薫は、本物なのか、それとも幻影なのかわからず、何度も目を擦り目をこらす。
手を伸ばそうとして、オレはそれをやめた。
触れたら消えてしまいそうで怖かったからだ。
「いったい、どうしたって・・・いうんだ?」
だけど、引っ込めた手を追って、薫の指先が差し出された。
「っ・・・」
ためらいがちに伸ばされた指先が頬に触れ、戸惑うように唇に触れた途端、ぴりっと電流が走り、オレはしっかりと覚醒した。
「ご、ごめん。今すぐ準備する」
一瞬びくんと体を緊張させたオレは、ソファーから立ち上がり、手に持っていたマグカップをダイニングテーブルに置いた。
寝乱れしわしわになった制服をぱんぱんと手で払い、テーブルの上に置いたままになった鍵をポケットに突っ込んだ。
「お待たせ」
振り向きざまに微笑んでみせた。
すると、薫は泣き出しそうな表情で、オレのすぐ後ろに立っていた。
え?と思った刹那、薫の表情は無になり、手がまっすぐ向かってくる。
オレは凍りついた笑顔のまま、薫の手を追っていた。
もしかして、抱き寄せられる?
かすかな期待に胸が高鳴る。だけど、
「こんなもの」
低く呟きながら、薫が手にしたものはオレではなく、オレが今しがた、テーブルに置いたマグカップだった。
「だめっ!」
マグカップを持ったまま、薫はずんずんとキッチンへ入っていく。
薫が向かっているのは、キッチンのごみ箱だ。
割れたマグカップをいつまでも未練たらしく使っているオレに、嫌悪を感じたのかもしれない。
でも、オレにとっては大切なマグカップだ。
このまま捨てられてたまるか!
オレは背後から薫の腕を引っ張り、引き留めると、薫の手からマグカップを取り戻そうとした。
「返せ!」
「捨てるんだ!」
一歩も引かない薫に、オレは腹が立ってくる。
薫がくれたものだけど、今の持ち主はオレなんだ。薫に捨てる権利などないはずだ。
オレも、一歩も引かず、薫に向かっていった。
この勝負、絶対に負けない!
渾身の力を込めて、体当たりした。
長身で鍛え抜かれた薫の体が、冷蔵庫に当たり、大きな冷蔵庫が揺れた。
「あっ」
その時、放物線を描くようにマグカップが宙に浮かんだ。
差し出した、オレの手を掠めることなく、マグカップはフローリングに落下し、ガチャンと叫喚し欠片に戻った。
「そんな・・・」
オレは力尽きたように、その場に座り込むと、砕けた欠片を、ひとつ、もうひとつと拾いだした。
接着剤で繋げれば、もう一度もとの形に戻るかもしれない。
だけど、薫はそれさえ許さず、オレの片腕を掴み引き上げた。
せっかく拾った欠片が床に落ちる。
「食事だ!」
行くぞと、乱暴に手を引かれ、玄関の外に連れ出された。
有無を言わさないその態度に、オレは堪えていた涙が溢れた。
薫は早々に手を放し、また押し黙った。
(もう終わりだ)
振りだしどころか、無にかえったのだ。
オレはもう薫に笑顔どころか言葉もかけることができなかった。
唯一の救いは、夜空に月が出てないことだろう。
薫の表情が見えないのと同様に、オレの泣き顔も薫には見えない。
ほんの数分の距離しかないはずの薫の家までの距離が、永遠のような時間に感じられた。
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