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2   男のプライドと意地

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「帰らない、食事はいらない・・・と言えば」 
「そりゃ、あれしかないでしょう?」 
 緊張で喉がからからになっていたオレは、テーブルの上で握りしめていたオレンジジュースをいっきに飲んだ。 
 鏡張りの室内で、ガラスのテーブルに鼻面を突き合わせているのは、オレと篤、明香里と明香里の親友で、この部屋の提供者である由美ちゃんだ。 
 薫のことでしょげ返っていたオレだったが、さすがにクラスの子たちが開いてくれたオレの歓迎会を辞退するわけにもいかず、流されるように、強引な明香里に引っ張られるような勢いで出席した。 
 一次会は学校近くのファーストフード店で、二次会は近くのカラオケボックスになだれ込み、そして三次会は親がラブホテルを経営しているという明香里の親友の由美ちゃんの誘いでラブホへ。 
 まだアルコールは飲めない未成年者だから、飲み物はノンアルコールのものばかりだ。 
 由美ちゃんもよく友達を誘って部屋で騒ぐらしく、食べ物や飲み物を持ち込んであるらしい。 
 未体験の場所も好奇心が擽られるが、流れているのは音楽ではなく、男の喘ぎ声。 
「ほら、あれ」 
 四面が鏡で囲まれているので、どこを見てもあれが目につき目のやり場に困ってしまう。 
 由美ちゃん愛蔵の無修正男対男のポルノだ。 
 明香里たちに言わせると、かなりソフトなものらしいが、かなり衝撃的だ。 
 モデルのような容姿の青年実業家と普通の高校生が恋に落ちるというストーリー仕立てで。防音設備の整った室内に、鳥肌が立つような甘い囁きや、耳を塞ぎたくなるような喘ぎ声が響いている。 
 男対女の、いかにもという絡みを見せられるのも、明香里や由美ちゃんを前にして困るとしか言いようがないけれど。
 秘密だけど、オレだって薫と男の欲望をぶつけ合って、何度も何度もやったよ。それに、お正月に会ったときは、画面に映っていたように絡んだりもした。ただ、結合まではしなかっただけで。 
 男同士でどうするか・・・なんて、当然知っていたけど、これはキス同様、やっちゃダメなことだ。 
 ふざけた薫に、一度だけ指の先端を入れられたことはあるけど、キス同様、神聖なものだから、互いに言葉にすらしなかった。 
 なにより最後の砦を超えてしまったら、オレたちはどうなるんだろう? 
 オレ自身は、薫となら堕ちるところまで堕ちても構わないと思っている。だけど、現実的に考えたら、男同士の恋愛は不毛だ。 
 おおぴらにできないし、世間の目も冷たい。 
 それに比べて、薫と真理には、なんの障害もない。秘密にする必要もない。 
 きっと今頃は・・・。 
 容易く二人が絡んでいるところが想像できて、胸がきりきり痛くなる・・・。 
 実際、男対男の絡みを見ても、甘い囁きを聞いても、オレと薫の秘密の行為を思い出す前に、二人のを・・・想像しちゃって、すでに苦しくてたまらない。 
「今頃、薫は・・・」 
 うふっと明香里が何かを想像して笑うと、 
「薫先輩なら、私もお相手したい・・・」 
 うっとりと由美ちゃんが夢見るように告げる。 
(オレだって) 
 ヤケ酒のように、オレンジジュースをごくごくと飲み干す。 
「でもさ」 
 大きなため息を、オレンジジュースを飲むことでごまかしているオレに、明香里は新しいジュースをすすめながら言葉を紡ぐ。 
「意外だったよ」 
「そうそう、薫先輩は優君一筋だと思ってたから」 
 明香里と由美ちゃんが言葉のリレーでオレをどん底に突き落とす。 
(オレだって、薫がオレを避けるなんて、思ってもみなかったんだから) 
「いつも優の子供じみた勝負に付き合って、本当に面倒見がよくて」 
「決していやいやじゃない!って言い切れるところが、すごいと思ってたのに」 
「見ている私たちが嫉妬するくらいラブラブでさ」 
「絶対、二人はテキているって思ってたんだよね」 
「そうそう、学校でも公然の秘密だったよね」 
 明香里と由美ちゃんはそろって、「ねー」と小首を傾げる。 
「で、実際、どうだったの?あんなのしてたの?」 
 好奇心に目をぎらぎらさせて、明香里と由美ちゃんは四面に映る映像を示す。 
「え?」 
 気づかないうちに場面が変わり、向かい合った二人の濃厚なキスシーンの映像だった。 
 甘くからみつく舌先が、チロチロと覗き、紅潮した相貌を、とろけそうなほど甘くさせた学生服の美少年が映っていた。 
「キスは、キスなんて、するわけないだろう」 
 期待に瞳を輝かせていた二人は「なぁーんだ」と項垂れる。 
「絶対にデキてるって思ってたのに」 
 残念と言いながら、明香里はお菓子をポリポリと齧った。 
「私ね、薫が浮気したっていうなら、薫のこととっちめてやろうと思ってたんだ」 
 本当に違うのね?と再度確認され、オレは頷いた。 
 キスはしてないけど、エッチはしてました!なんて、言えるわけがない。 
 それに、明香里に薫をとっちめてもらう・・・なんてこと、男として情けないじゃないか! 
「じゃ、優がしょげている原因は、構ってもらえない僻み?」 
 二人は顔を見合わせると、クスクスと笑った。 
「そんなじゃないわ」 
 笑われてムッとし、二人を睨みつける。 
 だけど、その通りなんだ。 
 オレがオレでいられるのは、薫がいるから。薫がいなくなったら、オレはオレでいられなくなる。オレの居場所がなくなっちゃう。 
 わざわざ他人に指摘され、顔面が熱くなる。 
 その表情を見て、二人はぷっと吹き出す。 
 まあまあ落ち着いてと、二人に背中を叩かれ、オレはゴホゴホと咳き込んだ。 
「ねえ、優、知ってる?」 
 明香里は咳き込むオレを覗き込みながらオレの頭を撫でる。 
「なんだよ?」 
 同い年のくせに、昔から姉と名乗る明香里を、オレは睨みあげると、明香里は薫とよく似た相貌を柔らかくさせて微笑んだ。 
「薫はね、優のおねだりに弱いのよ、いつもみたいに勝負だって挑んでみなよ。もしくは薫なんて大嫌いって、言ってごらんよ、絶対、あの鉄仮面はがれるって」 
 私が教えたって、内緒にしてねと補足して。 
「でも、薫は彼女がいて、うっ!」 
 言いかけたオレの言葉を、気合を入れるように、平手でバシッと叩くと、 
「へぇ、優は薫をもう好きじゃないんだ?」 
「え?」 
 好き、大好きだよ。だけど、言ったら、オレと薫の微妙な関係が変わってしまうような気がする。 
「どうせ、まだ言ってないんでしょう?」 
「うっ」 
 明香里はオレの背中を平手で打った。 
 じーんとした痛みが背中に吸い込まれていく。 
「兄弟だって、同性だって、好きになったんなら、好きでいいのよ」 
「そういうもの?」 
「そういうものなの」 
 明香里はオレの額を指先でつつきながら、微笑んだ。 
「これ以上、傷を深める前に諦めるっていうのも手だけど、それって、男らしくないって思わない?」 
「男らしく?」 
「そうだよ、私なんて薫先輩に玉砕よ」 
 由美ちゃんはケラケラと大声で笑った。 
「好きです、付き合ってくださいって言ったら、好きな人がいるからって、即答で失恋よ。もう笑っちゃった」 
 オレはドキドキした。 
 好きな人って、誰? 
 やっぱり、あの真理って女の子? 
「でも、由美は女の中の女!偉いよ、由美」 
 明香里は由美ちゃんに続いて、大声で笑った。 
「でしょ?私は偉いわ!告白したお蔭ですっきり。今は新しい彼とうまくいっているもの」 
 新しい彼? 
 なんて切返しの早いこと。由美ちゃんはすごい。 
 フラれたのにすっきりと笑っている由美ちゃんを目の当たりにして、挫けそうになっていた気持ちがまた膨らんできた。 
 逃げてどうする?玉砕したって悔いが残らないようにしなくちゃ。 
「どうする?諦めちゃう?」 
 明香里はクスクス笑いながら、オレの顔を覗き込んでくる。 
 からかい半分で煽られているのだとは思うけど、それも一理ある。 
 半ば諦めているけれど、首を縦には振れない。まだなにも行動してないんだ。オレが首をちぎれそうなほど、横に振ると、明香里は満足そうに微笑み、 
「私は優の味方だからね」 
「明香里」 
 いつも女王様で、オレのことをペットのように扱う明香里がこれほど、思ってくれているなんて、ちょっと意外だった。 
「早く元気になってくれないと、私が優を構えないのよ。優の困った顔って、可愛くて好きだけど、優が誰かに苛められてるところを見ると、腹が立つのよね」 
「あ、そう」 
 やっぱり、明香里はどこまでも明香里のようで、ほっとする反面、やっぱりこの野郎!って気持ちだった。 
「俺も無性に腹が立つ!」 
 珍しく今まで黙っていた篤が、いきなり低い声を出した。 
「え?」 
 話題はちょっと普通ではなかったかもしれないけど、オレたちは険悪という雰囲気はなかった。むしろ穏やかに笑みを浮かべながら話していたというのに、篤はとても不機嫌だった。 
「やだ、篤、それってビールじゃないの?勝手に冷蔵庫から持ってきちゃダメじゃない!」 
 由美ちゃんが、篤が持っていた缶ビールを取り上げた。 
 気を付けてみると、ビールの缶がいくつか床に並んでいる。 
 お酒を飲み過ぎたのか、目がすわっているし、表情も険しい。 
「篤、どうしたんだよ?」 
 引き気味の明香里と由美ちゃんの代わりに、声をかけると、篤がムスッとオレを睨んだ。 
「俺はあいつきらいらー」 
 興奮した口調で、充血した目をぎらぎらさせて、篤は空になった缶を足で蹴る。 
 ゴロゴロと篤が飲んだビールの缶が転がっていく。 
「あいつって?」 
「あいつは、かおるせんぱい!かおるでじゅうぶんらー」 
 呂律の回らない怪しい口調で、篤はオレの制服の襟首をぐいっと締め付ける。 
「あ、篤、苦しいって」 
 きゃっと明香里と由美ちゃんが立ち上がり、怯えたように二、三歩下がった。 
 二人に目配せすると二人はそろそろと部屋の隅に移動する。 
 女の子に怖い思いをさせるなんて、篤は困ったやつだ。オレは半ば呆れながら、篤の頭を平手で叩いた。 
「目を覚ましやがれ!」 
 すると、篤は一瞬きょとんとすると、今度はわーと泣き出した。 
「どうしたっていうんだよ?」 
 訳が分からないオレは、巨躯の篤を支えて、かなり引き気味だ。 
「それに潤も・・・」 
 潤というのは、篤の兄の松岡のことだ。 
 ぐしゅぐしゅと鼻をすすりながら、篤は「聞いてくれよ~」と情けない声を出す。 
「いや、聞きたくない」 
 きっぱり断ると、篤はエグエグと泣きながら熊のような巨体を屈めて、オレの胸でひとしきり泣いた。 
 
 
 
「美少年狩りが流行っていて危ないから、優は篤と泊まっていきなさい」 
「そうそう、お部屋はずっと使えるから、ごゆっくり」 
 なにが美少年狩りだ! 
 ただ単に酒癖の悪い篤をオレに押し付けただけじゃないか! 
 親切というより、迷惑と、きっちりはっきり言い切れるような好意に、オレは苦笑を浮かべながら「どーも」と言い、明香里と由美ちゃんを見送った。 
 酒癖が悪い篤は、さんざん泣き喚き絡んだ後、今度はご満悦だ。 
 まるで小さな子供に戻ったように、にこにこ甘えて、オレの腕を放さない。 
 このままこの部屋に置き去りにするか、それとも松岡に迎えに来てもらうか考えた。時間を見ると、とうにシンデレラタイムを過ぎていた。仕方なく、オレは明香里たちのいうとおりここへ残り、この巨躯の赤ん坊を寝かしつけることにした。 
 酒を飲んでいることだし、きっと、たぶん、すぐ寝るだろう。 
 と、思ったのだが、 
「ねえ、しよ」 
 巨躯の篤は、目元をゆるめ、オレの肩を抱きよせて、ご機嫌に耳打ちする。 
「はぁー?」 
 オレはどっと疲れて、熊のような巨躯を引きはがす。 
「今晩は、俺、大丈ぉー夫、だよぉー」 
「オレは大丈夫じゃないの!」 
 酔っ払いに何を言っても無駄なのは、わかっているが、言わずにはいられない。 
 篤は大きな猫のようにすり寄ってきては、オレの平手を喜んで受けているのだ。 
 もっと叩いて、構って、構っての篤は、天然のマゾだと思った。 
「やっだぁー、もしかして危険日?」 
 こいつ、オレが誰だか、わかってないんじゃないか?と思いながら、 
「ばーか!何が危険日だ?」 
 また平手を炸裂するが、篤はにまーと笑い、また巨躯をすり寄せてくる。 
「オレは男だ!」 
 勇ましくいうと、篤は「そんなことわかってる」とニコニコ告げる。 
「優がちゃんと男の子だって・・・ね」 
 なんだ、ちゃんとオレだって、わかってるんだ? 
 そう思った瞬間、オレはおもいっきり顔を強張らせた。 
 だって、篤がオレを認識して誘っているってことは、この状況はとても不味いんじゃないか? 
 篤を寝かそうと、室内に備え付けられたバスローブに着替え、早々に電気を落とし、当然、エッチなビデオも消していた。 
 しんと静まりかえった鏡張りの部屋には、互いの呼吸音と衣擦れの音のみが聞こえている。 
 もしかしたら、オレの跳ね上がった心音も響きわたっているかもしれない。 
 沈黙を破ったのは、篤だった。 
「薫先輩とデキてないならいいだろう?」 
 篤はオレの体を拘束して、額に唇を寄せようとする。 
「よくない!オレ、デキてる、薫とデキてる!」 
 再度言って、体を捩じらせると、篤は「うそつき」とオレを詰った。 
「薫先輩には彼女がいるんだろう?」 
 そう言いながら、篤はオレにしがみついてきた。 
 薄布で、篤の熱いほどの体温を感じて、居心地が悪い。 
「篤・・・」 
 酷いことを言う。 
 その体温を拒絶しようとしたら、篤はまた涙声になっていた。 
 どこか投げやりな口調で、 
「フラれた者同士、慰めあうのも一興ってね」 
「篤、失恋したの?」 
 うんと、篤が頷く。 
「あ、でも、オレはしたくないから」 
 今度こそ突き放そうとすると、篤は首を振りながら、「頼む」と言った。 
「体が昂ぶって」 
「あっ」 
 篤はオレの手を掴んで、自分の昂ぶりに手を導いた。 
 熱い勃起にびっくりして手を引こうとするが、篤は手を放さない。 
 それどころか、オレの局部にも触れてきた。 
「優だって、熱くなってきてる」 
「あっ」 
 今度はオレが篤の手を掴んだ。 
 ゆるゆる扱かれると、体が勝手に熱くなってくる。 
「優のこと、ずっと好きだった」 
「え?何言って・・・」 
『好き』と言われ、オレは硬直した。 
 好きの感情は知っている。 
 誰よりも薫を好きな自分を誰よりも知っている。 
 だけど、困る好きもあるんだ。 
「小学生の時から、ずっと憧れていた。綺麗な瞳の色や可愛い唇、透き通るような綺麗な肌・・・」 
「篤・・・」 
 自分の気持ちを聞いてもらえずつらい想いを知っているから、篤の告白を中断させることはできなかった。 
「ずっと触れたくて、でも優は薫先輩のものだって、潤に言われて」 
 篤がバスローブの紐を引っ張った。 
 はらりと素肌が見える。 
(そう、オレは薫のものじゃなかった) 
 告白が切なくて、抵抗できなくなった。 
 暗がりで、篤の顔はぼんやりしている。でも、明らかに薫ではないのに。オレは局部に触れてくる篤の指先に、体を震わせた。 
「薫・・・」 
 小さく呟くと、篤は暗闇の中で苦笑いして、自分のバスローブの紐も引っ張り、下着も脱ぎ捨てた。 
 大きいだけではなく鍛えているのか、逞しい体が露わになる。 
「ひどいな、俺が告白してるのに、他の男の名前を呼ぶなんて。でも、許してあげる」 
 囁いた吐息が唇を擽り、熱く育てられている性器に手が触れたとき、 
「あっ・・・」 
 オレは身震いして、篤の巨躯を突っぱねた。 
『キスは駄目だ』 
 薫の不機嫌な囁きが蘇ったのだ。 
 オレは一生キスができないかもしれない。 
 それに、肌を触れ合わせることも。 
 細かく体が震えていた。 
「わかった、・・・オレがしてやるから・・・」 
 オレは自暴自棄な気持ちになりながら体を起こすと、篤の漲った欲望に手を添えた。 
 
 
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