精霊王の花嫁(完結)

綾月百花   

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47   お披露目式

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 王都で一番大きな教会で、わたしは二度目のウエディングドレスを着ている。

 今日は国民に、わたしを披露する二度目の結婚式が行われます。

 王宮の地下神殿で、正式な結婚式を行いましたが、あの儀式は二人の精霊王とその申し子の結婚式なので、お披露目式は言葉のままである。

 出席者は国王一家と貴族達、コスモス医師一家とマクシモムだ。

 テスティス王国は精霊を奉っているので、教会の中の装飾品が、全て妖精の形をしている。

 窓にはめられたステンドグラスも、妖精達が舞っているように描かれている。

 描かれた妖精達もたくさんいるが、実際にこの教会の中は本物の妖精達が数え切れないほどいる。

 わたしとアクセレラシオン様を追いかけて王宮からやって来て、途中にいた妖精達も引き連れてきてしまったからだ。

 今日の妖精達は、色取り取りの花を舞わせるだけではなかった。

「あれは何でしょう?」

「妖精は幸福な事があると、幸せのお裾分けをしたがるようだな」

 花と共に舞っているのは、ピンクの輪だ。

 人と人をくっつけている。

 人の目には見えないが、ピンクの輪で縁が紡がれていく。

 デイジーお姉様は、貴族の青年と輪で繋がれた。

「姉貴もとうとう年貢の納め時だ」

「妖精達はどうのように、相手を決めているのでしょう」

「縁が見えるようだな。相性がいい相手を繋げているようだ」

「まあ、妖精達は人の縁も繋げてしまうのですね」

「マクシモムにも輪がかかった」

「相手はどなたでしょう?」

「コスモス医師の娘のようだ。同じ光属性同士だ。この上なく良縁だ」

「ついこの前まで、アルテアお姉様と婚約をしていたのに、マクシモムのお心は大丈夫かしら?」

「大丈夫だから、縁を繋げたのであろう」

 わたしは頷いた。

 マクシモムは、わたしに手を振った。

 わたしは微笑む。

 ほんの少しだけ、寂しく感じたのは、アルテアお姉様との縁が切れたからだろうか?

「ミルメルには俺がいる。俺ではなく、マクシモムが好きなのか?」

「それはないわ。アルテアお姉様の婚約者だったから、アルテアお姉様は、寂しくないかしら?」

「ミルメルの姉上は、俺の予想では、生きているだけで精一杯だと思うぞ。ミルメルが水を飲ませなければ、数刻で息を引き取ったであろう」

「わたしは生きていて欲しかったの」

「間違いだとは言ってはいない。ミルメルの姉上は、生きて償うことがたくさんある。国王陛下は亡くなったが、戦争を仕掛けた責任を取る者は必要だ」

 アルテアお姉様は、国王陛下と戦争を始めた張本人だ。

 わたしはアルテアお姉様を苦しめただけだったのだろうか?

「いや、姉上はミルメルに会いたいと思っているはずだ」

「アクセレラシオン様」

「嘆くな。今日は祝いの日和だ」

 神父が祝いの言葉を口にすると、招かれた貴族達がフラワーシャワーをしてくれる。

 妖精達も一緒に色取り取りの花を舞いあげている。

「綺麗ね」

「ああ、美しい」

 アクセレラシオン様は、わたしに狐の皮でできたマントを着せると、そのまま、わたしを抱き上げ、教会の外に出た。

 冬の空気は、さすがに冷える。

 けれど、狐のマントのお陰で、寒さも堪えられる。

 教会の外には、民がいる。

「おめでとう」と子供達の声がする。

「おめでとうございます」と民の声がする。

 刑務官、上位刑務官達が警備をする中で、オンが姿を現した。

「跨ぐのは嫌だったな」

 アイは仔猫の姿で現れた。

 わたしの腕の中に飛び乗ると、わたしの腕の中で甘えてくる。

 可愛らしいのはいつものことだが、何より温かい。

 アクセレラシオン様は、わたしを抱いたままオンに跨がると、大通りを駆けていく。

 アクセレラシオン様の護衛側近も妖獣に跨がり、護衛をしている。

 王都の大通りを駆けて、ようやく王宮に戻ってきた。

 お披露目は終わったようだ。

「お帰り。さあ、寒かったであろう。ミルメルを温かな風呂に入れてあげなさい」

 国王陛下は王妃様とにこやかに微笑んでいる。

「お披露目も終わった。戦もない平和な時間です。ゆっくりなさいな」

「ミルメルちゃん、寒かったでしょう。大浴場に湯を沸かしてあるわ。ゆっくり入っておいで」

「ありがとうございます」

 わたしはやっとアクセレラシオン様の腕から下ろされた。

 オンとアイの姿も消えた。

「さあ、風邪を引いてしまうよ。冬用に、ウエディングドレスを作り直すべきだったのだ」

「たった一度着るだけの為に、ウエディングドレスを作るなんて無駄よ」

 ウエディングドレスの代わりに、狐の皮でできたマントを買ってもらったのだ。

 高いと思ったが、着てみると、美しいだけではなく、とても温かくて、この温かさに拒むことができなくなった。

 マローとメリアがわたしを迎えに来た。

「奥様、お体が冷え切っております」

「奥様、体を温めましょう」

「お願いします」

「では、奥様をお預かり致します」

「ああ、頼む」

 アクセレラシオン様がそう告げた瞬間に、入った事のない大浴場の脱衣室にいた。

 ウエディングドレスを脱ぐと、そのまま広いお風呂の中に入っていく。

「先ずは暖まりましょう」

 マローが手を引いてくれる。

 かけ湯をして、湯に入ると、溶けてしまいそうになる。

 冷えていた体が温かくなる。

 マローとメリアがお化粧を取ってくれる。

 温かなタオルで顔を拭き取ってくれる。

 なんて贅沢なんでしょう。

 体も洗ってもらって、気分もよくなってきた。

 もう一度、湯船に入り、ゆったりと過ごす。

「ごゆっくり、寛ぎください」

 マローとメリアはお風呂から出て行った。

 すると、アクセレラシオン様が代わりにお風呂に入ってきた。

 何気なく、胸元を隠す。

「俺も入ってもいいだろう?」

「ええ、今日は寒かったですもの」

 アクセレラシオン様は、さっさと頭から体まで洗ってしまうと、湯船に入ってきた。

 わたしの隣に来て、わたしの腕を引いた。

 そのままアクセレラシオン様の腕の中に抱かれて、素肌と素肌が触れあう。

「ミルメル、今日もとても美しかった」

「アクセレラシオン様は、とても凜々しくて、かっこよかったです」

「ミルメル、洞窟を抜けたときのように、クレラと呼んでくれないか?」

「あの時は、アクセレラシオン様のお名前が聞き取れなかったのです。失礼しました」

「そうではない。特別な呼び名だ。この先、ずっとアクセレラシオン様と呼ばれるのが嫌だと思ったのだ。もう夫婦だ。二人の時くらい愛称で呼んではくれないか?」

「でも、いいのでしょうか?生意気だとか、いい気になっているとか、言われないかしら?わたし、テスティス王国が好きなの。王家の者も皆さん大好きです。護衛の者も好きです。わたしはヘルティアーマ王国で、誰も味方はおりませんでした。とても寂しかったのです。もう、あの様な気持ちにはなりたくはありません」

「テスティス王国で、ミルメルの事を悪く言う者はいない。寧ろ、俺と仲睦まじい姿を見せる方が、皆が安心する」

 それはそうだろう。

 夫婦と言っても、貴族の間では仮面夫婦の者はけっこう多いと聞く。

「それならば、二人きりの時だけ、クレラと呼ばせていただきます」

「では、さっそく呼んでみてくれ」

 アクセレラシオン様は、わたしの顔をじっと見ている。

 呼ばれるのを待っているのだ。

「クレラ」

「もっと呼んでくれ」

「クレラ、わたしを手放さないでね。孤独は怖いの」

「ああ、約束しよう」

「ありがとう」

 唇が重なって、口づけが深くなる。

 その瞬間、わたし達は寝室のベッドの上にいた。

「クレラ、体も拭かずに移動したら、ベッドが濡れてしまうわ」

「部屋には暖炉が点いている。シーツも体も直ぐに乾くだろう」

 確かに、小さめの暖炉が点いている。

 テスティス王国の冬は、ヘルティアーマ王国の冬よりも寒い。

 各部屋に小さめの暖炉が備え付けられている。

 川には大量な水があり、農作物も冬でも豊作だ。

 民の家にも暖炉があるという。

 裕福な国だ。

 わたし達は、二度目の初夜を過ごしている。

 クレラと体を重ねるのは、どちらかというと好きだ。

 わたしの事を愛していると、心でも態度でも告げてくれる。

 わたしはクレラの名を呼び、快楽の波に乗って、クレラの愛情を体に刻み混まれる。

 好きです、クレラ。

 この命が尽きるまで、愛されていたい。

 クレラは何度もわたしを貫き、わたしはいつの間にか意識を手放していた。

 目を覚ますと、わたしはネグリジェを着て、クレラに抱きしめられていた。

 まるで夢を見ているようだ。

 わたしを愛する者などいなかったのに、わたしの事を愛してくれる人の腕の中で目覚めるなんて。

 体は不快な感じはしない。

 クレラは、わたしを抱いたままお風呂に入ったのかもしれない。

 暖炉の火は消えている。

 早朝の冷えた空気の中でも、抱きしめられているだけで、これほど温かく感じるなんて。

 わたしは、そっとクレラに口づけした。

 眠り姫が目を覚ますように、瞼が開いた。

 ふわりと微笑むクレラの端正な顔と優しい笑みに、わたしの頬は熱くなる。

「早起きだね」

「でも、外はもう明るいわ」

「もう少し、抱きしめていたいけれど、お腹が空いたのかな?」

「お腹は空いたわ。でも、わたしも、もう少しこのままでいたいの」

「それなら、もう少し、このままでいよう」

 わたしは頷いて、体を密着させた。

 クレラと溶け合うほど、もっと側にいたい。

 わたしを今日も愛していてね。

 クレラはわたしの背中に手を回して、もっと強く抱きしめてくれた。

 とても安心できるの。

 愛しているわ、クレラ。

 わたしの心を読んでいるクレラの頬が赤くなる。

 わたしは微笑んだ。

 クレラは、わたしの心を読みすぎなのよ。

「ふふ、ふふふ」

「ミルメル、あまり挑発するな」

「してないわ。クレラが勝手に心を読んでいるだけでしょう。わたし、クレラみたいに心
の中を遮断できないんですもの」

 感情がダダ漏れなので、隠し事もできないわね。

 隠し事などないけれど。

「起きて、食事にしよう」

「もう、起きてしまうの?」

「このままでは、抱いてしまうよ。どれほど俺がミルメルを愛していて、どれほどミルメルを抱きたいか知ったら、ミルメルは逃げ出すかもしれないよ?」

「それでも、心の壁を少しだけでも外して欲しいわ。クレラが何を考えているのか知りたい」

「今は止めておこう。自制が効かなくなる」

 クレラが体を起こすと、急に寒くなる。

 直ぐに、狐のマントを掛けてくれる。

 温かい。

 けれど、クレラの肌に比べたら、全て落ちてしまう。

「着替えておいで」

「はい」

 扉を開けて、わたしをわたしの私室に連れて行くと、マローとメリアは「おはようございます」と言い、深く頭を下げた。

 部屋の中は、暖炉で温かくなっている。

「着替えたら、待っていてくれ。迎えに来る」

「お待ちしています」

 クレラは部屋から出て行った。

「さあ、ミルメル奥様。ドレスは何になさいますか?」

「温かな物がいいわね」

「今朝はずいぶん冷えております」

「そうよね」

 わたしは顔を洗いに行った。

 冷たい水で、目がしっかり覚める。

 メリアは濡れたタオルを持ってこようとするから、それを断っている。

 今までの習慣で、顔は洗うものとして、自分でできることは、自分でしている。

 大きなクロークルームに入ると、今日身につけるドレスを選んでいく。

 デイジーお姉様に、更に戴いた冬物もあるので、ドレスはたくさんある。

 アルテアお姉様が好んで着ていたような白いドレスを選んで、髪を整えてもらう。

 白いドレスはアルテアお姉様の物だったから、わたしは着る事ができなかったけれど、この国に来てからは、自由に着られるようになった。

 アルテアお姉様の婚約者は、テスティス王国にいる。

 新しい婚約者は見つかったかしら?

 みそっかすのわたしが結婚できたのだから、素敵なアルテアお姉様は、すぐに新しい婚約者が見つかるはずね。

 わたしは自分の姿を鏡で見ながら、アルテアお姉様の事も思う。

 生きて、きっと幸せに生きている。

 わたしは、そう信じている。
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