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70   アリス夫人の裁判

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 国際裁判所の大きな部屋の中には、原告をシオンとして、被告はアリス・プロートニク公爵夫人が座っている。

 アリスは薄汚れたドレスに、顔や肌も薄汚れている。

 囚人はお風呂に入れないらしい。

 微かに臭い匂いがする。

 裁判官は壇上の上に座っている。

 わたしは原告側の椅子に兄様と座っている。わたしは兄様の手を握った。

 兄様が、わたしを見た。

 兄様は白い包帯から、黒い眼帯に代わっていた。黒いスーツによく似合っていた。


「今日は勝ちますわよ」


 わたしは微笑んだ。


「ああ」


 兄様も微笑んだ。

 被告側の家族席にはアリスのご両親が座っている。兄がいるのか、ご両親の隣に座っている。


「被告、アリス・プロートニク公爵夫人、プロートニク公爵から離婚届が提出されております。国際裁判所で判断し、離婚は妥当だと決定しました。今後、旧姓に戻り、アリス・クロベルナ伯爵令嬢となります。裁判中はアリス令嬢と呼ばせて戴きます」


 裁判が始まった。


「アリス令嬢、貴方は不倫をしていましたね?」

「していません。アルギュロス様の勘違いです」

「裁判長、証人を三人呼んでおります」

「発言を許す」

「イーリス・ザイン侯爵子息、ケビン・エーラ伯爵子息、マイケル・ミスト伯爵子息、証言台の前に移動してください」


 三人の男性が証言台の前に移動してきた。


「貴方達は、アリス令嬢と男女の関係でしたか?」

「はい、アリスに頼まれました。プロートニク公爵が種なしで、子供ができないから、子種を分けて欲しいと頼まれました。なので、俺達三人は、協力して子種を分け与えておりました」

「寝たと言うことですね?」

「はい」 


 三人が返事をした。


「この事件で知り得た事は、ありますか?秘密にしていれば、処罰されます」


 イーリス・ザイン侯爵令息は手を挙げた。


「離婚を言い渡されたので、俺に結婚してくれと迫ってきましたが、断りました。最初の約束は、子種を分け与えて欲しいというものでしたので」

「日常的に、関係があったのですね?」

「子作りなら、頻繁にしなきゃできないと思って、仕事を工面して会っていました」

「俺も婚約者がいるから断りたかったのですが、子種が必要だから手伝って欲しいと頼まれました」

「俺も同じです。本当は困っていたんです」


 イーリス・ザイン侯爵子息に続き、ケビン・エーラ伯爵子息、マイケル・ミスト伯爵子息が必死に自分を守っている。

 不倫をしていたのはお互い様だと思うけれど、この裁判の後に、きっと婚約は破談になるでしょうね。


「貴重な意見感謝致します。席に戻ってください」


 三人は傍聴席に戻って行った。


「アリス令嬢、不倫をしていましたね?」

「子作りをしていたのです」

「子作りの相手は、一般的に夫婦ならば夫となりますが、夫以外と子作りをしていた事を何というかご存じですか?」

「……不倫です」

「アリス令嬢は不倫をしていたで、間違いはないですか?」

「はい」


 アリス令嬢は、俯いている。

 灰色になった眼帯が、チラリと見えた。


「離婚を言い渡されて、どうしましたか?」

「実家に戻りました」

「実家に戻り、両親になんと告げたのですか?」

「離婚を言い渡されたと」

「理由は?」

「不倫です。お母様にはすぐバレました。お父様は気づかれぬように謝りなさいと言いました」

「それから、どうしましたか?」

「ザインに結婚を頼みに行きました。でも断られました。いつも結婚をしてやるって言っていたのに、騙された気分でした」

「騙されて、怒りが増した?」

「増しました。アルギュロス様のところに戻って、色々考えました?」

「例えばどんなことを?」

「私はあの邸にあった肖像画が嫌いでした。とても怖くて、見るとゾッとしていました」

「それは、今の質問の答えではないですね?どんなことを考えたのですか?」

「あの邸は、使用人が少ないのです。あの時も乳母しかいませんでした。乳母に謝りたいから、アルギュロス様を呼んで欲しいと言いました」

「それで謝ったのですか?」

「いいえ、ここで乳母もアルギュロス様も殺して、嫌いな絵ごと邸を燃やしたら、私は可哀想な公爵家の未亡人になれると思ったのです。ちょうど、刺すのに適した傘を持っていたので、それで、順番に刺していったのです」

「殺意があったと?」

「殺すつもりが、邪魔が入りました。アルギュロス様の妹が、邪魔をして、私の目を失明させました。目がとても痛くて、目も見えず、とても不自由な生活をしています」

「不自由になったのは、アリス令嬢だけですか?」

「そんなこと知りません」

「アリス令嬢は、乳母を滅多差しにして殺し、アルギュロス殿の目を貫き、体中滅多差しにした。アルギュロス殿は3ヶ月に及ぶ、長い時間、治療を受けられたのです。目は貴方と同じで失明しています。アルギュロス殿を不自由にして、何か言いたいことはありますか?」

「死ねばよかったのに」

「裁判長、この事件のあらましは、この様な状態です」

「被告からは、何か言いたいことがあれば、どうぞ」

「犯人、アリス令嬢の両親からは、謝罪をしたいと申し出がありました。反論はないとのことです」

「では、被告の両親に発言を許す」


 被告側の席から、両親二人が証言台の前に移動した。


「娘が、この様な残虐な殺人、殺人未遂を起こしたことを、お詫び致します。アルギュロス・プロートニク公爵には、娘にも、我が家にも支援をしてくださったのに、申し訳ございません。支援してくださった、我が家の会社をプロートニク公爵の元にお返しします」


 夫婦は頭を下げられた。

 兄様は、夫人のご実家の支援もしていたのね。

 アリス令嬢は知っていたのでしょうか?


「お父様、私、そんな話、聞いてないわ」

「恩に報いるように告げた。理解が及ばなかったのは、遊び歩いていたからであろう。きちんと罰を受けなさい」


 父親は、そう言うと一礼をして、席に戻っていった。


「では、判決を言い渡す」


 裁判官の声が、響いた。


「アリス・クロベルナ伯爵令嬢、自分の夫を殺して、悲劇の未亡人になろうとした行い、前代未聞である。夫であったプロートニク公爵殺人未遂、乳母殺人、放火により、邸に残っていたメイド、シェフ、騎士の殺人未遂にて、極刑と致す。火刑は一週間後広場にて行います」

「嫌よ、嫌よ」

「静粛に」

「クロベルナ伯爵家は爵位剥奪、父親はこの件をなかったことにしようとした。よって永久に東の鉱山にて任務を果たすように。母親、クロベルナ伯爵夫人は、娘の行動を止められなかった罪にて、西の修道院にて永久に勤めるように。兄、ラルベ殿は市井に下りることを命じる。これにて閉廷とする」


 泣き出したアリス令嬢が連れて行かれて、アリス令嬢の両親も連れて行かれた。

 裁判官達が退場していく。


「兄様、終わりましたわ。シオンにお礼を言いにいきましょう」

「ああ、アナ、マリアナ、今までありがとう」

「お礼は要りませんわ、兄様はよく頑張っていらした。子供の頃も、今も。コツコツ頑張る事は、誰にでもできることではありません。歩みは人それぞれ違います。兄様は、兄様の歩みでいいのです。誰かと比較すると、心が苦しくなります。わたしもそうでした。これからは、わたしも一緒に頑張りますね」

「生意気なことを」

「えへへ」


 わたしは普段の貴婦人の笑いではなく、子供のように笑いました。

 どんな兄様でも、わたしの家族です。

 わたし達は、結局、シオンが迎えに来るまで、手を繋いでいました。

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