5 / 51
5 ミルメルが帰ってこない
しおりを挟む
花祭りが終わり、ブレザン侯爵家の一家とマクシモム王太子は夕方には帰宅した。
皆でサロンに入り、メイドがお茶を淹れている。
邸の使用人達は、まだ片付けに追われている。
お茶を淹れるから、お茶を飲ませてやろうと呼びに行かせたが、ミルメルが部屋にいないとのこと。
メイドに部屋の様子を見てもらうと、持ち出した物もないという。
キッチンにいたシェフは、『食事を食べに来なかったので、お祭りに行かれたと思っていました』と答えた。
着替えも食べ物も持ち出さずに、家出をしたようだ。
なんと馬鹿な妹だ。
着替えはともかく、食べ物と水くらいは、持ち出さなければ生きていけない。
そんな事も分からないとは、情けない。
「今日はわざわざ古いドレスなんて着て、みっともなかった」
「ミルメルは舞のドレスを着たがっていたのよ。お父様が、頑張れば着られるかもしれない……なんて、期待を持たせるような言い方をするから、毎年、あの子、舞の練習をしっかりしていたのよ。舞わせたら、わたくしより上手だと思うわよ。わたくしは練習もしていないもの」
「ミルメルに舞わせるだと?一度も父はそんなことは言ってはいない」
「わたくしだって、みそっかすのミルメルに、舞わせるつもりは微塵もないわ」
「そうですとも、ミルメルは、もっと早くに修道院に入れてしまえば良かったわ。まさか、家出をするなんてブレザン侯爵家の恥」
「お母様、まだ家出とは決まっていませんわ」
わたくしは、とにかく落ち着こうと、紅茶を一口飲んだ。
「アルテア、ミルメルは森のような緑色のドレスを着ていなかったか?」
「そうね」
わたくしの婚約者であるマクシモム王太子は、無口だが、影で時々ミルメルの事を気にかける。
その事が、気に入らない。
わたくしの婚約者なら、わたくしだけを気にかければいいのに。
「マクシモム王太子、折角、王都から来てくださったのに、ご迷惑をかけますわ。あの子の事ですもの。数日、家出をしたら、お腹を空かせて戻ってきますわ」
「そうね、あの子はどこにも行く当てもないのですから、数日で帰ってきますわ」
お母様はわたくしに合わせて、くださいました。
「だが、森のような色のドレスを着て、森の中に入っていたら、森の中では同一色配色で、その姿は消えて見えるのではないか?」
「この森は迷いの森。一度入った者は戻って来ないと言われていますのよ。ね、お父様」
「そうである。昔、ミルメルが一度、森の中に入った事があるが、偶然が重なったのだろう。戻ってきたが、この村の者もこの森の中には入らない。人食いの森なのだ」
「それなら、捜索隊を」
「マクシモム王太子、それは必要ありません。ミルメルにもこの森の恐ろしさを教えてある。自分で入ったのなら、それは自死を選んだ事になる。自死をするような娘は、我が一族には要らぬ」
「……」
お父様は、厳つい顔で、怒鳴った。
マクシモム王太子は口を噤んだ。
あらら、ミルメル、帰ってきたら、お父様に殴られるわね。
馬鹿な妹。
お父様も、マクシモム王太子がいる前で、大声を出してお行儀が悪いわ。
まったく恥ずかしい。
今日はわたくしの誕生日なのに、家出なんて迷惑だわ。
シェフが大きなケーキを焼いて、豪華な料理も準備されていますのよ。
本当に、気が利かないんだから。
心配してもらおうと、誕生日の日に家出をするなんて、帰ってきたら、聖魔法を全身に浴びさせて、闇の魔力を浄化してしまおうかしら?
そうしたら、闇の力も弱くなるわ。
魔力が弱くなれば、体が弱る。
動きたくても、動けなくなるはずだ。
修道院に入れるのもいいかもしれないけれど、聖魔法の生け贄にするのも悪くない。
研究のために、その身を差し出せば、我が家の功績にもなる。
闇属性の者は、この国にミルメルしかいない。
他国には闇属性しかいない国もあると聞いた事がある。
その国と戦争になったときに、闇の力を削ぐ方法を研究したいのだ。
ミルメルで研究をしたいと言えば、自ら身を差し出すだろう。
ドレスの一着でも、プレゼントしてあげれば、ミルメルは言うことを聞くはずよ。
いつもわたくしのドレスを見て、羨ましそうにしていたのだから。
好き嫌いは別として、貴重な研究材料なのだ。
未成年にそんな研究はできないが、わたくし達は、成人になったのだから、これからは、ミルメルを好きなように研究できる。
「ミルメル、早く帰ってくるといいわね」
「ああ、そうだな」
マクシモム王太子は、大きく頷いた。
ミルメルと話をしないくせに、心から心配しているようで、なんだか苛々しちゃうわ。
「お料理の支度が整いました」
宰相がやって来て、美しいお辞儀を披露した。
「そうか、では、ダイニングルームに移動しよう」
「マクシモム王太子、一緒に参りましょう」
「ああ、では行こうか?」
王太子はわたくしに手を差し出して、エスコートしてくださいます。
なんだかんだ言っても、彼はわたくしを好きですもの。
ミルメルなんて関係ないわ。
両親は満足げな顔をしている。
ダイニングテーブルに並べられた料理は、わたくしの好物ばかりだ。
わたくしは、ミルメルを妹だと思った事はない。
同じ顔をして、瞳と髪の色が違う他人。
ミルメルを見ていると、鏡を見ているようで気持ちが悪い。
わたくしが黒くなくて、本当に良かったわ。
皆でサロンに入り、メイドがお茶を淹れている。
邸の使用人達は、まだ片付けに追われている。
お茶を淹れるから、お茶を飲ませてやろうと呼びに行かせたが、ミルメルが部屋にいないとのこと。
メイドに部屋の様子を見てもらうと、持ち出した物もないという。
キッチンにいたシェフは、『食事を食べに来なかったので、お祭りに行かれたと思っていました』と答えた。
着替えも食べ物も持ち出さずに、家出をしたようだ。
なんと馬鹿な妹だ。
着替えはともかく、食べ物と水くらいは、持ち出さなければ生きていけない。
そんな事も分からないとは、情けない。
「今日はわざわざ古いドレスなんて着て、みっともなかった」
「ミルメルは舞のドレスを着たがっていたのよ。お父様が、頑張れば着られるかもしれない……なんて、期待を持たせるような言い方をするから、毎年、あの子、舞の練習をしっかりしていたのよ。舞わせたら、わたくしより上手だと思うわよ。わたくしは練習もしていないもの」
「ミルメルに舞わせるだと?一度も父はそんなことは言ってはいない」
「わたくしだって、みそっかすのミルメルに、舞わせるつもりは微塵もないわ」
「そうですとも、ミルメルは、もっと早くに修道院に入れてしまえば良かったわ。まさか、家出をするなんてブレザン侯爵家の恥」
「お母様、まだ家出とは決まっていませんわ」
わたくしは、とにかく落ち着こうと、紅茶を一口飲んだ。
「アルテア、ミルメルは森のような緑色のドレスを着ていなかったか?」
「そうね」
わたくしの婚約者であるマクシモム王太子は、無口だが、影で時々ミルメルの事を気にかける。
その事が、気に入らない。
わたくしの婚約者なら、わたくしだけを気にかければいいのに。
「マクシモム王太子、折角、王都から来てくださったのに、ご迷惑をかけますわ。あの子の事ですもの。数日、家出をしたら、お腹を空かせて戻ってきますわ」
「そうね、あの子はどこにも行く当てもないのですから、数日で帰ってきますわ」
お母様はわたくしに合わせて、くださいました。
「だが、森のような色のドレスを着て、森の中に入っていたら、森の中では同一色配色で、その姿は消えて見えるのではないか?」
「この森は迷いの森。一度入った者は戻って来ないと言われていますのよ。ね、お父様」
「そうである。昔、ミルメルが一度、森の中に入った事があるが、偶然が重なったのだろう。戻ってきたが、この村の者もこの森の中には入らない。人食いの森なのだ」
「それなら、捜索隊を」
「マクシモム王太子、それは必要ありません。ミルメルにもこの森の恐ろしさを教えてある。自分で入ったのなら、それは自死を選んだ事になる。自死をするような娘は、我が一族には要らぬ」
「……」
お父様は、厳つい顔で、怒鳴った。
マクシモム王太子は口を噤んだ。
あらら、ミルメル、帰ってきたら、お父様に殴られるわね。
馬鹿な妹。
お父様も、マクシモム王太子がいる前で、大声を出してお行儀が悪いわ。
まったく恥ずかしい。
今日はわたくしの誕生日なのに、家出なんて迷惑だわ。
シェフが大きなケーキを焼いて、豪華な料理も準備されていますのよ。
本当に、気が利かないんだから。
心配してもらおうと、誕生日の日に家出をするなんて、帰ってきたら、聖魔法を全身に浴びさせて、闇の魔力を浄化してしまおうかしら?
そうしたら、闇の力も弱くなるわ。
魔力が弱くなれば、体が弱る。
動きたくても、動けなくなるはずだ。
修道院に入れるのもいいかもしれないけれど、聖魔法の生け贄にするのも悪くない。
研究のために、その身を差し出せば、我が家の功績にもなる。
闇属性の者は、この国にミルメルしかいない。
他国には闇属性しかいない国もあると聞いた事がある。
その国と戦争になったときに、闇の力を削ぐ方法を研究したいのだ。
ミルメルで研究をしたいと言えば、自ら身を差し出すだろう。
ドレスの一着でも、プレゼントしてあげれば、ミルメルは言うことを聞くはずよ。
いつもわたくしのドレスを見て、羨ましそうにしていたのだから。
好き嫌いは別として、貴重な研究材料なのだ。
未成年にそんな研究はできないが、わたくし達は、成人になったのだから、これからは、ミルメルを好きなように研究できる。
「ミルメル、早く帰ってくるといいわね」
「ああ、そうだな」
マクシモム王太子は、大きく頷いた。
ミルメルと話をしないくせに、心から心配しているようで、なんだか苛々しちゃうわ。
「お料理の支度が整いました」
宰相がやって来て、美しいお辞儀を披露した。
「そうか、では、ダイニングルームに移動しよう」
「マクシモム王太子、一緒に参りましょう」
「ああ、では行こうか?」
王太子はわたくしに手を差し出して、エスコートしてくださいます。
なんだかんだ言っても、彼はわたくしを好きですもの。
ミルメルなんて関係ないわ。
両親は満足げな顔をしている。
ダイニングテーブルに並べられた料理は、わたくしの好物ばかりだ。
わたくしは、ミルメルを妹だと思った事はない。
同じ顔をして、瞳と髪の色が違う他人。
ミルメルを見ていると、鏡を見ているようで気持ちが悪い。
わたくしが黒くなくて、本当に良かったわ。
2
お気に入りに追加
133
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
黒いモヤの見える【癒し手】
ロシキ
ファンタジー
平民のアリアは、いつからか黒いモヤモヤが見えるようになっていた。
その黒いモヤモヤは疲れていたり、怪我をしていたら出ているものだと理解していた。
しかし、黒いモヤモヤが初めて人以外から出ているのを見て、無意識に動いてしまったせいで、アリアは辺境伯家の長男であるエクスに魔法使いとして才能を見出された。
※
別視点(〜)=主人公以外の視点で進行
20話までは1日2話(13時50分と19時30分)投稿、21話以降は1日1話(19時30分)投稿
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
オタクな母娘が異世界転生しちゃいました
yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。
二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか!
ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる