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セカンドシーズン

4   授かり物

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 お爺ちゃんが帰ってきて、千葉のご両親とお兄さん達を招待してお披露目会をした後に、大地君の釣り仲間を招待した。
 広いと思っていたリビングは、とても狭く感じた。
 釣り仲間達は大量のお寿司を買ってきて、それをみんなで食べて解散した。

「いい家が建った」と大喜びだった。

 騒がず、短時間で解散した老人達は、これから皆で旅行に行くと言っていた。
 社長も混ざっていたから、「来週は社長は休みだな」と大地君が、ぽつりと零していた。
 思った通り、社長は大地君に仕事を押しつけ1週間ほど休んだらしい。
 社長は大地君に社長を譲る気でいるので、時々、サボる。
 大地君は社長秘書の真下さんにしごかれている。
 高級なスーツ姿も見慣れて、大地君の格好良さは上昇気味だ。
 わたしと結婚している事を知っても、まだ大地君を諦めていない子がたくさんいる。
 お昼ご飯の時間に、大地君はお弁当を抱えて営業部に必ず降りてくる。
 わたしも大地君と一緒にお昼ご飯を食べられて、嬉しい。
 お弁当には、甘い卵焼きとオレンジは必ず入っている。

「やっぱり大地君のお弁当は、美味しい」
「そうだろうとも。最近は、花菜ちゃんのご飯も美味しくなってきたけれど」
「大地君の作った手巻き寿司とラーメンが食べたいな。あとね、サーモンのバター焼き。できたてのふんわりした味が癖になるのよね」
「俺はベーカリーで焼かれた、朝食が最高に美味しい。ハムエッグ上手くなったよな?フルーツ入りのヨーグルトも美味しい」
「パンは焼きたてだから、余計に美味しいのよね?」

 夜仕込んで、タイマーで焼きたてのパンが焼けるようにしている。
 ふわふわで、本当はスープもつけたいけれど、お弁当を作る大地君の邪魔はできない。

「午後からの予定は?」
「商談が一つよ。しっかり取ってくるわ」
「これは逞しい」

 二人で一組の体勢を取って忙しくなったが、わたしはボディガードが付いたようで、安心して営業に集中できる。ただ相棒が、少々仕事の手抜きを覚えたようで、自分で書類も作らないし、新開拓もしなくなってしまった。
 わたしのボディガードが仕事ですという顔をしている。
 わたしが商談を取れば、彼も評価されることから、このままでは彼の為にならないような気がする。

「俺の女神」なんて言い出しているから、そろそろ相棒を代わってもらった方がいいかもしれない。

 その事を大地君に話したら、すぐに部長が動き出した。

「班替えを行う」

 皆が呆然と部長を見ている。
 わたしは若手の男性と組むことになった。
 入社2年目のまだまだフレッシュな子だ。
 資料作りを教えて、プレゼンの方法も伝授する。
 体格は大地君と同じくらいだ。
 彼の作った書類を手直しして、営業を一緒に回る。
 彼は車に乗れるので、移動が楽になった。会社に戻る時間も早くなり、大地君と一緒に帰られる。
 彼にも営業先でプレゼンさせて、仕事に慣らせていく。
 実際に契約を取らせ、その喜びも覚えさせていく。
 お膳立てをすることも、楽しい。
 ボディガード役もきちんとこなしてくれる。
 今までは第一線で赤い磁石を独り占めしていたが、教育係も面白い。

「若瀬さんのお陰です」

 わたしが大地君と結婚したと分かった後に、新しい名刺と社員証をもらった。
 今ではわたしは若瀬花菜として、この部署にいる。

「今日のプレゼン良かったよ。もうちょっとハキハキして話すと聞きやすいと思うよ」
「次回は気をつけます」

 相棒の名前は小野浩二という。

「小野君、努力を惜しまないから、優秀な営業マンになれるよ」
「そうですか?若瀬さんの指導が分かりやすくて、やる気を出させてくれるんです」
「わたしも頑張らなくちゃね」

 一生懸命な小野君に触発されて、わたしもやる気が出てきた。

「新しい会社の開拓をしてみない?」
「どうするのですか?」
「うちの会社の商品を買ってくれそうな会社を探すのよ」

 うちの会社はロボット関係から食料品まで扱っている。物作りから始めた会社は、食玩にも手広く作っている。
 ロボットはお寿司を握るロボットまでいる。サーモンを同じ分量でカットする機械は、なかなかの売り上げだ。
 コンビニ売られているおにぎりを作るロボットもある。
 機械(ロボット)を作る研究所を構えた本社は、入荷が早く、お客が欲しいと言われる物を即座に作りだしてしまう。
 子会社にロボットの製作所があり、食玩の玩具の着色と梱包をする会社もある。お菓子を作っている会社もある。まだまだいろんな子会社を持った大きな会社だ。支社も大阪、名古屋と3拠点で運営している。
 最近ではダイエットサプリの売り上げもなかなかだ。健康ブームでダイエット以外にもシジミを使ったサプリに青汁もある。養蜂場も所有しているので、健康食品の幅が広がり、食料品の幅も広がる。
 そのいろんな商品を、わたし達は売り歩いているのだ。
 インターネットやテレビショッピングやラジオショッピングでサプリなどは売られている。
 オペレータ部は、営業部よりも人が多い。
 もちろん全ての商品を一人で扱うのは無理があるので、わたしの担当はロボット関係だ。

「わたしはインターネットと散策で、探しているわ」

 食料品は百貨店や空港などのお土産屋さんにも置かせてもらっている。直売店も幾つもある。

「時間があるときに探しているの。今度探すときに、教えるね」
「お願いします」

 後輩がお辞儀をする。
 ちょうど定時だ。

「帰宅準備しようか?」
「はい、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」

 彼がデスクに戻っていくと、大地君がちょうど迎えに来た。

「帰るぞ」
「すぐ準備するね」

 わたしは鞄から書類を出すと、引き出しに仕舞って鍵をかけた。PCの電源が入ってないか確認すると、鞄を持った。

「お待たせ」

 わたしと大地君は、並んでフォロアーを出て、帰路についた。



 仕事が順調で、どうしても忘れがちな自分の体調を、1度失敗しているので、スマホのアプリで記録するようになった。
 月のものが、もう3週間近く遅れている。
 ストレスで遅れ気味になったりするわたしの体質もあるから、大地君に言えずにいた。
 会社の帰りも一緒に行動している大地君を連れて、わたしはドラッグストアーに寄ってもいいか聞いた。

「花菜ちゃん、風邪引いたの?どこか具合が悪いんなら、市販薬じゃなくて病院に連れて行くから」

 思った通り大地君は、寄りたいと言っただけで大騒ぎをする。

「生理が遅れているから、検査薬が欲しいだけなの。違っていたら病院に行っても無駄でしょ?」

 大地君の顔が、途端に嬉しそうな表情になる。

「検査してみよう」
「期待させて、妊娠してないかもしれないのよ?わたし、ストレスで遅れることも多いから。ただ、以前みたいに妊娠中期まで気付かないのは、どうかと思って」
「いいよ。検査くらい。いくらでもすれば」

 妊娠検査薬売り場の前で、箱を一つずつ熟読する。
 早期発見できる検査役を選んで、レジに持って行く。
 清算してバックの中に仕舞うと、大地君がわたしの手を握った。

「家に帰ったら、すぐに検査してくれるか?」
「そのつもりよ」
「俺がパパか~。花菜ちゃんの子供は絶対に美人だ」
「まだ赤ちゃんができているかも、わからないのに、性別を考えるのも早すぎだよ」

 大地君は今にもスキップしそうな顔をしている。

「今夜のご飯は俺が作るからな」
「花菜ちゃんの好きな、鮭のバター焼きと甘い卵焼きも作るよ」
「やった」

 大地君のご飯は、すごく美味しい。
 どんな料理でも失敗したことはない。

「大地君のご飯に飢えていたのよね。自分で作れるようになったけど、あの料理の味は出せないから」
「花菜ちゃんの料理も美味しいよ。俺、けっこう気に入ってるんだ」

 電車の中で、椅子が空くと、素早くわたしを座らせてくれる。
 わたしの前に立って、わたしを守ってくれている。




 自宅に戻って手洗いうがいをすませると、わたしは妊娠キッドを持ってトイレに入った。
 じっと見ていると、二本線がくっきり出た。
 わたしは急いでトイレから出ると、大地君にくっきり出た二本線を見せた。

「やった!花菜ちゃんすごいぞ!俺との子だ」

 大地君はわたしを抱きしめて喜んだ。
 大声に誘われて、お爺ちゃんが顔を出した。

「どうかしたのか?大地、花菜」
「小次郎爺ちゃん、花菜ちゃんが妊娠した」
「ほう!それは喜ばしいのう」
「まだ正式に妊娠したか分からないわ」
「明日、病院に行こう」
「うん」

 またギュッと抱きしめられた。
 お爺ちゃんは微笑んで部屋に戻っていった。



 二度目に手術受けた総合病院の産婦人科にかかった。
 大地君も休みを取って、付き添ってくれた。
 尿検査で陽性が出て、内診やエコーを見て、医師は「6週目ですね」と告げた。
 エコーで小さな拍動が見えた。
 妊娠2ヶ月と2日。
 血液検査やいろんな検査をして、母子手帳交付を受けてくださいと言われた。
 大地君はそのまま、母子手帳を受け取りに連れて行ってくれた。
 小さなノートとマタニティーキーホルダーを受け取った。
 大地君は終始嬉しそうな顔をしている。

「花菜ちゃん、仕事を辞めたらどうだ?」
「家を建てたばかりで生活に余裕があるわけではないでしょ?産休に入るまで務めるよ」
「ローンの支払いはそんなに多くはないから、十分に生活できると思うよ」
「もうすぐ新入社員も入ってくるし」
「でも、これからつわりも出てくるかもしれないよ。もし出先で具合が悪くなったら、相手先の企業にも迷惑をかけるよ」
「でも、辞めるのに2ヶ月前に通知って、規約にあったよね?2ヶ月経ったら、あと少しで安定期に入るんじゃないかな?それなら産休まで勤めていてもいいかもしれないわ」
「最初の2ヶ月が辛いのに、その2ヶ月に辞められないのは、これは会社の盲点だな。うちの会社は女性社員も多いから、改善させる必要があるな」

 大地君は社長補佐として、会社の方針も考えている。

「満員電車は危ないし、体調が悪い社員が出ているのを、今まで改善されてこなかったのだな。今度の会議で話題に出してみるよ」

 社長補佐として逞しくなってきた大地君が、すごく格好よく見える。

「明日から、車で通勤するから。花菜ちゃんは営業部にいても事務仕事に回ってもらうよ」
「うん、わかった。でも、お願いがあるの」
「なに?」
「わたしと相棒になっている小野君だけど、覚えが良くて色々教えてきたの。できる上司につけてあげて。うまく育てれば、いい存在になると思うんだ」
「へえ、花菜ちゃんほどの逸材?」
「それは育ってみないと分からないわ」
 大地君が面白そうに笑った。
「花菜ちゃんが、そう言うなら部長に口添えしておくよ」
「ありがとう」
 心残りがあるなら、彼を育ててみたかった。
 素直で頑張り屋の彼なら、伸びるような気がする。
「それじゃ、買い物して帰ろう。妊娠初期のリストもらっただろう?」
「うん、スーパーでいいよ。百貨店だと高そうだから」
「じゃ、母子手帳もらったら、大型スーパーに行こうか?」
「うん」
 大地君は嬉しそうに、車を走らせた。
 母子手帳を受け取りに連れて行って、そのまま大型スーパーに連れて行ってくれた。
 ヒールの高い靴からヒールのない靴に買い換えて、下着もマタニティーショーツやブラジャー等の下着を選んで、妊娠線予防のボディークリームをカゴに入れる。スーツの代わりにマタニティーウエアとマタニティーガードルを数着選んだ。母子手帳カバーも可愛いもの選んでカゴに入れた。
 3月はまだ冷えるので、タイツや温かそうなカーディガンまで買った。



 妊娠が分かった翌日から、わたしはスーツを脱いだ。
 ヒールのない靴を履き、マタニティーウエアを着てタイツを履いてマタニティーガードルを着た。髪もお団子から、後ろに一つ結びに変えた。
 代わりに商談に行けと言われないように、服装から変更した。胸にはマタニティーバッチをつけている。
 予定日が12月なので、タイツもマタニティー用だ。
 わたしに与えられた仕事は、納品された物のリストを作って行くことだ。
 誰にでもできる仕事は、新入社員に任せる物だが、わたしの仕事に与えられた。
 大地君が言ったように、今回はつわりが早い時期から起きて、食べてもすぐに吐いてしまう。医師に相談したら、ちょこちょこ食いがいいらしい。空腹にならない時間に少しの食事を食べていく。
 時々、医務室に出向いて、ちょこちょこ食いをしながら、凌いでいた。
 ご飯は大地君が作ってくれるけれど、においだけで気分が悪くなって、夕食もちょこちょこ食いをしながら過ごしていた。

 妊娠5ヶ月頃からやっと食事が食べられるようになった。食べられるようになると胎動が感じられて、大地君が大喜びして、わたしのお腹に触れて、赤ちゃんに話しかけている。
 7月に入り、夏物のマタニティーウエアと妊婦帯をして、薄手のカーディガンを着ている。オールシーズン用のレギンスを履いて、冷房対策対策をした。少しふっくらとしてきたお腹が嬉しい。
 8月の帰省は日帰りで戻って来た。
 大地君のご両親は、少し残念がっていたが、わたしのお腹を見て、無理したらいかんと言って、また鰻を食べに連れて行ってくれた。
 大地君の食育のお陰で、わたしは一人前の食事を食べられるようになった。
 今度は残さず、食べ切れて、喜んでもらえた。
 診察では、貧血があり薬を飲むようになった。
 わたしの退職日は休暇を上乗せして9月の初めだ。
 新人の子に仕事の引き継ぎを始めている。
 大地君とこのフロアーで昼ご飯を食べるのも、あと少しだ。
 毎日を噛みしめて、大地君と過ごす職場での時間を大切にしている。
 あっという間に、9月が来て、わたしは退職した。

 皆の前で、「お世話になりました」と頭を下げた。

 フロアーの皆は、拍手をしてくれた。茶菓子を皆に差し入れして、大地君が迎えに来た。

「今日が最後の日ね。もう一緒に仕事に来られないと思うと寂しいわ」
「家ではいつも一緒だ。だから寂しくはないよ」

 大地君は社長室に連れて来てくれた。
 社長に「お世話になりました」と頭を下げると、フラワーアレンジをされた花かごをくれた。

「大地を家で、しっかり支えてくれ」
「はい」
「子供が生まれたら、是非、見せてくれ。大地の子は、私の孫と同じだ」
「はい、ありがとうございます」
「生まれるまで、家でゆっくり過ごすといい。花菜さんが営業から離れたら、収益が減った。大地の嫁でなければ引き留めたいが、大地が専業主婦にすると言うからな。子供の手が離れたら、戻ってくれると助かる」
「松永さん、花菜ちゃんは俺の嫁なんだから、無茶な仕事の依頼は困るぞ」

 わたしは深く頭を下げた。

「そう言ってもらえて嬉しいです。子供が成長してから、大地君と相談して決めます。我が家にも遊びに来てください」
「ありがとう。無事な出産を祈っているからな」
「はい」

 わたしは、もう一度頭を下げた。

「じゃ、松永さん、また明日。花菜ちゃん、行こう」
「気をつけて帰りなさい」
「おう」

 大地君は片手を上げると、わたしの手から花かごを受け取り、手を繋ぎ社長室から出て行った。
 二人でエレベーターに乗り、地下駐車場に着くと、わたしは名残惜しくて、何度も背後を振り返った。

「花菜ちゃん、花菜ちゃんが仕事好きなのは知ってる。実績もたくさん残してきたんだ。でも、これからは俺だけの花菜ちゃんでいて欲しい」
「うん」
「赤ちゃんは一緒に育てよう」
「うん」
「必ず定時に終わるように頑張るから」
「うん」

 大地君が車に花かごを入れると、扉を開けてくれた。

「今日までお疲れ様でした」
「ありがとう」

 わたしは車に乗った。
 扉が閉まる。
 大地君がすぐに車に乗り込んで来た。

「家に帰るよ」
「うん」

 車はゆっくり地下駐車場から出て行って、会社の前を通って自宅に向かった。

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