精霊王の花嫁(完結)

綾月百花   

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2   闇の妖精

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 森の奥の方にひたすら歩いて行くと、道という道がなくなってくる。

 獣道のような所を通って、もっと奥に進むと、洞窟がある。

 わたし以外には聞こえない『声』がその洞窟の中から聞こえてくるのだ。

 その事に気づいたのは、ずっと昔のことだった。

 6歳頃だったと思う。

 初めてアルテアお姉様が舞を舞った翌日に、一度だけ、森の中に一人で入っていった。

 道なき道を進んでいくと、洞窟があった。

 洞窟の中から、わたしを呼ぶ声が聞こえたのだ。

 その時は、怖くて、その中に入ることはできずに、来た道を戻っていった。

 朝早くに出掛けたのに、邸に戻ったら夕食の時間を過ぎていた。

 わたしが森の奥に出掛けていった事を知ったお父様は、帰宅したわたしを叱った。

 この森は、深く、人が入ると出てこられなくなるかもしれない迷いの森だというのだ。

 今まで何人も、森から帰ってこなかった者がいるという。

 決して森の奥へは入っていけないと言われた。

 けれど、その日のわたしは、全ての事がどうでもよくなっていた。

 最初からアルテアお姉様に舞をさせるつもりだったのに、毎年、わたしにもチャンスがあるように言っていたお父様に騙されていたと、やっと気づいたのだ。

 お母様も同罪だ。

『しっかり練習をすれば、きっとチャンスがあるでしょう』なんて言葉は、毎年、何度も聞いていた。

 わたしは、今日、16歳になった。

 騙すにしても、もう成人を迎えた娘にいつまでも嘘が通じるわけがない。

 もう二度と、舞は舞わないだろう。

 もう二度と、期待させられる言葉に、踊らされることもないだろう。

 わたしは、禁忌を犯すことで、両親へ反発することにしたのだ。

 決して入ってはいけない森に、行ってみようと思ったのだ。

『声』は洞窟から、わたしを呼んでいる。

 10年も無視してきたから、『声』は途中で消えてしまうかもしれない。

 このまま邸に戻れないかもしれない。

 それでもいいと思えていた。

 厄介者のわたしがいなくなれば、家族も喜ぶかもしれない。

『双子の妹は、みそっかす』

 皆がそう言っていることは知っている。

 アルテアお姉様がいれば、なんの問題もない。

 今日、マクシモム・ヘルティアーマ第一王子が祭りを見学に来たのは、アルテアお姉様との結婚が決まったからだ。

 聖なる光の魔術師であるアルテアこそ、次期王妃に相応しいと言われている。

 邪悪な闇属性であるわたしの存在は、きっとアルテアお姉様の為にならない。

 成人を迎えたら、修道院に入れられる身だ。

 身柄を確保される前に、出て行こう。

 食べ物も着替えも持たずに家出したら、どうなるか知らないわけではないけれど、それこそが両親やアルテアお姉様への反発なのだ。

『こっち、そのまま真っ直ぐ』

『怖くないよ。ぼくたちが一緒にいるから』

 幻覚が見えているのか、黒髪の妖精のようなモノが見えている。

 羽は黒く透けている。

 大きさは、わたしの掌ほどだ。

 その妖精が、二匹から三匹、四匹と増えていく。

『頑張れ、もうちょっと』

 妖精達は道案内をしてくれている。

 なんだか、可愛らしい。

 顔は皆、愛らしい顔をしている。

 男の子も女の子もいるような気がする。

 髪の長い妖精や髪の短い妖精もいる。

 波立っていた気持ちが、妖精達の声を聞いていると、少しずつ落ち着いてきた。

 このまま森の妖精になってしまってもいいかもしれない。

 彼らは、何を食べて生きているんだろう?

 洞窟の前に到着したのは、もう太陽が空の天辺より過ぎた頃だった。

 洞窟は木々に覆われた場所にある。

 一見、そこに洞窟があるとは分からないけれど、わたしには洞窟がはっきり見える。

 わたしは洞窟の中に入った。

 ヒンヤリとした空気が体を纏う。

 闇魔法で、暗闇を吸い込み、辺りは薄暗くなった。

 なんとか歩いていけそうだ。

 妖精達は、真っ直ぐにと言っている。

 それなら、真っ直ぐに行くしかない。

 洞窟の中は寒くて、髪に巻いていたストールを肩にはおった。

 それでも、寒い。

 火属性は持ってないので、周りを温かくすることはできない。

 こんな時、光属性を持っていたら、辺りを明るくできて、太陽のような温かな気温を作れたのに、どうして、闇属性は使えないのだろうか?

 わたしが使える魔法は、闇を吸い取る魔法くらいだ。

 攻撃魔法は正式な訓練を受けた者しか使えない。

 それに、令嬢は一般的に使わない。

 そもそも、その方法も知らない。

 慈愛の魔法は、令嬢も使えるのだけれど。

 使える者は、アルテアお姉様だけだ。

 やはり、アルテアお姉様が羨ましい。

 幼い頃から、両親に期待されて、幼いときから許嫁がいて、王家にも期待されて、その全てが羨ましい。

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