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25 お茶会
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仕事部屋も片付き、陛下と王妃様の許可も出て、エリナが王宮に通ってきます。
お妃教育の合間を縫って、わたくしは仕事を続けています。
平民街も貴族街もどちらのお店も、化粧品が順調に売り上げを出しています。
そんなある日、エレナが、突然、吐いたのです。
わたくしは心配したのですが、エレナは落ち着いておりました。
「もしかしたら、妊娠かもしれません」と、わたくしに申したのです。
エレナが妊娠しているならば、仕事のことは、また考え直さなければなりません。
在庫を切らさないように、工場の手配はお店の主任に任せました。
そうです。平の従業員の中で、商才のありそうな売り子さんを選んで、責任のある仕事を任せることにしました。
今まで、わたくしが在庫チェックしていた作業を、各お店でしてもらい発注をしてもらっています。
エレナのつわりは酷く、エレナの旦那様の意向で、仕事を退職することになりました。
エレナはわたくしに謝罪をしましたが、お祝い事なので、謝罪をされることではありません。わたくしは、エレナの旦那様の意向を尊重いたしました。
エレナがお嫁に行ってから、こんな日がいつか来るだろうと思っていたので、覚悟はできていました。
わたくしには、側近がいなくなり不安になりましたが、元々、一人で始めたことなので、ゆっくりやればいいと父からも助言されました。
せっかくエレナのことを許してもらえましたが、陛下と王妃様には、エレナはこれから通ってこないことを伝えました。
新商品として、定期的に新色の口紅を販売し、マッサージオイルの香りを増やしています。
期間限定商品なども出して、変化を出しています。
その指示は、研究所の所長と手紙でやりとりしています。
今までは、直接、わたくしが研究所に足を運んでいましたが、それもできなくなり、父が時々、補佐に入って、研究所や工場内を見て歩いてくださっています。
勉強と公務の合間に、専属護衛騎士に付き添ってもらいながら、エステサロンには通っています。
やはり品質の低下は怖いので、手を抜くことはできません。自分の肌で施術を受けて、申し分ないと確認しないと怖いのです。
お茶もきちんと淹れられることも確認します。
ここでも、責任を任せられる者に、在庫の確認と予約の確認の作業をお願いしました。
わたくしの手が足りなくなることは、承知の上ですので、人に任せることをしなければならないと割り切っています。
学校運営は、父が見に行ってくださっています。
順調だと、手紙が届きました。
来年の春に、新しい新人が入ってきます。
最近、お客が増えたので、春までの我慢です。
きちんと施術ができる者がしなければ、信用関係にヒビが入ってしまいます。
王妃様が、お茶会を開くとおっしゃっておられますので、お土産に新作の口紅のお試し版を用意しました。一回分に分けられたパレットです。試供品でたまに化粧水と一緒に付けています。この商品は、実はとても人気があるので、おまけに付けると喜んでもらえます。
色番号が付いているので、お気に入り商品が見つかったら、番号を控えてもらえば、取り寄せもできます。
わたくしの執務室は、イグの執務室の隣です。
化粧品だけの仕事ではなく、最近では、王妃様がお試しで、仕事を回してきます。
王妃様のご実家のあるキルルゴ王国と取引している、穀物や果物などの価格設定や量なども、王妃様が行っているそうです。
商人が直接輸入をしていると思っていましたが、まず、国で契約して、それから商人達に取引してもらうそうです。
価格設定等は国同士で決められるというわけです。
外国からお客を招いたパーティーでは、細かな約束事を話し合う場所となるそうです。
王妃様から教わりましたが、とても駆け引きが難しく、今年からは、わたくしも参加して勉強をするそうです。
まだ婚礼前になりますが、もう婚礼したのも同然と陛下も王妃様もおっしゃります。
いずれ、わたくしの開発した化粧品なども輸出したいと陛下はおっしゃっています。
責任重大です。
お茶会の日が来ました。
わたくしは王妃様と一緒にお茶会が行われるお庭に向かいました。
王妃様は派手やかなドレスに、美しい装飾品を身につけていますが、わたくしは、ドレスは、派手すぎず、地味すぎない物にしました。装飾品は、パーティーの時に身につける物しか持っていないので、なしです。
花が咲いたお庭には、テーブルが出されて、美しいお菓子が並べられています。
「本日はお茶会にようこそおいでくださいました」
王妃様が皆様に声を掛けて、わたくしは丁寧にお辞儀をしました。
王妃様が椅子に座り、その隣の席にわたくしが座りました。
今日のお茶会は、ご婦人とお嬢様もおいでになる。
わたくしが10歳の時に、王妃様に化粧品のことを教わった時と同じスタイルのお茶会です。異国からおいでになった王妃様は、この国の貴婦人と仲良くなるために、時々、こういったお茶会を開催しています。
わたくしは、母が亡くなってからは参加しなくなったものですが、このお茶会のお陰で、今のわたくしがいるのです。
無礼講と言われておりますが、一応、貴婦人なので、最低限の礼儀はございます。
使用人がお茶を並べ始めたときに、一人の令嬢が、涙を浮かべ、綺麗な刺繍の入ったハンカチで、目元を押さえました。
何事かしらと、わたくしも皆様も令嬢をじっと見ています。
「どうなさったの?メアリー」
「王妃様、どうして、私は婚約解消になったのでしょうか?」
え?
婚約解消とは、どういうことかしら?
誰と婚約をなさっていたのでしょうか?
「貴族学校も出てないただの商人ですよね?イグレッシア王子の婚約者は」
わたくしのこと?
学校を出ていないと、やはりこの場には相応しくないの?
婚約者?
メアリー様はイグと婚約をしていたのかしら?
でも、イグは決まった相手はまだいないとおっしゃっていたはずです。
「ずいぶん昔のことですが、メアリーはイグレッシア王子の婚約候補第一位のつもりでしたが、カスカータ侯爵家からは返事もありませんでした。返事がないのが返事だと陛下がおっしゃっておいででした。あのお話は、自然消滅いたしましたわ。なので、イグレッシア王子の婚約者は決まっていませんでしたわ」
「わたくしは、イグレッシア王子の伴侶となるべき者として、家庭教師をたくさん付けて、勉強をして参りましたわ。どうして、未だに商売をしているマリアーノ・クリュシタ伯爵令嬢が婚約者なのですか?マリアーノ・クリュシタ伯爵令嬢は白い結婚詐欺事件で、不名誉になった令嬢ですわ。その様な傷を持った令嬢を、王家が王太子妃にするなんて、この王家の恥ですわ」
王妃様は、落ち着くために、大きく深呼吸をなさった。
貴婦人の中には、口元に扇を広げて、こちらの様子を窺っている者が多くいます。
やはりわたくしは、傷物の婚約者で、イグに不釣り合いみたいです。
胸が痛い。
お母様、助けて。
この場から消えてしまいたい。
大勢の視線が、わたくしをじっと見ています。
皆様の視線が怖い。
「婚約者は、本人の意向を尊重しました。結婚するなら、想い合った者がいいとイグレッシア王子の申し出でございます。その事について、陛下とも相談いたしました」
「イグレッシア王子は、その傷物の商人のどこが気に入ったのでしょう?王妃様が美の称号をお与えになったから、イグレッシア王子の中で、美しい令嬢は傷物の令嬢になったのでは、ありませんか?」
「それはありませんわ」
王妃様は、わたくしを守る言葉を発してくださっています。
それでも、客人は、扇で口元を隠しておられる。
わたくしは、不釣り合いだと思われているのね。
想い合ってはいけない相手だったのね。
どうして、今なの?
互いの思いを、育ててきたのに、どうして、今、反対されるの?
「王家は商人が儲けるお金が目当てではないかしら?化粧品もエステサロンも確かに素晴らしいと思いますけれど、このお金はどこに行くのかしらと思っておりますのよ」
まるで、王家がわたくのお店の資金を目当てに、結婚を許したような言われようだ。
それは違うと、伝えなくてはならない。
陛下や王妃様に迷惑を掛けてしまいます。
「……申し上げます」
わたくしは、声を上げたが、声は震える声しかでなかった。
もっとしっかりと話さなければ、ならないのに、怖くて、声が震える。
皆さんの視線が一斉に、わたくしに向けられます。
「わたくしがお店で稼いだお金は、高価な材料費と今はそこで働く従業員のお給料と研究費に殆ど使われております。研究をして、それを市場に出すまでに、その化粧品が安全かどうかを確かめるために、たくさんの人の肌を実験台にしております。その為に、お金を支払っております。エステサロンは、実家からわたくしに与えられた領地に、学校を作り直し、学校教育をしております。皆様の元に来られるまでに、一年の歳月を掛けて、教育しております。派手やかに見えますが、殆ど経費で消えています。儲けを出そうとしたら、化粧品の価格を上げなくてはならなくなります。それでは、お客様の負担になってしまうので、経費が出るギリギリの値段設定にしております。残った僅かな金額で、わたくしのドレスを作成しております。無駄遣いなど、少しもしておりませんし、この国に迷惑も掛けておりません」
「あら、王太子妃の仕事は誰がしているのかしら?」
「わたくしは、まだ結婚をしておりませんが、王妃様に公務を習い、既に、公務をしております。毎日、お店に出掛けているわけではございません。公務は公務でしております」
わたくしは、深く頭を下げた。
「けれど、マリアーノ殿は、わたくしの侍女も奪ったのよ。わたくしのお気に入りだったのに。王太子妃の座を奪い、侍女も奪ったのよ」
「……」
知らないわよ。
聞いてないわよ。
「メアリー様、お可哀想に」
口々に皆さんが口にする。
けれど、知らないことばかりだ。
「それに、マリアーノ・クリュシタ伯爵令嬢に専属で配置された騎士は、王太子の近衛騎士を目指してきた腕利きの騎士がなっております。その様な立派な騎士を、マリアーノ・クリュシタ伯爵令嬢に配置するなど、王家の損失ですわ」
「……分かりました。わたくしに配置された騎士は、陛下にお伝えして、配属を移動させていただきます。それで構いませんか?」
「ええ、そうね」
メアリー様は満足気な笑顔を向けられております。
「それから、貴族学校さえ、出ていないのに、学力不足ではないかしら?」
「貴族学校に入る時期に白い結婚詐欺事件に巻き込まれ、裁判などありましたので、学校に通うことは叶いませんでしたが、勉学は家庭教師がついておりました。同時に化粧品の研究所も運営しておりましたので、貴族学校は諦めたのでございます」
「貴族なのに、貴族学校さえ出られないなんて、どんな恥知らずでしょうか」
わたくしは、もう言葉に出す勇気も気力を失った。
ここにいるだけで、空気を悪くするだけなら、いない方がマシだ。
わたくしは席を立ち、王妃様に一礼して、その場を辞した。
お庭から、廊下に出て、足早に部屋に向かっていく。
わたくしの後ろから、わたくしの専属護衛騎士が付いてくる。
それさえ、煩わしくて、わたくしは、お行儀が悪いが、廊下を走って自分の部屋に戻った。
部屋に戻ると、「お帰りなさいませ」とネルフが声を掛けてくる。
「ねえ、ネルフ、あなたメアリー様のお気に入りの侍女だったの?」
「いいえ、メアリー様には、五人の侍女がおりました。わたくしは、一番若く、お嬢様に触れることもありませんでしたわ」
「先ほど、メアリー様がお気に入りの侍女をわたくしに奪われたと、皆様の前でおっしゃったのよ?」
「あり得ないわ」
ネルフは口元を手で押さえて、首を仰け反らした。
「ネルフ落ち着きなさい」
メリスは低い声で、姪を窘めた。
「メアリーお嬢様は、マリアーノお嬢様に嫉妬しているだけですわ。お嬢様も心を乱してはなりません」
母の侍女だったメリスの言葉は、母の言葉のように聞こえる。
そうね、感情的になってはいけないわね。
メアリー様は、王太子妃になりたかったのだろう。
イグレッシア王子を好きだったかは、定かではない。
好きだったかもしれないし、政略結婚で、王太子妃の立場を狙っていたのかもしれない。
こんな私的なことを、たくさんの貴婦人が集まったお茶会で言葉にするのは間違っている。
ソファーに座ると、メリスがお茶を淹れてくださいました。
メリスのお茶は、母の味がします。
きっと母がメリスの真似をしたのだと思う。
母の味や香りに宥められて、わたくしは、泣いてしまった。
止めようとしても、涙がこみ上げてくる。
白い結婚詐欺事件は、未だにわたくしを苦しめる。
商売をしている事も悪い事なのだろうか?
美の追究は、諦めた方がいいのだろうか?
メリスとネルフは、静かに席を外してくださいました。
お母様に会いたいわ。
とても寂しい。
お妃教育の合間を縫って、わたくしは仕事を続けています。
平民街も貴族街もどちらのお店も、化粧品が順調に売り上げを出しています。
そんなある日、エレナが、突然、吐いたのです。
わたくしは心配したのですが、エレナは落ち着いておりました。
「もしかしたら、妊娠かもしれません」と、わたくしに申したのです。
エレナが妊娠しているならば、仕事のことは、また考え直さなければなりません。
在庫を切らさないように、工場の手配はお店の主任に任せました。
そうです。平の従業員の中で、商才のありそうな売り子さんを選んで、責任のある仕事を任せることにしました。
今まで、わたくしが在庫チェックしていた作業を、各お店でしてもらい発注をしてもらっています。
エレナのつわりは酷く、エレナの旦那様の意向で、仕事を退職することになりました。
エレナはわたくしに謝罪をしましたが、お祝い事なので、謝罪をされることではありません。わたくしは、エレナの旦那様の意向を尊重いたしました。
エレナがお嫁に行ってから、こんな日がいつか来るだろうと思っていたので、覚悟はできていました。
わたくしには、側近がいなくなり不安になりましたが、元々、一人で始めたことなので、ゆっくりやればいいと父からも助言されました。
せっかくエレナのことを許してもらえましたが、陛下と王妃様には、エレナはこれから通ってこないことを伝えました。
新商品として、定期的に新色の口紅を販売し、マッサージオイルの香りを増やしています。
期間限定商品なども出して、変化を出しています。
その指示は、研究所の所長と手紙でやりとりしています。
今までは、直接、わたくしが研究所に足を運んでいましたが、それもできなくなり、父が時々、補佐に入って、研究所や工場内を見て歩いてくださっています。
勉強と公務の合間に、専属護衛騎士に付き添ってもらいながら、エステサロンには通っています。
やはり品質の低下は怖いので、手を抜くことはできません。自分の肌で施術を受けて、申し分ないと確認しないと怖いのです。
お茶もきちんと淹れられることも確認します。
ここでも、責任を任せられる者に、在庫の確認と予約の確認の作業をお願いしました。
わたくしの手が足りなくなることは、承知の上ですので、人に任せることをしなければならないと割り切っています。
学校運営は、父が見に行ってくださっています。
順調だと、手紙が届きました。
来年の春に、新しい新人が入ってきます。
最近、お客が増えたので、春までの我慢です。
きちんと施術ができる者がしなければ、信用関係にヒビが入ってしまいます。
王妃様が、お茶会を開くとおっしゃっておられますので、お土産に新作の口紅のお試し版を用意しました。一回分に分けられたパレットです。試供品でたまに化粧水と一緒に付けています。この商品は、実はとても人気があるので、おまけに付けると喜んでもらえます。
色番号が付いているので、お気に入り商品が見つかったら、番号を控えてもらえば、取り寄せもできます。
わたくしの執務室は、イグの執務室の隣です。
化粧品だけの仕事ではなく、最近では、王妃様がお試しで、仕事を回してきます。
王妃様のご実家のあるキルルゴ王国と取引している、穀物や果物などの価格設定や量なども、王妃様が行っているそうです。
商人が直接輸入をしていると思っていましたが、まず、国で契約して、それから商人達に取引してもらうそうです。
価格設定等は国同士で決められるというわけです。
外国からお客を招いたパーティーでは、細かな約束事を話し合う場所となるそうです。
王妃様から教わりましたが、とても駆け引きが難しく、今年からは、わたくしも参加して勉強をするそうです。
まだ婚礼前になりますが、もう婚礼したのも同然と陛下も王妃様もおっしゃります。
いずれ、わたくしの開発した化粧品なども輸出したいと陛下はおっしゃっています。
責任重大です。
お茶会の日が来ました。
わたくしは王妃様と一緒にお茶会が行われるお庭に向かいました。
王妃様は派手やかなドレスに、美しい装飾品を身につけていますが、わたくしは、ドレスは、派手すぎず、地味すぎない物にしました。装飾品は、パーティーの時に身につける物しか持っていないので、なしです。
花が咲いたお庭には、テーブルが出されて、美しいお菓子が並べられています。
「本日はお茶会にようこそおいでくださいました」
王妃様が皆様に声を掛けて、わたくしは丁寧にお辞儀をしました。
王妃様が椅子に座り、その隣の席にわたくしが座りました。
今日のお茶会は、ご婦人とお嬢様もおいでになる。
わたくしが10歳の時に、王妃様に化粧品のことを教わった時と同じスタイルのお茶会です。異国からおいでになった王妃様は、この国の貴婦人と仲良くなるために、時々、こういったお茶会を開催しています。
わたくしは、母が亡くなってからは参加しなくなったものですが、このお茶会のお陰で、今のわたくしがいるのです。
無礼講と言われておりますが、一応、貴婦人なので、最低限の礼儀はございます。
使用人がお茶を並べ始めたときに、一人の令嬢が、涙を浮かべ、綺麗な刺繍の入ったハンカチで、目元を押さえました。
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「王妃様、どうして、私は婚約解消になったのでしょうか?」
え?
婚約解消とは、どういうことかしら?
誰と婚約をなさっていたのでしょうか?
「貴族学校も出てないただの商人ですよね?イグレッシア王子の婚約者は」
わたくしのこと?
学校を出ていないと、やはりこの場には相応しくないの?
婚約者?
メアリー様はイグと婚約をしていたのかしら?
でも、イグは決まった相手はまだいないとおっしゃっていたはずです。
「ずいぶん昔のことですが、メアリーはイグレッシア王子の婚約候補第一位のつもりでしたが、カスカータ侯爵家からは返事もありませんでした。返事がないのが返事だと陛下がおっしゃっておいででした。あのお話は、自然消滅いたしましたわ。なので、イグレッシア王子の婚約者は決まっていませんでしたわ」
「わたくしは、イグレッシア王子の伴侶となるべき者として、家庭教師をたくさん付けて、勉強をして参りましたわ。どうして、未だに商売をしているマリアーノ・クリュシタ伯爵令嬢が婚約者なのですか?マリアーノ・クリュシタ伯爵令嬢は白い結婚詐欺事件で、不名誉になった令嬢ですわ。その様な傷を持った令嬢を、王家が王太子妃にするなんて、この王家の恥ですわ」
王妃様は、落ち着くために、大きく深呼吸をなさった。
貴婦人の中には、口元に扇を広げて、こちらの様子を窺っている者が多くいます。
やはりわたくしは、傷物の婚約者で、イグに不釣り合いみたいです。
胸が痛い。
お母様、助けて。
この場から消えてしまいたい。
大勢の視線が、わたくしをじっと見ています。
皆様の視線が怖い。
「婚約者は、本人の意向を尊重しました。結婚するなら、想い合った者がいいとイグレッシア王子の申し出でございます。その事について、陛下とも相談いたしました」
「イグレッシア王子は、その傷物の商人のどこが気に入ったのでしょう?王妃様が美の称号をお与えになったから、イグレッシア王子の中で、美しい令嬢は傷物の令嬢になったのでは、ありませんか?」
「それはありませんわ」
王妃様は、わたくしを守る言葉を発してくださっています。
それでも、客人は、扇で口元を隠しておられる。
わたくしは、不釣り合いだと思われているのね。
想い合ってはいけない相手だったのね。
どうして、今なの?
互いの思いを、育ててきたのに、どうして、今、反対されるの?
「王家は商人が儲けるお金が目当てではないかしら?化粧品もエステサロンも確かに素晴らしいと思いますけれど、このお金はどこに行くのかしらと思っておりますのよ」
まるで、王家がわたくのお店の資金を目当てに、結婚を許したような言われようだ。
それは違うと、伝えなくてはならない。
陛下や王妃様に迷惑を掛けてしまいます。
「……申し上げます」
わたくしは、声を上げたが、声は震える声しかでなかった。
もっとしっかりと話さなければ、ならないのに、怖くて、声が震える。
皆さんの視線が一斉に、わたくしに向けられます。
「わたくしがお店で稼いだお金は、高価な材料費と今はそこで働く従業員のお給料と研究費に殆ど使われております。研究をして、それを市場に出すまでに、その化粧品が安全かどうかを確かめるために、たくさんの人の肌を実験台にしております。その為に、お金を支払っております。エステサロンは、実家からわたくしに与えられた領地に、学校を作り直し、学校教育をしております。皆様の元に来られるまでに、一年の歳月を掛けて、教育しております。派手やかに見えますが、殆ど経費で消えています。儲けを出そうとしたら、化粧品の価格を上げなくてはならなくなります。それでは、お客様の負担になってしまうので、経費が出るギリギリの値段設定にしております。残った僅かな金額で、わたくしのドレスを作成しております。無駄遣いなど、少しもしておりませんし、この国に迷惑も掛けておりません」
「あら、王太子妃の仕事は誰がしているのかしら?」
「わたくしは、まだ結婚をしておりませんが、王妃様に公務を習い、既に、公務をしております。毎日、お店に出掛けているわけではございません。公務は公務でしております」
わたくしは、深く頭を下げた。
「けれど、マリアーノ殿は、わたくしの侍女も奪ったのよ。わたくしのお気に入りだったのに。王太子妃の座を奪い、侍女も奪ったのよ」
「……」
知らないわよ。
聞いてないわよ。
「メアリー様、お可哀想に」
口々に皆さんが口にする。
けれど、知らないことばかりだ。
「それに、マリアーノ・クリュシタ伯爵令嬢に専属で配置された騎士は、王太子の近衛騎士を目指してきた腕利きの騎士がなっております。その様な立派な騎士を、マリアーノ・クリュシタ伯爵令嬢に配置するなど、王家の損失ですわ」
「……分かりました。わたくしに配置された騎士は、陛下にお伝えして、配属を移動させていただきます。それで構いませんか?」
「ええ、そうね」
メアリー様は満足気な笑顔を向けられております。
「それから、貴族学校さえ、出ていないのに、学力不足ではないかしら?」
「貴族学校に入る時期に白い結婚詐欺事件に巻き込まれ、裁判などありましたので、学校に通うことは叶いませんでしたが、勉学は家庭教師がついておりました。同時に化粧品の研究所も運営しておりましたので、貴族学校は諦めたのでございます」
「貴族なのに、貴族学校さえ出られないなんて、どんな恥知らずでしょうか」
わたくしは、もう言葉に出す勇気も気力を失った。
ここにいるだけで、空気を悪くするだけなら、いない方がマシだ。
わたくしは席を立ち、王妃様に一礼して、その場を辞した。
お庭から、廊下に出て、足早に部屋に向かっていく。
わたくしの後ろから、わたくしの専属護衛騎士が付いてくる。
それさえ、煩わしくて、わたくしは、お行儀が悪いが、廊下を走って自分の部屋に戻った。
部屋に戻ると、「お帰りなさいませ」とネルフが声を掛けてくる。
「ねえ、ネルフ、あなたメアリー様のお気に入りの侍女だったの?」
「いいえ、メアリー様には、五人の侍女がおりました。わたくしは、一番若く、お嬢様に触れることもありませんでしたわ」
「先ほど、メアリー様がお気に入りの侍女をわたくしに奪われたと、皆様の前でおっしゃったのよ?」
「あり得ないわ」
ネルフは口元を手で押さえて、首を仰け反らした。
「ネルフ落ち着きなさい」
メリスは低い声で、姪を窘めた。
「メアリーお嬢様は、マリアーノお嬢様に嫉妬しているだけですわ。お嬢様も心を乱してはなりません」
母の侍女だったメリスの言葉は、母の言葉のように聞こえる。
そうね、感情的になってはいけないわね。
メアリー様は、王太子妃になりたかったのだろう。
イグレッシア王子を好きだったかは、定かではない。
好きだったかもしれないし、政略結婚で、王太子妃の立場を狙っていたのかもしれない。
こんな私的なことを、たくさんの貴婦人が集まったお茶会で言葉にするのは間違っている。
ソファーに座ると、メリスがお茶を淹れてくださいました。
メリスのお茶は、母の味がします。
きっと母がメリスの真似をしたのだと思う。
母の味や香りに宥められて、わたくしは、泣いてしまった。
止めようとしても、涙がこみ上げてくる。
白い結婚詐欺事件は、未だにわたくしを苦しめる。
商売をしている事も悪い事なのだろうか?
美の追究は、諦めた方がいいのだろうか?
メリスとネルフは、静かに席を外してくださいました。
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とても寂しい。
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