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16   愛はどこに?

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 お茶会の約束の翌日から、毎日、イグレッシア王子から手紙とお花が一輪届くようになった。


『お茶会の日、僕はどうして君を一人にしてしまったのだろう。どうか許して欲しい。本当に愛しているのは、マリアだけだ』


 手紙を読んで、引き出しに片付ける。

 クリマは追い出して、もうここにはいない。

 どこに行ったのかも知らない。

 新しい侍女は見つからない。

 クリマがいるより、仕事は捗る。

 エステに通うのを週に3日に変更した。

 一人ずつ、施術がきちんとできるのか確認したかった。

 おかしかったのは、クリマだけのようだ。

 他の女の子は、きちんと施術ができるし、美味しいお茶も淹れられる。

 安心して、お店を続けられる。

 お父様が訪ねてきた。


「マリア、クリマが粗相したようですまなかった。王家からも手紙が届いた。イグレッシア王子と会っていないそうだな」

「ええ、イグレッシア王子は、わたくしよりもクリマが好きなようよ。クリマが王宮に無理矢理付いてきたとき、ずっと学校での話で盛り上がって、私が帰ったことも気づかなかったみたいだし。本当の愛情が分からなくなってきたの。わたくし、イグレッシア王子を好きになっていたの。愛しているかもしれないと思っていたのに、目の前でわたくし以外の女性と夢中で話をしているんですもの。愛情を疑ってもおかしくはないわ」

「イグレッシア王子は適齢期だ。いいのか?他の誰かと結婚するかもしれないよ?」

「そうしたら、したがないわ。わたくしのことを本気で好きではなかったのだと諦めるわ」

「諦められるのか?」

「元々、白い結婚をしたわたくしには、いい縁談など来ないはずよ。わたくしも無理に結婚をしたくないの。殿方は心変わりをするのよ。お父様みたいにお母様だけを愛してくださる殿方なんて、そんなにいないのよ」


 わたくしは、部屋に置いてある茶器で、お茶を淹れ始めた。

 部屋の中がいい香りに包まれる。


「エリナが羨ましいわ。優しい殿方に巡り会えて。わたくしは、外ればかりだわ」


 涙が零れる。

 最初の白い結婚がなければ、わたくしも男性を好きになれたかもしれない。

 学校に通って、同じ世代の子達とも仲良くなり、友達作りや恋をしたかもしれない。

 けれど、その貴重な時間は、白い結婚やその裁判や化粧品の研究で消えた。


「男運が悪いのね」


 きっとそうだ。

 わたくしは、ハンカチで涙を拭う。

 他に涙を拭ってくれる人はいない。

 立って泣いていると、お父様は部屋から出て行った。

 不意に肩を抱かれて、それが誰か分からずに拒んだ。


「マリア、ごめん。こんなに心を傷つけてしまって」

「どうしてここにいるの?」


 わたくしの肩を抱いたのは、イグレッシア王子だった。

 今日、会う約束などしてはいない。

 だって、ずっと手紙の返事も書いてないのよ。


「マリアの父君に頼んだ。どうしても、マリアの心の裡を知りたかった。覗きをするような真似をして、すまない。でも、このまま別れるのは、どうしても嫌だった。あの日、クリマが現れたのは、本当にビックリした。でも、僕は特に学校でクリマと仲がよかったわけでもなかった。

途中で、マリアに話しかけようとすると、新しく話題を振られて、視界も遮られていた。気づいたら、マリアがいなかった。

クリマを放置して、すぐにマリアを追いかけようとした。けれど、馬車にあの子が乗り込んできたんだ。女の子を連れて行くのは、さすがに、礼儀がない。だから、別々の馬車を手配して向かった。

僕が面会を頼んでいるのに、あの子は一人で邸の中に入っていった。はっきり言って、あの子が何を考えているのか理解ができなかった。僕はずっと邸の前で待っていた。

あの子は邸を追い出された。マリアの悪口をいっぱい口にしていた。気分が悪くなるほど、纏わり付かれた。婚約者を亡くしたから、可哀想だとは思っていたが、それすら美談に仕立てて、自分が可哀想な子を演じている姿に辟易した。

あの子が纏わり付くから、マリアに面会も申し込めなかった。僕にできることは、あの子をマリアの家の前から退けることだと思った。

だから、あの子を連れて、辻馬車のある場所まで送った。あの子には、どうやら、戻る家はないようだった。僕は持ち合わせのお金を渡して、あの子から離れた。デート資金がなくなって、僕は王宮に戻るしかなかった。

翌朝から、早朝に温室で花を切って、訪ねることを始めたけれど、マリアはもう会ってはくれなくなった。

僕たちの間に、愛は育ち始めていると思っていた。僕が少しよそを向いた。それは、マリアへの裏切りだ。それを謝罪したかった。

今でも僕はマリアを好きだ。愛している。外ればかりとか男運が悪いなんて、そんな言葉で片付けないで欲しい。僕は、生涯、マリアだけ愛すると決めている。結婚できなかったら、王太子を弟に譲って、マリアが許してくれるまで、一人で生きていくよ」


 涙が流れる。


 その涙をハンカチで拭こうとしたら、イグレッシア王子がハンカチで拭ってくれた。

 背中に腕を回されて、わたくしの泣き顔は、イグの胸に隠された。

 わたくしは、ずいぶん泣いていた。

 ずっと我慢してきたから、涙が止まらない。

 イグは宥めるように、優しく背中を撫でてくれる。

 涙が止まっても、ずっと抱きしめていてくれる。

 紅茶のいい香りは、もうしない。

 冷めて、香りも飛んでしまったのだろう。

 そっと胸を押すと、拘束はすぐに解けた。


「マリア、仲直りして欲しい。もうよそ見はしない」

「形だけの結婚はしたくないの」

「分かっている。僕はマリアだけだ」


 わたくしは、頷いた。

 頑なに拒み続けてもいいとは思わない。

 わたくしも、イグを好きになっている。裏切りにあったと思って悲しかった。

 あの、クリマの言うことは全て、狂っていた。信じられるのは、クリマの言葉よりイグの言葉だ。

 少し、素直になってみた。


「わたくしもごめんなさい。話し合いをすべきだったと思ったけれど、怖かったの」

「仲直りしてくれるよね?」


 イグは手を前に出した。きっと握手だ。


「仲直りしましょう」


 わたくしは、その手を握った。握った手が一瞬離されて、指が絡まるほどしっかり結ばれた。


「愛している」

「わたくしも愛しています」


 初めて、心の中の素直な気持ちを告げられた。

 そっと唇に唇が重なった。

 触れるだけのキスだ。

 ゆっくり唇が離れていき、わたくしは手を繋いだまま、片手で抱きしめられた。


「結婚して欲しい」

「はい、もう不安にさせないで」

「その約束必ず守る」


 イグは誓うように、再びわたくしに接吻した。


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