《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

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49   お月見パーティー アメリア編(1)

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「アメリア、クラースはクラクシオンの近衛騎士団長だ。分かっているのか?」

「知っているわ。お父様。だから何だというの?好きになったお方が、たまたまクラースだっただけよ」

「クラースは、クラクシオンの近衛騎士になっただけではなく、近衛騎士を纏める騎士団長に上り詰めた男だ。その辺の騎士とはランクが違う。並大抵な努力でなれる物ではない」

「素敵じゃないかしら。私の伴侶として申し分ないわ」

「そうではない。アメリアがもし、クラースと結婚したとしよう。クラースは邸に滅多に戻らぬが、文句はないか?」

「お仕事なら仕方がないわ」

「何日も邸に戻らぬ事も多いが、寂しくはないか?ずっと一人で、帰らぬ夫を待ち続けるのか?食事を食べるときも一人であるぞ。眠るときも一人であるぞ。話をしたいと思ってもその相手は、邸に戻ってこぬぞ。戻ってきても、眠りに帰ってくるだけだ。疲れた体を休めたら、直ぐにクラクシオンの護衛に就く。クラースは毒の耐性を持った貴重な騎士だ。だが、その毒の影響で、子ができぬ可能性もある。アメリアは帰らぬ夫を待ち続け、子も授かることもないかもしれぬのだぞ」

「お父様も諦めろと言うのね?」

「アメリアの心配をしておるのだ。シャイン公爵家から是非にと縁談の申し込みも来ておるのに、孤独な結婚をするのか?」

「クラースにもっと楽な仕事に移ってもらえばいいでしょう?」

「まだ、分からぬのか?クラースが手にしたクラクシオンの近衛騎士団長という名誉な所属は、並大抵な根性ではなれる物ではない。普通の騎士よりも、より強く、冷静でなければ近衛騎士にはなれない。そのうちの団長の座は、騎士の一番という座だ。クラクシオンに忠誠を誓い、命に替えてクラクシオンを守ると宣誓した者しかなれない。クラースの命はクラクシオンの為の物なのだ。毒耐性も、持っておるのは、何人かはおるが、今の所クラースだけが、より多くの毒耐性を持っておる。アメリアが万が一、倒れたとしても、クラースはアメリアの元には来ない。近衛騎士とは、そういう任務も持っておる。親の死に目にも会えない覚悟のない者はなれない。アメリアが死にかけていても、クラースは来ないのだぞ。それでも、クラースを愛していけるのか?アメリアは決して一番にはなれない。クラースの一番は、クラクシオンだからだ」

 今まで私に優しくしてくださっていたお父様は、今日はとても厳しい顔をなさって、クラースの事を何度も話す。

 お母様は、今日は味方になってくださらない。

 クラースを好きなことは、そんなに悪い事なの?

 クラースの一番は、結婚をしたら、きっと私になると思うのよ?

 毒耐性があるから、子供ができないかもしれないと言われたけれど、別に子供ができなくてもいいわ。

 大好きになったクラースと結婚をできるなら、多少、寂しくても我慢ができるし、待つことだってできるわ。

 もう、子供じゃないんですもの。

 お父様もお母様も大袈裟なのよ。


「クラースから手紙を預かった。読みなさい」


 お父様は封のされていない封筒を私に渡した。

 のり付けも何もされてない白い封筒だった。

 中を見ると便箋が一枚入っている。

 私はその便箋を取り出して読んだ。




『要件だけで失礼します。私、クラース・ラクリマはクラクシオン皇太子殿下の近衛騎士団長という名誉な任務を任されるまで、日夜、努力をしてきました。この任務を誰にも譲るつもりはありません。この命はクラクシオン皇太子殿下の為に。
 アメリア皇女殿下に慕われることは、私にとって、迷惑であります。どうぞ、私の事は素早く忘れてくださいますようにお願いいたします。
                     クラース・ラクリマ』



 
 要件だけ書かれていたクラースの手紙には、私に慕われることが迷惑だと書かれている。

 これは、あまりにも不敬?

 私が纏わり付く事が、相当、迷惑なのだと、この手紙が伝えている。


「しっかりと読んだか?クラースから愛されることは決してない」


 お父様は、手紙に続き、私に釘を刺す。

 私は最愛のクラースからの手紙を、封書に入れて、しっかりと持った。


「結婚したら変わるかもしれないわ。私は可愛いでしょう?」

「クラースは、クラクシオンに命を預けておるのだ。結婚する気はないだろう」

「どうしても、私に諦めろと言うのね?」

「そうだ」


 お父様は、クラースの手紙のように、簡潔に答えられた。


「アメリア、貴方は大勢の兄姉の中で末の娘として甘やかされてきたわ。一人になることを知らないでしょう?一日中誰とも話さずに生きてきたことはなかったはずよ。帰ってこない人を待つのは、悲しい物よ。マリアナに聞いてみてご覧なさい。11年も人質にされて、ドゥオーモ王国で冷遇され続けたマリアナが、時々、寝込むのは、もう精神が限界になっているからなの。クラクシオンが、無償の愛で包み込み、やっと笑顔が出るようになったけれど、11年の孤独は、並大抵では耐えられないのよ。アメリアがもし、クラースと結婚したとしましょう。結婚生活は、今までアメリアが生きてきた時間より、ずっと長いのよ。その時間を孤独の時間にして後悔はないかしら?愛してももらえず、ただ帰りを待つだけよ。一晩休めば、また仕事に出てしまうわよ。次、いつ帰ってくるかも分からないのに、誰とも話さずに、待てるの?お母様には無理よ。お母様にはお父様もいますし、可愛い子供達もいますからね。でも、アメリアが歩もうとしている道は茨の道よ。夫は帰らない。子供もできないかもしれない。何を楽しみに生活をするの?」

「……」

 お母様の話を聞いていたら、涙が、零れてきた。

 どうして、皇女である私が愛されないのでしょう。

 お兄様に忠誠を誓っていてもいいけれど、私の元に戻って来ないなんて、夢も希望も持てやしない。


「クラースの事は諦めなさい」


 お父様が、私の頭を撫でた。

 大きな掌で、優しく撫でられるのは、好きなの。

 お父様のような、立派な人と結婚したかった。


「アメリアを好いているという公爵家の令息がおるのだ。公爵というのは、皇帝と縁戚のある家柄だと分かるね」

「はい」

「血は薄くなっている。いい縁談だと思う。何よりアメリアを好いてくれている」

「はい」

「名前はシェック・シャイン公爵令息だ。歳は19歳だ。貴族学校で、優秀な成績を残していたそうだよ。アメリアとはダンスを何度か踊った事があるらしい」

「はい」

「今夜、お月見パーティーがある。そこで顔合わせをしよう。いいね?」

「……はい」


 私はクラークの手紙の入った封筒を握りしめた。

 シリピリーお姉様が結婚をなさるから、私の婚約を急いでいるのは気づいていたが、私は初恋の人とは結ばれないようだ。

 クラースは、最近、姿を見せない。

 避けられていることは気づいていたが、この手紙は真実なのだろう。

 クラースにとって、私の存在は迷惑なのだ。


「ゆっくり休んで、今夜のパーティーの準備をしていらっしゃい」

「はい」


 私はお辞儀をすると、父の執務室から出た。

 重い溜息をついて、部屋に戻っていった。

 侍女を下がらせて、クラースからの手紙を読み返す。

 何度読んでも、未来に希望はないと思える。

 クラクシオンお兄様とマリアナの婚約パーティーの時に、一度だけ私をエスコートしてくださった。

 鍛え上げられた逞しいお体に、凜々しいお顔立ち、少しだけ無愛想な口調は、男の中で生きてきたからだと思えた。

 クラースは侯爵家の嫡男だが、家督は弟が継ぐそうだ。

 お父様が言ったように、クラースは、クラクシオンお兄様の近衛騎士団長という役目を第一に考えていると、既に本人から言われている。

 それでも諦められずに、マリアナとお茶会をするとき、クラクシオンお兄様をお誘いして、その背後にいるクラースを愛でていたが、それもできなくなった。

 勤務変更がされて、クラクシオンお兄様の背後の騎士が変わってしまった。

 私はクラースに愛されてはいない。

 私が愛するほど、クラースは私から離れていく。

 近衛騎士団長という役目は、クラースにとって、結婚をすることより重要な事なのだ。

 この恋愛に、終止符を打たなければならない時が来たのだろう。

 今日のお月見パーティーで、私は婚約者になるお方を紹介されて、その方の元へいずれ嫁ぐのだ。

 マリアナが無性に、羨ましい。

 クラクシオンお兄様に無償の愛で包み込みこまれて、行方不明の間も、ずっと愛されていたのだから。

 マリアナの救出作戦は、何年もかかり、慎重に捜査もされた大がかりな物だった事は、見ていて分かっていたが、それを差し引いても、今のマリアナはクラクシオンお兄様に愛されて、幸せそうだ。

 マリアナとは同い年だからか、どうしても比較してしまう。

 羨ましい。

 マリアナに過去の記憶がないというのは、もしかしたら嘘かもしれない。

 過去を失っているのに、幼い頃と同じように、クラクシオンお兄様と仲良くされている姿を見ると、やはり疑ってしまう。

 幼い頃のマリアナは、猪突猛進で、一度見た物は忘れない記憶力の保持者だった。

 言葉を覚えるのも、文字を読むのも書くのも、私とは比較ができないほど早かった。

 だから、マリアナの両親は、幼いマリアナに医術を見せていたのだ。

 5歳の子に医術を学ばせていたマリアナの両親の気が知れなかったが、私はやはり多彩な才能を持ったマリアナと比較されて、マリアナを好きではなかった。

 マリアナが行方不明になっても、寂しくなかったのだ。

 私の心が汚れているから、好きになったクラースに相手にされないのだろうか?

 自虐気味に笑って、クラースから届いた手紙を、ゴミ箱に捨てた。

 この恋は、自分から捨てる。

 それが皇帝の娘のあり方だ。

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