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7 お姉様
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すっと意識が戻ってきた。
お腹が減った。
でも、まだ眠い。
「ミルメル、目を覚ませ」
アクセレラシオン様の声がして、寝返りを打った。
「腹が減ったな、飯でも食いに行くか?」
「……行く」
か細い声が出たが、目が開かない。
「それなら、目を開けろ」
「ん」
わたしは重い瞼を開けた。
視界が眩しくて、また目を閉じた。
まだ眠い。
「ミルメル、まだ眠いか?」
「ん」
「それなら、眠りなさい」
優しい掌が、髪を撫でる。
また、わたしの意識が沈んでいった。
意識が浮かんだり、沈んだりしながら、眠り続けて、わたしはやっと目を覚ました。
視界の眩しさは消えている。
足首も腰もお尻も体の痛みも消えていた。
ぼんやりしているわたしは、目の前のアクセレラシオン様をぼーっと見ていた。
アクセレラシオン様もわたしを見ていた。
手は握られていた。
もしかしたら、ずっと手を握ってくださったのかしら?
なんて優しい手でしょうか。
大きくて、温かくて、体ごと包まれているようです。
お顔も凜々しいです。
アルテアお姉様の婚約者のマクシモム王太子も凜々しいお顔をしておいでですが、マクシモム王太子より、何割か増しに凜々しいお顔をしていらっしゃいます。
「起きたのか?それともまだ寝ぼけているのか?」
「目が覚めました」
「そうか、おはよう。具合はどうだ?目は見えるか?」
「もう眩しくありません」
「それは、良かった」
握っていた手を離して、アクセレラシオン様は、わたしを抱きしめた。
そのままゆっくり体を起こされて、しっかり抱きしめている。
「初めての治療は、危険を伴う。光属性と闇属性は相性が悪い」
「属性同士の相性が悪かったから、お姉様と仲良くできなかったのかしら?」
「お姉さんは光属性だったね。仲はよくなかったのか?」
「そうね、わたしはあの国で異物でしたから、学校でもいつも一人でお姉様とも教室にいる級友とも仲良くできなかったわ。お父様もお母様もお兄様もお姉様も、わたしを家族の一員とは思っていなかったと思うわ。闇属性だから悪者。異端者。危険物質、色々言われたわね。わたし、あの日、16歳になったの。きっとお父様はわたしを修道院に入れるつもりでいると思って森の中に逃げ出したの。迷いの森だから、戻る事はできないと覚悟して、邸を出たの」
「食べ物も持たずに出たのか?」
「生きていることに疲れてしまったの。生きている意味をもう見つけられなくなって」
わたしは情けなくて、盛大に溜息をついた。
きっとアクセレラシオン様も愛想を尽くすような気がして、怖くなる。
「ミルメル」
「アクセレラシオン様」
アクセレラシオン様は、わたしを強く抱きしめてくださっている。
こんな情けないわたしを抱きしめてくださるの?
嫌いにならないのかしら?
そんな不安を打ち消すように、わたしを包む腕が強くなり、まるでどこにも行くなと言われているようで、アクセレラシオン様の側にいたいと思えた。
「ここで一緒に住もう。今日から家族だ」
「アクセレラシオン様」
そっと拘束が解かれた。
アクセレラシオン様がわたしをじっと見ている。
「俺と結婚するか?」
「でも、わたしは異国の娘よ」
「好きか嫌いか聞いているんだ?俺はミルメルを好きだよ」
「わたしもアクセレラシオン様をお慕いしています。こんなに優しくしてくださった人はおりませんでした」
「俺の家族を紹介しよう。だが、その前に腹が減ったであろう」
「お腹は、ペコペコよ」
わたしは自分のお腹を押さえた。
その時、自分がネグリジェを着ていることに気づいた。
顔に熱が集まってくる。
なんてはしたない姿をさらしているのかしら。
「こんな姿で、すみません」
「何を今更、言っておるのだ?三日三晩、眠っておったのだ。その間、手を握って、闇の魔力を送っておった。どうだ?体は辛くないな?」
「なんともありません」
「それは良かった」
「着る物がありませんわ」
「ドレスだな?姉上のドレスを借りてこよう」
「お姉様がいらっしゃるの?」
「ちょっと口の悪い姉上だ。ミルメルを可愛がってくれるだろう。ミルメルが眠っている間に、ミルメルに会いに来ていた」
「ご挨拶もしなくて……」
「眠っているのに、挨拶などできるはずもないだろう?」
「そうね」
アクセレラシオン様の笑顔につられて、わたしも微笑んでいた。
「ドレスを借りてこよう。暫く待て」
「はい」
アクセレラシオン様は立ち上がると、体をかがめて、わたしの頬にキスをした。
ホッと頬が熱くなる。
「好きだ、ミルメル。ミルメルは必ず洞窟を通ってくると信じて待っていた」
「洞窟を守ってくれてありがとう。お陰で逃げてこられたわ」
「洞窟はもう崩れた。戻る事はできないよ」
「戻りたくはありません」
今度は額にキスが落ちた。
「メイドを呼ぶ。待っていなさい」
「はい」
アクセレラシオン様はベッドから離れて、部屋から出て行った。
すぐに、メイドが部屋に入ってくる。
「お嬢様、目が覚めて、やっと安心致しました」
「おはようございます。これから、よろしくお願いしますね。私達はお嬢様のお世話を担当することになりました。わたしはマロー、隣にいるのが、メリアです。よろしくお願いします」
二人のメイドは、深く頭を下げた。
わたしも一緒に頭を下げた。
「わたしはミルメル。ヘルティアーマ王国のノンブル侯爵家の娘です」
「ヘルティアーマ王国から歩いて来られたのですね。それは怪我もなさいます」
「遠かったでしょう?」
「妖精達が道案内をしてくださったのですわ」
「ミルメル様は妖精が見えるのですか?」
「様なんてつけなくてもいいわ。妖精は見えますよ。今はマローの肩の上に座っていますわ」
「まあ、なんて素晴らしいお力を、持っていらっしゃいますね」
マローは足下にスリッパを置いてくださった。
ベッドから降りると、メリアが手を引いてくれる。
「お顔を洗いましょう」
「はい」
洗面台で朝の支度をして、ドレッサーの前に座った。
「お風呂も入りたかったわ」
「お湯は沸いておりますが、アクセレラシオン様が直ぐにおいでになります」
「それもそうね、お腹もペコペコなの。お風呂は後にするわ」
「それが宜しいかと思いますわ」
髪を櫛で何度も梳かして、綺麗にしてくださいました。
「お嬢様、お茶をどうぞ」
「メリア、ありがとう。マローも綺麗に髪が整ったわ」
「お嬢様、もう私達の名前を呼んでくださいますのね。とても嬉しく思います」
マローが言ってメリアと共にお辞儀をした。
たぶん、マローの方が年上で、メリアが助手みたいなような気がしますの。
順序を間違えたら、失礼になりますから、その見極めは大切だと思いますの。
我が家のメイド達もお客様に、順序を間違えられると、後で揉めていましたから、諍いは良くないわ。
せっかく淹れてくださった紅茶を飲みながら、お部屋の様子を観察する。
かなり広い部屋です。
出窓のある明るいお部屋には、大きなベッドとソファーセット、立派なドレッサーにお風呂もおトイレも付いていて、クロークルームも完備されている。
普通の邸にはなさそうなお部屋の様子に、ここは一体どんな建物だろうかと、首を傾げる。
「まあ、お嬢様、メリア、お茶ならソファーセットの方に出しなさいといつも言っているでしょう」
「すみません」
「今日のお嬢様は、まだ動かない方がいいと思うので、ここでもいいでしょう」
「はい」
メリアはマローにお辞儀をした。
やはり思った通りだった。
「マロー、叱らないで、とても美味しいお茶です。喉が渇いていたから、直ぐに飲みたかったのよ。できたら、もう一杯淹れてくださるかしら?」
「お嬢様、直ぐに準備を致します」
メリアはテキパキとお茶を淹れている。
「お嬢様、新しいお茶です」
「ありがとう」
新しいお茶を飲んでいると、扉がノックされた。
マローが扉を開けに出て行った。
「はい」
「俺だ」
「直ぐに開けます」
部屋に鍵がかかっているのか、マローが鍵を開けて、扉を開いた。
「きゃー、なんて可愛いの?」
扉が開くと、部屋の中に綺麗なドレスを着た女性が飛び込んできて、わたしを抱きしめた。
ビックリして、紅茶のカップを落としかけて、急いでソーサーに戻した。
誰?
何事?
「姉上、ミルメルが驚いております。先ずは名乗ってください」
「失礼しましたわ。クレラの姉のデイジーでございます。デイジーお姉様と呼んでくれると嬉しいわ」
「初めまして、ミルメルと申します。多分なご配慮、痛み入ります。よろしくお願いします。デイジーお姉様」
わたしは、ガウンを羽織った状態で、お辞儀をした。
「ミルメルちゃんのような妹が欲しかったのよ。なんて艶やかな黒髪でしょう。瞳も黒水晶のように澄んで美しい。お肌は色白なのね」
「デイジーお姉様も素敵です。大人の女性の色香が漂ってきます」
デイジーお姉様の黒髪も凄く艶やかで、ウエーブのあるロングの髪だった。瞳もそれこそ黒水晶のように澄んでいます。お肌の色も色白で、とても綺麗な人です。
綺麗にお化粧されていて、赤い紅が際立って見えた。
「わたくしの幼い頃のドレスを探してみたの。少し流行遅れですけれど、汚れてはいないわ。サイズは分からないので、幾つか持ってきたのですけれど、合わせてみてね」
「ありがとうございます」
「ドレスを買いに行くときは、一緒に行きましょう。似合うドレスを選ばせてね」
「え、あの、わたし、一文無しなのです。何も持たずに家出をしてきたので」
「そんなこと気にしないで。家に戻るつもりはないのでしょう?」
「はい」
「それなら、ここに住めばいいわ。わたくしも妹ができて嬉しいわ」
「ありがとうございます」
デイジーお姉様付きのメイドが、たくさんのドレスを持ってきていた。それをマローとメリアに手渡している。
「姉上、ありがとうございます」
「いいのよ。この子なのでしょう?貴方が洞窟の前で待っていたのは?」
「ええ、そうです」
「良かったわね、洞窟もよく持ったわね。いつ崩れるか分からない物に、魔力を使って、お父様もお母様も呆れていたわ」
「そうですね、ですが、こうして来てくれました」
「早めに、お父様とお母様にも会わせなさいよ。二人とも待っているわ」
「ああ、そうする」
「では、ミルメルちゃん、またね」
デイジーお姉様は、ヒラヒラと手を振るとメイドを伴って、部屋から出て行った。
ミルメルちゃんと呼ばれて、なんだか自分がとても幼くなった様な気がします。
「ミルメル、あれが俺の姉だ。気ままに暮らしている。仲良くしてやってくれ。ミルメルの事は気に入っているようだ」
「はい、優しいお姉様で、わたしの本物の姉より優しいですわ」
「ドレスのサイズが分からないからと、大量に持ってきたが、合わせてみてくれ。それが終わったら、食事に行こう」
「はい」
「マロー、部屋にいる。準備が済んだら、呼びに来てくれ」
「畏まりました」
アクセレラシオン様は、わたしの頭を撫でると、わたしの頬にキスをしてから部屋から出て行った。
マローとメリアがお辞儀をしている。
二人がいるのに、キスをするなんて、恥ずかしい。
アクセレラシオン様は、恥ずかしくはないのかしら?
「お嬢様、ドレスを見ましょう」
「はい」
マローとメリアと一緒にクロークルームに入ると、二人はいろんなサイズのドレスをあてがい、わたしのサイズを探してくれた。
デイジーお姉様はとてもお洒落だと分かった。
身につけたドレスは、アルテアお姉様が身につけていたドレスより、ずっと可愛らしくいい素材の物だった。
「お嬢様、とてもお似合いになりますわ」
「見違えてしまいますわ。アクセレラシオン様も喜ばれます」
わたしには買ってもらえなかった素敵なドレスを身につけて、嬉しくて微笑む。
花祭りに身につける白いドレスに、花の代わりに小花の刺繍が施されている。
花祭りのドレスより、とても上品だ。
たくさんのドレスの中で、わたしに合ったものは、小さい物から二つ目の物だった。
少し幼いデザインだけれど、着たことのない物なので、とても嬉しい。
マローはアクセレラシオン様を呼びに出た。
メリアと返却するドレスを纏める。
ちょうどいいドレスだけでも、一週間分はありそうだ。
色鮮やかで、ドレスを見ているだけで幸せな気分になってくる。
お腹が減った。
でも、まだ眠い。
「ミルメル、目を覚ませ」
アクセレラシオン様の声がして、寝返りを打った。
「腹が減ったな、飯でも食いに行くか?」
「……行く」
か細い声が出たが、目が開かない。
「それなら、目を開けろ」
「ん」
わたしは重い瞼を開けた。
視界が眩しくて、また目を閉じた。
まだ眠い。
「ミルメル、まだ眠いか?」
「ん」
「それなら、眠りなさい」
優しい掌が、髪を撫でる。
また、わたしの意識が沈んでいった。
意識が浮かんだり、沈んだりしながら、眠り続けて、わたしはやっと目を覚ました。
視界の眩しさは消えている。
足首も腰もお尻も体の痛みも消えていた。
ぼんやりしているわたしは、目の前のアクセレラシオン様をぼーっと見ていた。
アクセレラシオン様もわたしを見ていた。
手は握られていた。
もしかしたら、ずっと手を握ってくださったのかしら?
なんて優しい手でしょうか。
大きくて、温かくて、体ごと包まれているようです。
お顔も凜々しいです。
アルテアお姉様の婚約者のマクシモム王太子も凜々しいお顔をしておいでですが、マクシモム王太子より、何割か増しに凜々しいお顔をしていらっしゃいます。
「起きたのか?それともまだ寝ぼけているのか?」
「目が覚めました」
「そうか、おはよう。具合はどうだ?目は見えるか?」
「もう眩しくありません」
「それは、良かった」
握っていた手を離して、アクセレラシオン様は、わたしを抱きしめた。
そのままゆっくり体を起こされて、しっかり抱きしめている。
「初めての治療は、危険を伴う。光属性と闇属性は相性が悪い」
「属性同士の相性が悪かったから、お姉様と仲良くできなかったのかしら?」
「お姉さんは光属性だったね。仲はよくなかったのか?」
「そうね、わたしはあの国で異物でしたから、学校でもいつも一人でお姉様とも教室にいる級友とも仲良くできなかったわ。お父様もお母様もお兄様もお姉様も、わたしを家族の一員とは思っていなかったと思うわ。闇属性だから悪者。異端者。危険物質、色々言われたわね。わたし、あの日、16歳になったの。きっとお父様はわたしを修道院に入れるつもりでいると思って森の中に逃げ出したの。迷いの森だから、戻る事はできないと覚悟して、邸を出たの」
「食べ物も持たずに出たのか?」
「生きていることに疲れてしまったの。生きている意味をもう見つけられなくなって」
わたしは情けなくて、盛大に溜息をついた。
きっとアクセレラシオン様も愛想を尽くすような気がして、怖くなる。
「ミルメル」
「アクセレラシオン様」
アクセレラシオン様は、わたしを強く抱きしめてくださっている。
こんな情けないわたしを抱きしめてくださるの?
嫌いにならないのかしら?
そんな不安を打ち消すように、わたしを包む腕が強くなり、まるでどこにも行くなと言われているようで、アクセレラシオン様の側にいたいと思えた。
「ここで一緒に住もう。今日から家族だ」
「アクセレラシオン様」
そっと拘束が解かれた。
アクセレラシオン様がわたしをじっと見ている。
「俺と結婚するか?」
「でも、わたしは異国の娘よ」
「好きか嫌いか聞いているんだ?俺はミルメルを好きだよ」
「わたしもアクセレラシオン様をお慕いしています。こんなに優しくしてくださった人はおりませんでした」
「俺の家族を紹介しよう。だが、その前に腹が減ったであろう」
「お腹は、ペコペコよ」
わたしは自分のお腹を押さえた。
その時、自分がネグリジェを着ていることに気づいた。
顔に熱が集まってくる。
なんてはしたない姿をさらしているのかしら。
「こんな姿で、すみません」
「何を今更、言っておるのだ?三日三晩、眠っておったのだ。その間、手を握って、闇の魔力を送っておった。どうだ?体は辛くないな?」
「なんともありません」
「それは良かった」
「着る物がありませんわ」
「ドレスだな?姉上のドレスを借りてこよう」
「お姉様がいらっしゃるの?」
「ちょっと口の悪い姉上だ。ミルメルを可愛がってくれるだろう。ミルメルが眠っている間に、ミルメルに会いに来ていた」
「ご挨拶もしなくて……」
「眠っているのに、挨拶などできるはずもないだろう?」
「そうね」
アクセレラシオン様の笑顔につられて、わたしも微笑んでいた。
「ドレスを借りてこよう。暫く待て」
「はい」
アクセレラシオン様は立ち上がると、体をかがめて、わたしの頬にキスをした。
ホッと頬が熱くなる。
「好きだ、ミルメル。ミルメルは必ず洞窟を通ってくると信じて待っていた」
「洞窟を守ってくれてありがとう。お陰で逃げてこられたわ」
「洞窟はもう崩れた。戻る事はできないよ」
「戻りたくはありません」
今度は額にキスが落ちた。
「メイドを呼ぶ。待っていなさい」
「はい」
アクセレラシオン様はベッドから離れて、部屋から出て行った。
すぐに、メイドが部屋に入ってくる。
「お嬢様、目が覚めて、やっと安心致しました」
「おはようございます。これから、よろしくお願いしますね。私達はお嬢様のお世話を担当することになりました。わたしはマロー、隣にいるのが、メリアです。よろしくお願いします」
二人のメイドは、深く頭を下げた。
わたしも一緒に頭を下げた。
「わたしはミルメル。ヘルティアーマ王国のノンブル侯爵家の娘です」
「ヘルティアーマ王国から歩いて来られたのですね。それは怪我もなさいます」
「遠かったでしょう?」
「妖精達が道案内をしてくださったのですわ」
「ミルメル様は妖精が見えるのですか?」
「様なんてつけなくてもいいわ。妖精は見えますよ。今はマローの肩の上に座っていますわ」
「まあ、なんて素晴らしいお力を、持っていらっしゃいますね」
マローは足下にスリッパを置いてくださった。
ベッドから降りると、メリアが手を引いてくれる。
「お顔を洗いましょう」
「はい」
洗面台で朝の支度をして、ドレッサーの前に座った。
「お風呂も入りたかったわ」
「お湯は沸いておりますが、アクセレラシオン様が直ぐにおいでになります」
「それもそうね、お腹もペコペコなの。お風呂は後にするわ」
「それが宜しいかと思いますわ」
髪を櫛で何度も梳かして、綺麗にしてくださいました。
「お嬢様、お茶をどうぞ」
「メリア、ありがとう。マローも綺麗に髪が整ったわ」
「お嬢様、もう私達の名前を呼んでくださいますのね。とても嬉しく思います」
マローが言ってメリアと共にお辞儀をした。
たぶん、マローの方が年上で、メリアが助手みたいなような気がしますの。
順序を間違えたら、失礼になりますから、その見極めは大切だと思いますの。
我が家のメイド達もお客様に、順序を間違えられると、後で揉めていましたから、諍いは良くないわ。
せっかく淹れてくださった紅茶を飲みながら、お部屋の様子を観察する。
かなり広い部屋です。
出窓のある明るいお部屋には、大きなベッドとソファーセット、立派なドレッサーにお風呂もおトイレも付いていて、クロークルームも完備されている。
普通の邸にはなさそうなお部屋の様子に、ここは一体どんな建物だろうかと、首を傾げる。
「まあ、お嬢様、メリア、お茶ならソファーセットの方に出しなさいといつも言っているでしょう」
「すみません」
「今日のお嬢様は、まだ動かない方がいいと思うので、ここでもいいでしょう」
「はい」
メリアはマローにお辞儀をした。
やはり思った通りだった。
「マロー、叱らないで、とても美味しいお茶です。喉が渇いていたから、直ぐに飲みたかったのよ。できたら、もう一杯淹れてくださるかしら?」
「お嬢様、直ぐに準備を致します」
メリアはテキパキとお茶を淹れている。
「お嬢様、新しいお茶です」
「ありがとう」
新しいお茶を飲んでいると、扉がノックされた。
マローが扉を開けに出て行った。
「はい」
「俺だ」
「直ぐに開けます」
部屋に鍵がかかっているのか、マローが鍵を開けて、扉を開いた。
「きゃー、なんて可愛いの?」
扉が開くと、部屋の中に綺麗なドレスを着た女性が飛び込んできて、わたしを抱きしめた。
ビックリして、紅茶のカップを落としかけて、急いでソーサーに戻した。
誰?
何事?
「姉上、ミルメルが驚いております。先ずは名乗ってください」
「失礼しましたわ。クレラの姉のデイジーでございます。デイジーお姉様と呼んでくれると嬉しいわ」
「初めまして、ミルメルと申します。多分なご配慮、痛み入ります。よろしくお願いします。デイジーお姉様」
わたしは、ガウンを羽織った状態で、お辞儀をした。
「ミルメルちゃんのような妹が欲しかったのよ。なんて艶やかな黒髪でしょう。瞳も黒水晶のように澄んで美しい。お肌は色白なのね」
「デイジーお姉様も素敵です。大人の女性の色香が漂ってきます」
デイジーお姉様の黒髪も凄く艶やかで、ウエーブのあるロングの髪だった。瞳もそれこそ黒水晶のように澄んでいます。お肌の色も色白で、とても綺麗な人です。
綺麗にお化粧されていて、赤い紅が際立って見えた。
「わたくしの幼い頃のドレスを探してみたの。少し流行遅れですけれど、汚れてはいないわ。サイズは分からないので、幾つか持ってきたのですけれど、合わせてみてね」
「ありがとうございます」
「ドレスを買いに行くときは、一緒に行きましょう。似合うドレスを選ばせてね」
「え、あの、わたし、一文無しなのです。何も持たずに家出をしてきたので」
「そんなこと気にしないで。家に戻るつもりはないのでしょう?」
「はい」
「それなら、ここに住めばいいわ。わたくしも妹ができて嬉しいわ」
「ありがとうございます」
デイジーお姉様付きのメイドが、たくさんのドレスを持ってきていた。それをマローとメリアに手渡している。
「姉上、ありがとうございます」
「いいのよ。この子なのでしょう?貴方が洞窟の前で待っていたのは?」
「ええ、そうです」
「良かったわね、洞窟もよく持ったわね。いつ崩れるか分からない物に、魔力を使って、お父様もお母様も呆れていたわ」
「そうですね、ですが、こうして来てくれました」
「早めに、お父様とお母様にも会わせなさいよ。二人とも待っているわ」
「ああ、そうする」
「では、ミルメルちゃん、またね」
デイジーお姉様は、ヒラヒラと手を振るとメイドを伴って、部屋から出て行った。
ミルメルちゃんと呼ばれて、なんだか自分がとても幼くなった様な気がします。
「ミルメル、あれが俺の姉だ。気ままに暮らしている。仲良くしてやってくれ。ミルメルの事は気に入っているようだ」
「はい、優しいお姉様で、わたしの本物の姉より優しいですわ」
「ドレスのサイズが分からないからと、大量に持ってきたが、合わせてみてくれ。それが終わったら、食事に行こう」
「はい」
「マロー、部屋にいる。準備が済んだら、呼びに来てくれ」
「畏まりました」
アクセレラシオン様は、わたしの頭を撫でると、わたしの頬にキスをしてから部屋から出て行った。
マローとメリアがお辞儀をしている。
二人がいるのに、キスをするなんて、恥ずかしい。
アクセレラシオン様は、恥ずかしくはないのかしら?
「お嬢様、ドレスを見ましょう」
「はい」
マローとメリアと一緒にクロークルームに入ると、二人はいろんなサイズのドレスをあてがい、わたしのサイズを探してくれた。
デイジーお姉様はとてもお洒落だと分かった。
身につけたドレスは、アルテアお姉様が身につけていたドレスより、ずっと可愛らしくいい素材の物だった。
「お嬢様、とてもお似合いになりますわ」
「見違えてしまいますわ。アクセレラシオン様も喜ばれます」
わたしには買ってもらえなかった素敵なドレスを身につけて、嬉しくて微笑む。
花祭りに身につける白いドレスに、花の代わりに小花の刺繍が施されている。
花祭りのドレスより、とても上品だ。
たくさんのドレスの中で、わたしに合ったものは、小さい物から二つ目の物だった。
少し幼いデザインだけれど、着たことのない物なので、とても嬉しい。
マローはアクセレラシオン様を呼びに出た。
メリアと返却するドレスを纏める。
ちょうどいいドレスだけでも、一週間分はありそうだ。
色鮮やかで、ドレスを見ているだけで幸せな気分になってくる。
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