綾月百花   

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 その頃、葵は、老婆の荷物を持ってあげて、手を引いていた。

 早く出たから時間に余裕があった。

 柊に早く電車に乗るように言われたが、駅の近くで、歩けなくなっていた老婆を放っておけなかった。



「次の電車に乗れるわ」


「すまないね」


「いいのよ。今日は早く出てきたのよ。会社には遅れないわ」




 駅の構内に入って、老婆の代わりに切符を買ってあげて、手を引いて歩いて行く。

 乗るはずだった電車は出てしまった。

 老婆の手を引き、ゆっくり階段を上っていく。

 鞄の中で電話が鳴っていたが、老婆の荷物が嵩張って、出ることができない。

 ゆっくり、ゆっくり階段を上っていく。

 苦しげな老婆を励ましながら、やっと階段を上りきった。



「列に並びましょう」


「ありがとうね」


「いいえ」



 葵は電車に乗るための列に並んだ。

 電車が走ってきた。

 扉が開いて、乗っていた人が降りて、次に電車に乗る列が進む。

 葵は老婆の手を引き、一緒に前に進む。

 その時、「葵、乗るな!」と柊の声がした。



「柊」

「退け」

 後ろにいた人が抜かしていく。

「乗らないと遅刻しちゃう」

「その電車は乗っちゃ駄目だ」



 柊は葵の手を握った。

 葵は必死な顔の柊の顔を見て、溜息を零した。

 怒ったかもしれない。

 怒っても、この手を離さない。



「おばあちゃん、ごめんね。次の電車にしましょう」

「わしは、この電車に乗るよ」



 老婆は電車に乗った。

 椅子を見つけて、そこに移動して座った。



「柊、どうしたの?柊も遅刻しちゃうでしょう?」



 俺は葵を抱きしめた。

 救えた。




「電車は事故で止まる。ここを出よう」

「何言っているの?」

「いいから」

「おばあさんを途中まで送っていくのよ」



 ふと老婆が座った椅子を見ると、老婆の姿は消えていた。

 葵が持っていた老婆の荷物も消えている。





『死神よ』




『声』が言った。

 背筋が震える。




「葵、行こう。ここも安全じゃない」


 柊は葵の手を引いた。


「今日は休もう」

「何言っているの?」

「休もう」

「仕事は簡単に休めないわ」

「頼む」

 葵は折れてくれない。

 そんな葵に、柊は頭を下げ続けた。


 駅で列車の事故の放送を聞いた葵は、蒼白な顔をしていた。


「ねえ、もしかして、事故が起きるって知っていたの?」


 柊は頷いた。


「どうして、知っていたの?」


 柊は上手く説明できなかった。


「今日は帰ろう」

「仕事に行かないと。私、タクシーで行くわ」



 葵は、柊を置き去りにして、駅から駆けていった。

『声』はしなかった。



 死神に葵は狙われているのか?

 守ったから安全なのか?

 一生懸命に聞くが、『声』は聞こえない。

 聞こえないから、安全なのか?

 今まで、警告を守れば、『声』はしなくなった。

 きっと安全なのだろう。




『声』に耳を傾けながら、これからも生きていくだろう。

 一度目は柊の命を守り、今度は、彼女の命を守った。

 二年、同棲をして、葵の命を守った後に、結婚を申し込んだ。けれど、葵から別れたいと言われた。

 柊の不思議な力が、気持ちが悪いと言われた。

 ショックだった。

 それに、同じ会社に好きになった人がいると言われた。

 ダブルパンチだ。

 自分は救っただけなのに。

 準備していた指輪は無駄になってしまった。

 一生、守っていこうと思っていたのに柊の気持ちは届かなかった。

 悲しくて、準備していた指輪をリサイクル店に売った。

 高かったのに、二束三文だった。

 葵との生活も、この指輪と同じだったのかもしれない。

 柊は葵との生活に終止符を打った。

 葵はマンションから出て行った。

 それから、一週間後に葵の友人から連絡をもらった。

 葵が死んだと言う。

 死神は諦めてはいなかったのだろう。

 葵は柊という守り神を捨てて、死神の元に行ってしまった。


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