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第一章

9   紅茶

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 アウローラのいない日は、たった一日だけだった。


「シェル様、この間は、ごめんなさい。熱いお茶がいけなかったのよ。冷まして持ってきてくれれば、火傷はしなかったはずよ」


 犯人はリリアンだと言わんばかりの攻撃が始まった。


「お茶は熱いものだろう」


 兄が呆れたように、口にするが、殿下はアウローラにしがみつかれて、なにも口にしない。


「殿下、ご気分が優れませんか?」


 兄が声をかけると、ハッとしたように顔を上げる。


「身動きしたら、お茶がこぼれるのかと思うと動けなくてね」

「大丈夫よ、アウローラはもう無茶な動きはしません。シェル様を傷つけたりしません。熱いお茶を出さなければ安心なのです」


 リリアンはミニキッチンで茶葉の片付けをして、食器棚に鍵をかけた。


「後で片付けに来ますので、そのままでお帰りください。お先に失礼します」


 アウローラは朝から何度も熱いお茶を淹れたリリアンが悪いと繰り返している。

 お茶は熱いものなのに。

 アイスティーでも作れるように冷蔵庫を買ってもらったが、殿下は温かいお茶が好きなので、殿下の好みで出している。

 テーブルの周りで子供のように動くアウローラが気をつければ防げた事故なのに、今ではリリアンが殿下に怪我をさせたと、クラスでも言いまくり、リリアンは肩身の狭い思いをしている。

 教室でこそこそ話されると、居場所がない。

 前世では、こんな場面はなかったわ。

 それでもここで腹を立てて、アウローラを責め立てれば前世と同じループに入って行きそうで、リリアンは口を閉ざしている。

 授業間際になるとアウローラが戻ってきて、またリリアンが熱いお茶を出して、殿下を危険に晒したと言いふらしている。

 リリアンは席を立ち、教室を出て行った。

 同じ空気を吸うだけでも、息が詰まる。

 生徒会室に入り、テーブルの上に置かれたカップを片付け始める。ゆっくりトレーにカップを置き、茶菓子用のお洒落なお皿を重ね、ミニキッチンに運ぶ。

 運んできたものをシンクに降ろして、トレーを片付け、食器を洗って片付けていく。

 テーブルも拭いて綺麗にしたところで、リリアンは自分のために紅茶を淹れる。

 とても疲れていた。

 香りを楽しみ、口を潤す。


 ……悪夢を思い出す。


 問題は秋祭りに粗相をしないようにしなければ、どうにか挽回できるだろうか?

 紅茶が熱いのが普通だと思ってくれる人が、どれくらいいるだろう?


(クラスのみんながアウローラの味方だったら、秋祭りも出づらい。学校中でわたくしが悪者だと言いふらしていたら、どんな顔で秋祭りに出たらいいのかしら?)


 今でも居場所がなくて、隠れるように教室を出てきて生徒会室にいる。

 殿下を好きになった気持ちが、風船の空気が抜けるように萎んでいく……。


(どうして殿下はわたくしの味方をしてくれないのだろう。味方になってくれないなら、婚約解消をしてくれたらいいと思う。
 期待を持たせるような言葉もわたくしを傷つけるだけなのに、気付いてはくれないのね……?)


 あ、そうか!



 明日からお茶を淹れなきゃいいのか!……と思い浮かぶ。

 ……この部屋にも寄りつかなければ、不快な思いも寂しい想いもせずにすむ。

 パッと目の前が開けたようになった。

 お兄様には不便をかけるが、命の危機がかかっている。











・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ホラーに応募したいと書き直しをしたのですが、どうやら、一度、投稿した物は変更できないようなので、ファンタジーとして適応されるようです。
取り敢えず、最後まで準備ができたら、解放します。
ホラー要素が強くなりすぎるので、ソフトにしてラストは同じにします。



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