《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

文字の大きさ
上 下
29 / 71

29   頭の傷

しおりを挟む

 宮殿に戻り、わたしは皇帝陛下に謁見を申し出た。

 クラクシオン様はわたしを部屋に送ると、皇帝陛下の謁見のお願いに出掛けるという。

 その代わりに、メイドが部屋に入る。

 わたしを一人に絶対にさせない配慮がされているようだ。

 この部屋にペリオドス様がいらっしゃると怖いので、とても助かります。


「ゆっくりしていなさい」

「はい」


 優しいお言葉を残して、クラクシオン様は部屋を出て行かれた。

 わたしは窓辺のカウチに座った。

 窓辺の出窓には、アネモネの花が飾られている。

 毎朝、クラクシオン様が新しいお花を摘んできてくださいます。毎朝、一本ずつ。萎れてきた花と入れ替えていきます。なので、いつも綺麗なアネモネが生けられています。

 メイドが冷やした果実水をグラスに注いでくれた。


「外は暑かったでしょう。水分はしっかり取ってくださいね」

「ありがとう」


 とても口当たりのいい飲み物だ。

 冷たいのも口当たりがいいので、おかわりももらった。

 この部屋には、冷蔵庫があるようだ。

 ドゥオーモ王国で執務をしているときに、カタログで見たことがある。

 キッチンのシェフが、食中毒の予防のために、大型の冷蔵庫が欲しいと要望を出してきたことがあった。

 確かに夏などは特に、食べ物を購入しても、保存ができずに困っていたようだった。帝国に修行に出ていたシェフが、帝国では一般的に使われている物だからと申し出があったのだ。

 帝国からカタログを取り寄せて、予算を組んだ事がある。

 部屋に置くための小さな物もカタログに載っていたが、ドゥオーモ王国はそれほど裕福な国ではなかった。

 大きな企業があるわけでもなく、農地が殆どだ。

 コメや小麦を主に作り、それを輸出していた。

 国益の殆どは、農産物だった。

 国家予算でキッチンに冷蔵庫を入れることにしてもらい、残りの予算でいろいろ振り分けた時期もあった。

 冷蔵庫を個人の部屋に置けるだけの予算があるのは、さすがに素晴らしいと思う。

 ドゥオーモ王国ももっと産業を増やすべきだった。

 わたしが国務を行い始めたのは、11歳の頃からだった。

 田畑に水が湧き、その水源を元に川を作り、池も作った。元々、川魚の養殖場を作る予定だったので、その池を養殖場にした。

 田圃に水を与えやすいように、川から小川を作り、水田も作れるようになった。

 毎年、洪水が起こり、田畑が流され、民の家も同じように流されることが多かった。

 そこで考えたのが、ダムと堤防を作ることだ。

 わたしは他国の事例を参考にして、設計図を作成した。

 そして、約2年かかって完成した。

 洪水予防のダムと堤防を作ったのは、田畑を守ることが第一であった。

 次は林業も始めて、木材加工をする予定であった。

 少しずつドゥオーモ王国は発展し始めてきていた。その国をわたしは捨てたのだ。

 もう王太子妃ではなくなった。

 そうして、わたしは独身になったが、クラクシオン様と婚約をしようと思う。

 わたしを愛してくれるクラクシオン様を信じて、わたしも心のままにクラクシオン様を愛したい。そう思えるようになった。

 記憶を無くして覚えていない頃の事は、クラクシオン様が教えてくださると言ってくださいました。

 わたしの記憶は、きっと戻らないと思うのです。

 記憶を無くしてから、もう11年です。

 命は母様がわたしを抱えて守ってくださいました。

 母様も酷い怪我をして、命を落としてしまったのに。

 わたしの怪我がどのようだったのかも知る者は、おそらくドゥオーモ王国の国王陛下だけです。あと、わたしを保護していたノンブル侯爵でしょうか?

 何日で意識が戻ったのか。

 どれほどの傷だったのか?


「カリタ」

「はい」


 わたしはメイドの名前を呼んだ。


「どうされましたか?」

「少し、聞きたいことがあって」

「何でしょうか?」

「カリタは、わたしの頭を洗ってくださいましたね?」

「はい」

「わたしの頭に大きな傷跡はありませんでしたか?」

「恐れながら、お嬢様の頭に、大きな傷跡はあります。この間の傷ではなく、過去の傷跡だと思われます」

「どの辺りですか?」

「触れても、宜しいでしょうか?」

「はい、教えてください」

「髪が長いので、見た目には分かりませんが、頭を洗うときに、見えますので」

 カリタは、指で、わたしの頭を撫でていきます。

「けっこう大きな傷なのね」

「はい、初めて拝見したときは、驚きました。頭痛などはございませんか?」

「頭痛はないです。その傷が幼い頃の事故の傷なのね」


 カリタが指でなぞった傷跡は、頭を半分にするほどだった。

 生きていた事が奇跡なのだろうか?

 わたしにはメイドがいなかった。唯一、王妃様の手下のコレルも、わたしの頭を洗った事はなかった。

 わたしは5歳の頃から、自分の事は自分でしてきた。

 それは誰かに、その傷を見せない為だったのかもしれないと思った。

 王妃様の意地悪だと思っていたが、隠すためだとしたら、それを指示したのは、おそらく国王陛下だ。

 わたしが帝国の皇帝の姪だと知っていたから。

 人質にしたければ、隠した可能性が高い。

 信じていただけに、国王陛下の裏切りは、やはり辛い。

 儚くなった母の遺体は、帝国に戻された。その時に、わたしも引き渡していたら、父様はわたしを探すために時間を使うことはなかった。

 一番の極悪人は、国王陛下になる。

 王妃様は、その事を知っていたのだろうか?

 人質だと分かっていれば、ペリオドス様と結婚させて、白い結婚ではなく、本当の夫婦にさせてしまえば、無理矢理にでも帝国と姻戚になれたはずだ。

 ならば、知らなかったのだろうか?

 ひょっとしたら、国王陛下の子供だと思っていた可能性もある。

 そこにあるのは、嫉妬。

 国王陛下は王妃様を愛してはいらっしゃらなかった。

 仲良くしていらっしゃる姿は、公務の時以外はなかった。

 公務の時は、繕っていた可能性が高い。

 わたしは第二夫人とは会ったことはない。

 その子供達とも会ったことはない。

 名前すら知らない。

 同じ王宮内にいても、彼女たちは離宮に住み、本邸には来なかった。

 わたしは本邸の部屋から出てはいけないと言われていた。

 素直に言うことを聞いていたから、罰は受けなかったが、ペリオドス様のように落ち着きのない子だったら、もしかしたら、塔の上に幽閉されていた可能性もある。

 今さながらに、怖くなってくる。

 もう、戻る事はないと分かっていても、震えてくる。

 ふと、体が揺れる。

 目の前が暗くなる。

 貧血かしら?


「お嬢様、お顔の色がよくないですわ。ベッドに横になりましょう」

「大丈夫よ」

「アロージョ医師からの指示なので、お願いします」


 カリタは強引だった。

 わたしを抱き上げて、ベッドに運んでしまう。

 カリタはわたしよりも少し背が高いくらいなのに、簡単に抱き上げてしまうなんて、わたしはそんなに軽いのかしら?

 そうとは思わないけれど。


「カリタ、重いでしょう?わたし、ちゃんと歩けますわ」

「お嬢様は軽すぎです。もっと食事をしっかり食べて、よく寝なくてはいけませんよ」

「わたし、この後、皇帝陛下に謁見をお願いしておりますのよ」

「それなら、それまでお休みください」

「分かったわ。でも、クラクシオン様がいらしたら起こしてくださいね」

「分かりました」


 仕方なく、ベッドから下りることは断念した。

 目眩がしていたのは、確かだ。

 まだ疲れが取れていないのだろうか?

 ドゥオーモ王国での暮らしは、命を削るような生活だったことは分かっている。

 まさか、まだ目の下に隈があるのかしら。

 だとしたら、早く、体の疲れを取らなくては、あの顔はさすがにみっともないわ。

 わたしは、カリタの気配を感じながら、うつらうつらと眠りに落ちていった。

 
しおりを挟む
感想 114

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...