《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

文字の大きさ
上 下
11 / 71

11   クラクシオン皇太子帰還

しおりを挟む
 緊張からか、早朝に目覚めて支度も調えることができた。

 クラクシオン皇太子殿下一行は、今日、帰る予定になっている。

 馬車ではなく、馬でやって来た一行は、そのまま帝国に戻るそうだ。

 わたしは早めにダイニングルームに向かった。

 護衛の騎士達は、炊き出しをしているそうだ。

 本当は、護衛の騎士達にも食事を振る舞うべきだろうが、最初に「お構いなく」と言われたので、食事を提供するのは、クラクシオン皇太子殿下と宰相様、後は、クラクシオン皇太子殿下の近衛騎士様達のみだ。近衛騎士は毒味も兼ねているのだろう。

 食事の時に、代表の一人が最初に食事に手を付けている。

 その様子を見てから、食事を始められる。

 今朝もいつも同じ並びでお迎えした。


「たいへん、勉強になりました。いいダムもできておりましたし、堤防も安全にできていました。帝国でも、参考にしたいと思います」


 クラクシオン皇太子殿下は、食事の合間に、お話しになりました。


「参考になれば、何よりです」


 国王陛下は、ホッとした顔をなさった。

 わたしも任務を完了したような気分になりました。


「お礼に帝国にお迎えしたいと思います。国に戻りましたら、正式に皇帝陛下より使いの者を出させていただきます」

「お気になさらず」


 ペリオドス王太子殿下はにこやかに辞退したが、国王陛下は「ありがとうございます」と言い換えた。

 ペリオドス王太子殿下の言葉は、裏を返すと『迷惑だ』と言っているのも同然なので、国王陛下がすばやく言い直してくださり、ホッとしました。

 今日も王妃様をはじめ、ジュリアン様も朝から気合いの入ったドレスを身につけ、美しい宝石で飾られています。

 ジュリアン様の隣に座っているわたしは、地味です。

 相変わらず、目の下に隈を作り、古いドレスを身につけております。

 本当に、どちらが第一夫人か分かりません。

 実際、夫婦としては名ばかりの夫婦なので、悔しさなどはありませんし、わたしはペリオドス王太子殿下の事を微塵も好いていませんので、心が痛むこともありませんが、ただただ恥ずかしく感じます。

 食事の後、クラクシオン皇太子殿下は帰国の準備を始めました。

 来たときと同じ乗馬服を身につけ、馬に跨がりました。

 護衛の騎士達が、配置について、隊列が組まれていきます。

 クラクシオン皇太子殿下は、わたしに手を振ってくださいました。


「また会おう、マリアナ王太子妃」

「はい」


 わたしは深くお辞儀をしました。

 馬が走り出しました。あっという間に、王宮の敷地内から、隊列が出ていきました。


「まあ、はしたないわね。お客様に媚びを売って、ドゥオーモ王国の恥ですわ」


 王妃様は、クラクシオン皇太子殿下がわたしに声をかけて、手を振ってくださった事を責めているのだ。

 これはクラクシオン皇太子殿下なりの挨拶だと思うので、わたしは「すみません」と頭を下げるだけで、他には何も口出しはしなかった。


「王妃よ。マリアナが帝国との関係を取り持ってくれたのだぞ。案内したのもマリアナだ。この国の後継者であるペリオドスは、何もせずに、第二夫人とイチャイチャと節度なく振る舞っていたのを、マリアナがクラクシオン皇太子殿下の話し相手になり、ダムと堤防の案内もしたのだ。その資料を作ったのもマリアナだ。この国の文官、宰相は何をしておる。きちんと仕事をせぬ者は、税金泥棒と同じだ。人員整理もした方がいいのか?」


 見送りに出てきていた文官や宰相が顔色を変える。

 せいぜい、叱られたらいいわ。

 わたしに仕事を全て回していることは、仕事をしているわたしが一番知っているのよ。

 わたしが早死にしたら、この国は回るのかしら?

 こんな仕事をしていたら、若いわたしだって病気になるかもしれないわ。

 王妃様のことだから、病気になっても仕事しろと命令されるでしょうね。そうしたら、わたしは若くても死が訪れるわ。

 母様のように馬車の事故で亡くなるかもしれないわ。

 鮮明に思い出せる。

 母様の赤い血が流れていくところを。

 全てが赤に染まって、わたしは意識を手放したわ。

 あの事故は、偶然だったのかしら?

 今だから思える。

 不自然な事故。

 馬車の車輪はそんなに簡単に外れたりはしないはずだ。

 早く馬車が走ることも、そんなにない事だ。

 馬車は、馬で走るより、ずっとゆっくり走る。

 それも町外れという場所であったが、人の通る街道での事故であった。

 もしかしたら、不倫をしていた父が殺した?

 父の顔すら、思い出せないけれど、父だったあの人が母様を殺したのかもしれない。

 極秘資料を読み、わたしの断片的な記憶と母様が亡くなった後に訪れた親子。

 全てを並べたら、父が怪しいと思えてならない。

 だからといって、今更証拠は一つも出てこないだろう。

 わたしを王家に売ってから、顔すら見ていない父の顔も覚えてはいない。

 擦れ違っても、分からないと思うのだ。

 母様、犯人を捜すことができなくて、ごめんなさい。

 母様のように賢くなくて、申し訳がない。

 わたしは、王家の中に捕らわれている鳥と同じなの。

 声を出して鳴くことも許されてはいない。

 羽ばたける羽も毟られたようでないみたいですの。


「ペリオドス、今日こそは執務をしなさい。いいね」

「はい、父上」


 珍しく素直に返事をしたわね。

 本当にペリオドス様は来るかしら?


「では、戻ろう」


 国王陛下の声で、お見送りは終わった。

 わたしは執務をするために王宮内に入っていこうとした。

 その後ろで、ジュリアン様がペリオドス様に、街に買い物に行きたいと強請っている。

 どうぞ、街でもどこへでも行けばいいわ。

 わたしは、さっさと仕事を片付けるために王宮内に入った。

 その日、やはりペリオドス様は来なかった。
 

しおりを挟む
感想 114

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...